2017/02/24 - 2017/02/25
1179位(同エリア7249件中)
のまどさん
バルセロナの街は洗練されています。こんなに格調高く豊かな文化を持つ街はヨーロッパにもそんなにないかもしれません。
まずはワインを嗜み、買い物をし、カタツムリを食べます。
最終日は有名なサグラダファミリアを早朝見学した後、ほぼプライベートツアー可能なサンパウ病院に訪れました。前編で急ぎすたので、後編ではモデルニスモの巨匠、ガウディとモンタネールに迫りたいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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さて、バルセロナ後編は拙飲酒録から始まります。
マヨルカで出会ったアレハンドロ氏お勧めのワインバー、La Vinya del Senyor。サンタ・マリア聖堂の前にあります。
https://www.facebook.com/vinyadelsenyor/ -
アニキは高いと言っていましたが、ブリュッセルの物価と比べるとお手頃。カキなんぞを肴に頼んでみる。
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1杯目はクリアンサ、2杯目はレセルヴァ。2008年のリヨハ、これは当たりだった。
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後から入ってきてカウンタ-に座ったデンマーク人と思わしき男性が、「完熟したフルボディーの赤ワイン」と英語で店員に注文していてうまく伝わらないので、レセルヴァを勧める。
気に入ったようで、ビーカーで注文していた。調子に乗って「カシスの芳醇な香りがするでしょ。どうぞごゆっくり」と言って(←出た!)店を出る。 -
夕食には早いのでお買い物。Massimo Dutti、年に5着以上買うほどお気に入りです。
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FCバルセロナの公式ショップでは知人の出産祝いを購入。
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本日はカタツムリ。マヨルカ島で他の人が食べていたのが忘れられなくて。
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やはりカタツムリは前菜なのね。フランスではバターがベースであるのに対して、スペインはオリーブオイル。なかなかでした。それにしてもサラダのボリュームが満点(←食い意地)。
バルセロナ2日目の夜はこうして暮れました。 -
翌朝。ホテルをチェックアウトして本日最初の見学先に向かいます。
まずはカフェでトルティーヤとコーヒーの朝食。 -
イチオシ
サグラダファミリア。
まずは北東からのショット。冬の柔らかな朝日を浴びて、どこかマグレブの砂漠に佇む城を思わせる色彩。 -
反対側から撮った一枚は光の当たり方が違って、北ヨーロッパのゴチック教会を彷彿とさせます。そして、さほど遠くから離れた所から撮った訳ではないのにしっかりとカメラに収まり、写真映えする様相からさすがガウディなどと思ってしまいました。
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開場時間が迫ってきたので入口近くに並びます。待っている間に見上げるファサード。平面はまるで見当たりません。
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世界に名の知れたガウディの作品とは言え、ここは宗教施設です。うっかり帽子を取るのを忘れて注意されてしまいました。
聖堂という人間の信仰心が築いた空間にガウディは自然美を取り込むことを意図した。柱は木を表しているそうです。なるほど、上の方が枝分かれしているように見えます。 -
イチオシ
ステンドグラスの多彩な色は生命を象徴しています。ガウディは信仰心が厚く、サグラダファミリアは福音書を表現してゴシックとビザンチン様式を基礎としている。そこに彼のオリジナリティとしてモデルニスモを取り込んだ。
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聖堂のあらゆる部分が聖書を忠実に表現しているが、モデルニスモは東洋の文化を取り入れた様式なので、異教徒の文化をキリスト教に持ち込むという試みは大胆だっただろう。
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ガウディが建築家デビューした当時、ゴシック復興運動が盛んであり、ガウディ自身も影響を受けた。しかし、ガウディはゴシック様式について「人間の感情を排除しているため、不完全である」と批判している。
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そこで、産業革命によって生まれた技術とその担い手のブルジョワが唱えていたルネサンスをゴシックと合わせることによってゴシックを補完するのがガウディのモデルニスモの思想となった。
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さて、エレベーターに乗って塔に上ります。予約が必要で、私は観光客が少ない受難の塔を選びました。
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バルセロナ市街を眺望します。スペインにはやはり太陽がなくては!
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イチオシ
階段を降りて本堂に戻ります。螺旋階段を上から撮った画像も拙アール・ヌーヴォー旅行記ではおなじみになりました。サグラダファミリアのそれはまるで竜が天から下りていくように見えます。もっともモチーフはカタツムリのようですが。
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ガウディは生涯この教会の建築に力を注いでいった。1926年に事故死し、その遺体は地下に納められている。
聖堂はガウディの死去100年目の2026年に完成予定とのこと。これを算出した人はすごい。そして、実現したらお見事。 -
さて、お次はモンタネール作、サンパウ病院。
正面の建物はやはり昨日の音楽堂に通じるものがあります。 -
ここは他のモデルニスモ建築と比べてマイナーなのか、それとも敷地が広いので人口密度が下がるせいか、殊の外見学しやすいです。
英語ツアーを予約。参加者は私の他に知的な感じのイギリス人とイタリア人の夫婦。地下から始まります。「ガイドが変だ」というのが共通の見解で、肩時の間親睦を深めました(←おい)。 -
病院はパリで死去したカタランの銀行家の遺志によって建てられた。最新の技術と建築学を取り入れるとの使命を受けたのがモンタネールで、1902年に着工しました。
病院にモデルニスモとはこれまた斬新な感じがしますが、自由に動けない患者に生命の息吹を感じるようにとの意図で貼られたタイルを見てなるほどと思いました。 -
ちなみにブリュッセルにもオルタが設計したアール・ヌーヴォーの病院があります。ウィキによるとこの時代ロンドンやパリでも病院建設に同様式を取り入れるのが流行していたため、モンタネールが着想を得たらしいです。
また、モンタネールの作品にはモザイクが多用されていてアラブ趣味があるとのこと。スペインの文化の礎を築いたのはムスリムですからね。 -
当初は48棟建設という壮大なプロジェクトだったが、完成したのは27棟。うち16棟が現在モデルニスモの面影を残しています。
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手術室にもふんだんに光が入るように設計されたとの説明でしたが、今の感覚からするとなんか怖い。
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当時の病室の様子。プライバシーなし。でも、フランス、ボーヌのホスピスに見られるように、診察の利点で中世からこのスタイルだったのでしょう。
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くどいようですが、雲一つない空の下モデルニスモの建築物。最高です。
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ピンク色の天井タイルは確か女性の病室。ピンクは女性の色と認識され勝ちですが、フランスやイタリアなどのラテン諸国では男性がYシャツを素敵に着こなしています。
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ガイドツアーの終盤は正面棟です。線対称を保っている天井。モンタネールはガウディと比べると進歩的ではなかった気がします。そして、やはりキーワードはゴシック。ヨーロッパ建築の基礎なのかもしれない。
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モンタネールはバルセロナで生まれ、物理学と数学を学んだ後建築学に転向します。卒業後に欧州内を旅行し、この経験が彼のスタイルに大きな影響を与えたことでしょう。
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ステンドグラス。音楽堂と同じような躍動感はあるけれども、窓枠や柱の装飾から落ち着いた感じが得られます。
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サグラダファミリアからは一本道です。サンパウ病院の着工時も竣工時も聖堂はずっと工事中。モンタネールもこの場所から同じような景色を見ていたのかもしれません。
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「モンタネールとガウディは交流があったのですか?」
ときいたところ、ガイド曰く特になかったたのこと。競合と棲み分けるために親交を持たなかったのか。それでも、何らかの影響は与え合っていたはず。
現在病院の機能は裏手にある新設の病棟に移ったらしいです。 -
イチオシ
訪問者が必ず撮影するこの一枚。言われなくても私は心惹かれてシャッターを押しました。光り眩い中世のホスピスの廊下にも見えます。なるほど、希望が持てる気がします。
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去り際にもう一度振り返ります。勉強になりました。
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グエル公園は絶対に行きたいとは思っていなかったので予約していなかったが、当日チケットの開場時間は4時とのことなので諦めることにします。
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お昼はうどん。私は和食に固執しないが、この店は元Jリーガーが経営とのことで興味を示して来店。インゲンと鶏ささみの和え物。肉味噌うどんはなぜか写真を取り忘れました。おいしかったのですが、大々的にこのお店のことは書けません。次章で説明。
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バルセロナ鉄道駅。電車に乗って最終目的地のタラゴナに移動です。
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