2017/07/01 - 2017/07/31
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ANYK710さん
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瀋陽はかつては満洲国の主要な都市の1つであり、とくに満洲鉄道およびその附属地は日露戦争以降、日本人によって街がつくられてきました。いまでも多くの歴史的建造物が保存されています。
これらの一部を紹介していきます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩
-
最初は「瀋陽駅」、旧「奉天駅」です。
この駅舎は1910年10月1日に日本の建築家辰野金吾の学生であった太田毅と吉田宗太郎によって設計されました。辰野金吾といえば東京駅の設計者であり、瀋陽駅は東京駅と外観が似ています。ちなみに竣工は東京駅より4年早くなっています。
遼寧省文物保護単位に指定されています。 -
中にはいってみると、まるで東京駅丸の内の駅舎のようです。
といっても東京駅になんども行ったことがあるわけではありませんが。
当日のチケットがなければここからさきに進むことはできません。 -
もちろんリフォームされているので、とてもきれいですが、おそらく柱は当時のままだと思われます。
-
となりの入り口から入ると、チケット売り場があります。
ちなみに明日の新幹線のチケットをここでゲットしました。 -
中国の新幹線のチケットは飛行機と同様に記名制です。
中国人は居民身分証(国が発行する身分証明書)を必ず持っているので、これがあれば機械で用意に購入できますが、外国人は窓口で買わなければなりません。C-tripなどで予約しても結局窓口で受け取りです。パスポートの提示を必要とします。英語はまったく通じませんが、筆談でOKです。
今回の旅行で感じたことですが、中国人は国からマイナンバーと居民身分証が与えられており、これがあれば中国では最強のようです(銀行口座の開設などから、レンタルサイクルなどちょっとしたものまですべて、マイナンバーとスマホがあればなんでもできる印象です)。
ただし当局により、すべての情報が把握されています。 -
チケット売り場では、いちおう列をなして並びますが、自分の番なのに、次の人が係員にはなしかけたりして、むちゃくちゃです。
友人がいるからという理由で横入りも、あたりまえです。
ここは国際的なルールではなく、中国ルールに従います。 -
まるで飛行機の出発の案内のようです。
新幹線から一般の列車まですべて表示されています。 -
満洲国の主要な駅として活躍した駅を100年以上も大事に使い続けている中国人に対して、Respectを感じます。
著作権の都合、ここには掲載できませんが、南満州鉄道としておもに日本人によって経営されていたころの写真をみると、当時とあまり変わらないので驚きます。 -
ちなみに瀋陽駅は東京駅を参考にて作られ、おなじ遼寧省の大連駅は上野駅を参考に作られています。
瀋陽駅前は高い建物はなく、広い空間が開けています。いわゆる満鉄付属地に該当するエリアには、日本人にたてられてた古い建造物が多数あります。 -
駅正面に中華路(旧千代田通り)があります。
写真は旧千代田通りの左側にあった旧「満鉄の奉天貸事務所」です。今は鐡道1912瀋陽飯店となっています。 -
写真は旧千代田通りの左側にあった旧「満鉄奉天共同事務所」です。1921年竣工、武蔵屋旅館、JTB、常盤旅館、日進館、サッポロビアホールなどが入居、屋上看板には満洲菊正宗、グリコ(心斎橋と同じ)があり夜はきれいだったそうです。
瀋陽駅前は、瀋陽駅から右手へは民主路(旧平安通り)、中央は中華路(旧千代田通り)、左手は中山路(旧浪速通り)となっており、旧満州当時を惜しむかのように当時の古い建造物を散策することが出来る場所でもあります。 -
中山路(旧浪速通り)の入り口にある「医薬大厦」です。
満洲国時代の写真をみるとこのビルに「明治チョコレート」の看板がありました。「日本へは商船で」など日本語の看板だらけです。今は日本語の表記や看板は全くありません。
とくに中山路(旧浪速通り)には当時の古い建造物が多数あります。 -
写真は、中山路(旧浪速通り)にある、旧奉天日本郵便局です。鉄道附属地に設置された日本との間の郵便を扱う郵便局だったそうです。現在は中国郵政の建物です。
ちなみに訪問時は大雨の直後で道路が水没していました。 -
歴史的価値のある建物として、しっかり保存されています。
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日本によってたてられた「奉天郵便局」の跡であることがしっかりと明記されています。
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中国郵政まえの歩道橋から中山広場の方向をみた写真です。
写真中央には中山広場のある毛沢東の像があります。
写真中央やや左のたてものは「旧藤田洋行奉天支店」です。藤田洋行は、日本資本の機械の輸入業者でした。 -
こちらは満洲国時代のデパートです。
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こちらは旧満洲医科大学。南満州鉄道株式会社が1911年に、南満医学堂として発足させたものが、1922年大学に昇格したのです。
現在は中国医科大学附属第1病院です。 -
満洲国時代からある建物の奥にある、とてつもなくデカいビルが病院の本体です。2000床以上あるとか。
ノーベル平和賞をとった劉暁波(リュウギョウハ)氏がこの病院で亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りします。 -
超がつくほどの大病院なのに、入り口は小さく、歴史的な建物です。
こっそりなかに入ってみましたが、なかも立派なたてものでした。
奥にいくとすぐにビルにつながり、ロビーではエスカレーターがあります。
日本では見ることがないほどの超巨大病院です。 -
こちらは医学部の基礎研究棟前の門です。
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基礎研究棟です。満洲国時代は倫理的にやってはいけない実験、解剖もおこなわれていたという話もあります。
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こちらは瀋陽のなかでも有名な歴史的建造物である「奉天ヤマトホテル」です。南満州鉄道株式会社が経営していた高級ホテルブランドとして有名です。現在は「遼寧賓館」というホテルです。
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「奉天ヤマトホテル」は当時最新かつ最高格式のホテルとして知られ、戦後も中華人民共和国の国家指導者である毛沢東や?眷小平がここを訪れているそうです。
設計 - 横井謙介・太田宗太郎(小野木横井共同建築事務所)
施工 - 清水組
構造 - 鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階建
竣工 - 1929年4月 -
こちらは横浜正金銀行奉天支店です 1925年宗像主一の設計です。現在は、中国工商銀行中山広場支行です。
ちなみに横浜にある横浜正金銀行本店はは神奈川県立歴史博物館なのは有名です。 -
中山広場の中心には毛沢東の像があります。
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こちらは旧東洋拓殖奉天支店です。
満州事変の際は関東軍司令部がおかれていたそうです。
現在は瀋陽市総工会の建物のようです。 -
なんの建物なのかきちんと説明があります。
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かつてどのような建物だったのか、きちんと説明書きもあります。
中国語表記ですが、関東軍司令部がおかれてたことが書かれています。 -
中山広場に面した旧満洲医科大学の別の入り口です。
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旧奉天三井ビルです。
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手前のビルが、旧朝鮮銀行奉天支店です。
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旧満洲赤十字奉天分社です。
中山広場から少しはなれたところにあります。 -
旧奉天警察署です。
関東庁土木課による設計とされています。
個人的にはこの建物が一番好きです。
今は瀋陽市公安局です。いまでもつかっているのがすごいです。 -
こちらはヤマダ電機。はっきりいって瀋陽に進出している日本企業はすごく少ないのが現状です。
歴史的背景や中国の国家体制が問題にあると思われます。中国が民主主義国家になって、本当に友好関係をきづける日がいつか来ることを信じています。
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