2017/10/08 - 2017/10/08
130位(同エリア214件中)
ミールさん
3連休は1日くらい歩きたいと思っていたので、天気が回復した連休の2日目に急遽続きを歩きに行くことにしました。今回は佐久山宿から鍋掛宿までの約20キロを歩きました(歩数計では15キロくらいでしたが…)。
10月だというのにこの日も夏日で、相変わらずハンドタオルが手放せない1日でした。アスファルトの道が続いていたので熊に遭遇する心配はありませんでしたが、これぞ宿場町!という景色はあまりなく、淡々と歩いていました。
次回は福島に入る予定です。今年中に福島を半分くらい制覇できたらいいなあと思っています。
-
きれいな小川だと思いながら眺めていましたが、この辺りには澄んだ湧水の小川が多いそうで、天然記念物のイトヨという魚の生息地も近くにあるそうです。
-
またしても、直射日光浴びまくりの一本道をてくてくと歩くミール君。
-
純和風な景色を前に、暑さも忘れて笑顔で撮影するミール君。
-
与一の里(大田原市)は名木だらけでした。
-
こちらは名木の赤松。確かに立派です。
-
赤松の前にあった蔵っぽい建物。和風だけどスタイリッシュな外観なので、もしかしたら蔵じゃないのかもしれません。
-
たぶん女神とは出会えなさそうな、苔だらけの女神橋。
-
ちょっと見にくいのですが、与一の里のマンホールには那須与一の姿がありました。カラー版もあるようですが、そちらは発見できず…。残念です。
-
道の向かい側に湯殿神社と石碑がいくつかあったので寄ってみました。
-
後ろの茶色い小屋の中に蒲盧碑(ほろひ)という史跡がありました。蒲盧とは蜃気楼のことで、蜃気楼を目撃した僧がその光景を石碑に書き残したそうです。蒲盧碑も撮影したのですが、日当たりが良すぎてうまく撮れませんでした。すみません。
-
宿場の開設時期を証言する史跡「町初碑」。でも肝心の石碑が写ってない!ミール君、暑さで朦朧としていたようです。
-
顔の日焼けを気にして、うつむき加減で大田原宿へと向かうミール君。
-
お店なども増えてきて、街の中心が近くなってきたようです。
-
大田原宿に入りました。
-
こちらは大田原信金の創設者ではなく、弓の名手の那須与一の像です。
-
金燈籠について書かれた石碑。
-
こちらが金燈籠。文政2年(1819年)に防火や町内安全、旅人の夜道の無事を祈願して建てられました。
-
階段が長そうですが、大田原神社に行ってみることにしました。
-
与一の里の名木シリーズの一つである夫婦杉に出迎えられました。
-
市指定文化財の大田原神社の手水盥。江戸時代中期に製作されました。
-
参道の両側にある石灯篭も市指定文化財です。
-
大田原神社。
-
奥州街道に戻り、読み方が難しい蛇尾川(さびがわ)を渡ります。
-
蛇みたいにクネクネしてるということなんでしょうか?
-
江戸から38番目の中田原の一里塚。
-
奥州街道から棚倉街道へ分かれる追分の道標。
-
昼食後に歩いていたらだんだんお腹が痛くなってきたので、稲穂の上でしばし休憩。
-
名木シリーズはまだまだ続きます。こちらは樹齢400年の高野槙。
-
永代常夜灯と刻まれた石灯籠の両側面には、「右奥州海道 左原方那須湯道」と刻字されています。常夜灯と道標を兼ねるとはなかなかやりますね。
-
明治天皇駐輦記念碑を横目に、相変わらず痛いお腹を抱えながら歩くミール君。
-
那須塩原市に入りました。
-
帰りのバスの時間を気にしながら、樋沢神社へと向かいます。
-
樋沢神社の祠の横には大きな石が二つありました。左が「八幡太郎義家愛馬蹄跡の石」、右が「葛籠石」だそうです。
-
樋沢神社の少し先にある鍋掛の一里塚。江戸から41番目の一里塚です。
-
一里塚の横にある鍋掛神社。バスの時間が迫っているので境内までは行きませんでした(このバスを逃すと次は2時間半後なので)。
-
延宝7年(1679年)に建てられた清川地蔵尊。
-
この日はこのバス停で終了です。ここから那須塩原市のゆ~バスに乗って、黒磯駅から帰ります。すでに鍋掛宿に入っているはずですが、宿場町っぽいところは全くありませんでした。次回に期待しましょう。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
大田原・黒羽・那珂川(栃木) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
37