2017/09/13 - 2017/09/14
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motogenさん
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すっかり暗くなってしまいました。
車中泊旅の一つの課題は、入浴をいかにするか・・
「日帰り温泉」で探索すれば、日本全国至る所に風呂なんてあるもんだ・・
とのアドバイスを受けて、見つかったのは「ゆーゆーありいな」でした。
急ぎ温泉に入って、食事にしたいと走って行きます。
もう腹はペコペコを過ぎて、空腹の感覚さえありません。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
ナビが選択した戻りの道は、南回りの別のルートでした。
これも道幅が狭く、複雑に曲がりくねった坂道の連続で、対向車が来なくて助かリました。 -
伊那街道に出ると、目的地はすんなり見つかりました。
さすがナビは偉い。ゆ~ゆ~ありいな 温泉
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夕闇の中にオレンジ色の灯りが暖かく、なかなかいい感じ。
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しかし駐車場は満杯で、ウロウロしていると、一台の車が場所をゆずってくれました。
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さてさて中はどうなっているんだろう?
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「食事をして、温泉に入りたいんだけど・・」と申し込むが、
食事タイムはもう過ぎてしまっていました。
残念。
温泉だけにします。 -
1人610円です。
プールあれば、トレーニングルームもあり、風呂以外の客もたくさんいます。
「1時間後に、ここで待ち合わせだよ・・・」
「1時間も、入っていられるの?」
「露天風呂もあるから、大丈夫だよ。」 -
更衣室も、洗い場も、湯船も、露天風呂も広く、地元の老人たちで賑わっていましたが、余裕がありました。
ここから先は、カメラ持ち込みはやめます。
泡風呂や露店風呂を色々試し、旅情気分を味わおうとしますが、1時間も過ごすのはやはり飽きてしまいます。 -
一風呂浴びて、いよいよ今回の本命『もっくる新城・道の駅』での車中泊です。
途中のコンビニで野菜、チキン、サンドイッチ等を仕入れ、道の駅まで戻ってくると、車は数えるほどしか止まっていませんでした。道の駅 もっくる新城 道の駅
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『アルポット』でお湯を沸かし、コーヒーを作ります。
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『アルポット』はアルコールを燃料とするコンロです。
左の缶が燃料タンクと点火部分で、缶の中にはグラス繊維が詰まっていて、傾けたり逆さまにしても燃料は漏れません。
80ccのアルコールで45分間燃え続けるようで、風に強いのが長所です。
鍋部分は800ccの容量があり、ご飯も炊けて、スープも作れます。 -
食事が済み、トイレに行って、あとは寝るだけ。
車内はスペースもあり、マットも気持ちよく、暑くも寒くもないのに、なかなか寝付けません。
大型トラックがしきりに出入りしています。
クロは今朝から何も食べず、水も飲んでいません。
夜中に車内をうろつき出したので、外に出すと、やってと水を飲みました。
ネコ用トイレにおしっこもできました。 -
眠れたのか眠れなかったのか、ぼんやりした気分で目覚めました。
同じように車中泊をしている車がチラホラしてますが、ほとんどは乗用車の運転席を倒して寝ています。 -
夕べは大型トラックが出たり入ったりして、その音で安眠をさまたげられました。
これを教訓として、これからは大型トラックの停まる場所から離れた場所に、車を停めよう。 -
だってこんなトレーラーまでやって来て、地響きをたてるんだから。
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時折ガタン・ガタンと軽やかに走る列車の音には、旅愁を感じ、癒されました。
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列車の音は、なぜか武田鉄也の歌を思い出させてくれました。
女房は別の情景を感じるようです。 -
味噌汁とカップポタージュで朝食です。
アルポットは大いに活躍。
小さな折り畳み椅子があれば、もっと良かったと気がつきました。 -
伊那街道の歩道を、中学生が通学していきます。
のどかな道の駅の朝です。 -
8時近くになりました。
観光案内所や足湯、ストアーはまだ開きません。
さあ、どうしよう?
設楽原資料館と、その近くの馬防柵を見学に行こうかな・・ -
ぐるりと迂回して資料館に到着するが、会館は9時で門が閉まっています。
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では先に、馬防柵を見に行こう。
柵は小川の向こう側、森の淵に見えている。 -
車が来るとクロはパニック、人の声がするとまたまたパニック。
なだめ、抱きかかえ、どうにかこうにか森の淵まで辿り着き、 -
この森に沿った道を歩けば、柵はすぐそこだ。
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武田の騎馬隊の突撃を防ぎ、鉄砲隊が3段射撃をしたと伝えられいる柵が、再現されている。
NHKが実験してみると、どうも3段射撃は非現実的で、それぞれが勝手に発射を繰りかえす方に利があるそうだ。
3段撃ちは、江戸時代の書物で初めて現れるもので、えてして歴史とはこういうものだ。馬防柵 名所・史跡
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信長軍が大勝とあるが、実際には織田・家康陣にも相当な犠牲が出ていて、部分的には武田騎馬隊の突入を許した場所もあったらしい。
前の柵と後の柵が互い違いに重なっていて、織田兵も武田軍に向かって撃って出る構造になっていた。
しかしこの柵は、観光用に今の時代に作られたものだ。
本当はどうだったんだろう?
戦場は想像してたものより、はるかに狭いものだった。
小川を挟んだ沼のような、狭い田園地帯での戦いだったのだ。 -
戦場は、想像してたものよりはるかに狭いものだった。
小川を挟んで、沼のような田園地帯で戦かったのだ。
前の柵と後の柵が互い違いに重なっていて、織田兵も武田軍に向かって撃って出る構造になっている。 -
これが両軍を分けた小川だ。
当時はコンクリで固めらているはずはなく、もっと違う川だったはずだ。
しかし、この戦場のスケール感や立体感は、テレビや書物では絶対に分らない。
来て良かったと大満足して、 -
資料館に戻ると、門が開かれていた。
設楽原歴史資料館 美術館・博物館
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クロは資料館には入れない。
「ここで待ってなさい。」 -
入って真っ先に目についたのは、綺麗な鎧と兜だった。
触ってみると、どうもプラスチック。
イベント等で子どもが着用し、写真撮影をするもののようだ。 -
この館の主役は火縄銃なんだろう。
嫌と言うほどの多数の火縄銃が展示されていて、
「どこからこんなに集めてきたの?」と女房は不思議がる。 -
どこを見ても銃、銃、銃・・・
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中には銃身の長さが3m以上、口径4cm、重さ73kgのものまであって、これ、どのように使うのだろう、と訳が分らなくなる。
えてしてどの火縄銃も口径が大きく、太平洋戦争で日本軍が使用した銃の2倍、3倍はありそうだ。 -
手に持ってよいという銃があった。
喜んで銃を持ち、女房に写真を撮らせる。
構えてみると意外と軽く、まるで玩具のようだった。 -
火縄銃だけでなく、雷管式の拳銃まであった。
江戸時代後期のものだ。
なぜこれが、設楽原歴史資料館にあるのか? -
具足や手紙などの資料もたくさんあったが、
-
一番興味あるのは、信長軍と武田軍がどのように戦ったのか・・だ。
実際の戦場を見て来た後なので、この模型でもイメージがどんどん膨れ上がってくる。 -
屋上に上がると、武田軍から見た織田軍の馬防柵が眼下に見えた。
毎年7月に、ここで少年たちが具足を身につけて、模擬戦を行う祭りがあるらしい。 -
そのイベントの写真を見ていると、掃除のおばさんと出会い、話をじっくり聞くことができたのでした。
地元の人の話は、私たちにとっては一番の楽しみです。
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