2017/03/13 - 2017/03/13
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nekochanさん
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3月5日から17日までベトナム、ダナンで休暇を過ごしました。フラマリゾートに滞在して、ホイアン、ミーソン遺跡などを訪ねました。
ミーソン遺跡は、ホイアンから南西に45キロ、猫の歯の山 Cat's Tooth Mountainと呼ばれる急な岩山に囲まれた谷にあります。遺跡は古代チャンパ王国の聖地で、1999年にユネスコの世界遺産に指定されました。
ホテルのツアーデスクにはプライベートツアーがありましたが非常に高かったので、ネットで探して一人28ドルというツアーを見つけ(HUG Travel)、それに夫と参加することにしました。(ダナンからの送迎、入場料込み)
快適さとガイドの言語によってツアーの値段はかなり左右されます。ホイアンからはたくさんツアーはあります。
最後は妙なスリルを味わうことになるツアーになりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
-
7時30分にホテルをピックアップです。ミニバスが来て、これで行くのかなと思ったらホイアンでバスに乗り換えでした。ミニバスでは白人の女の子二人が先客でした。
8時半過ぎにホイアンを出て、いろいろなところで少しずつ人を乗せていきます。ホテルのツアーは9時出発現地10時30分到着なので、こういうところで差が出ます。
バスは田舎道を走ります。 -
10時にミーソン遺跡の入り口駐車場に到着。最初にトイレ休憩です。
これが、乗ってきたバス、My son Group Tourist号。見た目は悪くないですが、古いです。エアコンの利きがよくない。
ガイドさんがこのバスは中国製だからよくないと言っていました。中国人は乗っていなかったようです。
いろいろな会社でいろいろな方法で申し込んだ人たちがいて、それぞれ値段が違っているようでした。わたしたちのは入場料込みでしたが、バスの中でガイドさんに入場料150,000ドンを払っている人たちもいました。ガイドさん、ちゃんと覚えていてさばいているのですごいと感心しました。 -
ここが入り口です。
少し歩くとカート乗り場があります。 -
このカートで5分くらい2キロ来ました。
カートがあってよかった。
遺跡を見るにはいっぱい歩きます。 -
ミーソン遺跡の全体図。
チャム族の2世紀から6世紀までの木造の建築物は全く残っていません。7世紀からレンガを使って建築されたものから残っています。
1901年からフランス人の考古学者 Henri Parmentier率いるフランス極東学院(EFEO)が、遺跡をAからNまでに分けて調査しました。
その分類が今もグループ名として使われています。 -
さて出発です。
少し歩くとチャム族の踊りが見られるステージがありますが
(10時30分のショー)、これを見ていると置いていかれます。
ガイドさんも踊りやってるよ~って言うだけ。見たかったのになあ。 -
さて、グループCに来ました。
グループ B,C,Dは、遺跡の入り口近いところにあります。
どこからどこまでがBでCでDだったのか、今となってはちょっと不明。
考古学者じゃないからいいんですけどね。
図を見ると、グループBが一番建物が残っているようです。 -
グループCは10世紀ころの建築物です。
C1という祠堂(チャム語でKalanというそうですが)の中にあったシヴァの像は、今ダナンのチャム彫刻博物館にあるそうです。
これは博物館に行かないと。 -
ボートの形をした屋根。
-
グループB,C,Dは、ヒンズー教のシヴァ神を祀った祠堂がある遺跡です。
建物の外側の彫刻は顔が削られています。 -
ガイドさんがヒンズー教のリンガとヨニの説明をしています。
わたしはその日気合を入れてシェムリアップで買ったアプサラのTシャツを着て行ったので、ガイドさんにはアプサラと呼ばれました。(うれしい) -
すべてレンガを積み上げて作った建造物です。接着剤は使っていないそうです。
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積み重なったレンガ。
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珍しく顔がきれいに残っています。
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たしかこれはD1の建物。中には発掘品が展示されています。
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ガイドさんがシヴァの彫刻の説明をしているところ。
残念ながらかなり削られています。
ここの展示は気軽に彫刻がそこここに置いてあります。 -
午前中ですが、暑い!
ここはD1の建物(たぶん)を出たところ。
建物の横には彫刻が並んでいます。 -
ヨニの上に座ったシヴァ神の像。首と体の前に蛇(ナーダ)が巻きついているのです。
やはり顔が削られています。 -
これも外に置いてあった彫刻です。
重そう~。 -
ちょっと木陰で休憩。
この次はグループAを見ずにグループGへ。
残念ながらグループAはベトナム戦争のときにかなり破壊されてしまいました。
A1という24メーターの高さの塔があったのですが、今は土台が残るだけだそうです。木の間に少し見えているのがグループA。 -
次はグループGです。
ここは割りと修復されています。修復されたところは白っぽいです。 -
修復された階段を上って中に入ることもできますが、中には何もありません。
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入り口から空が見えます。
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サンスクリット語で書かれた石碑があったので、ここはミーソンで唯一建築された年がわかっているそうです。
サカ暦1079年、西暦1157年に、王Jaya Harivarman 一世が亡くなった両親のために建立したとのことです。 -
下の部分には、建物を守る動物神が飾られています。
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ここはグループEです。
修復された祠堂が立っています。
他と比べると全く雰囲気が違いますが、立てられた当時はこんな風だったんでしょうね。 -
斜めから見たところ。
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ここはグループF。
修復作業中なのか保護のためか屋根つきです。 -
人がいませんが、いつどのように作業しているのでしょうか。
レンガの色は割合白っぽいですね。 -
植物に覆われた遺跡の一部。
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あちらこちらにこういう遺跡の一部が残っています。本当は分類上の名前(E4とか?)があるようです。
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修復されたEの祠堂が見えます。
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復元中としたら、ものすごく根気の要る作業ですね。
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ここは、アメリカ軍の爆撃の後だそうです。
終わりに近づいてきました。
ここまででだいたい2時間くらいだったでしょうか。 -
遺跡の入り口のカート乗り場に帰ってきました。
後はバスに乗って帰ります。 -
途中、ホイアンに船で帰るグループと分かれました。
残った人たちはホイアンまでバスで帰ります。 -
ホイアンの解散場所で朝一緒だった二人の女の子も降りました。
えー、このバスにわたしたち二人だけ?って言って写真を撮ったりしていたら、ガソリンスタンドに入り、ドライバーさんがあの車でホテルまで送るから移ってねって言ってきました。
普通の白い乗用車で、ま、そうだよな。二人しかいないんだし。と思い乗りました。 -
ところが、ベトナムのドライバー。
しばらくしてから携帯を取り出しどこかに電話をかけ(え、またなの?ひょっとして)、ホテルがどこにあるのかかわからない様子。電話をかけた相手も話は通じない。
ちょっと~。その間も車は走っているので、やばい。
停めてもらって、夫がホテルのカードを見せて、やっとわかった様子。 -
走っているのは、何度か通ったダナン-ホイアンの道ではないし、ものすごい低速で、原付のベトナムのおばちゃんにも追い越される始末。
いやー、飛ばすのもこわいけど、意味のわからない超低速もおそろしい。
うちの夫が、わかったこれは国道なんだよ。いつも通ってるのは県道みたいなやつなんだよ。と言ってるうちになんとなく見たことのある山が見えてきました。 -
あー、マーブルマウンテンか。ダナンへの方向はあってたんだ。
見覚えのある道に入り、ホテルの前で車を停めて降りました。着いたのは3時半ころ。
でも、あの超低速走行はなんだったんだろう。
何度かメールでやりとりをした旅行会社の人に一応やわらかくクレームを入れました。ごめんなさい。注意をしておきますって返事が来ました。言わないと旅行会社でもわからないですからね。
というわけで、最後は必要のないスリルを味わったツアーでした。
次の日は、ダナンのチャム彫刻博物館に彫刻を見に行くことにしました。
ここまでおつきあいいただきありがとうございました。
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