2010/06/12 - 2010/06/20
399位(同エリア1045件中)
アボカドさん
イギリスを代表するお庭、ヒドコートを訪ねました。記録のためにアップします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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チッピングカムデンのハイストリートからヒドコートに行くためにバスに乗りこんだのはまだ眠気の抜けきらない朝の8時台だったように思う。モートンインマーシュ発、ストラトフォードアポンエイヴォン行き。田舎のバスであるのに、バスは意外なほど混雑していておどろいた。モートンインマーシュはたしか鉄道駅に接続している。ちなみにバスの本数は少ないので注意が必要だ。
料金は前払い。不安なので「ヒドコートに着いたら教えてください」と運転手さんにお願いする。走り出したバスは結構なスピードでコッツウォルズの丘陵を走り抜けてゆく。自転車で走るとかなりきつそう、と思われるアップダウンだ。
そのうち、「ヒドコート」という運ちゃんの声とともに不意にバスが止まり、慌てて降りる。ぶいとバスが走り去ると、私、母、イギリス人女性の計3人が田舎の道端にぽつねんと残された。
数秒後三人で吹きだして笑ってしまった。イギリス一有名な庭園でほとんどの乗客が降りると思いこんでいたのだ。
「皆ここで降りると思ってたわ」「ほんとに、他の人たちはどこへ行ったのかな」と話しながらしばらくくすくすと笑いが止まらなかった。
その女性とそのまま話しながらヒドコートに向かって歩き出す。一本道が丘の上へと続いている。
彼女は色白のきびきびとした可愛らしい感じの方で、栗色の髪にコートもミニスカートも茶でまとめていてお洒落だ。イギリスのボストン出身でロンドンで働いていること、ヒドコートの訪問は二度目であること、昨日はブロックリーに泊まって村のNGSの庭開放を楽しんだこと、などなど話してくれた。おたがい庭好き、花好き、バラ好き、とわかり、とりとめなく話がはずむ。
著名なバラ園であるモティスフォントアビーにも行ってみたいのだけれど、と私がこぼすと、さすがに彼女は訪れたことがあり、季節は7月でバラの香りでむせかえるようだったわ、と語ってくれた。イギリスには訪れるべき庭が無数にあって本当にうらやましい。
早足で歩いて15~20分くらいだったろうか、最後はきゅっと勾配がきつくなった丘の上にあるヒドコートに到着した。
「ヒドコート・マナー・ガーデン ローレンス・ジョンストンの庭の部屋にようこそ」”Hidcote Manor Garden: Welcome to Lawrence Johnston's Garden of 'Rooms'” と看板が迎えてくれた。ナショナルトラストが管理している。 -
入園するとこの風景の中に馬が一頭たたずんでいた。
言葉を失うというのか、別世界に入り込んだ感覚におそわれた。ウサギを追いかけていったアリス、タンスの扉を開けるとナルニアだった、的な別世界だ。
しばらく茫然としていて、気づくといつのまにか馬は消えていた。 -
有名なホワイトガーデン。トピアリーはクジャク、リスとあと2種類は鳥だと思うが何だろう。この子たちとここに住みたい!
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ラミウム
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オダマキ
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アストランティア
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フウロソウ
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そびえる巨きなレバノン杉。
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ロングウォーク。
レッドボーダーは作業中で入ることができなかった。 -
ロングウォーク端の門から外を見るとこれまたのどかな風景が広がっている。羊が点在。このままで絵のようだ。
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メイプルガーデンだったかな?
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フクシアガーデン。
生け垣や塀でかこって、それぞれに個性ある庭をつくる手法は「アウトドア・ルームス」と呼ばれているが、吹きさらしの丘の上にあるヒドコートでは、植物を冬の寒さから守るための現実的な知恵でもあったろう。 -
おそらくもっとも心魅かれたハンカチの木。ちょうど満開で、その名の通りの白いハンカチのような美しい苞をたくさん垂らしていた。
地面に点々と散っているのも苞だ。
プラントハンターとして中国・雲南を旅したこともあるというローレンス・ジョンストンが手ずから持ち帰って植えた可能性もおおいにあるだろう。 -
ここでこの庭をつくったローレンス・ジョンストンについて触れてみたい。イギリスを代表する庭園、アーツアンドクラフツの庭の傑作と最高の賛辞を受けるが、作庭者のジョンストンは意外なことにアメリカ人として生まれた。といってもヨーロッパで育ち、ヘンリー・ジェイムズや、T.S.エリオットなどと同じく、ヨーロッパ文化に魅せられたアメリカ人だったようだ。
裕福なアメリカ人の両親のもと1871年パリに生まれる。1893年にケンブリッジ大学を卒業し、1900年にはイギリス国籍を取得すると、軍隊に入り、第二次ボーア戦争と第一次大戦に従軍し、最終的には大佐となっている。
1907年に母親ガートルードがヒドコートマナーと周辺280エーカーの地所を購入し、二人で移り住む。この時、ローレンス・ジョンストンというカントリー・ジェントルマン、ガーデンデザイナーが誕生する。36歳の時である。
彼がどのように庭を作り上げていったかについてはまだまだ分かっていない部分が多く、現在も研究途上のようだ。しかしどれほどの情熱を注いだかは庭を見ればあきらかだ。
また、新しい植物を入手することにも貪欲で、ミャンマーへのプラントハンティングに出資したり、自身も南アフリカや雲南へのプラントハンティングの旅に参加している。
母親か本人の健康上の理由で、ともらったパンフで読んだ気がするが、後年のジョンストンは南フランス、マントンに購入したもう一つの家、Serre de la Madone で過ごすことが多くなる。こちらにも素晴らしい庭を作ったという。ほとんどをフランスで、そして夏の数か月をヒドコートで過ごすというスタイルになっていったらしい。
生涯独身だったジョンストンは、留守がちになったヒドコートの庭を、生前のうちからナショナルトラストに寄贈すべく動いている。
これほどの庭を作り上げて他に移り住むということが信じがたいが、そうせざるを得ないほどの事情だったのだろうか。
1958年に86歳で亡くなったジョンストンの墓は、丘のふもとのミクルトンの村にある。そう知ったときはほっとした。
安住の地にはヒドコートを選んだのだと知って。
参考文献:
https://www.nationaltrust.org.uk/hidcote/features/lawrence-johnston (2017.11アクセス)
https://en.wikipedia.org/wiki/Lawrence_Johnston (2017.11アクセス)
http://www.telegraph.co.uk/culture/3666719/A-passion-for-planting.html (2017.11アクセス) -
何気なくからまるバフ・ビューティー。
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このアプリコットイエローの美しいこと。
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もちろんお屋敷は蜂蜜色のコッツウォルドストーンでできている。
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かわいい坊やとお父さん。
レストランも併設されていて、スープとパンの軽食をとった。おそらくほぼボランティアさんで運営されているのか、ウェイトレスさんも会計の方もシニアが多かった。 -
ラベンダーピノキオ、とネームタグにはあったが、少し違うような…。私が別のつるのタグを勘違いしたのかな。
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ローズウォーク。もっと美しく庭の写真を撮れる腕が欲しい…。
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モスローズだと思うのだけれど…。
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スブニールドラマルメゾン
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ブタさん。
1948年にナショナルトラストがこの庭を取得して以降、おそらくいろんな庭師の手をを経ているうちに、当初のジョンストン時代の庭と少しずつ違ってきてしまっているらしい。それをオリジナルの状態に戻すべく鋭意努力中、と看板があった。 この豚の飼育もその一つとのこと。キッチンガーデンのおとなりで育てられていたが、やはりこの子の最後の行き先は残念ながら…。 -
とってもキュートなんだけど。
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ツルアジサイはイギリスの庭で非常によく見かけた。こんもりと小径に覆いかぶさっているがどのように仕立てているのだろう。よく調和していて素敵だ。
まずはその希少性に飛びついたのだろう。日本では山に自生していて目新しさがないためか、庭に取り入れられているのはほぼ目にしない。 -
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アルパインテラス
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リリーポンド。
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シアターローン。
ヒドコートのお庭全体について、私の写真ではとても庭の良さが伝わらないかと思うので、ナショナルトラストのHPもご覧ください。
https://www.nationaltrust.org.uk/hidcote -
とうとうお別れの時。半日たっぷりいたが、それでも後ろ髪惹かれる思いで後にした。
この地上の楽園のような美しい庭にただ感謝。いつまでも存在しますように。願わくば、再訪する機会があればいいな。
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