2017/09/15 - 2017/09/15
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belleduneさん
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万平ホテルに泊まったことはありませんが、外観をじっくりと見て来ました。小野洋子とジョンレノンがコーヒーを飲みながら、ここでよく語らっていたというカフェテラスは人気があり、多くの人がロビーで順番を待っていました。
軽井沢新聞によると、今年開業20周年を迎えるしなの鉄道が町が所有する旧軽井沢駅舎記念館を新たな駅として、10月27日にオープンするそうです。また、新渡戸稲造の別荘があった土地(約2900坪)に企業の保養所を建設する計画がありますが、近隣住民との間で、森林伐採、廃止問題、生活道路など諸問題の解決策が今の所ないそうです。
- 旅行の満足度
- 4.5
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江戸時代、明和元年(1764)に佐藤万右衛門が旅籠「亀屋」を開業し、その後、亀屋の九代目の佐藤万平が、嘉永3年(1850)に外国人客の接待に取り組みます。初代万平の家にカナダ人宣教師・J.M.ディクソン氏とA.C.ショーが滞在し、万平のおもてなしに感銘を受けたそうです。明治27年、万平氏は亀屋を欧米風ホテルに改装し、名称も「亀屋ホテル」と変更。これが、現在の万平ホテルの創業開始時となります。
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2年後に、「亀屋ホテル」から「萬平ホテル」へと改称します。現在のこの地に移転したのは、明治35年(1902)でした。以前は、旧軽井沢銀座通りの郵便局辺りにありました。洋風建築で、客室は22室でした。
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明治38年に別館を新築しています。大正8年(1919)に二代目万平が日本館(現在の熊魚庵たん熊北店)を移設し増築し、和洋室のホテルとなりました。戦後の昭和20年にアメリカ陸軍第八軍に接収され、GHQの要請で、冬季営業ができるように改築され、昭和27年まで米軍将校の宿泊基地として使用されました。その後、欅館、浅間館、愛宕館、コンベンションホール「ザ・ハッピー・ヴァレイ」、コテージ3棟などが建設せれました。
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これはコンベンションホールです。
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コンベンションホール玄関
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少し坂になっていて、少し歩くと本館「アルプス館」が見て来ました。
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正面玄関
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創業120周年の3年前、玄関、ロビー、カフェテラスの一部は改築されています。
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玄関前に掲げられていた昭和11年当時ロビーの写真です。
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大正時代の玄関前の写真です。
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萬平ホテルのパンフレットから「カフェテラス」の写真です。
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パンフレットのメインダイニングルーム
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パンフレットの本館アルプス館の客室
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玄関前のお庭にあった木の巻き付いた灯篭
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蛇のようにぐるぐると巻いています。
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「熊魚庵」は、三井財閥十一家の中の連家である鳥居坂家からここへ移築された桧館が90年余りの年月を経て、現在「熊魚庵 たん熊」となっています。
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こちらへ進むと、室生犀星旧居があります。
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大正11年(1922)に日本人有志で建てられた集会所です。平成6年(1994)に改築されて、ひと周り大きくなったそうです。
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「水」の鬼瓦がついています。
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側面
敷地が狭いため、これ以上引いて撮れません。 -
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明治25年(1892)に造られたテニスコート2面を持つ軽井沢会テニスコート。
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昭和5年(1930)に
ウィリアム・ヴォーリズ設計で建てられ、平成7年(1995)に改築。 -
現在12面のコートがあります。
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現在、軽井沢観光会館として使われている大正時代に建てられた建物
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正面玄関
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側面
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側面
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明治45年(1912)に建てられたウィリアム・ヴォーリーズ設計の軽井沢教会。昭和4年(1929)に改築。
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