2018/02/11 - 2018/02/11
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玄白さん
毎年恒例の、最初に配属になった職場の仲間達との横浜での一ケ月遅れの新年会に出かけてきた。宴会はいつも昼下がりから開始なので、早めに横浜に出かけて、昼前の横浜の風景を撮ったり、宴会後もまた酔い覚ましを兼ねて大都会をブラブラ歩きするのが毎度の行動パターンになっている。
今回は午前中は、横浜の都市伝説「横浜三塔物語」の3つの塔の施設をめぐる横浜港界隈の街歩き、そして宴会後は、帰宅途中、東京駅で途中下車して、東京駅界隈の夜景撮影を楽しんできた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
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みなとみらい線日本大通り駅で下車。地下ホームで三塔の壁画がお出迎え。
横浜三塔物語というのは、キング(神奈川県庁の塔)、クィーン(横浜税関の塔)、ジャック(横浜市開港記念会館の時計塔)が同時に見える場所が三か所あり、それらを一日で巡ると願いがかなうという都市伝説である。今回はその三か所をめぐり、塔がある施設も見学しようというのである。日本大通り駅 駅
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実は昨年も同じことをしている(旅行記にはしていない)。ただ、横浜税関の見学が面白く、時間切れで横浜市開港記念会館の見学ができなかったので、今回はここも見学しようというのである。
まずは駅の近くの神奈川県庁前の日本大通りの歩道へ。歩道にこんなプレートが埋め込まれていたが、今年は撤去されたのか、見当たらなかった。工事中のビル建設現場の前だったので、一時的な撤去なのかもしれない。 -
イチオシ
ここに立つと、正面にど~んと神奈川県庁本庁舎のキングが聳え、両脇にかろうじてクィーン(右側)、左にジャック(左側)を従えている。クィーンとジャックはかなり離れて見えるので、一枚の写真に収めるには広角レンズが必要になる。
平日ならば、県庁内部の見学ができるのだが、恒例の新年会は休日なので、なかなか県庁の見学をするチャンスがない。アールデコ風の玄関の装飾、宝相華が飾られたホール、竣工当時のままの 旧貴賓室や 旧議場などの見所があるらしい。屋上の展望台からは横浜港、みなとみらい地区の眺めが楽しめるというが、又の機会にゆずるしかない。神奈川県庁本庁舎 名所・史跡
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2番目のポイントは、大さん橋突端にある。
横浜港大さん橋国際客船ターミナル 名所・史跡
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ここにもビューポイントのマークが付けられている。
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大さん橋国際客船ターミナルビルの屋上である。通称くじらの背中という愛称で親しまれており、観光客やジョギングを楽しむ市民でいつも賑わっている。
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くじらの背中からは、横浜港の360度の眺望が利く。水上バスや観光船が行きかい、遠くにはベイブリッジが眺められる。
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山下公園方面に目を向けると、マリンタワー上空に彩雲が出ていた。
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みなとみらい遠望。ここの夜景は日本随一の美しさだが、すでに3~4回眺めたり撮影しているので、今回はパス。
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三番目のビューポイントに向かう。そこは赤レンガ倉庫の敷地の中にある。大さん橋から象の鼻パークを通って徒歩で向かう。
象の鼻パーク 公園・植物園
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象の鼻パークの一角に、明治から大正にかけて使われていた鉄軌道と転車台があった。横浜税関専用の施設だったが、関東大震災で被災し、その後は、埋め立てられて倉庫が建てられていた。その後、象の鼻パークを整備する際に、転車台の遺構が見つかったのだが、今では広場になっていて、時折イベントが催されているらしい。
ここからは、キングとクィーンはよく見えるがジャックは、キングの後ろに隠れて見えない。 -
転車台跡地からのクィーンの眺め。横浜税関本関庁舎の塔で全長51mあり、1934年完成した。イスラムのモスクを連想させるデザインである。
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大さん橋から象の鼻パークを通って赤レンガ倉庫に向かうとき、象の鼻パークからも三塔が同時に見える場所を発見。中央のジャックはわかりづらいので拡大表示してみた。
後で地図でみると、象の鼻パークのこの場所は赤レンガパークのビュースポットとジャックの中間に位置している。ただし、ここよりもジャックに近づくと遊歩道陸橋に隠れてしまう。 -
赤レンガパークへの移動途中、可愛い女の子がダンスしている撮影シーンに出くわした。コマーシャルフォト撮影だったら撮影を遠慮すべきところだが、大掛かりな撮影機材やスタッフはいないので、どうやらカップルが遊びで撮影しているようなので、遠くから一枚パシャリさせてもらった。
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赤レンガパークの大さん橋に近い端っこにそのビューポイントはある。ジャックが一番遠いのでわかりにくいが、クィーンとキングからも距離があるので、象の鼻パークからの眺めよりバランスが良い。
横浜赤レンガ倉庫 名所・史跡
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ここにも三塔のプレートが埋め込まれている。
横浜三塔物語がいつ頃、どういう経緯で生まれたのか定かではない。関東大震災後の復興期には、この3つの塔はどこからも良く見え、横浜港に入港する外国船の船乗りたちがトランプの絵札の名前を付けて呼んでいたらしい。その後、様々な建築物が立ち並び、三塔同時に見える場所が減少していくにつれて、こんな都市伝説が生まれたようだ。
いまでは3月10日が「横浜三塔の日」に定められ、横浜市や民間の様々なイベントが開催されて、横浜観光に一役買っている。 -
赤レンガパークをしばしブラブラ。
「かもめハープ」というモニュメントがあった。そばの説明プレートによると2001年に横浜青年会議所の創立50周年記念事業として公募されたデザインに基づいて制作され、市に寄贈されたという。横浜港でよく見かけるカモメとベイブリッジのワイヤーから着想されたものらしい。 -
2棟の赤レンガ倉庫の間の広場に仮設テントが設けられ、長蛇の列ができている。なんだろう?
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子供向けのトランポリンのような遊具も置かれている。
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どうやら「ストロベリーフェスティバル」というイベントらしい。ネットで調べてみると、2013年から毎年行われているイチゴのスィーツや雑貨などの店が出店して、さまざまなイベントもやられているということだが、その程度のイベントにこれだけの人が集まるというのがむしろオドロキである。
興味はないので、三塔の施設見学に向かう。 -
まずクイーンの横浜税関へ。
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サイクリング途中、ベンチで休んでいる若者に鳩が群れている。餌付けしているわけではないのに、鳩が寄ってたかっている。何か不思議な光景である。
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横浜税関資料室「クイーンのひろば」に行ってみると、なんと2月6日から3月9日までリニューアル工事で閉館中だった。ここは昨年見ているのでそんなにがっかりするほどでもない。
以下、資料室内部の写真は昨年撮影したもの。横浜税関本関庁舎 名所・史跡
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クイーンの広場では、横浜港の開港からの歴史・横浜税関の沿革の年表、貿易の変遷、麻薬やけん銃などの密輸の手口、知的財産を侵害した偽ブランド商品やワシントン条約に該当するはく製や標本等などが映像や実物展示されていて、地味ではあるがなかなか面白い所なのである。
横浜税関は、1859年(安政6年)に鎖国を解き横浜開港と同時に神奈川運上所を開設したことに始まる。明治5年に横浜税関と改称され2回ほど改築されたが、関東大震災で倒壊。現在の庁舎は昭和9年に完成した建屋で、このとき、青いドームのエキゾチックな塔が作られた。お堅いイメージの税関には似つかわしくない優雅な建築物であるが、その高さについては秘話が残されている。
当時の横浜で一番高い建物は神奈川県庁のキング(高さ49m)であったが、横浜税関庁舎の最初の設計では高さが47mだったのを第22代税関長、金子隆三が、「国の機関である税関の建屋が地方行政機関の建物より低くてはメンツが立たぬ」といって強引に設計変更させ、51mに設計変更させたというのである。そのために建築費がどれだけ増えたのか資料はないようだが、つまらない見栄のために国民の血税をいとも簡単に無駄遣いする役人根性には腹が立つ。似たようなことは現代でもありそうな気がする。
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税関の大事な仕事の一つが密輸の監視・摘発である。密輸品も時代のニーズを反映していて時代ごとに変遷している。終戦後は生活必需品が必要とされ、砂糖、石鹸、タバコなどの密輸が多かった。戦後復興が進むとぜいたく品が欲しくなり、時計、カメラ、コーヒー、大型家電製品などが密輸の対象になってきた。やがて暴力団の武装化が進み資金確保のため、拳銃、麻薬などの密輸が増加してくる。高度成長期に入ると金やペットブームにあやかって規制動物の密輸も目立つようになる。
現代では一般市民にも入り込んできた覚せい剤密輸が大きな社会問題になっている。 -
5年前に本牧ふ頭で摘発された覚せい剤密輸の展示。コンテナの外壁と内壁の隙間に250kg、末端価格150億円の覚せい剤が隠されていたという。さすがに覚せい剤の袋はイミテーションだが、それ以外は本物が展示されている。
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1960~70年代に使われていた旅客用金属探知機。刃物などの金属製凶器を検出するのに使われていたものだが、これも現代では大きく進歩しているだろう。しかし、これは税関の仕事???
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摘発した偽ブランド品の展示。
下の写真、ルイヴィトンのバックだが、どちらが本物でどちらが偽物がわかるだろうか? 玄白には全く区別がつかない。様々な偽ブランド品を瞬時に見分ける税関職員の能力に脱帽。 -
ワシントン条約で規制されている動物、その加工品の密輸品の実物。みごとなトラのはく製である。
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イチオシ
クィーンは今回は閉館中だったので、昨年見られなかったジャックの横浜市開港記念会館へ。横浜開港50周年を記念し、市民の寄付金により1917年(大正6年)に創建された。関東大震災で壊滅的被害を被ったが、昭和2年に震災復興事業の一環で当初の通りに復元されて、大正時代の趣を今に伝えているレンガ造りの建築である。
現在も市民の公会堂として現役で活用されており、しかも国の重要文化財に指定されている。横浜市開港記念会館 名所・史跡
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ジャックと呼ばれる時計塔は高さ36m。キングは重厚、クィーンは優美な佇まいの塔だが、ジャックは華麗という形容詞がピッタリする。
なお、この時計塔だけは関東大震災でも倒壊せずに生き延びた貴重な建造物である。 -
正面玄関の2階部分にはバラ窓がしつらえられている。
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解説ボランティアが常駐していて、頼めば無料で案内してくれるのだが、じっくりマイペースで見たり写真を撮りたかったので、気ままに見てまわった。
順路に従って2階に上がると、バラ窓があるコーナーがある。2階の広間とバラ窓の間のスペースが資料展示室になっているのだが、その境にきれいなステンドグラスがはめ込まれている。 -
ステンドグラスの題材は、右側が箱根越え、左が呉越同舟になっている。ステンドグラスというと教会建築を連想するが、ここのステンドグラスはキリスト教臭さは全くないのが新鮮な感じがした。
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資料展示室入り口の上にはめ込まれたステンドガラスの図案は鳳凰である。中央には横浜市の市章「浜菱」が描かれている。
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バラ窓を内部からみるとこんな具合である。はめ込まれたガラスの円形の部分だけ曇りガラスになっている。
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資料室には、開港記念会館の建築史、建築にかかわった人物の紹介などと共に、このステンドグラスの修復の様子がパネル展示されている。2008年に横浜港開港150周年を記念して、これらのステンドグラスの大々的な修復が一般公開されながら、記念会館地下で行われたそうだ。
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資料室の端に時計塔ジャックに昇るらせん階段がしつらえられている。普段は、この階段を昇ることはできないが、特別なイベントの時には時計塔に昇れるらしい。
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時計塔の反対側の端に八角形のドームがあり、その2階内部はかつては貴賓室として使われていた。表紙に使用した外観写真の一番手前の八角形ドームの中に位置している。創建当時の内装は絨毯、カーテン、壁クロスは贅を尽くした仕様だったという。終戦後、横浜市開港記念館はGHQが接収し、占領軍が映画館やダンスホールといった娯楽施設、女性将校の宿舎として使用していた時期があったが、この貴賓室はマッカーサーお気に入りの部屋だったという。
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天井はいまではシンプルな造作になっているが、創建当時は木工技術の粋を集めた木象嵌の鳳凰が描かれていた。
この部屋に限らず、全体的にはゴシック、ローマンカトリック、ギリシャ風の西洋的建築様式がベースになっているが、細かいところでは東洋風のテイストが混在していて、それがうまく調和している。建築美術に詳しいわけではないが、様々な様式が混在していても違和感がなく、良い味がでていると思える。変なたとえだが、いろいろな食材がごった煮された鍋料理のようなものだろうか。 -
イチオシ
貴賓室から真下の一階に降りる階段室に飾られたステンドグラス。ペリーの黒船来航が描かれている。船の右端奥には、玄白が好きな富士山が描かれている。
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見る角度によってステンドグラスを透過する光の具合が変わり、印象が違って見える。
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木製の階段の手すりには、港町らしく波と貝殻のデザインが彫り込まれている。
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黒船ステンドグラスの階段を下りると、貴賓室の真下が貴賓専用の出入り口になっている。天井の装飾意匠も、派手さはないが気品が感じられる。八角形の建造物は、法隆寺夢殿に代表されるように、日本的な建築デザインと言えるだろう。
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開港記念会館が建つこの地は、横浜商工会議所発症の地であり開港記念会館の一部は商工会議所事務所としても使われていたそうだ。また、明治の美術家、岡倉天心の生誕の地でもあるので、こんな記念碑が立てられている。
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今回の三塔物語巡りでは、横浜税関の見学がなかったので、新年会まで時間が余った。そこで山下公園をブラブラして時間つぶしだ。
公園に向かう途中の開港広場。地元の小学生か地方から社会見学に来た小学生か、ノートを持って熱心にあちこち歩き回っている。先ほどの開港記念会館で出会った一団である。開港広場 公園・植物園
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山下公園に係留されている氷川丸。
「氷川丸」は、戦前に建造された1万トン級貨客船で、太平洋戦争では病院船として運用された。戦後は1960年まで北太平洋航路で運航を続けた。現役を退いた後は
ここにに係留され、博物館船として一般公開されている。戦前に創られた唯一現存する貴重な貨客船であり、経済産業省認定の近代化産業遺産、さらに2年前には国の重要文化財に格上げされている。山下公園 公園・植物園
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氷川丸の近くの海面には海鳥がたむろしている。キンクロハジロかな?
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公園のほぼ中央にモニュメント像がたっている噴水がある。円形の噴水池の中心に建てられた像は、横浜市の姉妹都市であるアメリカ・サンディエゴ市から1978年に贈られた「水の守護神」だという。
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春になれば園内にバラが咲き乱れ、ベイブリッジや港を行き交う船が眺められ、水の「守護神噴水」や「赤い靴はいてた女の子」像などの記念モニュメントがあちこちにあり、年間を通じて観光客が集まる観光名所ともいえる都市公園である。
じつは玄白は1995年から8年間横浜市民だった時期がある。当時は仕事で忙しく、市内を観光するなどということはほとんどなかった。現役を離れ、たまに横浜を訪れると、幕末から発展し続けてきた歴史の町でもあり、観光の町でもあるということを改めて実感する。
そろそろ、新年会の時間が迫って来たので、宴会場であるホテル横浜キャメロットジャパン内の日本料理「桂川」に向かうとしよう。 -
イチオシ
新年会の写真は無し。
一年ぶりに会う昔の仲間たちとの楽しいひと時を過ごしたあと、いつもは横浜港、みなとみらいの夜景撮影に行っていたが、さすがにもう飽きた。そこで、丸の内側の工事が終わりきれいになった東京駅とその周辺の都市夜景を撮影するため、途中下車。東京駅 駅
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イチオシ
丸の内仲通りの恒例の冬のイルミネーション。200本以上の街路樹が上品に輝く丸の内オリジナルカラー「シャンパンゴールド」のLED約93万球で彩られたイルミネーションである。
丸の内仲通り 名所・史跡
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クリスマスシーズンには大勢の人でにぎわっていたであろうが、今は人通りは少なく閑散としている。あと一週間でこのイベントは終わる。いつ見ても変わらないとは思うが、やはりクリスマスの頃に見ることで華やいだ気分になれるということなのだろう。
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東京駅丸の内中央口から日比谷通り和田倉門交差点まで一直線に伸びた広い歩道が整備された。日比谷通り付近から東京駅を遠望する。
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皇居のお堀端をブラブラ。お堀にも白鳥が飛来しているんだな。
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お堀の水面に映り込んだ日比谷通り沿いのビル群の夜景を撮ろうとしたのだが、風が強く、きれいな映り込みは無し。しかもビルの明かりが寂しい。この日は三連休の真っただ中で、ビルの明かりが少ないのは当たり前か・・・
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やはり、都市夜景は平日でないとダメだ。政府が推し進めようとしている働き方改革が進み、企業で働く人たちの残業が減ると、平日でも早い時間でないと華やかなビル夜景は見られなくなるかもしれない。
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期待していた夜景撮影はできそうもないので、芝公園の方に酔い覚ましをかねてブラブラ歩いていく。
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イチオシ
芝公園4号地からみる東京タワー。東京タワーのライトアップはいつものオレンジ色である。
芝公園 公園・植物園
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東京タワーの真下で仰ぎ見る。
東京タワー 名所・史跡
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イチオシ
もう一枚。
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歩道橋の上から、東京タワーと車の光跡のコラボ。今回の夜景撮影は、チト消化不良気味。いずれ再チャレンジすることにしよう。
あまり遅くならないうちに帰宅することにする。次の東京、横浜といった大都市訪問はいつになるだろうか。
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