2018/02/10 - 2018/02/12
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harihariさん
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小豆島旅行の2日目。
昨日の雨が嘘のように、一面の青空。
空の青さに比例するように、海の青さが際立っています。
小豆島が舞台となった、名作「二十四の瞳」の世界に触れる。
極貧の中で死んでいった、流浪の俳人尾崎放哉の終焉の地を訪ねる。
エンジェルロードは、今日も恋人たちで賑わっている。
そして、樹齢1000年のオリーブの大樹は、いつまでも海を見下ろす丘の上に立っている。
今日もまだ見ぬ小豆島に向けて、2日目の出発。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
午前9時30分 島宿真里をチェックアウト。
レンタカーで海沿いの道を走らせて。 -
午前10時 岬の分教場に到着。
明治35年に建てられた、苗羽小学校旧田浦分校校舎。
戦後日本文学の名作「二十四の瞳」の舞台となった、海沿いの小さな学び舎。 -
この木造の校舎は、昭和46年まで実際に使用されていたものです。
「二十四の瞳」の作者 壷井栄は、ここからすぐ近くの小豆島坂井港で生まれ育ちました。 -
校舎の中に教室が3つ並んでいます。
中はひっそりと静まっていて。 -
遠い日の子供たちの歓声が聞こえてくるような。
ノスタルジックな情景が目に浮かぶ。 -
こんな小さな机だったのかなぁ。
今では教室さえも、あの頃より小さく思えます。 -
「昭和三年四月四日、農山漁村の名が全部あてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村へ、若い女先生が赴任してきた」
(「二十四の瞳」壷井栄)
昭和三年の子どもたちは、ここで何を思い、何を見てきたか。 -
小説「二十四の瞳」が発表されたのが昭和27年。
それから2年後の昭和29年、巨匠木下恵介監督、高峰秀子主演、不朽の名作「二十四の瞳」が劇場公開。
今も名作の舞台が残っていることに感動。 -
10時40分、二十四の瞳映画村に到着。
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1987年公開の映画「二十四の瞳」のオープンセット。
先ほど訪れた、苗羽尋常小学校田浦分校を映画撮影用に復元しています。 -
校舎の扉を開けると、海が手に届きそうな。
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先ほどの分教場と違って、こちらの映画村には大勢の観光客がやってきます。
こんなところだったら、もっと学校が好きになってたかな。 -
教室の窓からは、青い海と青い空。
今も、昔も、変わらずに。 -
木下恵介監督のフィルモグラフィー。
「二十四の瞳」「カルメン故郷に帰る」「野菊の如き君なりき」「喜びも悲しみも幾歳月」「楢山節考」・・・
観たものも観ていないものも、いずれも名作ぞろい。 -
ロケで使用された男先生の家。
埃の積もった障子など、細かいデティールも再現。 -
2月の柔らかな日射し。
刺すように冷たい空気。
島旅とは、海を見る旅でもある。 -
昭和初期にタイムスリップしたかのような景色。
着物に草履の子どもたちが走っているような。 -
映画村の中にある映画館「松竹座」。
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中に入るとレトロなチケット売り場。
日本の映画界を彩ってきた名優達の写真が飾られています。 -
映画館では、昭和29年作の「二十四の瞳」が1日3回上映。
誰もいない劇場で、ラスト30分をつい最後まで。 -
映画館の2階は、海の見えるブックカフェ。
コーヒーを飲んでゆっくりとして。 -
壷井栄文学館。
ともに小豆島出身の、壷井栄と詩人で配偶者の壷井繁治。
ゆかりの品々が展示されています。 -
映画村のバス停。
大きな醤油樽を使った待合室がユニーク。 -
午後1時、ランチは予約しておいたお店「リストランテ フリュウ」。
雑木林の急な坂道を上った高台に建つ、小さなイタリアンレストラン。 -
前菜、小豆島の魚介と野菜。
ハム、エスカベッシュ、オムレツなど。 -
カリッとしてフワッフワの自家製パン。
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菜の花のパスタ。
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デザート。
苺のアイスケーキと瀬戸内レモンのタルト。
地産地消の島の素敵なレストラン。 -
午後2時20分、醤の郷の散策路。
このあたりには、今も20軒以上もの造り醤油蔵や佃煮工場が密集しています。 -
ヤマサン醤油。
1846年(弘化3年)創業の、小豆島町で一番古い醤油醸造所。 -
キンダイ醤油。
1927年(昭和2年)創業。 -
小豆島には、かつて明治の最盛期には400軒を超える醤油蔵がありました。
全国的に機械製造の醤油蔵が大半である現在、小豆島では今も木桶仕込の伝統が残っています。 -
狭い道の両側に黒い板壁が続く。
微かな醤油の香りが漂う、ノスタルジックな町並み。 -
正金醤油。
1920年(大正9年)創業。 -
2016年に話題となった、瀬戸内芸術祭での作品。
「オリーブのリーゼント 」
芸術祭終了後も、小豆島のランドマークの一つとして多くの若者たちの関心を呼んでいるようでる。 -
江戸時代後期から昭和中期まで、醤油製造と佃煮製造をしていた旧キッコ石醤油醸造所。
当時の面影を残し現存する石井家住宅は、登録有形文化財。 -
散策路の一番奥にある池沿いの土手の上から。
今は住宅の立ち並ぶあたりも、その昔はいくつもの煙突がそびえる醤油工場だったか。 -
午後3時40分、今日の宿泊地、小豆島国際ホテルに到着。
-
客室数100室、小豆島最大規模のリゾートタイプのホテル。
ロビーの大きな窓からは、一面に海が見渡せる。 -
僕たちの部屋は最上階の8階。
ドアを開けた途端、目に飛び込む極上の眺め。 -
エンジェルロードを真下に見下ろせる最高の部屋。
干潮時には向こうの島に渡ることができます。 -
まだ沈まない太陽が水面にキラキラ反射して。
-
ちょうど潮が引いてる時間。
エンジェルロードに行ってみようかと。 -
余島に向かって、砂の道が開けています。
近年は、ロマンチックなスポットとしても有名なので、若いカップルがたくさん訪れていました。 -
透き通る波が寄せて引く。
風が強くて冷たい。 -
実際に近づくと、遠くで見ていたときよりも迫力があります。
一日に2回だけ辿り着ける神秘の島。 -
雲の隙間から西日が海を照らして。
ふとこんな瞬間に、旅はいいなあと実感するものです。 -
午後5時、部屋に戻ってしばらく海を眺めて過ごします。
砂浜の上では、人もまばらになっていて。 -
日没の時間。
この景色を楽しむためだけでも、泊まる価値のあるホテルだと思う。 -
一枚の風景画のような、美しい景色。
この部屋では、日が暮れるまではなるべく電気を付けない方がいい。 -
午後6時、ホテルから徒歩10分の寿司割烹弥助。
ホテルのおすすめの中からのチョイス。 -
まずは付き出し。
いいだこの旨煮。
お酒が欲しくなるので… -
熱燗を注文。
1789年(寛政元年)創業、香川県琴平町にある金陵醸造所の「金陵」本醸造辛口。 -
お造り盛合せ。
タイラギ、鱸、鰆。 -
鯵の塩焼き。
生簀の鯵を、目の前でさばいて焼いてくれる。 -
最後のお鮨。
僕は鳥貝としゃこ。
奥さんはタコとしゃこ。
メバルの麦味噌汁は大きいので半分こ。
美味しかった。 -
弥助で軽めにしておいたのは、2軒目に行きたかったから。
小豆島ラーメン「HISHIO」。 -
一番人気の「醤(ひしお)そば」。
スープは小豆島内海湾で獲れるカタクチイワシの煮干と、ヤマロク醤油。
まろやかな諸味のスープが美味しい。 -
午後9時、部屋からの眺め。
土庄港の明かり、ライトアップされたエンジェルロード、そして遠くに高松市街の灯りが見えます。 -
雲のない冬の夜空。
普段の何倍も多く星が見えています。
目の前の真っ暗な海。冬の星座。少しずつ減っていく遠くの明かり。
最後の晩の夜景を、飽きずにいつまでも眺めながら2日目が終了。 -
2月12日 旅行3日目。
午前6時、夜明け前の群青の空。 -
エンジェルロードが海に沈んでいます。
-
朝の散歩。
風が冷たい。
昨日歩いた砂の道が、海の中に消えています。 -
朝日がつくる光の道。
波風をうけてゆらゆらと。
早起きして味わう、気持ちのいい旅の朝。 -
桟橋の方にも足を伸ばして。
今日もいい天気になりそうかな。 -
午前8時 ホテルの朝食バイキング。
地元のものにこだわりたいので、島の佃煮と島のにゅう麺、地魚の干物、温泉卵、湯豆腐、お味噌汁。
佃煮があれば、ご飯が美味しく食べられます。 -
嬉しかったのは、ホテルのパンが初日の早朝に立ち寄った渕崎製パン所から仕入れていること。
パンとサラダとオレンジジュース。
島のオリーブオイルと。 -
いつまででも眺めていたい景色だけど、そろそろ出かける時間。
午前9時30分 チェックアウト。 -
午前中は、土庄のまち歩き。
いわゆる「迷路のまち」を歩きに行きます。 -
小豆島には、前々からずっと訪れたかった場所があります。
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「尾崎放哉記念館」
俳人、尾崎放哉。
東京帝国大学法学部出身というエリートの身でありながら、38歳で職を辞してからは京都・神戸・福井と転々と流浪して、最後は極貧のうちに小豆島で亡くなった悲劇の自由律俳人。
ここは放哉の終焉の地。 -
放哉のお墓は、記念館のすぐ近く。
「咳をしても一人」
「いれものがない 両手でうける」
「こんなよい月を 一人で見て寝る」
彼の俳句は、ひとつひとつ胸が痛くなる。 -
尾崎放哉が眠るお墓のある西光寺。
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境内にある樹齢250年以上の大イチョウ。
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寺から見下ろした土庄の町並み。
放哉が見た景色とは違うのかもしれないけど、昔も今も、海はきれいだ。 -
迷路のように入り込んだ路地を歩く。
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中には、人とすれ違えないような細い道もあったり。
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懐かしくも暖かさを感じる町なみ。
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まちの中には、瀬戸内芸術祭の作品が今もなお残っていました。
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居酒屋の軒下に、舌平目が干してあります。
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1828年(文政12年)創業の老舗醤油蔵、元屋商店。
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社屋である厨子二階の建物は、明治時代中期ごろ建築。
国の登録有形文化財。 -
一見、用水路のようにも川のようにも見えるが、実はれっきとした海です。
世界一狭い海峡の土渕海峡。 -
一番狭い部分でわずか9m。
よく見てみると、小豆島が大きな島と小さな島の2つで構成されているのが分かります。 -
午後12時10分 「小豆島手延べそうめん作兵衛」。
製麺工場が直営している食堂。 -
メニューは2種類。
冷たいそうめんか、温かいそうめんか。
今日は寒かったので温かいそうめんを二つ。
コシがあって、しかもツルツルとした喉越し。
文句なしに美味しい。 -
道の駅オリーブ公園にあるギリシャの風車。
瀬戸内海を見下ろす丘の上に立っています。
小豆島を代表する景色の一つ。 -
インテリアやオブジェではなく、現役のオリーブ色の郵便ポスト。
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車を走らせていると、見上げるような、一種異様な光景がある。
江戸時代に築かれた池田の野天桟敷。
幅64m、高さ15m、最大8段もの切石積の構造物。 -
はっきりとした目的は不明だそうですが、村衆が秋際や神輿を見物するために築かれたものだとか。
今でも秋祭りには観客席として使われているようです。 -
午後2時 小豆島霊場31番札所、誓願寺。
江戸中期建立の鐘楼門。 -
山門をくぐると、巨大なソテツが眼の前にあります。
根元周り8m、寺伝では樹齢1000年以上と伝わる国指定天然記念物の大ソテツ。 -
江戸時代末期、十八世住職によって築かれた石庭智厳園。
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午後2時40分 海を見下ろす丘に立つ樹齢1000年のオリーブの大樹。
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このオリーブの大樹は、2011年にスペイン・アンダルシア地方から小豆島にやってきました。
数年がかりで見事な花を咲かせ、実をつけるまでに。 -
向こう岸に、昨日泊まった小豆島国際ホテルとエンジェルロードが見えています。
誰も来ないのをいいことに、しばらく座り込んで海を眺めて。
寒いけれど、穏やかな時間が流れています。
今回の小豆島の旅は、これで全行程を終了。
名残惜しさと満足感と、半々。 -
午後3時30分 全ての予定を終了したので、できるだけのんびりゆっくり運転しながら土庄港へ。
レンタカーを返して、フェリーターミナルへ。 -
最後に港を見て回って。
小豆島にいる時間が刻々と少なくなってくる。 -
寂しくて、できるだけいろんな景色を残したくて、余計に写真を撮ってしまう。
音や匂いや空気感が伝わればいいのになあ。 -
午後4時20分 新岡山港行きの両備フェリー「おりんぴあ どりーむ号」に乗船。
-
午後4時30分 土庄港を出港。
70分の船旅で帰路に着く。 -
2階一般座席の一番前に陣取って。
風に乗るカモメに先導されながら、岡山方面へ北上。
船窓には瀬戸内の島々。 -
午後5時30分 児島湾に入ると船は西に舵を取ります。
正面から夕日が強く差し込んで。
旅の終わりはいつも切ないなあ。 -
日没の瞬間。
今回の島旅は、冬の小豆島。
また訪れたくなるような素敵な宿と、素敵な景色。
そして美味しい食べ物と。
午後5時40分、フェリーは新岡山港に着岸。
岡山駅から新幹線に乗って旅は終了。
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