2018/02/16 - 2018/02/23
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tono202さん
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広島湾に浮かぶ島々を、広島港から訪ね歩くシリーズの最終回です。
広島港から南に広がる海、そこで一番に目が行くのが安芸の小富士と呼ばれる似島。
ここを訪れて自転車でぐるりと島を一周するサイクリングを楽しもうと計画。
天気も穏やかで、ぽかぽか陽気。
天からのプレゼントを受けて、いつものように広島港から船に乗り込む。
その報告記です。
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宇品港 9:30発のフェリーに乗船します。
前に見えるのが安芸の小富士:似島(にのしま)。広島港宇品旅客ターミナル 乗り物
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距離にすれば4、5㎞というところでしょうか。
船足の遅いフェリーでも20分前後で着きます。
宇品港から一番近い島になります。 -
しかし、この便は島の東側の「似島学園前桟橋」経由なので、少し時間がかかります。
安芸の小富士を右手に見てゆっくりと船は進みます。 -
先日、乗船した中島港からの宇品港に向かう高速船が前を横切って行きます。
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似島学園が近づいてきました。
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郵便の紅い宅配車が下りていきます。
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着岸して2台下ろすと、1分も立たずして離岸。
瀬戸の島のフェリーは早業が効きます。 -
島の周りには牡蠣筏が並びます。
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カキ業者によって設置場所が決められていると聞いた。
場所によって、有利・不利があるので何年かおきに抽選によって、置場が変更になるという。 -
海苔筏などは島によっては、設置場所が権利として世襲化している所もあるという。
この筏の下には、広島牡蠣がぶら下がって出荷を待っている。
そう思うと「ぱくぱくと食べてやるぞ」という気が湧いてくる。
人間の連想と欲望は、あな恐ろし、あな愛し。 -
そんなことを「妄想」している内に、家下集落にある似島桟橋が近づいてきた。
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まずは桟橋前の神社に、お招きいただいたことの感謝と、新しき発見や出会いがありますようにお祈りする。
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そして、公民館に・・。
宇品港でレンタサイクルを借りようとしたのだが観光案内所は10:00にならないと開かないことがわかり右往左往。
乗船受付で相談すると、「島には公民館に無料のレンタサイクルがあるわな」と教えてくれた。
その教えに従い公民館を訪ねると・・・・ -
この自転車を貸してくれました。
必要書類に記入するだけで無料。
それだけでなにか幸福になれます。
さあ、このママチャリで島一周にスタートです。 -
時計と反対回りに回っていきます。
時計の針で言うと「10時」近くの海岸線をスイスイと・・。 -
変わった船が沖に係留中。
かつて小豆島や姫路沖の家島で見たことのある「砂利運搬船」のようです。
後で調べると、この島も砂利運搬船の基地であったようです。
広島の埋立は、倉橋島などの島を削り取った土砂で行われました。 -
「9時」の位置で見えてきたのが、バブルの遺産ホテル。
今は廃墟化し、「5000万円」で売りに出されています。
復活することがあるのかしらん? -
そして「8時」の位置の入江には貸別荘と旅館があります。
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春の陽光を浴びて、海が輝きます。
春の海、ひねもすのたり・・・かなの状態です。
自転車を停めて、サンドイッチをほおばり、ビールも飲んで・・・
のたりのたりとお昼寝・・・
最高の贅沢です。 -
島の一番南端にあたる湾には、整然と杭が並んでいます。
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牡蠣かなと思って見ると・・・・
帆立貝です。 -
しかし、ホタテ貝を養殖しているわけではないようです。
この貝殻に幼い牡蠣を付けて、波穏やかな入り江の浅瀬で育成するのです。
その後で、筏に乗せ沖合に移動させます。 -
島の南の入り江は、牡蠣の「保育所」でした。
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アップダウンを繰り返し、5時の位置にある中学校の,前までやってきました。
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牡蠣打ちの音が響いてくるのでのぞいて見ます。
筏から揚げられた牡蠣が剥かれ、殻がベルトコンベアから落ちてきます。 -
そして、前には先ほど見たホタテ貝の殻が積み上げられています。+
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この殻に牡蠣種が付けられます。
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この牡蠣作業所の前にあったのが「慰霊広場」
明治の日清戦争の際に、山陽本線が広島まで整備されていたので大本営は広島城に置かれました。そして、多くの兵士は宇品港から出征していきます。そして、戦いが終わり、兵士が帰還した際の検疫所がこの島に整備されていきました。
日露・第一次大戦と戦争の度に、その規模は拡大されていきます。 -
そして、8・15日を迎えます。
被爆した多くの市民が、ここに運び込まれて命を失っていきました。
その遺骨がここに眠っているのです。
瀬戸の内海は、波ひとつなく鏡のように静かでした。 -
現在の少年自然の家が南側の主要施設跡のようです。
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ここには「似島軍事検疫所跡」の碑があり、1万人を超える人たちが被爆後に運び込まれ、亡くなったと刻まれています。
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今は、少年自然の家として夏場は子ども達の声が響く空間です。
この下にも数多くの霊が眠っています。 -
かつての検疫所の桟橋付近です。
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この辺りから帰還した兵士は祖国への第一歩を印したようです。
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ここに残されているのがこれ。
なんだか分かりますか。
宇品港駅のプラットフォームだそうです。
似島で検疫を受けた後、帰還兵士達は宇品港にわたり、そこから列車で広島駅に向かいました。家族の待つ憧れの故郷の土地へ、帰郷のスタートが宇品駅であったことを記念して、ここに一部を移築保管しているようです。 -
島の北西部に回り込んでくると、牡蠣打ち場のむこうに,見えてきたのが似島学園です。
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そして、最初にフェリーが寄港した学園前の桟橋です。
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ここへ立ち寄るフェリー便は少ないです。
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こちらが似島学園。
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海に向かって立つ校舎です。
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そして、校舎を回り込むと寄宿舎(?)棟があり、その中に像が立っています。
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後藤新平の像だそうです。
なぜここに後藤新平の像があるのかと思いました。
調べてみると、この検疫所の整備拡充に手腕を発揮したのが若き日の彼だったようです。ここでの業績が認められ台湾総督府へと引き抜かれて行ったようです。
でも、いつ頃、だれが建てたのか詳しいことは分かりません。
またなぜ北を向いているのかも???です。 -
ここからは一般車両は通行できない細い道となります。
海岸沿いに景観はいいのですがアップダウンは多くなります。
汗をかきながら自転車を押します。 -
北を見ると宇品燈台と遊覧船「銀河」が見えます。
その向こうには、マツダのカーキャリアが車の船済みのために入港しています。 -
こちらは、能美島の三髙港行きのフェリーです。
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広島湾のフェリーには前後がありません。
このスタイルだから接岸・離岸に手間取ることなくスムーズに行えるのです。
優れものです。 -
そしてスタート地点の家下集落に帰ってきました。
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氏神様に感謝の御参りと報告をします。
自転車を返却して -
そして船に乗り込みます。
春の日差しの中、いい島巡サイクリンができました。感謝
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