2025/11/18 - 2025/11/30
25位(同エリア321件中)
eimeiさん
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中国へ3回旅に行っているが、船戸与一の「満州国演義」(全9巻)と宮尾登美子の「朱夏」を読み、長野県飯田市の満蒙開拓平和記念館を訪れ、いつか旧満州へ行きたいと思っていた。
中国の1ヵ月ビザ免除の期限が今年末なので、11月に計画をしていたところ、高市総理の台湾有事発言後、日本と中国の政府の関係がギクシャクしてきた。ビザ免除の延長は、多分ないので、周りの忠告も聞き流し、計画通り行くことにした。
本当は、旧満州国のエリアをオフロードバイクで1カ月ぐらい旅したいが、叶わぬ夢なので、自宅→関空→大連(1泊)→長春(3泊)→瀋陽(3泊)→大連(4泊)→関空→自宅のルートで計画した。仕事・時期を考え、期間は11月下旬とした。
事前に、関空⇔大連は春秋航空で予約、大連・長春・瀋陽の移動用の高速鉄道、及び宿はTrip.comで予約した。街内の移動は地下鉄を利用する予定。
中国は、Googleのアプリ・Lineが使えないので、Trifaのe-SIM(10G)を契約。
地図アプリは、百度地図を入れた。
現金は300元ほど持っているが、中国は電子マネーが主流なので、AlipayとWeChatのアプリを入れ、クレジットカードと紐づけした。手順は、YouTubeを参考にした。
現地は、もう冬なので、風邪薬、うがい薬、体温計などの準備もした。
今回の旅で、必ず訪れたいのは、長春の偽満皇宮博物院と瀋陽の九・一八歴史博物館です。中国の立場から見た満州国を知りたいからです。
1元≒20円で計算してください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- 春秋航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大連はまだ暖かいが、長春はもう完全な冬なので、高速鉄道を利用して、長春から南下しようと計画した。大連-長春間が約700Km、長春-瀋陽間が約300Km、瀋陽-大連間が約400Kmです。中国の高速鉄道は、100Kmが1,000円程度です。
長春・瀋陽・大連とも600~700万人の人口規模の都市です。 -
《予備知識》
【時代背景】張作霖爆殺→柳条湖事件→満州事変→盧溝橋事件
張作霖爆殺は関東軍が1928年に起こした暗殺事件。
張は北京政府の実質的支配者であり、満州支配の軍閥だったが日本とも協力していた。
蒋介石の国民政府が北伐を行い、張は破れると態勢立て直しのため古巣の満州に逃げかえったが、列車が奉天(瀋陽)近くで関東軍に爆破されて死んだ。首謀者は河本大作大佐。
張作霖も次第に日本の言う事に服従しなくなり、もはや利用する価値無しとして爆殺した。
柳条湖事件は1931年9月18日に奉天(瀋陽)郊外の柳条湖付近の満鉄線路が爆破されたということで関東軍が出動し、中国軍の兵営を攻撃した事件。中国では「九・一八事件」と呼ばれている。初めから関東軍が計画していたもので、首謀者は石原莞爾中佐と板垣征四郎大佐。
予定通り戦闘を拡大し、事件は満州事変に発展していった。
満州事変は満州を日本の実質支配にしようと関東軍が行ったもの。
張作霖を爆殺した後で息子の張学良は日本に従属するかと思いきや国民政府についたので、ならばとばかりに柳条湖事件を起こし、ほぼ満州全土を制圧した。満洲国は、1932年3月1日の建国から1945年8月18日に皇帝・溥儀が退位までの約14年間続いた。
盧溝橋事件は1937年7月7日に北京郊外の盧溝橋で日中両軍が武力衝突した事件。中国では「七七事変」と呼ばれている。
現地では停戦協定が成立したが、陸軍中央の強硬派はいい機会とばかりに中国侵攻を企て、近衛首相も乗っかって、日中全面戦争に発展した。
なお、満州国の広さは、日本の面積の3倍ほどあった。 -
11月18日(火) 早朝に自宅を出発し、近鉄 関西空港レール&バス(3,830円)を使い、名古屋→関空 第T2へ。
春秋航空便で、16:30関西国際空港 → 18:15大連 周水子国際空港へ。 -
中山広場までの地下鉄切符(4元)がAlipayで買えなかったので、現金で買った。
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夜の中山広場。寒い。
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中山広場から歩いて数分の日月明酒店(リユエミンホテル)へ到着。英語は通じないが、翻訳アプリで丁寧に説明してくれた。
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部屋は清潔で、アメニティも充分。1泊2,000円弱(Trip.comで払済)
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夕食を食べていないので、ホテル近くの食堂でアサリ麺を食べた。20元をAlipayで店の人に手順を教えてもらって払った。
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食堂の隣にLAWSONがあったので、飲み物・パン・お菓子を買った。Alipayで払えた。日本のPAYPAYやd払いと同じ感覚で使える。値段は日本より少し安く、品揃えは、日本のLAWSONとほとんど変わらない。
店員のおばちゃんが親切なので、後の大連滞在時も使うことになるだろう。 -
11月19日(水)朝、歩いて大連駅へ。
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09:17大連駅 →12:55長春駅 (高速鉄道3時間38分)
手数料込みで7,500円ほどをTrip.comへ払済なので、有人ゲートでパスポートだけでOK。列車番号、車両番号、席番号はTrip.comからメールがくる。 -
二等だが、日本の新幹線普通席と同じ。7~8割程度の乗車率で、車両も新しく、時速250Kmほどで走行するので、日本の新幹線と遜色ない。運賃が日本の1/3以下。
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車窓の風景。大連近くは温室栽培も盛んに行われている。
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車窓の風景。地平線が見える。
旧満州は、ウクライナと同じぐらい肥沃な土地が広がる。 -
3時間ほどで、長春に近づいてきた。
満州国時代、長春は新京とも呼ばれていた。 -
長春の地下鉄構内に大きな壁画があった。どこかで見たような作風だが、ブリューゲルかな?
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長春の地下鉄路線。明日から、ほとんど地下鉄で移動できそうだ。
冬は-20度にもなるし、1回2~6元で乗れるので、庶民の足として使われている。 -
地下鉄のチケットは、現金でも買えるが、Alipayでチャレンジしたら買えた。
荷物検査もあるが、形だけやっている感じで、ユルユル。 -
中国の地下鉄の車内。案内は分かりやすく、紙の広告はなく、ディスプレイ広告のみ。車内は静かで、日本の地下鉄に乗っている感覚。
乗り換えなどで迷うこともなかった。 -
地下鉄の駅から歩いて数百メートルの所にある宿OYO長春浩原ホテルへ到着。
英語が全く通じないので、翻訳アプリで会話した。
まだ、15時だというのに、陽が沈みそうで、寒い。 -
予想通り、窓もなく、清潔感に欠ける。
1泊1,100円では仕方ないか。3泊我慢。 -
早速、夕食を探しに行ったら、熊猫塔塔の9.9元ハンバーガーセットが目に入った。
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コーラも付いておいしかった。Alipay払いも慣れてきた。
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LAWSONがないので、中国資本のコンビニ新天地でお買い物。Alipay払い。
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11月20日(木) 長春は満州国の首都として、日本の建築技師が都市設計をしたので、その時代に建てられた日本風建築物が多く残っている。都市設計で多くの公園が作られたが、最大の公園は南湖公園で、今でも市民の憩いの場となっている。
地下鉄を使って、日本風建築物を見ながら、南湖公園へ向かった。 -
今は医学研究所として使われている。
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途中の朝陽公園。平日なので高齢者の憩いの場。
ダンスをしている高齢者もる。 -
池の表面が光っている。よく見ると凍っているではないか!
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池の畔で、太い紐を回して、パーンと大きな音を出している人がいた。
ベルトを回して音を出すことができるが、それの応用ではないかな? -
街中では美団の配達員をよく見かけるが、YouTube映像のように列をなしていることはない。
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銀行の預金金利。年利1.5%ほど。
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途中のショッピングモール。平日のせいか、ガラガラ。お客より店員のほうが多い。
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奥のほうのテナントは、閉鎖している。
マックも閉店していた。 -
ショッピングモール近くの這有山(The Hill)へ行ってみた。
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建物の前には、操り人形がある。
コンピュータ制御で動くようだ。
撮影スポットになっている。 -
多くの人が入っていくので、入ってみた。
ロビーには、囲炉裏のようなものがあり、円形に座れる。 -
階段を登っていく。
普通のモールとは、全く違う。
エレベーターはない。目立たないところに登りエスカレーターがある。
基本は、自分の足で登り降りする。 -
猫カフェ。
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こんな感じで階段を上っていく。
テナントがあるが、一店舗あたりの面積が狭い。 -
金工芸ショップ。
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ペットショップ。
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フィギュア・キャラクターショップ。
中国でも、しんちゃん人気はすごい。テレビ放映されているようだ。
タイと同様に、中産階級が多くなり、核家族化が進んでいる証拠。 -
一番上からの眺め。
いろいろな店があり、見ていて楽しい。
平日にも関わらず、若い人の来場が多かった。
大きな箱物が大好きな中国人の中で、濃い内容をコンパクトにまとめた建築設計技師は大したものだ。 -
這有山(The Hill)近くの長影旧址博物館(旧満映)。
毛さんがお出迎え。 -
前庭には、共産主義的な像が並んでいる。
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やっと南湖公園に到着。入ったら、ダンスをしていた。
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公園内は広く、散歩している人、ジョギングしている人、凧揚げしている人、トランプ(ポーカー)している人などを見かけた。
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白樺林も作ってある。
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日本人設計技師が設計した南湖(人造湖)。
真ん中以外は凍っている。 -
中国では、凧揚げは、大人の遊び。
大きな太鼓リールを使っているので、100m以上の高さに揚がる。 -
宿への帰りに見かけた献血屋。
献血すると、お金がもらえるらしい。 -
11月21日(金)、人民広場から長春駅まで満州時代の建物を見ながら散策した。
旧満州電信電話株式会社で、今は銀行として使われている。 -
旧関東軍司令部で、今は、中国共産党吉林省委員会として使われている。
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旧満州国国防会館。
今は、何に使われているか不明。 -
勝利公園の毛さん像。
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満州時代の都市設計がしっかりしているので、車時代になっても街が整然としている。
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やっと長春駅に到着。
これも満州時代に造られた建物が使われている。 -
長春駅から地下鉄に乗り、偽満皇宮駅に到着。
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偽満皇宮博物院の門。
入場無料。荷物検査もなし。 -
資料館入り口。
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入ったら所の造り物。
十四年というのは、満州国の建国から滅亡まで。 -
中はこんな感じに展示されている。
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日本語の解説もあります。
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満州国皇帝、溥儀夫婦。
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中国東北部の軍閥のトップ 張作霖。
1928年、瀋陽(奉天)で関東軍による列車爆発事故で暗殺された。
その息子が、張学良。 -
柳条湖事件→満州事変(中国では九・一八事件と呼ばれている)後、国際連盟から満州へ派遣されたリットン調査団。満州国は日本の傀儡国家とされ、日本は国際連盟を脱退。
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日本語のポスターも展示してある。
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もっと残酷な写真んもあったが、略。
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日本語のパンフレット。
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満州開拓村の表札。
1936年に「満州開拓移民100万戸500万人移住計画」が国策となったが、戦況の悪化もあり、約27万人にとどまった。 -
赤い点が、満州開拓村。
満州でも奥地が多い。
寒い上、ソ連国境に近く、開拓民は満州防衛も兼ねていた。 -
開拓移民の女性。
1945年8月9日にソ連が満州に侵攻後、満州開拓移民約27万人のうち約8万人が犠牲になった。
写真の3人の女性と子供は、無事に日本へ帰国できたのだろうか? -
満州国の官僚上層部。
一番右の写真は、戦後日本の総理大臣を務めた岸信介。
その弟がノーベル平和賞をもらった元総理の佐藤栄作。
その孫が奈良で暗殺された元総理の安倍晋三。 -
軍人あがりの満映のトップ。
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満映のトップスター李香蘭。
帰国後、山口淑子として活躍し、参議院議員も務めた。 -
抗日の英雄 楊靖宇(ヨウ セイウ)。
関東軍も一目置いた共産党の抗日ゲリラのトップ。
最後は、満州警察と軍に包囲され、壮絶な死を遂げた。 -
極寒の中でこのように抗日ゲリラ活動をしていたという造り物。
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1945年8月6日に広島に、9日に長崎に投下された原爆の写真。
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1945年8月15日の昭和天皇の玉音放送。
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1945年9月2日に、東京湾上の米国軍艦ミズーリ号で、降伏文書の調印式が行われた。
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戦犯対象者。当然、東条英機も入っている。
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毒ガス・細菌兵器の研究をしていたと言われている日本軍第100部隊。
浮浪者などに対し、人体実験をしたと言われている。 -
授業・研究の様子。
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ドイツ軍と同様、敗戦が決定的となった時点で、書類の焼却、施設の破壊をしたので、証拠がほとんど残っていない。
最近、日本軍第100部隊を題材にした中国映画が作られたが、あまりにも残忍な場面が多く、中国でも不評を買った。
偽満皇宮博物院の展示物は、造り物を除き、歴史に沿っていると感じ、見ごたえがあった。 -
偽満皇宮博物院の駐車場に駐車してあったアルファードそっくりの電気自動車。
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大きい駐車場には、充電施設が必ずある。
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11月22日(土) 地下鉄で長春西駅(高速鉄道専用駅)へ行った。高速鉄道で、09:44長春西駅→10:54瀋陽北駅(1時間10分)と移動。
Trip.comへ3,378円払済なので、有人ゲートでパスポートだけでOK。
荷物検査は、地下鉄ほど緩くないが、飲み物はOK。 -
時間どおり発車し、二等席の車窓から旧満州の大地を眺めていた。
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時間通り、瀋陽北駅(高速鉄道専用駅)に到着。
瀋陽は、満州国時代には奉天とも呼ばれていた。 -
瀋陽北駅の構内で、朝食兼昼食のうどん。Alipay払いで9元。
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瀋陽の地下鉄路線。
なかなか充実しているが、Alipayが使えなかったので、現金で切符を買った。 -
瀋陽での宿「HOMESTAY民宿」に到着。1泊2,000円ほどで3泊します。
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なかなか洒落たロビーではないか。
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一人ではもったいないほどの部屋。
机・椅子もあり、ゆっくり3泊できそうだ。 -
まだ陽が高いので、近くの瀋陽故宮(世界遺産)へ歩いて向かった。
昔は塀に囲まれていたと思われるが、現在は門しか残っていない。
門の一つ懷遠門。 -
通りはホテル・土産物屋・レストランなどが軒を連ねている。
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観光地だけあって、AlipayやWeChatで使える無人レンタサイクルもある。
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清の時代の故宮で、世界遺産となっている。
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観光案内地図。
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中心部の小さな門。
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有料の故宮博物院。入場せず。
今日は土曜日なので、観光客も多い。 -
故宮より興味を惹かれたのが、レンタルウエアーを着て、記念撮影をしている若い女性。
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いろいろな小物を使って記念撮影をしていた。
ハッとするような美人を何人も見かけた。 -
親子連れも見かけた。
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レンタルウエアーショップ。女性には化粧もしてくれる。
男性用レンタルウエアーもあるが、女性ほど似合わない。 -
11月23日(日) 九・一八歴史博物館へ地下鉄を利用して向かった。
地下鉄駅から10分ほど歩いた柳条湖事件現場の線路沿いにある。塀の外からの写真。
日本では「柳条湖事件・満州事変」と言われているが、中国では柳条湖事件の月日に因んで「九・一八事件」と言われている。 -
九・一八歴史博物館の入口。
バッグを持って入場できないので、中国の人達は、スマホを使って、荷物をロッカーに入れていた。私も同じようにやってみたが、使えなかった。
仕方ないので、貴重品だけ身につけ、物陰にバックを隠して入場口へ向かった。 -
入場は無料。
中国の人達は、地下鉄のようにスマホをかざして入場していくが、国民番号のQRコードで入場しているようだ。私はパスポートを係員に提示したら、パスポートの写真を撮られただけで入場できた。
その後、高速鉄道並みの荷物検査もある。 -
九・一八歴史博物館の塀の外で、小さい中国国旗を売っているので、中国国旗を持って入場する人もいる。
今日は日曜日なので、入場者が多いが、周りを見渡しても、外国人は私のみ。 -
大きいモニュメントの中央の穴から入ります。
日曜日なので、親子連れも多い。 -
最初の日本語の解説文。
解説は、中国語・英語・日本語でされているが、英語・日本語は一部のみ。 -
ヒットラー、ムッソリーニまでは分かるが、下段の3人は誰?
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中国人は土地を追われ、流浪の民になる
という造り物。 -
1934年3月1日の満州国建国二周年式典の皇帝 溥儀。
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満州国の官僚上層部。
満州国は、日本民族・満洲民族・漢民族・モンゴル民族・朝鮮民族の「五族協和」による「王道楽土」建設をスローガンとしていたので、日本以外の民族も官僚に入っていたが、軍をバックに、実権は日本が握っていた。 -
虐待される中国人。
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露天掘りの撫順炭鉱。
日本にも輸出されていたようだ。 -
長春の偽満皇宮博物院でも紹介された
抗日の英雄 楊靖宇(ヨウ セイウ)。 -
日本軍、抗日ゲリラが使用していた銃。
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抗日ゲリラ活動の様子を再現している造り物。
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毛沢東。
若い時に強大な権力を握ってしまったので、何でもできると錯覚してしまった。
それが中国の不幸の始まり。 -
若い時の周恩来。
毛沢東の暴走にブレーキをかけることができる人物だか……。 -
張作霖の息子、張学良。蒋介石と共に台湾へ渡り、半生を台湾で過ごしたが、最後、ハワイで100歳で亡くなった。
西安事変とは、1936年12月12日張学良・楊虎城らによって蔣介石が拉致・監禁された事件。西安事変で内戦停止と国民党と共産党が一致して抗日へ向かった。共産党の交渉役が、周恩来。三者の中で漁夫の利を得たのは共産党。 -
長春の偽満皇宮博物院でも紹介された
広島・長崎に投下された原爆。 -
長春の偽満皇宮博物院でも紹介された
1945年8月15日の昭和天皇の玉音放送。 -
戦犯を裁く東京裁判。
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満州からの引き揚げ船。
引き揚げ船に乗船するのに、終戦から2~3年かかることも珍しくなかった。
その間は、ほとんど難民状態。詳しくは、宮尾登美子の「朱夏(しゅか)」を読んでください。
終戦後、満州を統治していたのは、ソ連の進駐軍。いろいろな問題が起きた。日本の女性が襲われたり、成人男性がシベリアへ連行され強制労働(シベリア抑留)させられた。 -
日中国交正常化。毛沢東と田中角栄。
お膳立てしたのは、当然、周恩来。 -
出口近くで、グッズも販売している。
九・一八歴史博物館の展示物は、長春の偽満皇宮博物院と同様、造り物を除き、歴史に沿っていると感じた。
長春と瀋陽の二つの資料館とも、中国の立場から作られているが、それほどひどい内容ではなかったし、入場・観覧で嫌な思いもしなかった。 -
次に、地下鉄に乗り、瀋陽駅近くの皇姑屯事件博物館へ行ったが、閉館していた。
1928年に起きた張作霖爆殺事件の現場近くに博物館を造ったものの、来場者が少なく、閉館になったと思われる。中国では、張作霖は息子の張学良ほど尊敬されていない。 -
中国の電気自動車メーカーのディーラー前にとめてある車。
デザインも良くなってきた。車づくりのノウハウを蓄積し、バッテリー性能を上げれば、日独の自動車メーカーにとって脅威となる。 -
パトカーも電気自動車。
街を走っている車の4~5割ほどが電気自動車です。 -
11月24日(月) 瀋陽の故宮近くの散策に出かけた。
ゴミ箱を漁っている人がいたが、段ボール、アルミ缶、ペットボトルを回収していた。
YouTubeで、中国の失業者・ホームレスの動画がたくさんアップされているが、ほとんど見かけなかった。 -
街で見かけた普通の若いカップル。
中国の若者中心に、見栄を張らず、身の丈に合った生活をしているように感じた。 -
故宮近くの張学良の銅像。中国の人達は、銅像前で記念撮影をしていた。
張学良は、共産党と距離を置いていたが、中国人の間では、尊敬されている。
父親(張作霖)が関東軍に暗殺されたので、日本を嫌っていた。 -
張学良が瀋陽で住んでいた建物。
現在は、張学良博物館になっている。 -
張学良の銅像のある広場で、羽根蹴りゲームをしていた。
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月曜日のためか、故宮の大門が開かれていた。門の中で皆が記念撮影をしていたので、若いカップルに英語でシャッターをお願いした。撮影後、男性が「Where from?」と聞いたので、「From Japan」と私が答えたら、「Welcome」と返され、更に、手を差し出されたので、握手をした。
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今日は、月曜日なので、観光客も少なく、レンタルウェアーの若い女性も少ない。
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珍しくレンタルウェアーの男性がいた。
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ライブ配信をしている者も見かけたが、人数は少ない。
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故宮近辺を散策したので、瀋陽で一番大きなショッピングモールK11へ地下鉄で行ってみた。
外から見ても、広くて大きい。しかし、月曜日のせいか、人影がほとんどない。 -
正面入り口から中へ入ってみたが、人がいない。
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上の階へ上がって、中央の広場を見ても、人影がまばら。
端の方のテナントは、空室が目立つ。 -
昼頃なので、レストラン街へ行ってみたら、この有様。
店員の呼び込みが、空しく響いている。
値段も高いので、退散。
典型的な、中国の巨大ショッピングモールであった。 -
気を取り直して、地下鉄で韓国・朝鮮街「西塔街」へ行った。
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遅めの昼食として、キムチ付きの麺を食べた。少し辛いが、美味しかった。
麺代21元をAlipayで払おうとしたら、上手くいかなかったので、現金で払った。 -
店の外へ出ると黄砂で霞んでしたので、西塔街の散策を諦め、地下鉄で宿へ帰った。
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地下鉄の禁止事項が、列車内に貼ってある。
一番左と右から二番目が面白い。 -
11月25日(火) 大連へ高速鉄道で移動するために地下鉄で瀋陽北駅(高速鉄道専用駅)へ。09:42瀋陽北駅→11:13大連北駅(1時間31分)。当然、二等席です。
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電光掲示板を見て、乗る列車のゲート番号近くで待ちます。ゲートが開いたら、有人の列に並び、パスポート提示し、プラットホームへ降りて、号車番号近くで待てばよい。Trip.comで切符を購入しておけば、スムーズに乗車できる。
駅構内には、コンビニなどの店も多数あります。 -
列車が走り出して車窓を見たら、畑に雪がうっすら積もっていた。
昨晩、雪が降ったようだ。 -
平日の午前10時ごろなので、6~7割程度の乗車率。
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大連北駅へ時刻通り着き、地下鉄で中山広場に到着。
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鳩に餌をやっている。
鳩が増えすぎて糞害にならないだろうか。 -
中山広場にある旧朝鮮銀行大連支店。
現在は、中華人民共和国国務院として使われている。 -
中山広場から歩いて数分の喜瓜ホテル(Watermelon Hotel)に4泊する。
11月18日に泊まった日月明酒店(リユエミンホテル)に近い。
予約書を見せたら、簡単な英語でスピーディーに対応してくれた。 -
室内は少し狭いが、清潔にされている。
1泊1,300円なので、机・椅子はない。
LAWSONも近くにあり、何の不自由もない。 -
11月26日(水) 天気も良く、温かいので、旅順へ行くことにした。
地下鉄(左下方面)を乗り継いで片道8元で行けます。 -
途中から、地下鉄は地上を走るが、中山広場から1時間ほどで地下鉄旅順駅に着いた。
日露戦争の激戦地二〇三高地へは、公共交通機関がないので、諦めた。
駅裏の大連交通の電気バス(1元)に乗って、旅順の中心街へ向かった。 -
旅順の中央広場。広場の周りには、百貨店・銀行などがある。
-
広場からも見える白玉山塔。
リフトで登れるらしいので、リフト乗り場へ向かった。 -
リフト乗り場へ行ったら、リフトが動いていなかったので、登るのを諦めた。
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リフト乗り場の観光案内看板。
白玉山塔に登ると、旅順口が写真のように望めるらしい。 -
旅順口の港をめぐって、ロシアと日本が争ったのが、日露戦争。
-
その旅順口の港の一部。
写真の右側には、中国海軍の基地があり、撮影禁止。 -
旅順には、このような公衆トイレが何か所もあった。
中はきれいに掃除されており、昔のニイハオトイレとは雲泥の差。 -
旧旅順駅。今は使われておらず、記念建物として保存されている。
内部にも入れなかった。 -
帰りに中央広場の百貨店に寄ってみた。
美味しそうなイチゴケーキが20元。食べたいな~。 -
坂が多いので、無人レンタル電動スクーターがよく走っている。
AlipayやWeChatで使えると思われる。 -
再び、大連交通の1元電動バスで地下鉄旅順駅へ戻ってきた。
バスは、充電エリアでしばらく充電。 -
バス停近くの屋台で遅めの昼食。
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YouTubeの大連旅行記で、無職旅さんが食べていたものと同じものを注文した。
野菜・ソーセージなどが中に入っており、ボリュームがあり、満腹。
Alipay払いで10元。 -
地下鉄旅順駅構内にある看板。
中国も若い人中心に環境意識が高まってきている。
ただ、ゴミ箱は分別できるようになっているが、分別はまだあまり進んでいない。 -
旅順郊外に空き家タウンがあった。交通の便も悪そうなので、このまま放置されそうな感じがする。
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帰りの地下鉄で、セーラー服を着た女性を発見。ルーズソックスまで履いている。
セーラー服の制服は日本以外に見たことがないし、高校生ではなさそうなので、セーラームーンの影響を受けたファッションではないか? -
大連の街に帰ってきた。
歩道で暇な男たちが集まっている。
座っている2~4人がトランプでポーカーをしており、他は観客。
長春や瀋陽でもよく見かけた。 -
宿の近くに洒落た本屋があったので、入ってみた。
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中国の作家の本が多いが、欧米や日本の本もある。漫画は置いてない。
東野圭吾のコーナーがあった。
落ち着いた感じで、スペースも広く、座るところもある。
このような本屋が存続できるほど、中国の知的レベルが上がってきている。 -
今日の夕食は、LAWSONで買ったカップヌードルとおにぎり2個。
中国のホテルには必ず電気ポットがあるので、ミネラルウォーターを沸かし、カップ麺を部屋で食べることができる。
ただ、LAWSONでおにぎりを温めるのを断ったが、日本米でないので、硬くて美味しくなかった。 -
11月27日(木) 今日は風も強く寒い。
1,000億円以上かけて大連港近くに造られた「東方水城」へ地下鉄で行った。
広い道路の右側が東方水城で、左側は高層ビル群。
それにしても風が強く、冷たい。 -
東方水城に入っていくと、まるでベネチア。
寒いせいか、人影がない。
20年ほど前、名古屋港近くに小さなイタリア村(今は消滅)を造ったが、規模が全然違う。 -
ゴンドラもあるが、しばらく使われていないようだ。
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たまに観光客が通るが、店も開いていないので、記念撮影のみ。
大連の観光地にするつもりだったが、見事なまでに大失敗! -
水路もベネチア風に造ってあり、冬以外なら良いところだと思うのだが……。
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サンマルコ広場も再現されている。
記念撮影場所としては、最高だが、人はまばら。
突然、晴れてきたので、私もセルフタイマーで記念撮影した。 -
ロボットのアイスクリーム屋さん。今は冬なのでやってない。
注文すると、ロボットがアイスクリームを作って渡してくれるらしい。 -
東方水城の海(黄海)沿いでは、カモメにソーセージの餌をやっているが、風が強くて、カモメが餌まで来ることができない。
近くに、串に刺したソーセージの売り子がいた。
あまりの寒さに、すぐ退散。 -
あまりの寒さに、地下鉄でホテルへ逃げ帰った。
少し、寒気がするので、体温を測ってみたら37.2度あった。
夕食は、LAWSONで買ってきた10元のコンビニ弁当。
食後、風邪薬とリポビタンDを飲み、早めに寝た。 -
11月28日(金) 朝起きても、37度の熱があった。
天気も良く、暖かいので、LAWSONで暖かい朝食をとり、中山広場から北へ1Kmほどのロシア街へ歩いて行った。
ロシア街といっても、ロシア人は一人もいません。 -
500mほどの道路の利両側にロシア風の建物が並んでいる。
ほとんどが、観光客相手の店。 -
店頭には、マトリョーシカが並んでいる。
一番小さいもので15元ほどで、一番大きいと100元ほどで売られている。 -
当然、マトリョーシカの記念撮影場所もあります。
私もセルフタイマーで記念撮影。 -
他にも、こんな人形の記念撮影場所もある。
私もセルフタイマーで記念撮影。 -
レンタルウエアーを着て、記念撮影をする店もあるが、瀋陽の故宮ほど多くない。
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ロシア街の最後。
ここも記念撮影場所になっている。
微熱があるので、歩いてホテルへ帰った。 -
ホテルに帰る途中に路面電車を見かけた。
地下鉄が充実しているので、半分観光用。
明日、帰国なので、いつものLAWSONで買い物をし、ホテルで食事をし、風邪薬を飲んで、早めに寝た。しかし、深夜、38度まで熱が上がったので、解熱剤をを飲んで再び寝た。 -
11月29日(土) 朝、起きて、熱を測ったら36.2度であった。体も軽いし、予定通りスムーズに旅ができたので、「よし、日本へ帰るぞ!」と思い、チェックアウトし、地下鉄で大連空港へ向かった。
空港で電光掲示板を見たら、乗る予定の春秋航空便が無いではないか。係員に聞いたら、欠航とのこと。参った参ったマイケルジャクソン(今は亡き島木ジョージのギャグ)。しかし、この程度のことは、想定内。
早速、Trip.comで、中国東方航空の上海経由関西空港行きの便を25,000円ほどで取った。関西空港へ夜9時頃着いたので、関空近くのホテルで1泊し、11月30日(日)午後3時頃、名古屋の自宅へ無事帰宅。
明日から仕事が詰まっているので、気が重い。
旅の費用は、航空運賃35,000円、高速鉄道代金15,000円、宿代20,000円、その他の費用20,000円で、10万円以内に納まった。
また、政治上では、日中関係がギクシャクしているようだが、私が旅している間に、中国の人達に親切にされたことはあっても、嫌な思いをしたことは一度もなかった。
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