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茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術

国立東京近代美術館「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」観覧から浅草山谷堀公園 3日目

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2017/04/25 - 2017/04/25

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ジバゴ

ジバゴさん

茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術

旅行の満足度
4.5
  • 今日は東京最後の日なので石川町のホステルをチェックアウトした。JR京浜東北線で東京駅まで来て皇居のお堀端を右手方向に進み、国立東京近代美術館(以下MOMAT)にむかって歩く。 ここが皇居内にある三の丸収蔵館の入り口。 本日は休館日とのこと。 更に進む。

    今日は東京最後の日なので石川町のホステルをチェックアウトした。JR京浜東北線で東京駅まで来て皇居のお堀端を右手方向に進み、国立東京近代美術館(以下MOMAT)にむかって歩く。 ここが皇居内にある三の丸収蔵館の入り口。 本日は休館日とのこと。 更に進む。

  • 左側が皇居

    左側が皇居

  • 水草が茂っていました。 水底が見えません。

    水草が茂っていました。 水底が見えません。

  • 毎日新聞社があるビルが見えてきました。

    毎日新聞社があるビルが見えてきました。

  • 時期遅れですがまだ八重桜が咲いていました。

    時期遅れですがまだ八重桜が咲いていました。

  • アップ

    アップ

  • はるか彼方に見えるのがMOMATですね。

    はるか彼方に見えるのがMOMATですね。

  • ここら辺りに和気清麻呂像があるはずなのに見えません。オカシイと思って振り返って見ますが有りません。 近くに居た皇宮警察官に尋ねると、地下鉄の工事中で防護柵で囲われていることが分かりました。 ということで、いま来た道を戻りました。<br />

    ここら辺りに和気清麻呂像があるはずなのに見えません。オカシイと思って振り返って見ますが有りません。 近くに居た皇宮警察官に尋ねると、地下鉄の工事中で防護柵で囲われていることが分かりました。 ということで、いま来た道を戻りました。

  • おお、厳重に保護されています! 後ろ姿で些かムショに入れられた感もします。 金網の中の和気清麻呂像も珍しい。

    おお、厳重に保護されています! 後ろ姿で些かムショに入れられた感もします。 金網の中の和気清麻呂像も珍しい。

  • 本来であればこの像が見られたのですがね。 この像の制作者は「佐藤朝山」玄々、清蔵とも号する彫刻家です。 三越本店にある天女像も作りました。<br />昨年京都の妙心寺大心院にあるお墓に参拝してきました。<br />その時の旅行記が「南千住から京都奈良まで 北大路魯山人の墓所と生誕地を訪ねて」(長編で中程にあります)  http://4travel.jp/travelogue/11132754 

    本来であればこの像が見られたのですがね。 この像の制作者は「佐藤朝山」玄々、清蔵とも号する彫刻家です。 三越本店にある天女像も作りました。
    昨年京都の妙心寺大心院にあるお墓に参拝してきました。
    その時の旅行記が「南千住から京都奈良まで 北大路魯山人の墓所と生誕地を訪ねて」(長編で中程にあります) http://4travel.jp/travelogue/11132754 

  • 工事現場には入れないか聞いたがガードマンから断られたので金網越に横からの像を撮影した。

    工事現場には入れないか聞いたがガードマンから断られたので金網越に横からの像を撮影した。

  • 再びMomatに向かって歩き先ほどの位置に戻ったところでまた、記念として工事現場を撮す。

    再びMomatに向かって歩き先ほどの位置に戻ったところでまた、記念として工事現場を撮す。

  • 平日というのにジョギングする人が多かった。 <br />この建物がMOMAT。建築家谷口吉郎の設計<br />特別展の「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」は全点撮影禁止のため写真は有りません。 <br />展示室内部の暗さはまるで夜のようで作品だけにライトが当たっていました。その分作品だけに視線を集中出来るようにとの意図なのかもしれません。混雑具合は平日ということもあり混んでいることもなく空いてる程でもない丁度いいからやや混みに近い感じでしたのでストレス無く観られました。

    平日というのにジョギングする人が多かった。 
    この建物がMOMAT。建築家谷口吉郎の設計
    特別展の「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」は全点撮影禁止のため写真は有りません。 
    展示室内部の暗さはまるで夜のようで作品だけにライトが当たっていました。その分作品だけに視線を集中出来るようにとの意図なのかもしれません。混雑具合は平日ということもあり混んでいることもなく空いてる程でもない丁度いいからやや混みに近い感じでしたのでストレス無く観られました。

  • ここからの写真は常設展での撮影可の作品だけ。<br /><br />春さき 今村紫紅 作 1916年<br /><br />今村 紫紅(いまむら しこう、 1880年(明治13年)12月16日 - 1916年(大正5年)2月28日)は、神奈川県横浜市出身の日本画家。本名は寿三郎。大胆で独創的な作品は画壇に新鮮な刺激を与え、後進の画家に大きな影響を与えた。

    ここからの写真は常設展での撮影可の作品だけ。

    春さき 今村紫紅 作 1916年

    今村 紫紅(いまむら しこう、 1880年(明治13年)12月16日 - 1916年(大正5年)2月28日)は、神奈川県横浜市出身の日本画家。本名は寿三郎。大胆で独創的な作品は画壇に新鮮な刺激を与え、後進の画家に大きな影響を与えた。

  • 酒による肝臓病と脳溢血のため、35歳の若さで死去。墓所は世田谷区北烏山の妙高寺(烏山寺町内)。墓石は安田靫彦が考案し、施主は原三溪が務めた。

    酒による肝臓病と脳溢血のため、35歳の若さで死去。墓所は世田谷区北烏山の妙高寺(烏山寺町内)。墓石は安田靫彦が考案し、施主は原三溪が務めた。

  • 重要文化財<br />道路の土手と塀(切通之写生) 岸田劉生  1915年<br /><br />岸田 劉生(きしだ りゅうせい、男性、1891年6月23日 - 1929年12月20日)は、大正~昭和初期の洋画家。父親はジャーナリストの岸田吟香。<br />1918年(大正7年)頃から娘の岸田麗子(1914年~1962年)の肖像を描くようになる。<br />滞在先の山口県徳山(現・周南市)で胃潰瘍と尿毒症のため38歳で死去した。墓所は多磨霊園にある。

    重要文化財
    道路の土手と塀(切通之写生) 岸田劉生  1915年

    岸田 劉生(きしだ りゅうせい、男性、1891年6月23日 - 1929年12月20日)は、大正~昭和初期の洋画家。父親はジャーナリストの岸田吟香。
    1918年(大正7年)頃から娘の岸田麗子(1914年~1962年)の肖像を描くようになる。
    滞在先の山口県徳山(現・周南市)で胃潰瘍と尿毒症のため38歳で死去した。墓所は多磨霊園にある。

  • 五人の裸婦 藤田嗣治 1923年<br /><br />藤田 嗣治(ふじた つぐはる、1886年11月27日 - 1968年1月29日)は日本生まれの画家・彫刻家。戦前よりフランスのパリで活動、猫と女を得意な画題とし、日本画の技法を油彩画に取り入れつつ、独自の「乳白色の肌」とよばれた裸婦像などは西洋画壇の絶賛を浴びたエコール・ド・パリの代表的な画家である。フランスに帰化後の洗礼名はレオナール・フジタ(Léonard Foujita)。

    五人の裸婦 藤田嗣治 1923年

    藤田 嗣治(ふじた つぐはる、1886年11月27日 - 1968年1月29日)は日本生まれの画家・彫刻家。戦前よりフランスのパリで活動、猫と女を得意な画題とし、日本画の技法を油彩画に取り入れつつ、独自の「乳白色の肌」とよばれた裸婦像などは西洋画壇の絶賛を浴びたエコール・ド・パリの代表的な画家である。フランスに帰化後の洗礼名はレオナール・フジタ(Léonard Foujita)。

  • 自画像 藤田嗣治 1929年<br /><br />1955年にフランス国籍を取得(その後日本国籍を抹消)、1957年フランス政府からはレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を贈られ、1959年にはカトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタとなった。<br /><br />1968年1月29日にスイスのチューリヒにおいてガンのため死亡した。遺体はパリの郊外、ヴィリエ・ル・バクル(フランス語版)に葬られた。日本政府から勲一等瑞宝章を没後追贈された。

    自画像 藤田嗣治 1929年

    1955年にフランス国籍を取得(その後日本国籍を抹消)、1957年フランス政府からはレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を贈られ、1959年にはカトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタとなった。

    1968年1月29日にスイスのチューリヒにおいてガンのため死亡した。遺体はパリの郊外、ヴィリエ・ル・バクル(フランス語版)に葬られた。日本政府から勲一等瑞宝章を没後追贈された。

  • 動物宴 藤田嗣治 1949-60年  コレ好きです。<br /><br />占領下に、日本美術会の書記長内田巌(同時期に日本共産党に入党)などにより半ばスケープゴートに近いかたちで戦争協力の罪を非難され藤田は、渡仏の許可が得られると「絵描きは絵だけ描いて下さい。仲間喧嘩をしないで下さい。日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残しパリへ移住、生涯日本には戻らなかった。渡仏後、藤田は「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ」とよく語った。その後も、「国のために戦う一兵卒と同じ心境で描いたのになぜ非難されなければならないか」、と手記の中でも嘆いている。

    動物宴 藤田嗣治 1949-60年  コレ好きです。

    占領下に、日本美術会の書記長内田巌(同時期に日本共産党に入党)などにより半ばスケープゴートに近いかたちで戦争協力の罪を非難され藤田は、渡仏の許可が得られると「絵描きは絵だけ描いて下さい。仲間喧嘩をしないで下さい。日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残しパリへ移住、生涯日本には戻らなかった。渡仏後、藤田は「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ」とよく語った。その後も、「国のために戦う一兵卒と同じ心境で描いたのになぜ非難されなければならないか」、と手記の中でも嘆いている。

  • 少女 藤田嗣治 1956年<br /><br />藤田の作品は東京のブリヂストン美術館、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、赤坂迎賓館や箱根のポーラ美術館、秋田市の平野政吉美術館で見ることができる。<br /><br />関連図書にある「世界のフジタに世界一巨大な絵…」の絵とは、平野政吉美術館所蔵の壁画「秋田の行事」(高さ3.65m・幅20.5m)のことである。現在は秋田県立美術館に展示されており、藤田が設計に携わった平野政吉美術館での展示から秋田県立美術館での展示になったことへの批判も存在する。

    少女 藤田嗣治 1956年

    藤田の作品は東京のブリヂストン美術館、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、赤坂迎賓館や箱根のポーラ美術館、秋田市の平野政吉美術館で見ることができる。

    関連図書にある「世界のフジタに世界一巨大な絵…」の絵とは、平野政吉美術館所蔵の壁画「秋田の行事」(高さ3.65m・幅20.5m)のことである。現在は秋田県立美術館に展示されており、藤田が設計に携わった平野政吉美術館での展示から秋田県立美術館での展示になったことへの批判も存在する。

  • 聞香(もんこう)  伊東深水 1950年<br /><br />22日に行った鎌倉割烹八百善での話ではお客で伊東深水が来た時には娘の朝丘雪路も一緒に連れてきたということです。

    聞香(もんこう)  伊東深水 1950年

    22日に行った鎌倉割烹八百善での話ではお客で伊東深水が来た時には娘の朝丘雪路も一緒に連れてきたということです。

  • 女 荻原守衛 1910年

    女 荻原守衛 1910年

  • 手 高村光太郎 c.1918年<br /><br />c.1918年の「c.」とは「およそ」の意味<br />circa(キルカ、サーカ)は、「約」「およそ」「頃」を表すラテン語である。<br />c., ca, ca.、まれに cca. と略し(c.a. は間違い)、しばしばイタリックにする。主に歴史学や系譜学で、日付(年など)の前に付ける。たとえば、チンギス・ハーンの生没年は「c. 1162?1227」などと表され、「1162年頃生まれ、1227年没(こちらは正確)」という意味である。<br />circa(キルカ、サーカ)は、「約」「およそ」「頃」を表すラテン語である。<br />c., ca, ca.、まれに cca. と略し(c.a. は間違い)、しばしばイタリックにする。主に歴史学や系譜学で、日付(年など)の前に付ける。たとえば、チンギス・ハーンの生没年は「c. 1162?1227」などと表され、「1162年頃生まれ、1227年没(こちらは正確)」という意味である。

    手 高村光太郎 c.1918年

    c.1918年の「c.」とは「およそ」の意味
    circa(キルカ、サーカ)は、「約」「およそ」「頃」を表すラテン語である。
    c., ca, ca.、まれに cca. と略し(c.a. は間違い)、しばしばイタリックにする。主に歴史学や系譜学で、日付(年など)の前に付ける。たとえば、チンギス・ハーンの生没年は「c. 1162?1227」などと表され、「1162年頃生まれ、1227年没(こちらは正確)」という意味である。
    circa(キルカ、サーカ)は、「約」「およそ」「頃」を表すラテン語である。
    c., ca, ca.、まれに cca. と略し(c.a. は間違い)、しばしばイタリックにする。主に歴史学や系譜学で、日付(年など)の前に付ける。たとえば、チンギス・ハーンの生没年は「c. 1162?1227」などと表され、「1162年頃生まれ、1227年没(こちらは正確)」という意味である。

  • いかにも、動を感じる作品です。ムーブマン アンリ・ミショー作 1950-51年<br />紙に墨で描かれてます。<br />

    いかにも、動を感じる作品です。ムーブマン アンリ・ミショー作 1950-51年
    紙に墨で描かれてます。

  • 第一号人間国宝(重要無形文化財保持者)、文化勲章受章者の陶芸家・富本憲吉作 登科壺図 c.1911年

    第一号人間国宝(重要無形文化財保持者)、文化勲章受章者の陶芸家・富本憲吉作 登科壺図 c.1911年

  • この時点で時間が14時過ぎ、昼飯も食わんといけないし、上野の東博にも行かんとで、急いでメトロ竹橋駅から上野広小路迄移動した。 近くの吉野家で昼飯の後にスマホの充電する目的でタリーズコーヒーに入った。 ゆっくりしてたら時間が東博の入場時間〆切まで1時間切ってしまった。 急いで出て上野公園の中を歩き〆切30分前に入場、閉館まで約1時間の余裕。 今日は2回目なので作品を絞って、未だ見てないものと、再度見たい物だけに集中してなんとか終了時間まで観覧した。<br />この後は浅草山谷堀公園に行くために徒歩で上野駅までバスで浅草五丁目まで乗った。

    この時点で時間が14時過ぎ、昼飯も食わんといけないし、上野の東博にも行かんとで、急いでメトロ竹橋駅から上野広小路迄移動した。 近くの吉野家で昼飯の後にスマホの充電する目的でタリーズコーヒーに入った。 ゆっくりしてたら時間が東博の入場時間〆切まで1時間切ってしまった。 急いで出て上野公園の中を歩き〆切30分前に入場、閉館まで約1時間の余裕。 今日は2回目なので作品を絞って、未だ見てないものと、再度見たい物だけに集中してなんとか終了時間まで観覧した。
    この後は浅草山谷堀公園に行くために徒歩で上野駅までバスで浅草五丁目まで乗った。

  • ココが山谷堀の紙洗橋交差点、ここのコンビニで夕食用におにぎりとコーヒーを買う。

    ココが山谷堀の紙洗橋交差点、ここのコンビニで夕食用におにぎりとコーヒーを買う。

  • 狭い道に入って紙洗橋に行く。

    狭い道に入って紙洗橋に行く。

  • 小さな神社は水神様

    小さな神社は水神様

  • 紙洗橋旧跡<br />ここに隅田川から舟で通える山谷堀があった。 昔の遊び人はこの先で舟を降りて吉原に繰り出し、帰りは八百善でお食事を取るという寸法だったのだろう。 

    紙洗橋旧跡
    ここに隅田川から舟で通える山谷堀があった。 昔の遊び人はこの先で舟を降りて吉原に繰り出し、帰りは八百善でお食事を取るという寸法だったのだろう。 

  • このアジサイ「玉紫陽花」を捜すためにとうとう3日連続で山谷堀公園に来たわけだが、結論から言えば、タマアジサイは無かった。<br />この写真は去年5月に撮ったものだが説明板にタマアジサイと書かれている。<br />そして、写真の中央上の配電盤のような青い機器との位置関係を覚えて欲しい。<br />

    このアジサイ「玉紫陽花」を捜すためにとうとう3日連続で山谷堀公園に来たわけだが、結論から言えば、タマアジサイは無かった。
    この写真は去年5月に撮ったものだが説明板にタマアジサイと書かれている。
    そして、写真の中央上の配電盤のような青い機器との位置関係を覚えて欲しい。

  • ほぼ同じ位置関係から撮った当日の写真がコレ。 アジサイが見事に消えている?! これはなんなんだろうか? 考えられるのは誰かが根こそぎ掘り起こしてしまったのだろうとしか思えない。

    ほぼ同じ位置関係から撮った当日の写真がコレ。 アジサイが見事に消えている?! これはなんなんだろうか? 考えられるのは誰かが根こそぎ掘り起こしてしまったのだろうとしか思えない。

  • この写真はgoogleストリートビューからのダウンロードしたもので、ほぼ同じ位置での画像、 2016年11月の撮影みたいだ。 この時点では確かに植えられていた事が分かるので、掘り起こされたのはこの半年の間だろう。 釈然としない残念な結論に成ってしまったが、この3日間通いつめ得た結果であるから満足したことも事実である。

    この写真はgoogleストリートビューからのダウンロードしたもので、ほぼ同じ位置での画像、 2016年11月の撮影みたいだ。 この時点では確かに植えられていた事が分かるので、掘り起こされたのはこの半年の間だろう。 釈然としない残念な結論に成ってしまったが、この3日間通いつめ得た結果であるから満足したことも事実である。

  • これは生き残ったアジサイの芽かなと思ったのだが葉の形が違うので他の植物であろう。 でもいつか又ココに来てみたいような気がする。<br /><br />以上

    これは生き残ったアジサイの芽かなと思ったのだが葉の形が違うので他の植物であろう。 でもいつか又ココに来てみたいような気がする。

    以上

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