2017/10/07 - 2017/10/07
23位(同エリア88件中)
- #トランシルヴァニア地方
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この日は、900年前の町並みが世界遺産に登録されているシギショアラを去って、ブチェジ山脈東側にあるシナイアの町へ移動する日。
その前に、シギショアラのお名残りの散策もして、お気に入りになったパンの器に入った豆のスープも食べて行こう。
あとは、シナイアへの移動の途中、道筋にあるルペアの町のルペア要塞にも寄ってみたいけどどうかな。
時間的には余裕があるけど、お天気の方があんまりよくないのよね…。
ルペア要塞前の駐車場に着いてみると、雨はパラパラ程度。
「俺は車で休んでいるから一人で行ってこい。」と言う旦那を残してルペア要塞へと上って行ってみます。
表紙の画像は、ルペア要塞の本丸城壁内側。
ポツリポツリと訪れる人の姿が一層侘し気。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ここはまだシギショアラ。
シギショアラ歴史地区があるデアル・チェタツィーの丘の東側には、この画像でも見えている時計塔の下をくぐって、12月1日通りという大きな道へ下りて行く坂道有り。
その坂道には、朝食メニューもあるカフェ・レストランが何軒かあるので、その内の一軒で腹ごしらえをしてから最後の散策へ行くことに。 -
この日、入ってみたのは、上掲の画像で説明した坂道途中にあるこのカフェ・レストランで、店名はマルティナ・ウンド・ハーバーマン。
この日はお天気が悪かったので屋内席へ行きましたが、気候・天候が良ければ外のお席へどうぞ。 -
上掲の画像のカフェ・レストラン、マルティナ・ウンド・ハーバーマン。
ドイツ語系の名前なのは、シギショアラ歴史地区はトランシルヴァニア・ザクセン人によって12世紀以降に建造された町で、今もそのドイツ系の子孫が残っているから。
さて、メニューを見てみると、シギショアラの別のお店で食べてお気に入りになったパンの器入り豆のスープがあったので、このお店でも食べてみることに。 -
イチオシ
マルティナ・ウンド・ハーバーマンでの食事。
旦那は卵やソーセージの朝食。
手前がSUR SHANGHAIが頼んだ豆のスープ(CIORBA DE FASOLE)。
トランシルヴァニア地方では、普通のスープ皿のほか、円筒状のパンを刳り貫いた器でスープを出すお店も多数。
観光地だとそれを売り物にしていて、メニューに画像も付いていたり。
一度頼んでみるといいですよ。
スープと言っても具が多くてシチューのようなとろみがあり、汁気が漏れることはありません。
高さ20㎝はあるこんなパンがドン!と出て来て驚きます。(笑) -
マルティナ・ウンド・ハーバーマンで食べたパンの器に入った豆のスープ。
パカッ!とパンの蓋部分を取ると、こんな感じ。
インゲン豆のほか、さいの目に切った人参やジャガイモ、パプリカ、ハムなども入っているんですが、こってりし過ぎず日本人好みの味。
スプーンでパンの内側も削りながらスープと一緒にどうぞ。
量は多いので、お昼ならこれだけでお腹いっぱいになります。
オーダーし過ぎにご用心! -
お名残りの食事の後は、シギショアラ歴史地区があるデアル・チェタツィーの丘の東麓を通っている12月1日通りへ。
この通りの名の由来は、ルーマニアの独立記念日(12月1日)。
2,3階建てのカラフルながら古さを感じさせる町並みで、小さなホテルなどのほか、町の人たちが日常寄るような一般的商店が並んでいます。
道自体はさほど魅力的ではないんですが…、12月1日通り 広場・公園
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イチオシ
…タルナヴァ・マレ川寄りの12月1日通りからは、デアル・チェタツィーの丘にあるシギショアラ歴史地区の時計塔などが見えてフォトジェニック。
画像右手の緑色の建物の上に見えるのは、鍛冶屋の塔。
お天気が良ければ、もっと光と影のメリハリがある眺めになったんでしょうね。12月1日通り 広場・公園
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これも12月1日通りから見上げたデアル・チェタツィーの丘にある時計塔。
あの時計塔の時計横にあるからくり人形は17世紀に取り付けられた物で、これは今でも毎正時に動く様子が見られますよ。12月1日通り 広場・公園
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さ、そろそろシギショアラを出て、今日の目的地のシナイアへ向かおうか。
結局、シギショアラで晴れたのは到着した日の午後だけだったね。
せっかくのカラフルな町並みもどんよりとしか撮れなくて残念だった。12月1日通り 広場・公園
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シギショアラを出たのはお昼頃。
今日向かうシナイアへはE60号線(13号線)を南下して行けばいいだけだから楽ちん楽ちん。
最初ブカレストからシギショアラに来た時に、この道筋にあるルペアの町のルペア要塞が見えたんだよね。
出来たら寄ってみたい! -
シギショアラからルペアまでは50㎞足らず。
ルペア要塞は、高さ120mあるという玄武岩の丘の上に残っていて、E60号線(13号線)からもよく見えます。
側面から見ると、カタツムリの殻のように頂点へ向かって渦を巻いている様子がよく分かります。
丘の上に上って行く分岐点の標識をお見逃しなく。 -
ルペア要塞のある丘へ上って行く道から見た要塞。
ルペア要塞入り口前には大きな無料駐車場があって、そこまでは車で行けるようになっていましたよ。 -
ルペア要塞がある丘の上まで行くとそこは無料駐車場。
その駐車場から見たルペア要塞。
このルペア要塞が、時のハンガリー王に対抗したザクセン人によって建てられたのは1324年とのことですが、紀元前以前の考古学的遺物も発掘されていることから、この丘には古くから人類が住んでいたようです。 -
旦那が「車で休む。」と言うので、一人ルペア要塞を見に行くことにしたSUR SHANGHAI。
これは、ルペア要塞の敷地を囲む外壁。 -
ルペア要塞への入口は? とあたりを見ると、チケットブースらしき小屋と要塞内への出入口になっているらしき城門が。
せっかくここまで来たけど、一般公開されているのかな。
このお天気だし、開いていないかも? -
チケットブースらしき小屋に近づいて行くと、ルペア要塞は一般にも公開されていてチケットは10レイ。
この10月上旬にはオープン時間は9:00ー19:00と出ていましたが、さらに日が短くなる時期にはオープン時間も短くなるのかも?
このチケットブース周りには、お土産屋さんやトイレもありました。 -
イチオシ
チケットブース前から見たルペア要塞敷地の外壁+城門。
その奥の丘のてっぺんには要塞の本丸部分が見えています。
ルペア要塞のルペアは、ラテン語で岩を意味するRUPESと言う言葉から来ているというのが実感できるゴツゴツとした無骨な眺め。 -
ルペア要塞の見取り図。
中央上部に出ている三つの塔の絵柄が入った紋章は、ルペアの町のもの?
この画像はクリックすると大きく表示されます。
●注: この図は、左手が北になります。
南北に細長い形のルペア要塞の敷地。
画像左手(北側)に見えている赤い矢印と●が、上掲の画像に写っている城門。
赤い線で囲まれた部分がルペア要塞の本丸部分で、水色で示された線が観光用ルート。
規模的には、一通り簡単に見て歩いて30分程度でした。
図には数字が書かれた建物などが載っていますが、その一つ一つの説明はルーマニア語だけだったのが惜しい!
要塞内には、ルーマニア語のほか、ドイツ語や英語でも簡単な説明を付けたプレートがいくつか出ていました。 -
チケットブースそばの城門からルペア要塞敷地内へ。
一段と高く見える部分が本丸部分。
そこを目指してテクテク。
そうそう、敷地内に入った後は、気づいた限りでは売店もトイレも見かけませんでした。
チケットブース近くの売店やトイレに寄ってからどうぞ。 -
ルペア要塞の第二の城門。
今はすんなり通り抜けできますが、かつては衛兵に守られ、頑丈な扉や柵なども設けられていたのでは? -
ルペア要塞内の城壁。
元からある岩壁をうまく利用して造られている部分も有り。 -
1324年に築かれたルペア要塞は、1432年から1437年にかけてトルコ系の異民族に襲撃されて略奪されたほか、1643年には一度見捨てられたり、その後はハプスブルク家の手に渡ったりという歴史があります。
今見るルペア要塞の姿に栄枯盛衰の陰りがあるのはそのせいでしょうね。 -
第三の城門は失われていたルペア要塞。
これは本丸部分を見上げた様子。
左手に見える尖った建物が、要塞のてっぺんにあるトップ・ロッジ。
この辺りの建物のいくつかは補修されていて内部見学も可。
ただし、特に見るべきものは置いてありませんでした。 -
ルペア要塞のてっぺんにあるトップ・ロッジに向かう階段通路。
ルペア要塞は、1716年にペストが流行した際には感染を恐れて逃れてきた人々の避難所にもなっていたそうです。 -
ルペア要塞から見下ろした麓のルペアの町。
これは、これから行く南東のブラショフ方向。
画像手前の大きな赤い屋根はルペアの町の高校かな。
黒く耕された農地の向こうにE60号線(13号線)も写っているんですが、この画像だと見えるかどうか。 -
ルペア要塞のてっぺん部分に通じる道は一つだけではなく、こんな狭い通路も。
SUR SHANGHAIも、ほかの見学者と一緒にここを通って行こうと思います。 -
ルペア要塞のてっぺんを含む本丸部分には修復された建物が数軒。
上の方で言ったように、1432年から1437年にかけてトルコ系の異民族に略奪された経緯があるからなのか、展示品は無くて建物だけ。 -
これが、ルペア要塞の本丸の中でも一番高い所にあるトップ・ロッジと呼ばれる建物。
上の方に出した敷地見取り図では、22番の建物がそう。
一番高い所にある建物と言うと、要塞の主の住まいだったんだろうと思ってしまいますが、説明には単に『昔の牢獄の跡に築かれた建物で、今見る姿は18世紀に立て直されたもの。」とだけ出ていました。
何のための建物だったのやら。
中に入ってみると…、 -
…現代になってから置かれたらしきテーブルと椅子があるだけ。
なんじゃ、こりゃ? -
ルペア要塞のトップ・ロッジのあたりから見下ろしたルペアの町。
お天気が良かったらもっと遠くまで見えただろうな。 -
旦那も待ってるだろうし、そろそろ駐車場へ戻ろうかな。
今度は城壁に沿った階段を慎重に。 -
上の方でご紹介したような歴史を持つルペア要塞が最終的に廃墟化したのは、1790年の猛烈な嵐の後。
それまではもっとたくさんの建物が並んでいたんだろうな、と思わせる遺構がありました。 -
ルペア要塞も、月夜に訪れたら荒涼とした美しさが味わえそう。
-
イチオシ
ルペア要塞の第三の城門があったあたりまで下りて来た。
城壁によってルペアの町を見下ろしている人は何を思っているんだろう。 -
視線をちょっと右に向けると、今日出て来たシギショアラ方向の眺め。
いつかまたこの地にやって来ることはあるだろうか。 -
最初にルペア要塞敷地内に入った城門が見えて来た。
こうして見る城門や見張りの塔の赤い三角屋根は可愛くて、とても上の方で書いたような歴史をたどって来たとは思えない。 -
城壁の外に出る前に、振り返って見たルペア要塞。
ほんの短い時間だったけど、タイム・スリップした気分だったな。 -
車で待っていた旦那は、SUR SHANGHAIがどこまで行ってしまったのかと気が気じゃなかったらしい。
それだったら、一緒に来ればよかったのに。(笑)
ルペアの町を去ってE60号線(13号線)でシナイアに向かい始めたらまた降り始めた雨。
ルペア要塞を歩いている時にこんなに降らなくてよかったな。
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