2017/12/26 - 2017/12/26
89位(同エリア303件中)
naoさん
滋賀県甲賀市水口町は、かつて東海道五十三次の江戸日本橋から数えて50番目の水口宿があったところで、天保14年(1843年)の記録によれば、本陣1軒、脇本陣1軒、旅篭41軒とともに、問屋場などが設けられていました。
また、徳川将軍家の京都上洛の際の宿泊施設である「御茶屋」として、新たに水口城が築城されましたが、実際に将軍が宿泊したのは三代将軍家光の1回だけだったそうです。
東海道の52番目の宿場町で、中山道との分岐点でもあった草津宿より規模の大きかった水口宿ですが、多くの旅人が京を出て最初に宿泊した石部宿と、東海道随一の難所である鈴鹿峠を控えた土山宿の間に位置していたため、間の宿のような地位に甘んじていたと言われています。
水口宿の本陣と問屋場は明治時代に撤去されてしまい、宿場町として栄えていた頃の姿を伝える町家は数少なくなっていますが、現在、脇本陣の遺構や復元された高札場とともに、かつての面影を今に伝える町家が点在していて、宿場町の風情をしのばせる町並みが残されています。
そんな宿場町の風情が残る町並みの中に、いまも存在感をたたえているウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる建物があります。
明治37年(1904年)にコロラド大学哲学科を卒業したウィリアム・メレル・ヴォーリズは、キリスト教伝道を目指して明治38年(1905年)に滋賀県立商業学校(現 滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として赴任します。
しかし、当時まだまだ仏教色の濃かったこの地でキリスト教に関わることで、様々な面において宗教的な軋轢を生むところとなり、明治40年(1907年)に英語教師を辞めざるを得なくなってしまい、教え子の吉田悦蔵氏等とともに「近江ミッション(近江基督教伝道団)」を設立し、精力的に伝道活動に専念することとなります。
そのかたわら、明治41年(1908年)に京都YMCA会館新築工事の監督を依頼する話が舞い込み、これを契機に伝道活動を続けるための経済基盤として、建築設計事務所を始めることになります。
明治43年(1910年)にヴォーリズ合名会社、1920年(大正9年)にヴォーリズ建築事務所と社名を変えながら続けた建築設計活動は、住宅、学校、教会、デパート、ホテル、オフィスなど、幅広い分野に及び、戦前に手掛けた作品だけでも1500件余りを数えています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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かつての東海道を、東側から水口町に入りました。
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この辺りは水口宿の外なんですが・・・
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それらしい趣のある町家が点在しています。
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この坂を上ると水口宿に入ります。
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こちらは水口宿の東の入口にあたる東見附です。
水口宿の東西入口には、宿場を警備するための見附が置かれ、木戸や番所が設けられていました。 -
旧水口町の汚水桝の蓋です。
享保20年(1735年)から伝わる水口祭で巡航される「曳山の車輪」をモチーフに、周囲に町の花「さつき」が配されています。 -
虫籠窓のある町家です。
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こちらの町家は、土壁の下地に使われている稲わらが露出して、思いがけない外観を見せています。
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東海道は、この町家の先で307号線を横断します。
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国道307号線の先に延びる水口宿の町並みです。
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ベンガラ塗の外観が宿場町の風情を彷彿とさせてくれます。
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妻入りの土蔵造りの建物と平入りの建物が連結している町家です。
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虫籠窓や格子が見所ですね。
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「きぬごし」と染め抜かれたのぼりを見ると、こちらはお豆腐屋さんのようです。
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左手前の町家は水口宿の脇本陣の一部といわれる建物で・・・
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下屋を支える蟇股(かえるまた)などに見事な装飾が施されています。
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水口宿の町並みです。
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水口宿の町並みを振り返ったところで、右側の奥が脇本陣になります。
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こちらの町家の破風は、幕板のようなしつらえになっています。
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間口の広い玄関のある町家です。
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水口宿の本陣跡です。
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明治時代に撤去された水口宿の本陣跡には、この石碑が立っているだけでした。
では、町並みへ戻ります。 -
趣のある看板が置かれた町家です。
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一体何屋さんなのかと思っていたら、明治38年(1905年)から続くクリーニング店出そうです。
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2階の屋根が、切妻屋根と入母屋屋根が複雑に組み合わされた町家です。
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こちらが復元された高札場です。
二股に分かれた道の左側(南側)が東海道になります。 -
「ムクリ」のついた屋根が架かった町家です。
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東海道沿いの水口宿の町並みです。
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この辺りの町並みには・・・
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妻入りの町家が並んでいます。
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こちらはお茶屋さん。
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こちらは町家を活用したカフェです。
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こちらは、町家カフェのお向かいにある1日1組限定の旅籠屋「匠」さんです。
ちなみに、町家カフェのオーナーが経営されています。 -
1階の下屋に幕板を下ろした町家です。
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色鮮やかなベンガラ格子のある町家は・・・
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妻側に開けられた虫籠窓が、より一層豊かな風情を添えています。
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ここでまた道は二つに分岐し、東海道は北側の道を進みます。
ちなみに、先に高札場で二股に分かれた道を合わせて、水口宿には三筋の道が東西に通っていますが、東海道はその真中の道になります。 -
東海道沿いの水口宿の町並みです。
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こちらの町家の2階の大きな窓には、木製窓がそのまま使われています。
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ショウウィンドウのある町家は、外壁に黒漆喰を塗っておられます。
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こちらの町家にもショウウィンドウが設けられているので、元々は商家だったんでしょうね・・・。
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こちらは、旅人や貨物を運ぶための人足と伝馬を手配していた問屋場の跡です。
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享保20年(1725年)に始まった曳山祭りを題材にしたからくり時計です。
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定められた時間になると曳山が回ります。
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東海道沿いの水口宿の町並みです。
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今も風情ある町家で商いされている呉服屋さんです。
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旧水口町の花「さつき」がデザインされたモザイクが道路に埋められています。
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つい入ってみたくなるような看板を掲げたお店です。
ふぐは今が旬の最高の食べ物ですよね~。 -
全面にガラス戸が入れられた町家です。
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こちらの町家にも色鮮やかなベンガラ色が残っています。
ここで東海道を外れて、今も存在感をたたえているウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる旧水口図書館へ向かいます。 -
旧水口図書館です。
この建物は最盛期のウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した作品の一つとして知られています。 -
正面玄関へのアプローチ。
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玄関上部を飾るレリーフ。
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塔屋へ上る階段室。
2階には小さなバルコニーが設けられています。 -
北東側角から見た外観。
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北側外観。
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旧水口図書館の外観を引き締めている塔屋のランタン。
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平成16年に保全工事が行われたのをきっかけに、現在、様々な催し会場として活用されています。
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東海道沿いの町並みへ戻ってきました。
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旧水口町のカラー版の汚水桝の蓋。
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昔懐かしいホーロー看板。
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水口宿を通る三筋の道の合流点にあるからくり人形時計です。
真中の道が東海道です。 -
こちらのからくり時計は、旅人を出迎える旅籠屋の仲居さんがモチーフになっています。
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三筋の道が一つにまとまった先の町並みです。
見えている踏切は近江鉄道です。 -
踏切を渡った左手にある、近江鉄道の水口石橋駅です。
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曳山祭りで巡行される屋台を収納する山蔵です。
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水口宿の町並みです。
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こちらの呉服屋さんには、ベンガラ塗の面影が見られます。
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東海道はここで直角に曲がって北側へ延びています。
ちなみに、右側の外灯のポールに掲げられている案内地図と説明文によると、初期の東海道は直進していましたが、水口城の東端にあたるこの場所に天王口御門が設けられたため大きく迂回することになったんだそうです。 -
こちらの妻入り町家には、軒の出の深い下屋が下ろされています。
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荒壁の外壁が粗野な中にも趣をたたえています。
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さっき曲がった方向を振り返ったところです。
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東海道はもう一度直角に曲がって・・・
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今度は西の方へ延びて行きます。
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水口宿の町並みです。
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白漆喰塗籠めの虫籠窓やベンガラ塗の格子が風情を漂わせる町家です。
東海道はこの先でまたまた曲がって南へ向かいます。 -
その曲がり角から振り返って見たところです。
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南に向かう街道筋にある大きな町家です。
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この町家を過ぎると・・・
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今度はこの角を曲がって西へ向かいます。
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曲がり角に鎮座する水口石。
この石は古くからこの地にあったようで、歌川国芳の錦絵にも描かれているそうです。 -
西へ向かう東海道沿いの町並みです。
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1階の下屋を持ち送りで支えている町家です。
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ベンガラ塗の名残が見える町家です。
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この町家の右側の屋根が湾曲しています。
難しい仕事を見事にこなした、素晴らしい職人技が見られました。 -
「吉富大明神」と言う小さなお社がありました。
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ナンテンが真っ赤な実をたわわに実らせています。
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真っ赤ならぬ、白木の鳥居群。
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厨子2階建てに虫籠窓を備えた町家です。
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こちらの町家は、背の低い虫籠窓が辛うじて見えます。
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デザインに工夫を凝らした格子のある町家です。
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水口宿の一里塚跡です。
水口城の東側から大きく迂回してきた道は、ここで南に直角に曲がって・・・ -
やっと元の道に戻ります。
いくら公共事業(水口城)のためとはいえ、お上の御意向で無理が通るのはいつの時代も変わらないようです。
なお、この辺りが水口宿の西端にあたるので、西見附が置かれ宿場町の警備にあたっていました。
宿場町を外れたこの先に風情ある造り酒屋があるので行ってみます。 -
浅黄色の外壁の大きな町家です。
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造り酒屋の手前にある町家です。
酒蔵かと思わせる土蔵を従えています。 -
東海道を挟んで、両側に工場のある大正6年(1917年)創業の造り酒屋です。
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こちらの直売所では試飲したうえでお酒が選べるそうです。
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造り酒屋の軒先には、水口町の手押しの消防ポンプが置かれています。
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杉玉を吊ったナマコ壁の酒蔵。
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ではここで引き返して、西見附が置かれていたところで迂回せずに、初期の東海道を歩きます。
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かつてこの辺りは水口城内だったこともあってか、武家屋敷の門と思われる長屋門が残っています。
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常夜燈が立っているのは、初期東海道だった証でしょうか・・・。
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こちらの2階の窓には、木格子がはめられています。
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こちらはお食事処です。
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初期東海道の町並みです。
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この町家のチャームポイントは小さな丸窓です。
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こちらの町家は、虫籠窓ではなくガラス窓が入れられています。
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虫籠窓のあるこちらの町家もお食事処です。
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「あやの みんなの居場所」と書かれた看板が掲げられた町家が見えてきました。
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こちらは甲賀市立綾野小学校区のまちづくり協議会が運営する施設で、ふれあいネットワーク事業や子ども食堂などの活動が行われています。
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こちらは個人医院のお屋敷です。
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こちらのお屋敷の特徴は・・・
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何と言っても大きな丸窓です。
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もちろん、伝統的な主屋も見逃せませんね。
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この町並みには珍しい門のある町家です。
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ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる、もう一つの建物に差し掛かりました。
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こちらは、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが主宰する近江ミッション(近江基督教伝道団)により昭和5年(1930年)に建てられた水口教会です。
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屋根の上の十字架。
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玄関庇に飾られたクリスマスリース。
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玄関に向かってレンガ敷のアプローチが一直線に延びています。
さて、宿場町の風情ただよう町並みと、幅広い分野の建築物の設計を手掛けたウィリアム・メレル・ヴォーリズの手になる建物が融合する水口は、他とは一味違った楽しさを味合わせてくれる町でした。
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