2017/11/25 - 2017/11/25
312位(同エリア644件中)
t.oさん
横浜市中区・磯子区の区制90周年を記念し、JRが「駅からハイキング」で横浜の歴史を辿る磯子駅発のコースを開催。このイベントに参加してまいりました。このエリアに現存する、昔ながらの暮らしや自然を体感できるコースを満喫してまいりました。
起点駅・集合時間:神奈川県JR京浜東北線・根岸線磯子駅 10時
歩行距離・所要時間:約10.0km 約4時間
今回のコース:
磯子駅→浜マーケット→横浜市電保存館→根岸なつかし公園 旧柳下邸→根岸八幡神社→根岸駅→根岸白滝不動尊→根岸競馬記念公苑 馬の博物館→根岸森林公園→山手駅→(電車移動)→石川町(元町・中華街)駅
歩行後のお酒とごはん:横浜元町 たまや
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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今回はJR根岸線の磯子駅からスタートです。初めて降りる駅ですね。楽しみです。
磯子駅 駅
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秋晴れの空。絶好のウォーキング日和ですね。先ずは、横須賀街道沿いに最初のポイント浜マーケット方面に向かって歩き始めます。今回はウォーキング仲間総勢7人で歩きます。
磯子駅 駅
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最初のポイント浜マーケットに到着しました。昭和の雰囲気を残したシンプルな入口の看板ですね。
浜マーケット 市場・商店街
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中に入ると、狭い路地に古くから営業しているであろう商店がひしめいております。もともと戦後まもなくの昭和20年(1945年)の暮れ頃、戦時中に戦車が通れるように作ってそのまま空地になっていた 「疎開道路」の一部分、約11 メートルの道に、一間間口( 1、8メートル)の店が片側5、6軒、全部で10軒ほど並んだのが、浜マーケットの始まりだったそうです。
浜マーケット 市場・商店街
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初めはゴザを敷いた上に野菜や乾物を並べるだけ。そのうちみかん箱を置くようになり、よしず張りになり、今のようなアーケードが出来上がったのは昭和29年(1954年)だったそうです。
浜マーケット 市場・商店街
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お花屋さんの看板猫でしょうか。見慣れないお客さんをじっと伺うような。
浜マーケット 市場・商店街
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通り沿いのお惣菜屋さん「グルメショップ・カネヒラ」に名物三角コロッケなるものが売ってましたので購入することにします。
浜マーケット 市場・商店街
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アーケードの途中に設けられた休憩スペースでいただきます。なぜ、三角形なのかはわからないそうですが、先々代から素材のじゃがいもにこだわった、店一番の人気商品だそうです。美味しくいただきました。同じくお店で販売の「横浜ソース」とのコラボはまさに絶品だそうですが、そのことは後で知りました。
浜マーケット 市場・商店街
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休憩スペースに飾られていた芸能人のものと思われる色紙。テレビ取材もあるようですね。
浜マーケット 市場・商店街
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今は、根岸駅、磯子駅のまわりにスーパーや大型店ができて、浜マーケットはかつての勢いを失いましたが、今でも近所の人たちにはなくてはならない大切な商店街になっているそうです。
浜マーケット 市場・商店街
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マーケットを抜けて、小道を歩いた先、磯子小学校前にある真照寺というお寺に到着しました。磯子七福神( 大正7年制定)のうちの毘沙門天が祀られているお寺だそうです。
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モダンな外観のお寺ですが、意外に歴史は古いようです。寺伝では、平安末期の寿永元年(西暦1182年)に磯子の領主・平子有長によって再興されたとのこと。平子有長と言えば、日本三大仇討ちの一つである曽我兄弟の仇討ち事件で曽我祐成(曽我十郎)と切り結び負傷したという人だそうです。因みに日本三大仇討ちの他二つは赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ちだそうです。
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寺伝では、事件で重傷を負いながらも生還できたことを日頃から信仰する毘沙門天の加護と喜び、当寺に毘沙門天像を奉納したとされているそうです。
現在、本堂に安置されている毘沙門天像がそれで、平安後期の作風を今に残すとの理由から、横浜市の指定有形文化財になっているとのこと。 -
歴史のあるお寺ながら境内はどこかしら東南アジアのお寺を思わせるような雰囲気があります。このお寺の真向いが磯子小学校ですが、明治6年(西暦1873年)学制の公布により、このお寺の中に設置された小学真照学舎がその前身だそうです。
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お寺の本堂ですね。この建物はは昭和37年(西暦1962年)の落慶で鉄筋コンクリート造りだそうです。この天竺様式(古代インド様式)の外観は、築地本願寺を連想させますね。
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真照寺を後にして、次のポイント、「横浜市電保存館」に向かいます。
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横浜市電保存館に到着しました。ここは1972年(昭和47年)に廃止された横浜市交通局の路面電車(横浜市電)に関する資料を保存・展示する施設で、横浜市交通局協力会という団体が運営しているそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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なかなかスタイリッシュな建物ですが、これは多目的ホールだそうで、本館は奥のマンションの1階です。因みに右隣りは横浜市営バスの車両基地になっておりました。
http://www.shiden.yokohama/横浜市電保存館 美術館・博物館
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構内に入ると何気なく古びた一本のポールが建っておりました。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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説明書きを見ますと、これは、「残された横浜市電最後のポール」だそうで、昭和3年市電生麦線が開業したときに設置された架線用ポールとのこと。昭和47年に市電が廃止されるに伴いポールが撤去されていく中、奇跡的に2007年まで残っていたものだそうで、ここに移設されたそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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根本には穴が開いておりますが、これは1945年の横浜大空襲の際に被弾した跡だそうです。歴史を刻んだ貴重なポールなのですね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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保存館自体は、市電が廃止された翌年の昭和48(1973)年8月に滝頭車両工場跡地に開館し、その後、昭和58(1983)年には、この市営住宅1階に建て直されたそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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中に入るとまず模型が迎えてくれました。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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入館料を払い奥に進むと、様々な車両が展示されております。昔、横浜の街を走っていた実物だそうです。館内には、7両の市電車両、停留所標識、敷石が当時の姿で保存されているそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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こちらは昭和3年製の500型という車両だそうです。昭和44年に廃車になったそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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車内は木が中心の内装で古さと温かみがありますね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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当時の運転系統図ですね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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ふとみると壁には大きな時計が掛けられています。何かいわれのあるものなのでしょうか?
横浜市電保存館 美術館・博物館
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説明書きを見ると、横浜駅東口で70年間動き続けてきた時計とか。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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こちらは1950年代に登場した1500型の車両。数多くの技術を取り入れた当時最新鋭の車両だったそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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車両の横には当時の系統図が表示
されております。横浜市電保存館 美術館・博物館
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ワンマンカーだったようですね。運転席脇の料金箱。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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花電車もありました。廃止が決まった市電の路線で、最終日に走る車両ですね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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昭和初期当時の車掌さんの制服も展示されていました。なかなかスタイリッシュですね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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貴重な鉄道模型(0ゲージ)コレクションも展示されておりました。吉村コレクションというそうです。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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当時の停留所に使用されていた看板のようですね。この他にも歴史コーナーやNゲージコーナーなど、なかなか見ごたえがある施設でした。この保存館に来るには主なアクセスの手段が自家用車かバスという、どちらかというとウォーキング向きのスポットになりますね。
横浜市電保存館 美術館・博物館
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保存館を後にして次のポイントを目指します。
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坂下橋を渡り向こう岸に向かいます。
この辺りは滝頭と言って、市電の終点があったところですね。
目の前の通りやあの橋も昔は市電の軌道があったのでしょうか。 -
坂下橋から眺めた堀割川です。運河のような感じです。
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坂下町に入って次のポイント「根岸なつかし公園 旧柳下邸」に向かいます。
周辺は昔からの住宅街の様相で古い家並がの路地を進んでいきます。 -
先方に邸宅が見えてきました。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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コースの第2ポイント「根岸なつかし公園 旧柳下邸」に到着です。お屋敷の立派な門構えといった感じですね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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こちらは横浜市が平成8(1996)年に豪商柳下家の敷地を取得し建物の寄附を受けて、できる限り創建当時の姿に復元し「根岸なつかし公園 旧柳下邸」として一般公開しているものだそうです。勿論入場無料。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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下から建物を眺めます。 旧柳下邸(きゅうやぎしたてい)の建物は明治から大正期中頃に建設されたそうです。建物は東館、西館、洋館、蔵から構成されているそうです。洋館の屋根は規模は小さいですが、周辺の町並みからは突出した高さを持っていることから、近隣のランドマーク的存在となっているそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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丘の上に登ります。古き良き大正昭和の木造建築ですね。大正12(1923)年の関東大震災では一部倒壊したものの、大部分は損失を免れ、その後、戦争など激動の昭和史の中を、柳下家の人々により大切に守り受け継がれてきたそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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建物の中に入りました。受付で芳名帳に名前を記入して見学します。写真は玄関からの眺め。落ち着いた雰囲気の廊下です。邸内では大正から昭和初期の暮らしの雰囲気が体験でき、また市民の文化活動の場としても利用されているそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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廊下を歩いてすぐ左手に風呂場がありました。来客を想定しての造りなのか、広い畳敷の脱衣場の奥にまた広い洗い場があり、懐かしの五右衛門風呂が設置されております。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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部屋も畳敷で落ち着いた懐かしい趣があります。部昔の調度品を当時様子を再現しておりますね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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窓から外を眺めると、お庭がまた風情がありますね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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これは昔の冷蔵庫だそうです。上の段に氷を入れて、その冷気で冷やしていたようですね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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蔵のエリアですね。蔵の中は展示スペースになっていて当時の商売道具などが展示されておりました。柳下家は明治初頭より、横浜でも有数の「銅鉄引取商」として弁天通に「鴨井屋」の屋号で店を構え、金属の輸入業を営んでいたそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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書斎だったと思われる部屋からの眺め。家が高台に建っていて眺望も良さそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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柱時計も古そうですね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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これは蓄音機でしょうか。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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洋間もありました。クリスマスの人形が置いてありました。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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大きなクリスマスツリーですね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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建物の外に出ました。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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紅葉がまた良いですね。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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振り返ると遠くに富士山も遠くに眺めることができました。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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陽当りの良いお庭ですね。寒い日には日向ぼっこが楽しめそうです。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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洋館部分を横から眺めます。ま印象が変わってきますね。洋館の屋根にはフランス瓦が葺かれていて、ドーマー窓、銅の棟飾りがついているとのこと。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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柳下邸を後にして、次の根岸八幡神社に向かいます。
根岸なつかし公園 旧柳下邸 名所・史跡
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根岸八幡神社は柳下邸から歩いて5分くらいのところにあります。もともとは、市電保存館の側を流れる掘割川(八幡川)下流の東岸に祀られていたいたものを江戸時代初期、鎮座地が滝頭村となってから約100年後、すなわち明和3年(1766年)に現在地へ遷座されたそうです。
根岸八幡神社 寺・神社・教会
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風格のある拝殿にお参りします。横浜港が開港する遥か昔よりこの地に人々の暮らしがあった証ですね。
根岸八幡神社 寺・神社・教会
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境内入口 の辺りにはご神木もありました。銀杏の木で葉が色付き始めて良い雰囲気です。
根岸八幡神社 寺・神社・教会
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根岸八幡神社を後にして、根岸駅に到着しました。駅ハイのコースの地図の裏の所定欄にスタンプを押します。
根岸駅 駅
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駅でスタンプを押した後、ちょうどお昼時だったので、近くのイタリアンで軽くランチをしました。ちょうど中間地点。この後の行程を考えて軽めにオードブルとサラダ中心の食事で済ませてお店を後にしました(お店と料理の写真は撮るのを忘れてしまいました(^^;)。
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次のコースポイント、白滝不動尊に到着しました。かなり急な石段ですね。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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石段脇には白滝不動尊の説明書きがありました。同じく根岸にある宝積寺の境外仏堂だそうです。本尊の不動明王立像は、境内の懸崖の中段にあった井戸の中から出現したという伝説があり、かつては、この不動尊を信仰する人々が房総・三浦まで広がり、不動下には、明治中頃まで茶店や旅籠が軒を並べ、参詣の人々で賑わっていたそうです。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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説明書きの左手奥に入っていくと確かに滝がありました。高さは20mあるそうです。さほど水量があるわけではありませんが、落差があり長年に渡って岩が削られた跡が印象的です。昔は幅5mの滝で、市内で最も見事な飛瀑で不動滝の名で呼ばれていたそうですが、丘陵地帯が開発されて水源を失い、現在はわずかに一筋の水が滝の名残りをとどめて落下している感じです。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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さて石段を一気に登っていきます。何段くらいあるのでしょうか。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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息を切らせながら登りきり、ようやく本堂に到着しました。意外にこじんまりとした境内ですね。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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本堂左脇の奥に滝の水源がありました。地下水でしょうか?暗渠の川だとしたら、水量としては少ない感じですね。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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本堂脇の小道をさらに丘の上方に登っていきます。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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坂道を登っている途中からの眺め。夜は工場夜景が綺麗でしょうね。
白滝不動尊 寺・神社・教会
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坂道を登りきり、滝之上交差点に出ました。「滝之上」とは先ほどの白滝不動尊から由来の地名でしょうか。
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交差点からすぐ近く、次のコースポイント「馬の博物館」に到着しました。この博物館は根岸森林公園(根岸競馬記念公苑)の敷地内にある、競馬・馬事文化の関連資料を展示した博物館で、1977年にJRAにより開館そうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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因みに根岸森林公園は、かつて、横浜競馬場(根岸競馬場)として、1866年(慶応2年)に開設され、1867年(慶応3年)に日本初の洋式競馬が行われた跡地で、日本で初めての近代洋式競馬が行われたところだそうです。この施設では当時の競馬場の関係資料や、競馬競走の成り立ち、馬と人間の文化関係などを収蔵資料などを堪能しました。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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博物館を見学した後、馬事公苑付設のポニーセンターに向かいます。こちらでは生きた馬の展示部門として、ポニー、ミニチュアホースをはじめ様々な品種の馬が飼育されているそうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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馬が飼育されている厩舎ですね。こちらでは、週に一度「にんじんタイム」のイベントが開催され、馬に人参のえさやりを体験することができるそうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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たまたま「にんじんタイム」開催時間に当たったので覗いてみることにしました。子供連れの家族やカップルなど、沢山の人たちが馬とのふれあいを求めて集まってきています。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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時間となりいよいよ開催。職員の挨拶の後、おそらく近所のボランティアの小学生と思われる子供達が一頭一頭、担当の馬を紹介していきます。因みに写真の可愛い馬は子供ではなくて19歳。品種はミニチュアホースというらしいです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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馬の紹介が終わったあと、希望者は人参を片手に馬の前に並びます。私自身は写真を撮るのに夢中で、人参のえさやりは他のお客さんに任せることにしました。ちなみにこの馬の品種は野間馬と言い、日本の固有の在来馬だそうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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大勢の人だかりにも関わらず、どの馬も、いい子で大人しくしております。この牝馬は半血種といい、24歳だそうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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こちらの馬はサラブレッドで競争引退馬だそうです。なかなか毛並みが良くて品がありますね。小さいお子さんが触れても大人しくしております。名前はマイネルキッツ。JRA競走成績 52戦8勝( 天皇賞(春)(GⅠ) 優勝 日経賞(GⅡ) 優勝 スポーツニッポン賞ステイヤーズステークス(GⅡ)優勝 )でポニーセンターのスターホースだそうです。。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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今回は同行者のかたが、人参のえさやりを体験。持っていた人参はあっという間に食べられてしまったそうです。
馬の博物館(根岸競馬記念公苑) 美術館・博物館
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せっかくですので、森林公園のエリアも散策します。広々として気持ち良いですね。ピクニックにきたご家族が休日をのどかに過ごしております。
この元競馬場は戦時中海軍が接収、また終戦後はアメリカ軍により接収され、米軍専用のゴルフ場となったそうで、この芝生はその名残でもあるそうです。
1969年(昭和44年)に接収が解除されると、国有地となった敷地の大部分を横浜市が無償で借り受けて整備し、1977年(昭和52年)10月に根岸森林公園として開放されたということらしいです。根岸森林公園 公園・植物園
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公園の外れに、元競馬場の一等観覧席の遺構が建っておりました。
根岸競馬場一等観覧席跡 名所・史跡
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この建物の裏手に設計図や竣工当時の写真パネルが展示されておりました。こちらの建物は関東大震災後に建築家のJ・H・モーガンの設計で再建されたものだそうです。
根岸競馬場一等観覧席跡 名所・史跡
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この競馬場は、戦前には「帝室御賞典(現:天皇賞)」や「横浜農林省賞典四歳呼馬(現:皐月賞)」などの大レースが行われるなど、日本における洋式競馬の黎明期を代表する競馬場で、各地に設立された競馬場のモデルともなったそうです。当時の栄光の時代を偲ばせる立派な遺構ですね。
根岸競馬場一等観覧席跡 名所・史跡
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森林公園の散策を終えて、山手駅まで到達しました。今回のコースの見処をほぼ全て踏破し、あとは石川町駅に歩いて向かうのみとなり、それならということで山手駅から石川町駅まで一駅電車で移動することになりました。したがって、ここが実質ゴールとなりました。
山手駅 駅
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さてゴールの石川町で下車しました。歩行後の食事とお酒ですね。その前に、駅近くの老舗、大木ハムでお土産を買うことにしました。お目当ての名物のコンビーフは既に売り切れになっており、別のハムを購入しました。
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今回のお食事とお酒は、元町仲通にある焼鳥「たまや」さんで。何回か覗いたことはあったのですが、いつも満員で入れませんでした。今回はたまたま居酒屋タイムスタート直後だったので運よく入ることができました。
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元町には珍しい野毛の大衆酒場を思わせる雰囲気での中、美味しい焼き鳥とお酒を堪能し、今回もウォーキングを楽しく終了することができました。
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