2017/08/07 - 2017/08/08
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nakaohidekiさん
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その日は巨大台風が紀伊半島に迫っていた。
7月中旬、小笠原諸島付近に発生した台風は迷走を繰り返しながら一路南下し始めた。7月下旬には沖縄近海に近づいたかと思うや、一転進路を北へと反転した。
台風は勢力を拡大し、8月に入ってくると九州沿岸から四国をかすめ紀伊半島へ近づいて来たのであった。
そんな台風にお構いなく、僕は予定通り奈良の名門「奈良ホテル」へと向かったのである。その理由は、夏の夜のイベント、古都奈良ライトアップツアーに参加したいと思ったからである。そのため8月7日の夜は、「奈良ホテル」に予約を入れていたのだ。
日本のクラシックホテルといえば以下のホテルである。
東京日比谷の「帝国ホテル」、軽井沢「万平ホテル」、横浜「横浜グランドホテル」、そしてこの「奈良ホテル」である。チャップリンやオードリー・ヘップバーン、アインシュタインなども宿泊したのが奈良ホテルなのである。日本の皇室御用達のホテルとしても名高い。
皇室関係者が訪れる理由は、神武天皇(初代天皇)のお墓である畝傍御陵に参拝する際に利用するのに便利だからである。昭和天皇、皇后両陛下、現天皇、皇后両陛下、皇太子殿下御夫妻、秋篠宮殿下御夫妻等の定宿となっている。そんな名門ホテルに僕としてはなんとしても一度泊まってみたかったのである。それともうひとつ大きな理由がある。こちらのほうが実は理由が大きいかもしれない。日本の文学者・堀辰雄の『大和路・信濃路』に登場するホテルである。堀辰雄といえば『風立ちぬ』でポール・ヴァレリーの詩”風立ちぬ いざ生きめやも”をモチーフにして小説を書いた文豪として知られている。そんな堀辰雄が奈良を旅行したときに宿泊したのが「奈良ホテル」なのである。『大和路・信濃路』のなかに次のような記述がある。
-1941年10月10日、奈良にホテルにて
くれがた奈良に着いた。僕のためにとっておいてくれたのは、かなり奥まった部屋で、なかなか落ちつけそうな部屋で好い。(中略)
10月11日
けさは八時までゆっくりと寝た。あけがた静かで、寝心地はまことにいい。やっと窓をあけて見ると、僕の部屋が荒池(あらいけ)に面していることだけは分かったが、向こう側はまだぼおっと濃い霞につつまれているきりで、もうちょっと僕にはお預けという形。さあ、この部屋で僕にどんな仕事が出来るか、なんだかこう仕事を目の前にしながら嘘みたいに愉しい。きょうはまあ軽い小手調べに、ホテルから近い新薬師寺ぐらいのところでも歩いて来よう。(筆者注:堀辰雄は夕方には唐招提寺に向かっている。)
これが『大和路・信濃路』の冒頭である。こんな名文に魅せられて僕は「奈良ホテル」に泊まってみたいと思ったのである。堀辰雄はこのホテルを拠点にして同著にある奈良の古刹を巡っている。僕もそんな旅をしてみたいと思って予約をしたのであった。
奈良に着いてまず向かったのは、同著にあった唐招提寺と薬師寺、そして若草山であった。
午前中、台風接近をカーラジオで聞きながら和歌山県日高町の自宅を出発した。そのときは曇ってはいたが雨も風もなく穏やかな天候。カーナビで検索すると奈良ホテルまで2時間弱で着くと出てきた。
それなら奈良はそんなに遠くはない。勇みこんで出かけたのであった。台風がこちらに向かっているというのは無視していた。
海南御坊道路を川辺インターから入ると雨も小降りであり紀ノ川サービスエリアまではこれが台風かと思わせるほど静かな天候であった。紀ノ川サービスエリアで和歌山ラーメンを食べる。その後は、いざ奈良へと向かった。
阪和高速から近畿自動車道に入り第二阪奈道路から国道369号線へ下りる。この国道を真っ直ぐ行くと奈良市内に突入する。
二条大路南の交差点を右の曲がると西ノ京である。ここが薬師寺の入り口となっていた。唐招提寺はその手前にあったが通り過ぎる。
駐車場に車を停めて境内に入る。雨は薄曇りのなか小雨がそぼ降る程度。風も微風といったところである。台風接近という気配はどこにもなかった。境内には観光客もチラホラ見受けられた。
寺の受付で拝観料(500円)を払い、門を入る。いきなり有名な三重塔が目の前に蔽いかぶさってきた。薬師寺西塔の威容である。
薬師寺は東西に裳階(もこし)を擁する三重塔で有名である。西塔は昭和56年に再建されたものであるが、東塔は創建当時のものであり国宝となっている。残念ながら東塔は修理中ということで見ることは出来ない。それでも西塔だけでも創建時さながらにそそりたって迫ってきている。そしてなによりも美しいのである。薬師寺の裳階は”凍れる音楽”と東洋美術学者・フェノロサが喩えたのもなるほどと思う。
平城京遷都が710年。薬師寺創建はそれより以前の白鳳時代の698年、天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して建立されたのが縁起である。
境内には三重塔のほかに金堂、講堂も当時のままに点在し、白鳳時代のおおらかな美しさを保っている。台風の所為で観光客は少ないがタイムスリップしたかのような静寂に包まれている。観光地を巡るにはこんな天候もいいのかもしれない。2時間ほど薬師寺を探索するとホテルのチェックインの時間が近づいてきた。近くのうどん屋で遅い昼食を摂ると奈良ホテルに向かった。
薬師寺から奈良ホテルは20分ほどの距離である。ホテルに近づくにつれ奈良公園の樹々のあいだから入母屋造りのホテルの屋根が見えてきた。
奈良ホテルは、設立は明治39年、東京駅、日本銀行等を設計した辰野金吾による設計である。それ以来、経営は鉄道院、交通公社、都ホテルと変遷し現在は株式会社奈良ホテルとなっている。昭和初期にはアインシュタイン、チャップリン、戦後はオードリーヘップバーンなどその名を挙げればきりがないほど著名人が宿泊している。瓦葺ながら内装は桃山風の和洋折衷、豪奢で華麗な意匠は重厚感に溢れ、美しさにはため息が出る。館内に掲げられた絵画もそれに相応しい人間国宝・上村松園をはじめ多くの有名絵画がある。僕が訪れたときにもフラントホールでいきなり上村松園の『花嫁』を見ることが出来た。他にも横山大観、前田青邨等も見ることが出来るのである。そんな格式あるホテルが奈良ホテルである。
チェックインを済ますと、ベルボーイに案内されて部屋に入った。2階の奈良公園に面した角部屋である。そろそろ台風の影響で木々の梢が揺れ出してきている。僕はさっそく疲れを癒そうと風呂に入ることにした。バスルームは英国式のバスタブである。いかにもクラシックホテルらしい外国人仕様だなと思った。外国人にも違和感なく泊まれるはずだと思った。
夕方になり部屋で途中で買った奈良名物の”柿の葉寿司”を食べ早目にベッドに入った。夜更けになればなるほど暴風雨は激しくなったが、部屋のなかは静寂そのもの。温かく柔らかいベッドでその影響を知らずにいつしか深く眠ってしまった。
台風18号は昼の2時頃、和歌山市付近に上陸し、夜更けにかけて近畿地方を縦断したそうだ。僕は台風が進む進路の直前を車で走っていたと後のニュースで知った。
目が覚めた翌日、台風一過で見事な青空が広がっていた。
午前中、若草山に登りたいと思ったのであるが、奈良ドライブウェーは通行止めになっていた。台風の暴風雨で木々がなぎ倒され、道路を塞いだらしいのだ。入口の管理員のおじさんが、午後には通行解除になるだろうと教えてくれたので、若草山は午後に回して時間つぶしに前日見かけた唐招提寺に向かうことにした。
鑑真和上の戒を授けるお寺として有名な寺院である。奈良時代は、受戒をしないと正式な僧侶にはなれなかった。キリスト教の洗礼のようなものと考えられる。しかし、その授戒をする僧侶が当時の日本にはいなかった。そこで大和朝廷は、唐より鑑真を招いて授戒をさせようとしたのである。その授戒を授ける寺として創建されたのが唐招提寺である。寺名にはそれが表れているが。
僕が高校の頃、「唐より鑑真を招き唐招提寺を作った」と歴史の教師は言っていたのだが、授戒のための寺院であるとは言ってくれなかった。これだけではないが、僕は高校時代(和歌山県立日高高等学校であるが)は、バカな高校教師たちばかりだと思っていた。僕が知りたいことを教えてくれる尊敬するべき教師はひとりもいなかったからである。大学時代は違っていたのだが。
そんななにも知らない高校教師たちのことを思い出しながら唐招提寺を心置きなく回ることにした。ここも薬師寺と同じく2時間かけて探索をした。
午後は開通なった奈良ドライベウェーから若草山に登り、その後帰路についた。高速を使わず、国道24号線から京奈和自動車道を通って帰ることにした。京奈和自動車道はまだ一部しか出来上がっていないが、和歌山県内は橋本市から和歌山市まで全線開通している。高速料金が和歌山市内から川辺インターまで1200円ですんだ。往路は4500円もかかったので大幅な割安である。時間も30分ほどしか違わない。今度奈良に行く機会があれば京奈和自動車道を使おうと思っている。
奈良はやはり、”まほろば”(筆者注:美しいところ、すばらしい場所)であり、日本の原点だということを改めて知った。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
薬師寺入り口のお土産屋さん。目の前には近鉄電車の踏切が。
もう古都奈良の雰囲気が漂っている。 -
世界遺産の石碑と薬師寺入り口。
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門を入るといきなり薬師寺の西塔が目の前に現れる。
裳階が美しい。 -
境内正面にある金堂。
病気平癒を祈願する薬師如来が祀ってある。 -
三重塔は”凍れる音楽”と喩えられるのも頷ける。
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仏教を勉強するための講堂である。
これも白鳳時代の建築である。 -
奈良ホテルのバスルーム。
外国人仕様のバスタブである。 -
一階にあるラウンジからバーラウンジをガラス越しに見る。
各国の洋酒が並んでいる。 -
テーラウンジである。
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ラウンジのウエイターや係員。
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館内にある高浜虚子が奈良ホテルについて紹介した新聞記事。
大正時代の新聞から -
オードリー・ヘップバーンが宿泊したときの記念写真。
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館内二階の様子。
壁には名画がずらり。 -
二階からフロントロビーを見下ろす。
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僕が宿泊した2階の角部屋。
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ベッドの様子。
温かくて眠りやすい。 -
奈良ホテルの歯ブラシ。
このような豪華な箱入りである。
ホテルで箱入りは初めて見た。 -
僕の朝食である。
バイキングなので小食の僕は少な目。しかし、極めて美味である。 -
昭和天皇ご宿泊のとき。
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秋篠宮、紀子さま、真子さまもご宿泊している。
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館内の庭園は荒池(あらいけ)に面している
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庭園には鹿も出没する。
出会ってビックリした! -
フロントロビーの待合室。
重厚である。 -
奈良ホテル正面玄関。
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唐招提寺金堂。
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唐招提寺講堂である。
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唐招提寺境内。鑑真和上御廟。静寂な時間が流れている。
石畳が美しい。 -
当時のものかどうか分からないが、授戒を授ける戒壇である。
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若草山の山頂から奈良市内を望む。
-
奈良ドライブウェーの途中、木々のあいだから東大寺を望むことができる。
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この旅行記へのコメント (2)
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- やすちんさん 2017/11/13 07:23:13
- 奈良ホテルについての回答です
- nakaohideki様
書き込みありがとうございました。
最初は、尾瀬のブログを読ませて頂いて22万の装備で準備万端でのツアー参加に興味をもちました。
そして、この奈良ホテルのブログも読んでこの2つに「いいね」をさせていただいた次第であります。
私のスタイルの真逆差に感銘しました。
現役の頃は、ビーチでのホテルステイもしましたが今は、費用を掛けずフリーで自分の足を使って旅をするスタイルです。
追記
奈良ホテルの感想にならず申し訳ございませんでした。
- nakaohidekiさん からの返信 2017/11/13 23:47:12
- RE: 奈良ホテルについての回答です
- やすちんさんへ
ご感想りがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
nakaohidekiより
> nakaohideki様
>
> 書き込みありがとうございました。
> 最初は、尾瀬のブログを読ませて頂いて22万の装備で準備万端でのツアー参加に興味をもちました。
> そして、この奈良ホテルのブログも読んでこの2つに「いいね」をさせていただいた次第であります。
> 私のスタイルの真逆差に感銘しました。
> 現役の頃は、ビーチでのホテルステイもしましたが今は、費用を掛けずフリーで自分の足を使って旅をするスタイルです。
> 追記
> 奈良ホテルの感想にならず申し訳ございませんでした。
>
>
>
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