2017/05/30 - 2017/05/31
286位(同エリア587件中)
naoさん
旅の行程
5月30日 根雨、富吉
5月31日 所子、御来屋、鹿野
鳥取県西伯郡大山町所子(ところご)は、中国地方の名峰、大山に源を発する阿弥陀川の河口部に位置する静かな農村集落で、かつては京都の賀茂御祖神社(下賀茂神社)の荘園だったと伝えられています。
所子集落には、近世から昭和初期にかけて伯耆地方の伝統的な建築様式で建てられた主屋や附属屋等からなる農家が数多く残っていて、集落内を縦横に巡る水路や田畑等と一体となった、伝統的な景観が形成されています。
東西約650メートル、南北約700メートルの集落の中央部を、北西から南東にかけて、「坊領道」と呼ばれる大山への参詣道が縦断しており、その「坊領道」に沿って、北西部は「シモ」、南東部は「カミ」と呼ばれる町並みが形成されています。
「坊領道」に面する屋敷地には、重厚な棟門の他に、黒板壁の厩舎や納屋等の建物の間を出入口とした長屋門が設けられ、風情ある景観を形成しています。
平家建てや厨子二階建ての主屋の屋根は石州瓦や真子瓦で葺かれていますが、通常はのし瓦を積み上げて棟とするのに対し、加工した自然石を棟に載せた珍しい形式となっています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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所子にやってきました。
かつて京都の下賀茂神社の荘園だったと伝えられている所子は、集落内に賀茂神社が鎮座しています。 -
では、観光用駐車場に車を停めさせてもらって、南側から町歩きを始めます。
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下見板張りの外壁を新しく張リ替えられたようです。
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大山町の汚水枡の蓋。
大山の山並みを上部に描き、町の木「ダイセンキャラボク」、町の花「サザンカ」がデザインされています。 -
田植えの終わった水田の水面に姿を映す民家。
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水田の向こうに広大なお屋敷が見えてきました。
この辺りは「シモ」と呼ばれている地区です。 -
集落の広場で鯉のぼりが泳いでいます。
集落の家々から持ち寄って、皆さんで泳がせているんでしょうか・・・。 -
鯉のぼりの広場を過ぎて町並みを進むと・・・
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かつて馬を繋ぐのに使われていた、駒繋ぎ石が残されていました。
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先ほど水田越しに見えていたお屋敷の長屋門です。
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門には板石の橋が渡されています。
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鯉のぼりの広場を振り返って見たところです。
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土塀に囲まれた町並みが、緩やかに弧を描きながら続いています。
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カーブミラーに映るお屋敷。
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この道が「坊領道」と呼ばれる大山への参詣道になります。
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見事な門構えのお屋敷は、代々この地方の大庄屋を務めたお宅だそうです。
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明和6年(1769年)に建てられた茅葺寄棟屋根の主屋。
大庄屋を務めてこられただけに、さすがに豪壮な建物です。 -
では、先へ進みます。
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あらっ、電線でツバメが羽根を休めています。
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真っ黒な下見板張りの土蔵が「で~ん!」と構えています。
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のし瓦を塗り固める白漆喰が、リズミカルな表情を与えています。
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白漆喰がリズミカルな民家のこの姿が遠くから見えていたので、道を探して近づいてみました。
「シモ」と呼ばれている地区はこの辺りまでなので、ここで引き返します。 -
土塀に囲まれたお屋敷街を抜け・・・
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元来た「坊領道」を戻ります。
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「坊領道」はこの三叉路を右に曲がって、「カミ」と呼ばれている地区へと続いています。
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集落内を縦横に巡る水路には透き通った水が流れています。
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開け放たれた長屋門から、お屋敷内の様子を垣間見ることが出来ます。
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先ほどの三叉路の方を見た光景です。
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手すりや柵の無い2階に、吐き出し窓が付いています。
危なくないんですかね~・・・。 -
広場で泳ぐ鯉のぼりが見えています。
そろそろ「カミ」地区です。 -
この辺りから「カミ」地区になります。
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この行燈のある民家は、農家民宿を営んでおられます。
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農家民宿の玄関先を飾るキンシバイ。
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小屋の外壁に、昔のいろんな農機具が吊ってあります。
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「カミ」地区の町並みです。
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町並みの案内板には、この辺りに「旧煙草乾燥場」と書かれていたんですが・・・
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位置的にはこの建物のようです。
でも、どうやら建て替えられたようです。 -
石畳が門まで続くお屋敷。
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お屋敷の主家の妻側に開けられた虫籠窓。
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主屋の大屋根には煙出しの越屋根も備えています。
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町並みの案内板に「旧所子郵便局」と書かれていたのは、こちらのお屋敷のようです。
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これは瓦のオブジェとでも言うんでしょうか・・・。
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「旧所子郵便局」の主屋です。
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こちらの2階建の民家には、庇を受ける持ち送りがずらっと並んでいます。
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町角には石塔が祀られています。
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奥の主屋には、ナマコ壁の様なしつらえが成されています。
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町並みが開けた所には、石造薬師さんが祀られています。
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この薬師如来坐像は、寛政元年(1789年)に村人の無病息災を祈念して建立されたものだそうです。
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薬師如来坐像の奥に、立派な門構えのお屋敷があります。
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土塀に沿って、お屋敷の裏側へ廻って来ました。
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朱塗りの裏門が重厚なイメージを払拭しています。
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お屋敷の周辺には、のどかな田園風景が広がっています。
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細部の造りに気を配った主屋です。
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では、土塀に沿って「坊領道」の町並みへ戻ります。
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民家の右手に見える大木は、防火や防風のために植えられたタブの木で、境界木と呼ばれています。
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使い込まれたはしごが壁に架けられています。
今にも折れそうなので、使うのはちょっと気になりますが・・・。 -
ここにも石塔が祀られています。
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こちらは、この地方の土豪だった家柄のお屋敷で、庭園が一般公開されています。
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主屋は江戸時代末期に建てられたものだそうです。
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前庭の中門の奥に一般公開されている庭園があります。
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噴火した富士山の溶岩で石組みされた、とても珍しい庭園なんだそうです。
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主屋の縁側へ、飛び石の園路が続いています。
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縁側の奥から見た光景です。
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松の新芽がふくらんでいます。
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庭園にしつらえられた蹲。
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日本庭園に欠かせない杉苔が育っています。
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主屋の全景。
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土塀越しに見た主屋。
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2階の外壁の一部にナマコ壁をしつらえた大きな民家。
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この土塀も、何とも言えない趣きがあります。
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約700メートル四方の集落を一周して賀茂神社へたどり着きました。
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所子集落は、かつて京都の下賀茂神社の荘園だったと伝えられています。
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ここは、町並みの案内板に「慰霊塔」と書かれていたところです。
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太平洋戦争当時は高射砲陣地だったと思わせるように、長い砲身が保存されています。
先ほど歩いた賀茂神社から所子らしい風景が見えていたので、レンズを替えて戻ります。 -
大庄屋を務めてこられたお宅の茅葺屋根の主屋と、鯉のぼりと、風力発電の羽根のスリーショットです。
違和感があるのは否めないんですが、これが今の所子の風景なんですね。 -
「坊領道」と呼ばれる霊峰大山への参詣道に沿って、「シモ」と「カミ」と呼ばれる地区によって形成された所子集落の町並みは、のどかな農村風景の中に重厚な棟門や長屋門に土塀を巡らせたお屋敷が連なる、風情豊かな景観を見せてくれました。
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