2017/05/04 - 2017/05/06
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yeyetravelerさん
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5か月ほど前、ゴールデンウィークに毎年恒例の京都、大阪での行事に合わせ、前後空いた時間で京都を徘徊した。主に駅前、今出川界隈を自らの足とバスで動き回った。訪れた場所は、西本願寺、東本願寺、渉成園、神泉苑、二条城、御金神社、島原、等持院、わら天神、平野神社、千本釈迦堂、千本閻魔堂、釘抜地蔵、白峯神宮、報恩寺、今日庵・不審庵、本法寺、相国寺、金戒光明寺。思い出しながら概略を記載する。
[徘徊の概略]
5/3(水)23時過ぎ新宿バスタより高速夜行バス 3列シート+ほぼフルリクライニング
5/4(木)朝6時過ぎ 京都駅八条口着 8時頃から徒歩で、西本願寺、
東本願寺、渉成園を回り、10時過ぎに京都駅着。 ~大阪泊
5/5(金)PM京都へ戻り四条烏丸よりバスで二条駅前下車、徒歩で神泉苑
→二条城→御金神社。地下鉄二条城前より1駅二条へ、JRへ乗換え
丹波口で下車し友人と合流。一緒に島原を散策&晩飯。その後友人と
別れ、四条烏丸より高雄行き最終バスで旅館へ。
5/6(土)朝、バス、嵐電を乗り継ぎ等持院へ。
参拝見学後、嵐電等持院→北野白梅町、バスで500円一日券を購入、
わら天神前へ。
わら天神→平野神社→千本釈迦堂→千本閻魔堂→釘抜地蔵と、所々
で織機の音を聞きながら徒歩で移動。千本今出川で今出川通り東行き
のバスに乗り、堀川今出川で下車、バス停眼前の白峯神宮→報恩寺→
不審庵・今日庵→本法寺。
大粒の雨で堀川今出川のソバ屋へ避難、昼飯。
にしんそばを食べ、雨が上がったのを見てバスで堀川今出川→烏丸
今出川、同志社大学を横に見て相国寺へ。
参拝散策後、境内の美術館で伊藤若冲展をやっていたので見学。
今出川通りへ出て同志社前からバスで岡崎道へ行き、金戒光明寺へ。
浄土宗門徒故、入念にお参りし、ほぼ予定スケジュールを消化。
岡崎道から京都駅行きのバスに乗車も、地下鉄東山で渋滞アナウンスが
あり地下鉄へ案内され、地下鉄で京都駅へ。
大混雑の中、6時過ぎの東京行き新幹線に乗り帰宅の途についた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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西本願寺堀川通り沿いの塀。まぶしい朝の光にツツジが映えていた。本願寺は東西とも拝観料はなく、門さえ開いておれば朝早くても入れる。
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国宝西本願寺御影堂 真宗ではゴエイドウ。1636年再建、阿弥陀堂より大きい。1,200名が一度に参拝できる と書いてあった。門を入るとお堂がドーンと見える。東本願寺も同様で、長い参道はない。
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唐門 国宝 伏見城遺構 一日中見ても飽きないことから日暮門とも。破風装飾がスゴイ。
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阿弥陀堂 国宝 1760年再建
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東本願寺の堀に佇むサギ 鴨川や渡月橋あたりによくいる。
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烏丸通りに面する東本願寺阿弥陀門と御影堂門
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阿弥陀堂と御影堂 いずれも明治時代の再建という。日本有数の欅建築物、巨大欅柱90本は信徒寄贈(by アレックス カー もう一つの京都)
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渉成園(東本願寺別邸)の門 入口正面が高石垣
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高石垣 蛤御門の変の大火で焼けた建物の礎石を集め造られた。
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滴水軒
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園内には桜、ツツジなど多数。ショウブ?カキツバタ? チケットを買うとき、パンフレットは建物or植物と聞かれる。
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傍花閣
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回棹廊
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印月池 中央に京都タワーが見える。天気が良く、緑がとても綺麗だった。町中とは思えない。
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渉成園を出て京都駅へ戻る途中にあった旅館「井筒安」 帰宅後調べたところ、天保10年から続く、有名旅館だった。
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神泉苑 二条城の南にある。町中とは思えないほど緑と池が心地よい(仏堂も)。池には善女龍王がいらっしゃると言う。この方の力により空海は雨乞い対決に勝った。
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二条城東大手門 人だらけ、外国人比率高し。
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唐門 重文 豪華絢爛という言葉がピッタリ。
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二の丸御殿 国宝 内部の襖絵、天井装飾など素晴らしかった。大政奉還150年。
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二の丸庭園
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本丸櫓門
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天守閣跡から本丸御殿方面を望む。
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天守閣跡からの内濠と西橋
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本丸御殿 重文
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桃山門 重文
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外濠と西南隅櫓 右側が堀川通り
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御金神社 写真の左側20mほど行列が出来ていた。皆、お金持ちになりたいのだ。
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島原の屋並み 尊皇派、新選組が出てきて切り合いが・・ 幕府初の公認花街。
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島原大門
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等持院 足利家の菩提寺 本でよく見る尊氏、義満、義政などの木像がある。予想より小さかった。徳川家康像も横に並んでいた。
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まず祖師像が眼前に
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清々しい石庭
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方丈 福島正則が建立した妙心寺塔頭が移設されたとのこと。
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庭園と方丈
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わら天神 正式には敷地神社と言うらしい。地図で見て、なんじゃこの名前はと興味を持って訪れることにした。
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安産の神として信仰されている。お守りにはわらが入っているとのこと。
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平野神社 わら天神へ行くバスから見えたので立ち寄ることにした。
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事前知識なしで訪れたが、素晴らしい雰囲気の神社だった。
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拝殿 提灯には桜の神紋 帰宅後調べると、桜の名所と分かった。よく見ると↑の写真には桜が多い。二つ上の写真、鳥居左柱の内側に見える桜が、魁(サキガケ)桜と言う平野神社発祥の早咲き桜で、この木の開花で京都の花見が始まるらしい(by 平野神社Home Page)。お隣さんとも言うべき北野天満宮は梅、こちらは桜 と面白い。
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千本釈迦堂大報恩寺
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本堂 国宝 1227年創建時のまま。応仁の乱でも燃えなかった、京都市最古の木造建築。霊宝館には、快慶、定慶作の仏像が多数あった。
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おかめ塚 お堂の中にも多数の大小おかめ像が置いてあった。おかめは本堂建築の棟梁の妻と書いてあった。
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千本釈迦堂から千本閻魔堂へ歩く途中にあった小さな地蔵堂。いかにも京都らしく、きれいに手入れされている。町の人の生活に深く関わっているのだろう。
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千本ゑんま堂引接 (インジョヴ) 寺 閻魔様が鎮座なさっていた。このあたりは京の風葬の地、蓮台野の入口だったので鎮座していらっしゃるのでしょう。
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閻魔様の湯呑 鐘の上に置いてある大きな湯呑
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釘抜地蔵 石像(シャクゾウ)寺
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石造地蔵菩薩立像は弘法大師作と言われ、苦抜地蔵→釘抜地蔵となったらしい。地元の人たちの生活に密着しているのでしょう。
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白峯神宮 下車した堀川今出川バス停の前にあったので参拝した。説明板には、明治天皇が、(印象的な絵があり、歴史上最も強力な怨霊である)崇徳天皇の慰霊のために建立したと書いてあった。また、この地は蹴鞠の宗家、飛鳥井家の邸宅跡で、サッカー人などの信仰が厚いとのこと。
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報恩寺 説明板に、黒田長政が亡くなった部屋と位牌が父如水の位牌とともにある と書いてあった。福岡県人として心を込めてお参りした。
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勿撞鐘(ツカズノカネ)重文 除夜と大法要以外では撞かれないとのこと。
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表千家不審庵 千利休居士遺蹟 紀州徳川家からの櫓門(byアレックス カー もうひとつの京都) 写真に写るほどの大粒の雨
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裏千家今日庵 千宗旦居士の遺蹟 檜皮葺の屋根が美しい。雨が強い。門前には高価そうな茶器を売る店があった。店の佇まいが今日庵の門の雰囲気にピッタリだった。
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本法寺 複製だったが長谷川等伯の大涅槃図があった。2階からも見るほどの大きさ。
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本阿弥光悦の像 本阿弥家の菩提寺
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江戸時代の再建だという。
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本阿弥光悦作の巴の庭
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光悦作の蹲踞
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相国寺 足利義満の創建 幾度も焼け法堂を除き19世紀初めの建立 京都五山の一つ
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法堂(側面)重文 1605年建立 天井の鳴き龍は壮観だった。
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方丈から法堂を望む
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ちょっと変わった引き戸
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原在中作の白象図 養源院にある俵屋宗達の白象図を意識したのだろうか?
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裏方丈庭園
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浴室 1596年再建 蒸気浴と掛け湯ができるようになっていた。
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庫裏 大きな破風の上に小さな破風が乗っている。右側が承天閣美術館入口。
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金戒光明寺 通称、くろ谷さんと言うらしい。左の柱には、会津松平藩京都守護職本陣旧跡の札。
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山門 案内板に、応仁の乱で焼け1860年再建、扁額は後小松天皇勅額「浄土真宗最初門」とあった。念仏発祥の地の意味。
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正面が御影堂
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御影堂
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阿弥陀堂 1605年豊臣秀頼が再建
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御影堂から南の市街地方面を見ると山門がある。
ゴールデンウィーク中であったので、市バスは観光客で一杯だった。二条城以外は観光客の少ないところを回った。歩きの部分が多く、リュックを背負っていたのでかなり疲れた。
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