2017/10/13 - 2017/10/15
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nichiさん
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蔵王で紅葉を満喫した後、最上義光のお城と言っても過言ではない山形城へ!
このお城、面白い!
復元に向けて行政が頑張ってます。
山形城は二の丸から三の丸までも含め235万㎡です。
江戸城は230万㎡の広さなので、山形城がいかに大きいかが判りますよね。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテルから徒歩で山形城へ向かいます。
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山形城の中の二の丸が霞城公園として残っています。
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堀が美しいです。
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山形城は霞城とも呼ばれています。
なぜか?
ググってみました。
関ヶ原の合戦の頃に直江兼続が富神山から山形城を十日間見ていたものの、
霞がかかって何も見えなかったことから霞城と呼ばれるとのこと。
ふーん。。 -
家内も撮影。
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この橋が霞城公園の入口でもあります。
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石垣の間を入っていきます。
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霞城公園には、市営球場、バレーコートやテニスコート、
県立体育館や県立武道館などのスポーツ施設。
野外音楽堂や県立博物館や県立郷土館などの文化施設があります。
これら全てが山形城の一部である二の丸があった場所にあるわけです。
広いお城だったんですね。
ちなみに山形城は二の丸から三の丸までも含め235万㎡です。
江戸城は230万㎡の広さなので、山形城がいかに大きいかが判りますよね。
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石垣の間を通って霞城公園の中に入ります。
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1356年に斯波兼頼が羽州探題として山形に入り、1357年に最初の山形城が築城されました。
その後、斯波は最上氏を名乗り、山形城を居城とします。
最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となりました。
最上義光は、城郭を拡大し三の丸を構築、家臣たちの屋敷を築き、城下町を整備し、山形城を中心とした城下町が構成されました。
100万石の城下町として山形は繁栄しました。
城郭構造の基礎は、この最上義光の時代につくられています。 -
明治時代、廃藩によって山形藩に代わり山形歩兵第三十二連隊が入った時、この本丸堀は埋められました。
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山形県はこの本丸堀を掘り起こし、元の姿に復元しているようです。
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本丸堀の発掘時、江戸時代に石垣の一部が崩落していたことが判りました。
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これらの石が、江戸時代後期に崩落した石垣の一部の石です。
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ここ本丸堀は空堀ではありませんでした。
ここにも水があったんですね。 -
最上義光の頃の本丸の絵です。
本丸は屋敷で天守閣が無かったことが判ります。 -
本丸へ渡る堀の大手橋が見えました。
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山形藩の歴代藩主。
やっぱり関ヶ原で活躍して初代藩主となった最上義光が一番有名ですね。
このころは57万石ですが、約270年後の明治初期である版籍奉還の頃には5万石まで減っているんですね。
知りませんでした。 -
家内も見入っています。
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深さ7mの深さがあった水堀と、土塁を含め高さ10mの土手の説明です。
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それがこんな感じ。
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少し高い所から眺めることができます。
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登ってみましょう。
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少し高い所から
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手前が大手橋。
見える門が高麗門。
門の左右の土塀が桝形土塀。
桝形土塀の下が桝形石垣。
この門の中に桝形・櫓門・一文字門があります。 -
2012年~2014年にかけて復元された桝形土塀。
美しいです。 -
復元工事の説明です。
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本丸一文字門の説明です。
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美しく復元しています。
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さあ大手橋を渡りましょう。
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高麗門を入ると中は桝形と言われる広場のような場所。
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この石垣の上に一文字櫓が。
石垣と石垣の間のスペースに櫓門があったわけですね。 -
昔はこうだったんですね。
大手橋を渡って高麗門を入ると桝形と呼ばれる広場があって、右に進むと一文字櫓があってそこには櫓門。 -
ここに本丸があったんですね。
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現在復元工事中。
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東大手門方面に歩いていると、
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最上義光の騎馬像がありました。
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馬が二本足で立つ勇ましい騎馬像です。
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右手に槍を持ち、勇ましい姿の最上義光です。
ググってみました。
上杉景勝の重臣直江兼続が攻めてきた時、最上義光自らが陣頭になって決戦の場へ向かっていく勇姿を山形鋳物で再現した像でした。 -
二の丸東大手門は山形城の二の丸にあった枡形門です。
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午後4時まで公開?
おっ!
まだ間に合います。 -
入ってみましょう。
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振り向くと先ほどの最上義光の騎馬像があります。
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東大手門を見下ろします。
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中はこんな感じ。
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1991年に復元されたこの東大手門の工事の様子。
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発掘された瓦類です。
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背割り
この柱は割れたのではありません。
柱の中心まで割れ目を入れて、乾燥した時に割れてくる力をここに集める。
つまり木が割れないように割れ目を入れているんですよね。 -
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櫓の中は広いです。
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外を覗きます。
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先ほど見た最上義光の騎馬像が見えます。
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東大手門櫓を出ました。
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東大手門を内側(城内部側)から見ます。
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2014年夏に公開された映画「超高速参勤交代」。
ここでロケが行われました。 -
どこかのツアーの説明に2人で耳をそばだてます。
1991年に復元されるまでの様々なお話のようでした。 -
しゃちほこ
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映画「超高速参勤交代」は、貧乏藩が予算がないのに幕府の命令でなんとか江戸に出向くストーリー。当時の参勤交代の厳しさや、でも領民や幕府には堂々たる姿や態度を示さなくてはならない当時の貧乏藩の悩みと葛藤を描いている映画でした。
その映画のラストシーンの撮影が、ここ山形城 東大手門を使って撮影されたとのことでした。
映画は見ました!
でもストーリーは覚えていても細かいことは覚えてなーい! -
東大手門から外に出ます。
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振り返ります。
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逆光ですが、ここがお城の正門です。
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ここが山形城の正門です。
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お濠
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すぐ隣には山形新幹線の線路。
昔のお城の敷地の中に新幹線の線路があるようです。 -
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今、通ってきた二の丸東大手門の説明です。
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