2017/05/13 - 2017/05/14
80位(同エリア146件中)
Giorgio Bianchiさん
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ガルダ湖を出発してコモに向かいます。コモはファシスト政権期を代表する合理主義建築家、ジュゼッペ・テッラーニの建築が多くみられる町。コモ湖畔はムッソリーニが最期を遂げた場所でもあります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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デゼンツァーノを出発し、ミラノ経由でコモ・サン・ジョヴァンニ駅に到着。
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コモ・サン・ジョヴァンニ駅。
1875年に元々の駅舎は作られたが、第二次世界大戦時の空襲で破壊され、戦後にパオロ・ペリッリの設計で1949年に再建されました。 -
ホテルに向かいます。
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コモでの滞在先、"Hotel Borgovico"(三ツ星)。
駅や旧市街から近い好立地なホテルです。ロケーションが良い by Giorgio Bianchiさんホテル ボルゴヴィーコ ホテル
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コモの新市街は現代的な街並み。
あまりイタリアっぽくないですね。 -
「ノヴォコムム」。
ファシズム合理主義建築建築家のジュゼッペ・テッラーニが設計したマンション。1929年に完成。 -
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コモ湖畔の戦没者慰霊碑。1933年完成。
コモ湖畔にある巨大なタワー状の慰霊碑で、ジュゼッペ・テッラーニの設計。 -
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お昼のコモ湖。
コモ湖畔はスイス亡命時のムッソリーニが思いを馳せた場所であり、そしてムッソリーニがヴァルテル・アウディシオによって殺害された場所でもあります。
古くは古代ローマの皇帝にも愛され、時代が進むと数多の芸術家や王侯貴族たちを魅了した湖でした。 -
ケーブルカーに乗りに行きます。
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景色が綺麗と評判なブルナーテ山にケーブルカーで登ります。
大人気なようで大混雑。 -
かなり急勾配。
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ブルナーテに到着。ブルナーテはコモとはまた別のコムーネです。
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「アルプスのテラス」と呼ばれるブルナーテからの景色は絶景!
ロンバルディア平野からアルプスの高峰、深い紺を湛えたコモ湖が一望出来る。 -
景色が見終わったら再びケーブルカーでブルナーテ山を下山。帰りも大混雑。そのため、クーラーが付いていないので非常に暑い。
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あまりにも暑いのでジェラートを食べました。
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テッラーニのファシズム合理主義建築が溢れかえるコモの町。
そのテッラーニの建築の中でも最も有名な「コモのカーサ・デル・ファッショ」。1936年完成。
コモの名所の一つとして知られています。 -
コモのドゥオーモ。
ロンバルディア様式とルネッサンス様式の調和が美しい。
内部は撮影禁止。 -
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ドゥオーモに隣接するブロレット(旧市庁舎)とコムーネの塔。
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聖フェデーレのバシリカ。
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旧市街の市場。
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ポルタ・トッレ(塔の門)。
コモ旧市街とコモ新市街の境にある門。 -
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夕暮れのコモ湖。
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夕陽を見ながら屋台で買ったハンバーガーとフライドチキンを頂きます。
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翌朝。ホテルの朝食。
ロケーションが良い by Giorgio Bianchiさんホテル ボルゴヴィーコ ホテル
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コモ湖の日の出。
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ヴォルティアーノ神殿(アレッサンドロ・ヴォルタ博物館)。
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ケーブルカーから見たコモの町。
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1927年完成のコモのサッカースタジアム。
ファシズム合理主義建築で、よく見てみるとファスケスを掴むアクィラのレリーフがある。 -
マラソン大会?の準備をしていました。
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帰りはコモからミラノまではインテルシティで移動しました。
ICなのに車輌はフレッチャルジェント。
さらばコモよ。
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