2017/05/26 - 2017/05/28
8位(同エリア112件中)
ごまさん
かねてよりの夢だった娘の暮らす大阪へ始めて旅行しました。
1人で暮らす大阪は、環境も言葉も違って寂しかったり辛かったでしょう。頑張り屋の娘は、親に心配をかけないようにと逞しく暮らしています。
この時期は大阪も過ごしやすいそうです。
娘と2人で過ごすのは、大学生以来~本当に久しぶりです。
初日は、アクアライナーに乗って大阪を観光しました。夜はライトアップされた大阪城や大阪中央公会堂を散策しました。
2日目は 長年の希望だった松下幸之助ミュージアムを見学して、その後京都へ移動して観光しました。
3日目は 京都の瑠璃寺を見てのんびり京都散策をしました。
娘と楽しく3日間を楽しく快適に過ごすことが出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 私鉄 徒歩
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追加⇒2018年3月7日パナソニック創業100年を記念して、ミュージアムが新しくなって一般公開されたそうです!!
朝から晴れて少し暑いですが、風も心地よい2日目。ホテルを出て門真市に有る松下幸之助ミュージアムに到着しました。
〒571-8501
大阪府門真市大字門真1006 開館時間 : 9:00~17:00
休館日 : 日曜日・祝日 入場料 : 無料 です。
京阪電車 西三荘駅下車 徒歩3分と有りましたがもっとかかってしまいました。
私は松下幸之助氏を、長年に渡り尊敬しております。
という訳で~すみませんが独りよがりの旅行記となっております。
申し訳ございません。 -
この方が松下幸之助氏です。
この立像は、労働組合の結成40周年を記念して、幸之助の「物をつくる前に人をつくる」を信念とした従業員の福祉労働条件の向上と、「対立と調和」の精神に基づく健全な労使関係の発展に尽くした功績に感謝し、労働組合より贈られました。歴史の中で守り育まれてきた健全な労使関係を、将来へ継続発展させるという決意が込められています。1986年(昭和61年)11月27日、幸之助の満92歳の誕生日の日に、「松下幸之助翁寿像建立贈呈式」が歴史館構内で行われました。幸之助本人も出席、労働組合各支部長ら約150名が見守る中、会社代表の松下正治会長(当時)と約8万人の組合員を代表する前川中央執行委員長(当時)の手により、寿像の除幕が行われました。建立された像は、高さ3.5メートル、重さ320キログラムという銅製の全身立像で、構内に永久的に設置されることになっています。
HPより -
この立像を見た幸之助は、「感謝の気持ちでいっぱいです。銅像は今の私よりもやや若いですが、これも年齢にとらわれることなく、心の若さを保ってがんばりなさいとの温かい励ましだと思っています。HPより
現在はこの場所の右側に~2018年に迎える同社の「創業100周年」に向けてパナソニックの『松下幸之助歴史館』が新築工事中でした。来年は新しい歴史館に生まれ変わります。 -
それでは失礼いたします。時間が早いのでもしかしたら1番乗りかも?
開館時間 : 9:00~17:00 入場料 : 無料 です。 -
ここが入口です。とても立派で格調が有ります。
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パンフレットです。
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パンフレットです。
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パンフレットです。
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パンフレットです。
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館内ツアーに申し込んで有りました。
全員が揃ってから、ツアーが始まりました。歴史を簡単に説明してから外に出ました。 -
この「舵輪」がこれからのツアーでは重要なようです?
「歴史館屋上の「舵輪」この場所からではよく見えませんね。 -
拡大してみました。
でもこの後に、思いもよらないサプライズが待っていました。 -
では歴史館の中へと入ります。こちらが大きな門を再現したようです。写真を撮るのに夢中で、つい詳しい経緯を聞き逃してしまいました。
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時系列展示ゾーン
幸之助の生涯の歩みを振り返る時系列展示ゾーン。
ついでに私の好きな言葉「意の如く、事が運ばないことを失敗というのなら、それは今までにずいぶんあった。しかし、私はいつも禍転じて福とするようにしているので、その意味では失敗をしたことはない」「失敗した所で止めるから失敗になる。成功するところまで続ければ成功になる。」という発言は有名です。 -
創業の家
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創業の家
詳しい説明に一同真剣に聞いております。 -
創業の家 HPより
1918年(大正7年)、大阪の大開町に松下電気器具製作所(当時)を創立した松下幸之助。
ここでは、創業期の作業場が復元されており、当時アタッチメントプラグなどをつくるのに使用していた釜や足踏み機、型押機などの実物をそのままの姿で見ることができます -
普段は入る事の出来ない、2階への階段です。
*この画像はみんなが降りた時に撮影しました。 -
特別公開して頂けた場所です。
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シャンデリア好きの私ですが、クラシックで落ち着いた雰囲気が気に入りました。この部屋で松下幸之助氏が執務をしていたのでしょう~
*すみません~ファン故に時々このようなコメントが入ります。 -
屋上の舵輪
歴史館の建物をご覧いただくと、屋上に舵輪が見えます。これは、1933年(昭和8年)、大開から門真に本店を移転した際、当時の本店社屋に取り付けられたものです。*この舵輪は2代目だそうです。
目の前で見ると、とても大きくて船をイメージしているように感じました。 -
本店建設中、「神戸に解体船がある」と聞いた幸之助は、自ら見物に行き「良い物を買って来た」とニコニコ顔で帰って来ました。その時に買って来たのが、大きな舵輪と船の食堂のテーブルと椅子です。テーブルと椅子は新しい本店の食堂に置かれ、舵輪は「会社を船に例えると、ここがちょうど指令室にあたる。この本店が会社全体の舵を取っていくのだ」との考えから、本店社屋に取り付けられました。当時からクラシックな感じが評判を呼んだそうです。
HPより -
屋上からの風景。立っている場所の直ぐ前にはソーラーパネルが有りました。これ以上前には行けないのです。
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当時の様子です。
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舵輪は「会社を船に例えると、ここがちょうど指令室にあたる。この本店が会社全体の舵を取っていくのだ」との考えから、本店社屋に取り付けられました。
これが当時の舵輪です。 -
1階に戻ってツアー再開です。
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時系列展示ゾーン
幸之助の生涯の歩みを振り返る時系列展示ゾーン。 -
粋な半被です。
実際に着ていたのでしょうね。 -
これは電気コタツ
1929年(昭和4年)
・当社電気コタツ第1号。高性能サーモスタットと温度ヒューズを組み込んだ2重安全設計。雑音障害が少なく各方面から高い技術評価を得たそうです。 -
時系列展示ゾーン
幸之助の生涯の歩みを振り返る時系列展示ゾーン。 -
3球1号型受信機(R-31)1931年(昭和6年)
・当社ラジオ第1号。 東京中央放送局(現在のNHK)のラジオセットコンクールで1等に当選した[45円] -
これがパナソニックのジオラマ。
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パナソニックの地図のようです。
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創業者の松下幸之助が「松下電器商学院」の名で1970年5月に設立した。知識や技術の学びと共に人間力を高める人づくりを重視した徳育・知育・体育の三位一体教育を行っていたそうです。
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松下幸之助の紹介。ツアー参加者は真剣に説明を聞いています。私は耳を澄ましながら、写真も撮るので普段と違って脳が高速回転中です。
「水道哲学」を打ち出し、幸之助曰く、
「われわれ産業人の使命も、水道の水のように物資を無尽蔵たらしめ、いかに貴重なものでも量を多く生産し、無代に等しい価格で世間に提供することである。これによって貧乏を追放し、人々に幸福をもたらし、この世に浄土を建設する、これが松下電器の真の使命である」
HPより -
(左側)丸型撹袢式電気洗濯機(MW-101)1951年(昭和26年)
・当社洗濯機第1号[46,000円]
(右側)17インチ白黒テレビ(17K-531)1952年(昭和27年)
・当社テレビ第1号 [290,000円]
当時の物価からすると、びっくりするほど高かったのですね。 -
フィリップス社との技術資本提携の契約書。
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パナソニックの歴史が続きます。来年で創業100年になります。
松下氏は社員に対し、「松下電器は何をつくっている会社か」と尋ねられたら、「人をつくるところでございます。あわせて電気製品をつくっています」と申しおくっていたとの逸話は有名で、私はこの言葉も好きです。 -
フィリップス社との調印。
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昭和30年に「パナソニック」を米国向けのブランドとして考案。この頃からパナソニックってあったのですか~知らなかった!
私はナショナルと松下電器しか馴染みが無かったですね。笑い話ですがナショナルがパナソニックに社名が統一された事に何年も気づかなかったのです。私の中では永遠に「ナショナル」「松下電器」ですね。
*(松下電器、ナショナル、パナソニック)はパナソニックに統一され社名も変更されました。この案件は、幸之助が大反対であったと言われています。 -
(手前)シリンダー型電気掃除機(MC-8)1958年(昭和33年)
・当社掃除機躍進の原点 [13,800円]
(左奥)テープレコーダ(RQ-201)1958年(昭和33年)
・当社家庭用録音機第1号 [38,000円]
(右奥)電気自動炊飯器(SR-18)1959年(昭和34年)
・当社炊飯器発展の原点 [4,500円] -
17インチカラーテレビ(K17-30)1960年(昭和35年)
・当社テーブル型カラーテレビ第1号 [370,000円]
当時カラーテレビは雲の上の存在です。 -
「タイム」誌で紹介されました。国際版の表紙を飾った2人目の日本人実業家だそうです。さすが「経営の神様」
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1964(昭和39)年7月に、熱海ニューフジヤホテルで行われた全国販売会社代理店社長懇談会は、その後さまざまなところで取り上げられ「伝説の熱海会談」と言われています。その内容に感動しました。思えば私が最初に勤務した○○電機株式会社の社訓が、当時松下幸之助氏の言葉でした。
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(右側)DDターンテーブル「テクニクスSP-10」(SP-10)1970年(昭和45年)
・世界で初めて実用化に成功 [82,000円]
ラジオカセット(RQ-543)
(真ん中)1975年(昭和50年)
・中近東専用モデル開発により、15年間で販売累計420万台の超ヒットモデル。
(左側)ポータブルカセットレコーダー(RQ-2107)1979年(昭和54年)
・ワンタッチ録音・オートストップ機構・レベル調整不要の自動録音方式
・学習用として大ヒットした[8,500円] -
万博の松下館とタイムカプセル。
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天平時代の建築様式を取り入れた松下館とコンパニオン。
日本万国博覧会が「人類の進歩と調和」の統一テーマのもとに、1970年3月から半年間、大阪の千里丘陵で開催された。「伝統と開発・5000年後の人びとに」をテーマに「松下館」を出展した。天平時代の建築様式をとりいれた建物の前棟にタイム・カプセルEXPO’70を展示し、後棟にはお茶室を設けて、訪れる人びとに日本の伝統のよさを味わってもらった。会期中、松下館の来館者は760万人にも及んだ。
HPより
この万博開催中に松下幸之助が自ら、一般の入場者と同じように何時間も並んだそうです。そうする事で待つ間の辛さを知って~暑さを和らげる為に、赤いパラソルを用意したそうです。こういう経営者が居てくれたら、もっと働きやすい会社が増えるようになるのでしょう~ -
パナソニックは「お客様第一」の心に徹して対応を続けています。
(右下)アメリカのRCA社とVHS方式のビデオの長期供給に合意。 -
超音響ステレオ「飛鳥」(SE-200)1964年(昭和39年)
・当時大好評の家具調和名セット第1号
[125,000円] -
自動首振型電気扇(12吋卓上型)1936年(昭和11年)
・当社扇風機第1号 [25円]
この形凄く可愛いです。 -
幸之助と自転車
幼少時代に五代自転車店で奉公していた幸之助。「輪界に育ち、輪界に育てられた」と言うほど、砲弾型ランプをはじめ、自転車への思い入れは強く、わが社が初期に発売した自転車は自らが試乗し、性能を確かめるほどでした。
五代自転車店での奉公では、挨拶の仕方や頭の下げ方など、商売の仕方を厳しくしつけられ、それが、「その後の人生に役立った」と幸之助は語っています。
歴史館には、砲弾型ランプをつけた自転車も展示しています。 HPより -
現在50歳以上の方にとっては懐かしい映像かと思います。
松下電器より販売店向けに配られた販促用のナショナル坊や首ふり人形です。
私もこのナショナル坊やを久しぶりに見て、懐かしさでいっぱいになりました。
CMも「明る~いナショナル 明る~いナショナル みんな~ 家中~で~んきでう~ご~く~ 明る~いナショナル 明る~いナショナル
ラジオ~ テレビ~ な~んでも ナショ~ナ~ル~」でしたね。
そうそう「水戸黄門」も懐かしい! -
レトロなポスターの数々~
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所主室
1933年(昭和8年)当時の松下電器製作所・所主室を復元したもので、幸之助は、1937年(昭和12年)まで、この部屋で経営の指揮にあたりました。 ここでは、幸之助の肉声によるメッセージを6本のソフトの中から選んで聞いていただけます。当館の人気コーナーの一つです。HPより -
1933年(昭和8年)当時の松下電器製作所・所主室を復元したものです。
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このランプもクラシックで素敵。
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1933年(昭和8年)当時の松下電器製作所・所主室の写真です。
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タイムカプセルの庭から見上げると、パナソニックの看板が正面に見えます。実は教えてもらわないとほぼ気付く事はなさそうです。もし行くことが有りましたら覗いてみてくださいね。
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タイム・カプセル
1970年(昭和45年)に開催された日本万国博覧会に、当社は「伝統と開発」のテーマで松下館を出展、 その館内にタイムカプセルを展示しました。カプセルには、2098点の物品と記録が収納され、大阪城公園天守閣前広場に埋設されており、5000年後に開封されることになっています。
タイムカプセルは同じ内容の2基が地下10mと15mに埋設されており、2000年3月15日に地下10mのものが点検のため30年ぶりに引き上げ開封されました。今後はそれが100年ごとに開封、点検されます。
*画面下に見える茶色い物は、「瓦」だそうです。瓦を埋め込んで有ります。 -
タイム・カプセルは、1970年時点の文化を、2,098点に厳選した物品や記録で5000年後の人類に残そうというもの。毎日新聞社との共同事業で、技術委員会、選定委員会が組織され、各分野の最高の知恵が結集された。これらは、最先端の保存技術によってカプセルに収納され、大阪城公園に埋設された。HPより
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こちらがツアー参加者がお土産として頂いた絵葉書です。
嬉しいo(^▽^)o
長々と最後までご覧頂きまして、有難うございました。
ではこれから京都へと向かいます。
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