2017/06/24 - 2017/06/25
1051位(同エリア3325件中)
maa7さん
標高960メートルの碓氷峠。今でこそ、ここはハイキングコース的存在ですが、かつてここには中山道が通っており、街道中の最大の難所と呼ばれていました。その両側には、坂本宿(江戸方)と軽井沢宿(京方)があり、その二つの宿場は、峠越えをする人たちが峠越えの準備をしたり、峠越えの疲れを癒したりする場所として、非常に貴重な存在でした。
今回、旧中山道を通って、坂本宿から軽井沢宿まで峠越えをしました。ここには、馬頭観音や道祖神など見どころが非常にたくさんありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
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坂本宿の江戸方の入口(木戸跡)です。ここで旅人の通行審査が厳しく行われました。碓氷峠の麓にある宿場です。
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江戸方から峠に入ると、しばらくは急な坂が続きます。入って15分くらいでここに達します。江戸時代、ここに番所があったそうです。石垣も残っています。
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自然の力による造形も見事です。柱状節理です。
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これも柱状節理です。近くに寄ると迫力があります。
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多くの古木が旧中山道沿いに聳えます。
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旧中山道の特徴は、仏塔や石碑や馬頭観音や地蔵がたくさんあることです。
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石碑はこのように大きなものから小さなものまで様々です。
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上り地蔵と下り地蔵です。
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ここは「覗」という名所です。坂本宿が一望できます。
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小林一茶も、この「覗」で俳句を詠んだそうです。
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「弘法の井戸」です。弘法大師がここを指し示したことにより、井戸を掘り当てられたということです。
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鬱蒼とした木立が続きます。
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四軒の茶屋があった場所です。旅人のために力餅などがふるまわれたそうです。
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江戸時代よりずっと前は、ここに関所があったそうです。
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ここには悪い老婆がいて、旅人たちを苦しめたということです。
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母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね。
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
西條八十の有名な詩の舞台となったところです。 -
赤門屋敷は、加賀藩前田家の屋敷だったそうです。史跡となっています。
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ここが峠の最も高い所です。写真の真ん中よりやや右にある線は、群馬県と長野県の県境です。ここからは、軽井沢まで下りです。
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最も高い所から軽井沢まで下る旧中山道は、悪路です。舗装されていない部分もあり、またロープを伝って下りる所もあります。また蛭もたくさんでます。要注意です。ここは道標のあったところです。
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下りに入って30分くらいで、この場所に着きます。軽井沢宿の入口までもうすぐです。坂本宿と軽井沢宿は、約10キロの道のりです。
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軽井沢宿入口の所に場所の句碑であります。
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