2017/11/26 - 2017/11/26
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Donkyさん
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11月下旬のある日ちょっと「小田原」へ行ってきました。
小田原には、明治の半ばから多くの政財界人や文人が邸園(邸宅と庭園)をかまえました。
海や山に囲まれた素晴らしい眺望、温暖な気候、豊かな食材などで多くの人を魅了した小田原。
「小田原邸園スタンプラリー」では、そんな個性豊かな小田原の邸園をめぐります。
お昼は小田原早川港の魚屋直営で「鮮魚の達人」がプロデュースする「海鮮丼屋 地魚-海舟」で自慢の海鮮丼などをいただきました。
うす皮あんぱんの「柳屋ベーカリー」・小田原城の建屋そのままの店舗である「ういろう本店」など他ではちょっと見られない街並みを見てちょっとだけ前頭葉に刺激をいただきました。
小田原駅構内にある 旅行者が顔を出して撮る記念写真プレートに、「小田原提灯ぶら下げたお猿の駕籠や」と並んで「風魔忍者のいでたち」が準備されており、「小田原」は「風魔忍者の里」であることも知りました。
注)ブログ記事のうち各訪問先の紹介文はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』および夫々の公式サイトから抜粋・加筆したものです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ご存じのように小田原市(おだわらし)は、神奈川県西部の市です、施行時特例市に指定されています。
関東地方の南西端に位置し、戦国時代には後北条氏の城下町として栄えました。
また江戸時代には小田原藩の城下町、東海道小田原宿の宿場町としても繁栄しました。
さらに箱根峠より東側の宿場町として、現在も箱根観光の拠点都市でもあります。1876年(明治9年)4月17日までは、現在の神奈川県西部と静岡県伊豆半島を範囲とする足柄県の県庁所在地でもあった西湘地域の中心的な都市です。 -
小田原提灯とかまぼこ、梅、等の特産地として全国的に有名です。最近では小田原バーガーや小田原どん、かまぼこドッグ、オリーブを売り出しています。
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中でも 蒲鉾の「鈴廣」はお正月の風物詩となっている「箱根駅伝」の小田原中継所として知名度は全国的ものになっています。
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駅周辺の再開発、および郊外での住宅、都市開発も少しずつ進んでいます。
神奈川県のほぼ南西端に位置し、西は箱根に連なる火山の外輪山の跡である山地となっています。南は相模湾に面し、遠浅の海に小漁港が点在しています。一時期は東京のベッドタウン化したとも言われましたが、長期不況で人口動態が減少に転じました。 -
沖合いには、関東大震災の震源地となった相模トラフが伸びている為、地震対策に力が入れられています。
気候は太平洋側気候の地域で、四季を通じて温暖ではあるが、冬場は海側から風が吹き込みます。 -
小田原は、温暖な気候ゆえに、明治期以降は多くの政財界人や文学者が居住しました。文学者では、北原白秋や坂口安吾などの文学者など十数名にのぼります。小田原出身の文学者では、近代文学の先駆者とされる北村透谷、芥川賞作家で文化勲章を受章した尾崎一雄、また民衆詩派の中心詩人であった福田正夫や昭和20年代後半「抹香町もの」で一世を風靡した川崎長太郎などを輩出しました。
写真は「小田原邸園スタンプラリー」用紙をスキャンしたものです。 -
このように小田原には出身やゆかりの作家が数多くいます。小田原文学館では、その生涯や作品を常設展示と、特別展示(年1~2回)、館蔵資料をテーマごとに紹介する特集展示(年4回程度)により、幅広く紹介しています。
この洋館は小田原文学館本館として、文学者の資料が展示がされています。
〒250-0013 神奈川県小田原市南町2丁目3-4
写真は「小田原文学館」案内パンフをスキャンしたものです。 -
小田原文学館では、小田原出身やゆかりの作家の生涯や作品を常設展示と特別展示によって幅広く紹介しています。
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小田原へ居住した文学者では、北原白秋や坂口安吾などの文学者など十数名にのぼります。
写真は「小田原文学館」案内パンフをスキャンしたものです。 -
小田原出身の文学者では、近代文学の先駆者とされる北村透谷、芥川賞作家で文化勲章を受章した尾崎一雄、また民衆詩派の中心詩人であった福田正夫や昭和20年代後半「抹香町もの」で一世を風靡した川崎長太郎などを輩出しました。
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小田原文学館は、昭和前期まで活躍した政治家田中光顕の別邸です。
白秋童謡館としても活用されています。 -
田中光顕(たなかみつあき)は、土佐出身の幕末の勤王志士、明治維新後は政治家で、約11年間もの間、長く宮内大臣を務めた人です。そして昭和の時代まで生き、95歳という長命でこの世を去りました。
政界を引退した後は、武市半平太の遺族の面倒を見たり、幕末の志士たちの功績をたたえることに力を注いだようです。 -
茨城県にある「幕末と明治の博物館」や東京都の「旧多摩聖蹟記念館」などの建設に携わり、収集した志士たちの遺品などを寄贈したりしたのです。
有名な高知の桂浜にある龍馬の銅像を建てるときにも昭和天皇の弟の秩父宮殿下から御下賜金をいただいたりと尽力したそうです。
さて文学館の敷地に入ると赤松越しに白壁の洋館が見えます。
写真は「小田原邸園スタンプラリー」用紙をスキャンしたものです。 -
大正12(1924)年に建てられた純和風の建物に加え、
昭和12(1937)年に建てられたスペイン風の洋館があります。
ともに登録有形文化財に指定されており、登録有形文化財(建造物)です。 -
木造2階建,1部地階付,正面右に玄関を設け 内部は開放的な数寄屋風の意匠で,玄関奧には洋室をもち,近代の別邸建築の代表例です。
なお観覧料は以下の通りです。
大人 250円(20名以上の団体の場合は180円)
小・中学生 100円(20名以上の団体の場合は70円)
白秋童謡館、尾崎邸書斎も合わせて見学できます。
尚、敷地内は公園として公開されており、庭園のみの入場は無料です。 -
1階は小田原出身の文学者たちの展示です。
第一展示室には北村透谷、尾崎一雄、川崎長太郎らの作品の展示に加え、
北村透谷にちなんだ島崎藤村の資料も展示されています。 -
第二展示室には福田正夫、井上康文、牧野信一、
薮田義雄、北原武夫、辻村伊助、鈴木貫介、藤田湘子らの作品が展示されています。 -
その他に尾崎一雄邸の書斎もあります。
写真は尾崎一雄邸書斎の見取り図と説明。 -
第一展示室は食堂として使われたお部屋とのこと。
きっと田中伯爵は美しいお庭を眺めながら食事を摂っていたんでしょうね。 -
第三展示室には北条秀司、谷崎潤一郎、佐藤春夫、村井弦斉、斉藤緑雨、小杉天外らに加え、惜しまれつも平成22年末に亡くなったアニメ脚本家、首藤剛志の作品も展示されています。
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第四展示室は西海子通りに居住した作家です。
三好達治、坂口安吾、岸田国士、大木敦夫、長谷川如是閑、
川田順、辻潤、加藤一夫らの作品が展示されています。 -
又、2階の休憩室には、
山下清画伯が描いた在りし日の小田原城の絵画が展示されています。 -
小田原市では南町・西海子小路の小田原文学館向かいにある 旧松本剛吉別邸を小田原市歴史的風致形成建造物として公開しています。
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*小田原市歴史的風致形成建造物とは
認定歴史的風致維持向上計画の重点区域内において地域の歴史的風致を形成し、その維持及び向上のために保全を図る必要があると認められる建造物で、市長が指定するものです。 -
旧松本剛吉別邸は、平成28年3月、市の歴史的風致形成建造物に指定。現所有者の岡田氏から付属する茶室と庭園の一部を借り受け、公開するものです。
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敷地は、もとは明治の元勲 山縣有朋の側近であった松本剛吉の所有でした。その後、東京府農工銀行頭取であった鈴木茂平らを経て、昭和17年に東京日本橋富沢町で木綿卸商「岡正」を営んでいた岡田正吉の所有となりました。
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約2,500平方メートルほどの庭園のなかに主屋と別棟の茶室「雨香亭(うこうてい)」があり、庭園を見下ろす小高い丘には待合が配置されています。
公開している茶室は、六畳の広間と五畳の小間からなり、間に設けられた玄関を中心に左右に角度をつけた特徴的な意匠をもっています。 -
広大な庭園内には池や水路が備えられており、山縣有朋ゆかりの古稀庵に通じる特徴があるとされています。松本剛吉は山縣有朋の側近だった人物であり、政治家ならではのひそかな会合など、山縣の来訪なども考えられます。(以上 同邸公式HPより)
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小田原市内には 小田原城の格好をした店舗があります。国道1号線沿いにある、外観がお城の建物です。小田原城から歩いて数分の距離にある「ういろう(外郎)本店」です。
ういろうが各種並べて売られていますが、店内には喫茶も併設されています。本来ういろうは薬であったことを証明しているのは店の奥に薬局が併設されていることです。
これを初めてみるとちょっとした驚きです。 -
なんだか歴史のありそうな陶器・ガラス細工とお茶を商う古いお店が・・・。
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創業大正10年 うす皮あんぱんで有名な「柳屋ベーカリー」です。
住所: 神奈川県小田原市南町1-3-7 最寄り駅: 箱根板橋駅[出口]から徒歩約12分
営業時間: 9:30~16:00 -
創業大正10年 うす皮あんぱんで有名な「柳屋ベーカリー」です。 「ういろう本店」よりも箱根寄りに位置しており、黒塗りの昔ながらの歴史を感じる木造店舗です。
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店舗左手のショーウインドウ内には、アンパンのラインナップ見本が展示されています。
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ショーウインドウ内のアンパンのラインナップ見本と一緒に、訪れた有名人のサイン色紙もいくつか飾ってありました。また、店舗の古写真や提灯が飾ってある所が、城下町小田原らしさを感じます。
あいにくこの日は日曜でお店の定休日。小田原の商店街は珍しいことに日曜定休日が多いので買い物は事前にチェックが必要です。残念なことに薄皮アンパンは買えませんでした。 -
「海鮮丼屋 地魚-海舟」
外観は、新鮮な魚貝類を取り扱う丼の専門店だとわかりやすいように、大きな写真を設え、店内には大きな大漁旗や小田原の象徴でもある「小田原ちょうちん」を飾り付けています。 -
小田原早川港の魚屋直営で「鮮魚の達人」がプロデュースする新鮮な魚貝類を、小田原らしくアレンジしたメニューを取り揃え、
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どんぶりに「自然の恵み」と「様々な想い」を全て詰め込んで創り上げています。
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大磯港ふじ丸さんから、朝獲れ生しらす不定期で入荷中です!無くなりしだい終了となりますのでお早めに。元気いっぱいのスタッフが、お客様のお越しをお待ちしております。
とのメッセージが・・。
(以上は最新の「小田原海舟」公式HPより) -
大好きなかき揚げ天ぷら(桜エビ)も追加しました。
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帰路の小田原駅構内には「小田原提灯ぶら下げたお猿の駕籠や」と並んで「風魔忍者のいでたち」が記念撮影用に設置されています。なぜ「風魔」かというと
小田原は北条早雲から北条氏直まで北条五代の隆盛を影で支えたという風魔忍者の里でもあります。風魔(かざま、ふうま)あるいは、風摩(かざま)、風間(かざま)は、相州乱波、乱波(らっぱ)とも呼ばれる、戦国時代の相模国で活動した忍者集団で、遅くとも第3代当主・北条氏康の時代から主家滅亡までの間、後北条氏に仕えていました。 -
主家の滅亡後は江戸近辺で盗賊として活動していたそうですが、密告により一網打尽にされたのだとか。江戸の怪盗「風魔」の徒党ってホントにいたのですね。びっくり
『武江年表』の天正18年(1590年)の記事に天正年間に風魔という名の乱破が徒党を組んで、関東で強盗働きを行っていたと記述が残っています。 -
この年(天正18年)を境に姿を消したという記述があり、『北条五代記』が出典として挙げられています。ただし、『武江年表補正略』などを著して『武江年表』の改訂作業を行った江戸時代後期の考証家・喜多村信節は、この記述は誤りで、「乱破」は徒党の名称、「風魔」はその中の一人の名前だと追記しています。
また、現在の神奈川県小田原市付近の相模国足柄下郡風祭の近くに風間谷という地名があることから、忍者の解説書などではこのあたりを根城にしていたと書かれているのです。 -
蒲鉾や箱根駅伝で有名な小田原ですが、その歴史の中でも多くの文学者が過ごした街であることはあまり知られていませんね。
穏やかな散策をお好みの方は お時間のある時にぜひ一度訪ねてみてはいかがでしょうか? お薦めです。
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