2017/09/13 - 2017/09/29
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Nitta Minetoさん
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「夏のイタリア15日間の旅」……思い切った判断だった。
ヨーロッパを巡るときはこれまで、一所に収まらない「周遊スタイル」を基本とし国数を稼いできた。ところがイタリアは海に突き出た半島である故、「ついでに立ち寄って観光」というのはやや無理がある。やはりその魅力をしっかり味わうには「軽いつまみ食い気分」を見直し、腰を据えてローマへの道へ分け入って行かねばならないと腹をくくった。そういうわけで今回は半月の日程のほぼ全てがイタリア、という旅行になった。ベネ。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ローマは古からローマのまま。名も場所も2,700年以上前から変わりはない。
その中心にコロッセオがある。心臓のような存在感で今日も変わらず建っている。 -
そのコロッセオの足元から1本の石畳の道が延びている。この道もローマの時代からあった。
人々はVia Sacra「聖なる道」と呼んだ。 -
道の終点まで歩けばコロッセオもかなり小さく、遠くなる。
聖なる道は600mもの長さがあるからだ。 -
そしてここまでの間には道の左右に、ローマの遺跡が途切れることなく立ち並んでいる。
ここはかつてのローマにとって、とても神聖で尊かった場所。 -
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在りし日には多くの人々が行き交った場所だ。
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たぶん彼の祖先も…。
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古代ローマは地中海の国々を武力で征服した。
強いローマ軍は四六時中、地中海世界のどこかで戦争へ出掛けている状態だった。 -
先頭に立つのは常に皇帝。
彼の役目は兵隊を正しく戦地へ率い、誤ることなくローマへと連れ帰ることだった。 -
皇帝は確かな平和をローマの街に届けた。皇帝が凱旋門をくぐるたび、ローマは皇帝と結婚し強い夫婦になっていった。
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しかし、いつのころからか皇帝の凱旋は減っていった。
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強さを失ったローマは幾度も蛮族の侵略を受け。
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街は破壊され、廃墟となっていった。
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けれども人々はローマを捨てずに、留まって頑張り続けた。
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諦めることなく、古びた廃墟の上から新しい街をどんどん建てていった。
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世界を従える力は手放したけれども、街は活気を取り戻し何度も栄えた。
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美しくなった街並みと、それに相応しい芸術や学問が発展、世界の歴史に違った足跡を残していった。
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そして今日、ローマに集う人々が求めているのは。
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すでにこの世を去った先人たちの魂が残した。
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この街の膨大な遺産。
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この街でしか味わえない空気。
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生活が進化しようと流行が変わろうと、ローマは古からローマのまま。
そんな変わりのない街を、人はふと歩きたくなるのかもしれない。
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