2017/04/16 - 2017/04/16
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mochimochi_kingdomさん
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なんか安い航空券ないかな~っと漁っていたら、スプリングジャパンがセール中。たまたま、直前にテレビで『この世界の片隅に』のクラウドファンディングについての番組を見ていて、行先は呉に決定。呉と言えば男子的には、やっぱり『戦艦大和』。呉と江田島の海上自衛隊&旧帝国海軍の史跡を巡ってきました。
日曜日を絡める事ができたので、以前から行ってみたかった海上自衛隊の呉地方総監部第一庁舎と艦艇一般公開に行く予定でしたが、残念ながら4月16日は痛恨の"中止"。なので、初日は江田島の『第一術科学校(旧海軍兵学校跡地)』の見学に行ってきました。
■日程
2017/04/16
成田→広島→呉→江田島
江田島散策 <泊:呉>
2017/04/17
呉散策
呉→広島→成田 →欠航
呉→広島→東京 →JR
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おはようございます。2017/04/16(日)晴れ
江田島・呉へ出発。
IJ621 成田07:00→広島08:40
搭乗率は7割くらい?朝早いのにまぁまぁ乗っている。搭乗も順調で06:50には機体が動き出す。広島到着も08:10頃。スプリングジャパンとしてはもう少し乗って欲しいだろうね。 -
空港バスで呉へ
09:00→10:05 -
ほぼ定刻に呉駅前に到着。
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観光案内所でネタの仕入れ。
『この世界の片隅で』推し。聖地巡礼?意外と女性同士のクループ客の姿が多かった。 -
江田島へ向かうために、呉中央桟橋ターミナルへやって来た。瀬戸内各島や電車でも行ける広島への船便もあり、利用者が多い。
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ちょうど呉港艦船巡りのクルーズ船がお客さんを満載して出航。
天気も良いし(最高気温が22℃の予想)、クルーズ日和。 -
こんなフェリーで江田島の小用へ出発。
呉11:30→小用(江田島)11:50 -
出航~。
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停泊する自衛隊の艦船が多数。
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20分の航海で江田島の小用へ到着。
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こちらのバスで『第一術科学校(旧海軍兵学校)』へ。バスはフェリーの到着に合わせて運行しているので便利。
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10分とかからず『第一術科学校(旧海軍兵学校)』に到着。でも丘も越えてきたので、歩いたら30分位はかかりそう。
見学の受付は30分前からなので、少し周囲を散策。 -
『海友舎(旧下士卒集会所)』
築地から移転してきた海軍兵学校に勤務する兵士や士官用の福利厚生施設として約100年前に建てられた木造の洋館。第一術科学校敷地外に唯一残る旧海軍兵学校関係施設。
月に一度程度の割合で内部を公開。本日は非公開日。
↓ぐるぐる海友舎プロジェクト
https://www.kaiyousya.com/ -
100年前に建てられたとは思えない程綺麗にメンテナンスされている。
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『教法寺』
丘の上に建つ、第一術科学校の入口からも見える大きなお寺。明治19年(1886年)に海軍兵学校が江田島に建設されることに伴い、現在地に移転。 -
なぜが"象"?
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長閑だな~
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少し葉桜になってしまったけど、ピンクの絨毯が綺麗。
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路地裏の飲み屋の軒先にはこんな提灯。
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時間になったので『第一術科学校(旧海軍兵学校)』に。
敷地面積は東京ドーム11個分。西日本だから「甲子園球場の~」って言うと思った。意外と狭い。
ちなみに住所は"広島県江田島市江田島町国有地無番地" -
見学者は時間までこちらの江田島クラブで待機。この時"えだじま"ではなく"えたじま"であることを知る。
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13:00までこちらで海上自衛隊の広報ビデオをみながら待機。閑散としているように見えるけど、10分後には見学者で溢れる。
見学者は30名程だった。ガイドとして海上自衛隊のOBの方が1名。他に海上自衛隊の広報の方かな?1名がアシスタントで付く。 -
『大講堂』
全体を花崗岩で覆われた白亜の殿堂。1917年(大正6年)に建築。骨格は鉄筋で出来ていて、東京駅や日銀本店と同じ構造だとか。 -
儀式等があるときは見学不可。今日は何も予定がないので中に入る。
終戦後約10年間、連合軍に接収されていたときは、礼拝堂として利用されていた。 -
卒業式では、成績順に呼ばれ、優秀者は赤い絨毯から演壇に登れるけど、それ以外の卒業生は袖の階段を上り下り。卒業式に参加する親などは「うちの子は何時呼ばれるかしら?」とドキドキするらしい。
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シンプルで上品な内装。
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『幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)』
外観のみの見学だけど、旧海軍兵学校を象徴する建物。
1893年(明治26年)建築。遠目からの見学だけど本当に美しい建物。
歩道以外の砂利部分も枯山水のように手入れされていて美しさが際立つ。 -
全長は約140メートル。戦艦大和はこの倍近い長さ。
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自分たちが入って来た門は裏口。正面は江田島湾を望むこちら側。卒業生は『大講堂』での卒業式を終えた後、こちらを行進。船に乗って学校を離れる。
右側に見える建物が第一術科学校で、こちらの履修過程を終えた後、士官としての教育を『幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)』で行う。 -
『幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)』のレンガはイギリス製。
当時の日本には耐久性のあるレンガを作る技術がまだなかったため。
700℃の高温で焼いたレンガは耐久性はもちろんの事、表面もツルツルに仕上がり、見た目も良いから。 -
照明には錨のマーク。
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この奥に"同期の桜"
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『戦艦大和の主砲弾』
正式名称は「91式撤甲弾」これだけで重さが1.5t。射程距離は約42キロ。 -
『特殊潜航艇』
当時の海軍では「甲標的」と呼ばれる。展示されているのは、実際に1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃に参加した艇。1961年(昭和36年)日本に返還。 -
『教育参考館』
↓From 教育参考館のリーフレット
教育参考館は海軍の歴史と伝統保存、自己修養と学術研鑽の資とすることを目的として、昭和11年(1936年)に海軍士官や財界等の寄付金によって建てられたものです。昭和20年(1945年)の終戦により日本軍は解体され、当館は閉鎖されました。
昭和31年(1956年)1月に連合国から日本に返還されると同時に海上自衛隊が移転してきました。かつての海軍軍人が神聖な場所として道徳を偲んだこの教育参考館を今度は海上自衛隊員の心の勉強をする場所として復活したもので、日本海軍の歴史に関する非常に貴重な資料が多数展示されています。
展示内容の賛否はともかく、特攻隊員の遺書は読むのがつらいです。平均年齢が19.8歳というのがなんとも・・・・・。 -
きっかり1時間30分で江田島クラブへ帰って来た。
お土産屋さんが充実。自分へのお土産(戒め?)に"五省"のクリアファイルを購入。 -
遅めの昼食。
1階のレストランで"海軍カレー"を食す。
味は、、、、、カレーの王子様??? 意外と普通だった。 -
食後、2階へ。階段を上るとこんな顔出し看板がお出迎え。
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『海上自衛隊歴史ゾーン』
海上自衛隊の広報施設って感じかな。 -
十六条旭日旗がお出迎え。
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自分で12人目。少なくない?
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艦内で使用する食器とか。。。
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歴史年表。艦船の模型。
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実際に湾岸戦争の時に処理をした機雷。
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海上自衛隊発足当初の最大の任務が日本周辺海域の掃海。掃海の仕方が模型で解説。
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春の第一術科学校をイメージしたジオラマ。
キャプションには「今後も随時パーツを追加してくのでお楽しみに」だって。 -
魚雷。
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魚雷発射の瞬間。
装備品の展示ゾーンは特に充実。なかなか実物は見れないからね。 -
約3時間程で『第一術科学校(旧海軍兵学校)』の見学を終了。
小用へのバスの待ち時間で付近をフラフラ。学校の周りで目立ったのが「下宿あります」の看板。"空部屋あり"とかじゃなくて"下宿"。結構、死語のような気がする。でも、"インターネット(光)使い放題"とかは今風。 -
バスにのって小用に戻って来た。
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長閑な瀬戸内の風景。
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出航~。
小用(江田島)16:25→呉16:45 -
船内放送の声が「子供ぽいな~」と思っていたら、江田島の小学生がやってるんだって。話っぷりはしっかりしていてとってもオマセな感じ。とても好印象。東京の電車でもこれをやったら"お客様トラブル"の類は減るんじゃない?
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呉へ戻って来た。
天気が良くて最高の散策日和だった。『教育参考館』はちょっと考えさせられましたが。。。
【2017年広島】ミリヲタじゃないけれど・・・ 江田島と呉1/3 江田島編 終了です。
【2017年広島】ミリヲタじゃないけれど・・・ 江田島と呉2/3 呉編 Part1/2 に続く。。。
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