2017/07/12 - 2017/07/12
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グレンモレ爺さん
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バンコクと言えばパッポン、パッポンと言えば・・・・ と言われるほど世界的に有名なパッポン通りですが、多くの人が抱くパッポンのイメージは、もはやパッポンよりナナ・プラザとかAsokのソイ・カーボーイの方が当てはまるのではないでしょうか。盛況だった1990年代前半頃までに比べると活気が無くなったとは言え、それでも老舗的な存在で現在も盛況ですが。。。
パッポンのもう一つの名物はナイトバザールです。6時頃から12時頃までやっていて、パッポン通りは昼と夜で大きく姿を変えます。バンコク政府からのお達しで歩道から屋台・露店の一掃が進む中、パッポンでは通りから車を閉め出して露店が並びます。シーロム通りの露店が壊滅したのとは対照的です。何故そんなことができるのかというと、実は、パッポン通りは公道ではなくて私道だからなのです。通りの名前の由来になっているパッポン一族の所有なのです。(と言われてて、正しい表現かどうかはわかりませんが)
今のパッポン通り辺りはかつてバナナ農園で、第二次世界大戦の頃は日本の軍事本部として使われていた場所です。終戦後、中国の海南島から移住してきたPatpongpanichと言う人が60,000THBで土地を買って一帯を開発、SilomとSuriwongを繋ぐ道を作り、それが今のパッポン通りになります。その後、長男のUdom Patponsiri が Patpong 1 通りをナイトクラブゾーンに開発して、ベトナム戦争時にアメリカ兵向けの歓楽街として発展しました。1960年代後半までに様々なナイトクラブができました。同時に、多くの Airline や旅行会社もここに拠点をいていたようです。70年代に入ると歓楽街は Patpong 2 にも広がります。その頃から Go Go Barもできて “夜のパッポン” は80年代にかけて最盛期を迎えます。このように、Patpong 1 と Patpong 2 通りとその周辺の建物は Patpong家が開発して、今も彼らの所有なのです。
パッポン・ナイトバザールの始まりはその後、1980年代終わり頃にパッポンさんが Patpong 1 通りを毎夜閉鎖して露店商に貸し出すことを決めてからです。ですから、パッポン・ナイトバザールの歴史は約30年あまりということになります。
パッポンの周りには高層ビルが建ち並んでいますが、パッポン通りは昔のまま。多くの建物が1960年代に建てられたままです。日本人には特になじみ深い Mizu's Kitchen は当時から同じ場所で営業しています。
前置きはすごく長くなりましたが、パッポン・ナイトマーケットが毎夜毎夜作られていることを写真で紹介します。露店を作り始めるのはだいだい午後2時頃からで、6時には開店します。そして12時頃閉店した後、ふたたび全てを解体して倉庫に入れ、作業が終わるのは夜中の午前2時から3時頃だとか。これを何十年も毎日毎日繰り返しているわけで、凄いとしか言えない。。。。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昼間のパッポン通りはごく普通の、何処にでもあるような通りです。ただ、刺激的な看板は気になりますが。。ここが毎夜毎夜ナイトバザールになるとは驚きです。
初めて昼間に来たときは、ここがナイトバザールの場所だとは思えず不思議な感覚になりました。タイ人のパワーを感じるというか、凄い!のひと言。 -
パッポン通りが夜の準備に向けて動き出すのは午後2時過ぎ頃。この左のビルが倉庫になっています。
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露骨な看板のこのビル、一階が全部シャッターになっていて、そこから露店の資材や商品が運び出されます。
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午後3時頃には露店の台が少しずつできあがっているのがわかります。
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Mizu's Kitchenの前から撮りました。Mizu's Kitchenはパッポン通りの中でも老舗的な存在で、1960年代後半には既にオープンしていたそうです。看板にも書かれている Sarika Beef Steak が有名です。店内はレトロ感満載でパッポンのど真ん中に居るとは思えない不思議な空間です。
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露店の台座を一つずつ繋ぎ合わせながら作っていきます。
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土台のテーブルができたところで一休み。ここまでできあがるのに約1時間。次の作業が始まるまで皆さんスマホ見て休んでいます。
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鉄パイプを運ぶのも相当大変そうですね。間違えずに作業するのは熟練の技ですね。
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屋根になるビニールテントを配っているところ。
ピンクのおばさんかおじさんかわからない人。タイには多いですよねぇ。 -
ビニールテントを取り付けます。これだけの露店を全部サクサクと作り上げていくのは芸術的です。
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鉄パイプで骨組みを作って、台になる板を置いて、壁と天井になるパイプを組み立てて、最後にビニールテントをかぶせる。また、それぞれの露店に電源を付けていきます。
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この大きな滑車の中に商売道具が入っています。露店ができたら、一つずつ並べていきます。
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屋根になるテントを取り付けているところ。
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昔は上半身裸で作業する人も多く居ましたが、安全性の問題もあるのでしょうか、今では希です。なんか、タイらしくていいですね。
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テントを全て付け終わったところ。作り始めてから約1時間半から2時間でこの状態までなります。みなさん、テキパキと無駄なく動いているので作業は早いです。毎日やっているので手順は慣れたものなのでしょう。(笑)
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露店が出来上がったところから店の飾り付けを始めます。
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こちらも Mizu's Kitchen 前から撮った写真です。先の写真と比べると露店作りの進み具合が良くわかります。4時半頃の写真なので、ここまで作るのにかかった時間は約2時間あまりです。
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露店ができたら頃からそれぞれの店主が商品の設置を始めます。これも毎日毎日同じ作業ですよね。
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こちらも店の準備。毎日毎日、変わらず商品を並べていきます。
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露店の商品展示は素晴らしいと思います。買わなくても見て回るだけでも楽しいです。
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このオバさんは仏像販売のようですが、コレを全部一人で並べたんですね。毎日ご苦労様。
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こういう紙細工で綺麗で可愛らしい商品も増えてきました。新しいトレンドの製品は値段相場がわからないので、値切り交渉難しそうです。
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ここからは過去(1999年)のパッポン通りの写真です。
ざわざわした雰囲気は今も昔も変わりません。 -
露店始まる前のパッポン通りにTuk Tuk。なんだか趣がありますね。
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刺激的な看板は昔も変わりません。というか、約20年経った今でもそのままです。写っていませんが、Mizu's Kitchen の前付近から撮った写真です。
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倉庫から資材や商品を出しているところ。今も昔と変わらない作業を同じようにやってるんですよね。それぞれの缶には名前が書かれてて、その露店の場所まで運びます。
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今よりも雑然としています。1999年当時は露店の人も一緒になって店作りしていたように思います。現在ほど整然と役割分担して作業を進めていたとは思えません。
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これだけ雑然としているのに、2~3時間後には露店が出来上がります。タイ人のパワーにはほんと頭下がる思いです。
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