1995/07/25 - 1995/07/28
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itaruさん
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観光資源が豊富なジンバブエ。一通り滝観光を終えたら、川下りのアクティビティーを楽しみ、レトロな夜行列車の旅を満喫しよう。石造りの遺跡を訪ね、謎多い文明のロマンに酔う。ヴィクトリアフォールズだけではない魅力にあふれた南部アフリカの旅が続く
旅程は以下の通り
7月22日 成田18時発→香港 CX505便
香港23時発→ヨハネスブルグ SA287便
23日 ヨハネスブルグ11時35分発→ヴィクトリアフォールズ
SA042便
23日~25日 ヴィクトリアフォールズ観光(ザンビア川含む)
25日 ヴィクトリアフォールズ→ブラワヨ 夜行列車
26日 ブラワヨ→マシンゴ→グレートジンバブエ遺跡→マシンゴ
27日 マシンゴ→ハラレ
28日 ハラレ→ヨハネスブルグ エアジンバブエ便
ヨハネスブルグ12時45分発→香港 SA286便
29日 香港10時発→成田 CX504便
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス ヒッチハイク 徒歩
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空 南アフリカ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヴィクトリアフォールズ3日目、この日はザンベジ川のゴムボートでの川下り、ラフティングに挑戦。午前8時に集合し、午後5時までの昼食付の一日コースは80ドル。「クロコダイル」とのガイドの声に歓声が上がったり、欧米の旅行社に混じってワイワイしながらのアクティビティー。独立前はゲリラも出没したという急流下りを満喫
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ただ川下りにはカメラを持たずに参加。残念ながら川下りの写真はなし
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移動距離23キロの川下りを終え、宿に戻ったら荷物をピックアップしヴィクトリアフォールズ駅へ
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夜行列車に乗ってジンバブエ第2の都市ブラワヨへ。2等はコンパートメント式の簡易寝台。一昔前のヨーロッパの客車は適度にレトロで雰囲気で旅の気分が盛り上がる
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12時間ほどののんびりした鉄道の旅を終え、早朝のブラワヨ駅へ
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ブラワヨから周辺にマトポス国立公園やカミ遺跡があるものの、次の目的地はブラワヨの先。バスに乗って5時間ほどの距離にあるマシンゴ
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寝ぼけた頭でバスに乗り込みマシンゴへ。活気あふれるバスターミナルはアフリカらしい雰囲気とともに少しは秩序がある。この日は26日、28日の昼の便でヨハネスブルグから帰国する。翌日には南アに入っておきたいので国境(ベイトブリッジ)方面のバスの時刻を聞いてみる。ロンプラには早朝便と昼、夕方便しか載っていない。当時、治安が最悪なヨハネスには入りたくないし、早朝便はちょっときつい。10時くらいの便がないか聞いてみると、「たくさんある、10時ごろ? その時間もあるよ」。これを信じたのが大きな間違いだった……。
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マシンゴでバスに乗り換えて
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グレートジンバブエ遺跡へ
大ジンバブエ国立記念物 史跡・遺跡
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広い敷地に点在するグレートジンバブエ遺跡。旅の途中で一緒になったデンマークとオランダ、3人のバックパッカーで遺跡内を散策です。向かうはヒルコンプレックス(アクロポリス)
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国名のジンバブエは現地のショナ語で「石の家」の意味
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石造りの遺跡を歩きつつ記念の1枚
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小高い丘の上に築かれたヒルコンプレックスは政治や儀式を執り行う場所
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ヒルコンプレックスからの眺め
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巨石を巧みに取り込んだような建造物。宗教的な施設だったのだろうか
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ジンバブエの紙幣にも描かれていたグレートジンバブエの遺跡。後にハイパーインフレで100兆ドルなんて天文学的な数字の紙幣が発行されたけれど、1995年はきわめて普通の額面の紙幣だけ
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その歴史は6世紀ごろにまでさかのぼるというグレートジンバブエ。ただ、まともな研究が始まったのは20世紀に入ってから。発見当初はこれだけ立派な石造りの遺跡は白人由来に違いない、という人種差別意識満載の人たちによって杜撰な調査発掘(破壊)が繰り返された
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数多い古代遺跡の中でも多くの謎に満ちたこの遺跡。1000年、2000年前の南部アフリカにはどのような人たちの営みがあったのだろう
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麓に見えるのは石の壁に囲まれた場所がグレートエンクロージャー
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自然の岩々と花崗岩のブロックを組み合わせが面白い
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高さ10メートル弱の石壁で囲まれた周囲250メートルほどの楕円形の石造遺跡グレートエンクロージャー
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高い技術がうかがえる石壁
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最盛期には人口2~4万人を数えたという
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遺跡にたどり着いた時間が遅かったこともあってか、ほかに観光客はなく独占状態
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アカシアの木が廃墟と化した遺跡に彩りを添えてくれる
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グレートエンクロージャー内の特徴的な円錐塔
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夏だったらサバンナの緑が濃くなり、また違った姿を見せたのだろうか
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南半球の7月は冬なので日が暮れるのも早い。帰りはトラックをヒッチしてマシンゴへ。2人が巧みな英語でドライバーと会話するのに対し、ほとんど喋らない(話せない!)私に対し、ドライバーから一言「何で喋らないの?」。すいません、会話のスピードについていけません。英語力が足りないことを反省するばかり
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朝、バスターミナルでベイトブリッジ行きのバスを探すも「ないよ。次は昼過ぎかな」との答え。「え~!」、今日中に南アに戻らないとヤバイ。とはいえ、夜に南アの年をほっつき歩くのは危険すぎる。ならハラレに移動して飛行機でヨハネスブルグに飛ぶのはどうだろう。急いでハラレ行きのバスに乗り込み、ハラレに着いたらタクシーで空港へ。ナミビア航空のチケットオフィスで「今日のフライト、空きある?」「きょうはもう飛んじゃった」「明日は」「午前の便がある」。ぎりぎりセーフっていうか、明日が午後便だったらどうなっていたか。危なかった~。
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そうそう、この旅でロンプラと一緒に持って行ったガイドブック。わずか9ページだけどジンバブエの説明があったっけ。で、なぜかハラレに向かうバスで一緒になったジンバブエの少年にガイドブックを日本語で読んで見せたりしたっけ。バスも当時は定員やスケジュールをある程度守っていたのでゆっくり乗れたなあ
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ハラレで宿泊したのがパウパウロッジ。かなり人気の宿で最初は「ベッドがないから床にマットでいい」と言われたけれど、1人チェックアウトする人がいたので何とかベッドを確保。短い時間だけど軽くハラレの街を歩いてみる
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ハラレの街並み。当時は夜に裏の中華のテイクアウトを買いに出かけた際も、危険を感じることもほとんどなかった。とはいえ、外国人の泊まる宿に強盗が入ったなどという話もちらほら聞かれ、微妙に治安が悪化してきたころだった
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エアナミビアで問題なくヨハネスブルグへ。冷や汗ものではあったけれど、帰りの便に間に合った。南アフリカ航空とキャセイを乗り継いで東京へ
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まだ平和だったジンバブエにビクトリアの滝を見に行った1995
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