2016/05/02 - 2016/05/02
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ミズ旅撮る人さん
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九州周遊SL探訪の旅で、大分県から福岡県に戻って来ました。(1)は、福岡市から久留米にかけての西側でしたが、今回は周防灘に面した東側です。大分県から国道10号線で北上し、行橋市に行きました。
ここには、長老格のD51がいます。また、苅田(かんだ)には、「苅小号」というSLがいます。
夕暮れになり、関門海峡の見える公園から、門司港の夜景を撮影してみました。山口側から先日渡って来た関門橋が足元に見えます。関門海峡とは、こんなにも狭い場所なんだと、改めて感心しました。
余力を買って、門司港駅の様子も掲載します。門司港駅の修復工事中は2018年3月完了予定です。
門司には、言わずと知れた九州鉄道記念館がありますが、それは次回で特集します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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福岡県行橋市の市民会館の脇に、SLの代名詞であるD51の初期型が保存されています。
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D5110。昭和12(1936)年汽車製造製。鹿児島本線・日豊本線・筑豊本線・長崎本線で運行。昭和46(1973)年廃車。
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正直、この顔を見た時、あまりに印象が違うので、えっ?と思いました。
ナンバープレートのせいもあるかとは思いますが、なんとなく、顔(正式名称は「煙室ドア」)が丸っこいような印象です。それに厚みもあるような。しかも前照灯が長い。 -
なんて稚拙なナンバープレートなんでしょう!「D5110」ですから、盗難にあったんでしょうね。しかし、その場所に付けるとは・・・
D51の初期型は「1」が京都の梅小路に、「2」が岡山の「津山まなびの鉄道館」、「6」が旭川、「8」が兵庫県尼崎にあります。 -
岡山の「津山まなびの鉄道館」にある「D512」です。
既に「津山まなびの鉄道館」津山扇型機関車庫の2016年からの新しい姿に感動。鉄道ファンには夢のような一隅です。」にて、紹介しています。
この写真を撮るのには、たいへん苦労しました。
このSLは、元は大阪の交通科学博物館にありましたが、2016年4月にオープンした「津山まなびの鉄道館」に移設されました。
ナンバープレートは、窓の下です。 -
プレートは無くて、直書きなんですね。なんてことでしょう。記念すべき10号機なのに。塗装もぶかぶかだし。悲しいことです。
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意外にも、運転席の中の塗装は状態がいいようです。近寄れないので、覗き見るだけですが。
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絵に描いたような「老朽化」
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D51の初期型なので、所謂「なめくじ型」です。
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春から夏へと移る頃、れんげ畑が目に付きます。九州ではこのピンクの絨毯があちこちで見られます。
普段、白いれんげしか見ることがないので、ついついシャッターを切ってしまいます。 -
れんげ畑には、郷愁を誘われるけれど、赤い花だと珍しさが勝ちます。
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「ふるさと」の歌は、こういう所で歌うとまさにぴったりですね。
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ユニークな交通標識。これは北九州市の平尾台にある「千仏鍾乳洞」に寄った時に見つけたものです。
膝まで冷たい地下水に浸かりながら歩く、おもしろい鍾乳洞でした。
「「千仏鍾乳洞」北九州のカルスト台地にある鍾乳洞。水温14度の水の中を歩ける人気スポット。」をご参照ください。千仏鍾乳洞 自然・景勝地
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京都郡苅田町のJR苅田(かんだ)駅です。日豊本線が通っています。
苅田町には、北九州空港があります。洋上に造られた人工島にある空港は、北半分が北九州市、南半分が苅田町です。 -
その日豊本線が走るここは、苅田小学校です。
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小学校の裏手の、駐車場と運動場との境に保存されています。
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1942年日立製作所製造。苅田(かんだ)からの豊国セメント専用線で使用された日立製作所の標準型産業用蒸気機関車です。
正面のナンバープレートには「苅小号」と書かれています。 -
側面には、「NO.5」「日立」のプレートがあります。
豊国セメントは、大正7(1918)年設立。昭和48(1973)年に合併により、三菱鉱業セメントになりました。
平成2(1990)年には更に、三菱金属との合併によって、三菱マテリアルに改称しています。 -
運転室はあまり見ない構造です。
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でも、この小学校の前を走っていたんだよね。
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かつて専用線を走っていた小型のSLの横を、九州を福岡から鹿児島まで南北に縦断する日豊本線が走ります。
過去と現在が隣り合っている小学校でした。 -
さらに北上して、門司に来ました。頭の上に九州自動車道が見えます。ちょうど「めかりPA」のある場所です。
目の前には、和布刈(めかり)神社の鳥居が建っています。この先に、和布刈公園展望台への入り口があります。
余談ですが、懐かしい道路標識があります。SLの絵柄の物は、もうほとんど見られなくなりました。
この前の線路を平成21年から「門司港レトロ観光線」が走っています。平成17年に廃止された貨物線を使って、門司港駅から和布刈公園までを結んでいます。
小型のディーゼル機関車「DB10」がトロッコ電車を前後で挟んで牽引します。終点に転車台がないので、帰りは後進運行か、両方に機関車を付けるしかないのでしょう。
30分で1往復、1日11往復しており、片道300円、一日券が600円です。 -
和布刈公園からは、関門橋が良く見えます。夕暮れて来たので、このまま夜景になるまで待ちます。
和布刈公園 公園・植物園
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正面に見えるのが、九州自動車道のめかりPAです。このPAは上り線にしかありません。
以前、立ち寄りましたが、関門橋が近過ぎるのが難点でした。迫力はありますが、写真に撮るには大き過ぎます。 -
門司港です。ひと際目立つのっぽビルは「門司港レトロ展望室」です。
そして正面に延びるのが関門海峡です。左右から突き出した岬の辺りで、山陽本線は関門トンネルを通って九州にやって来ます。その先は響灘・日本海です。 -
「門司港レトロ」が有名になりましたが、レトロ建築は「展望室」ビルの周辺から門司港駅に掛けて点在するので、ここからでは、よくわかりません。
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関門海峡を大きなタンカーが通過して行きます。狭い海峡は潮の流れも複雑で早いから運航はたいへんでしょうね。
船上に突っ立っている4本の柱が気になって、「IHIイズム」というHPを見てみました。なかなか興味深い内容だったので、夜景になるまでの間、ちょっとうんちくです。
タンカーは、液体を運搬する船舶を指すので、原油・液化天然ガス・石油精製品などを運ぶ船が含まれますが、狭義においては原油タンカーを指します。
タンカーは約3週間かけて、中東から原油を運んで来ます。その長さは東京タワーとほぼ同じ。 -
タンカーの中の構造は2種類に分かれています。
「シングルハル」は外板が1枚のため、事故で外板が破損すると運搬物を流出してしまう恐れがあります。
「ダブルハル」は外壁が2重構造になっているため、原油流出の危険を緩和することが出来ます。
また、巨大なタンカーを造るには、全体をいくつものパーツに分けて製造し、それらを繋ぎ合わせて組み立てます。
さて、目の前を通過しているこの船は「バラ積み貨物船」と呼ばれ、穀物・鉱石・石炭・木材などを運搬する貨物船だそうで、厳密にいうと「タンカー」ではないんですね。
でも、こうした大型輸送船はみんな「タンカー」になってしまいます。 -
山口県の「海峡ゆめタワー」が見えます。観覧車のある遊園地「はい!からっと横丁」や、その右には水族館「海響館」も見えます。
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そろそろ19時。日が長い時期のため、ようやく明かりが灯り始めます。
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19:10。ようやく夜景になって来ました。
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関門橋の方も、車のライトが流れるようになって、こういう風景を撮る楽しみが出て来ました。
しかし、よく見ると、こちら(九州側)に向かって来る車のライトはあるのですが、向こう(山口側)に向かう車のテールライトがないんです。思っていたより車の交通量が少ないんですね。
これは、写すタイミングが重要になりました。 -
こんなもんで、どうでしょう?両方向のライトが尾を引きました。
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珍しい軌跡が撮れました。正面に青いライトを付けた車が通ったようです。
最近は緑の補助ライトをつけた車が増えたし、これからは、白や黄色だけではなくなるんですね。 -
この辺りが、一番通行量が多かった一瞬です。
橋の上を走って来る車の列を見定めて、双方向(ここが大事!)の車が、ちょうど橋脚の手前で重なる瞬間の、その少し手前の時点でシャッターを切らなければなりません。
なぜなら、シャッターを開放する時間が長くなっているので、その間に最高の地点に車が集まらなければならないからです。
「来そうだな」と思ったらシャッターを切る。予想が外れれば、寂しい写真になります。
交通量が多ければ、まんべんなく車がいるので簡単なんですが、意外に少なくてチャンスはそう多くはなかったです。 -
山口側も夜景になりました。
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門司の夜景は、真っ暗になってしまうとちょっとつまらないので、この時点の山が見えるギリギリの時刻がいいと思います。
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イチオシ
関門橋の夜景も、橋脚が見えないと魅力がなくなるので、ここまでにします。
車の流れを撮る夜景は初めてでしたが、なかなかおもしろかったです。 -
さて、余裕があるので、翌朝の門司港駅の様子です。駅舎の脇に、SLの動輪が置かれていました。
真っ赤に錆びてしまっているのが、ちょっと残念です -
門司港駅はどん詰まりの駅なので、いろいろな電車が停まっています。
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「門司港レトロ」の一翼を担うのが門司港駅。トイレも昔を再現しています。
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「帰り水」
この水道(水呑處)は、駅が開設(大正3=1944年)されたころに設置されたもので、以来、旅行者に門司の「おいしい水」を供給し続けています。
とくに、戦前の海外旅行帰国者をはじめ終戦後の復員や引揚の人達が、門司に上陸して安堵の思いで喉を潤したところから、(誰言うとなく)「帰り水」と呼ばれる様になりました。帰り水 (JR門司港駅) 名所・史跡
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レトロ調なだけで、設備はちゃんとしています。
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駅の端にこんな場所があります。「関門連絡船通路跡」
「関門連絡船」は、明治34(1901)年から昭和39(1964)年まで、国鉄が運航していた鉄道連絡船です。
鉄道車両そのものが、ギリギリまで敷かれた線路で船に積まれ、対岸に渡っていました。有名なものに青函連絡船があります。
そのための桟橋は、現在の小森江駅付近にありました。現在のJR山陽本線がここに掘られたトンネルを通って、隣の門司駅に到達します。
関門トンネルは昭和17(1942)年から運用が開始され、鉄道連絡船としての役割は終えましたが、依然、需要は多かったため存続。
昭和33(1961)年に、関門国道トンネルが開通し、やがて昭和39(1964)年に航路は廃止されました。関門橋が開通したのは昭和48(1973)年です。
現在の関門連絡船は、民間の関門汽船が運航し、山口側は「海響館」のそばから、九州側は門司港駅の真横を1時間に3本の定期便で結んでいます。所要時間5分、片道400円です。 -
「旧監視孔」
詳細は不明ですが、ここは戦争末期、軍の命令で設置された渡航者の監視所跡です。
門司港は、外国航路寄港地のため、関門連絡船の通路は、戦時下の不審者を監視する絶好の場所でした。
監視孔は反対側にもあり、内部が分かりにくい構造で、横に入り口を塞いだ跡があります。 -
2016年5月当時、門司港駅は改修工事中で、工事のための塀がたくさんありました。
その塀に昔の門司港近辺の写真が飾られていました。 -
レトロな外観で人気の門司港駅ですが、この時は、向かって左端にちょこっと入り口が設けられていて、あとは全面工事中。
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工事現場を見下ろすための見学デッキが出来ていました。この日は、ものすごい強風と雨でしたが、頑張って上りました。
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見学デッキ内限定の説明タブレットを無料で貸し出していました。
雨が降っていなければ借りたのですが、傘をしっかり捕まえておくだけで精一杯という強風の中では、タブレットなんて怖くて持てませんでした。 -
特徴的な駅舎は、すっぽりとこの中に納まっています。
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九州における鉄道の歴史は、明治22年博多から千歳川仮停車場(筑後川北岸)の開業に始まり、その2年後に門司駅(現門司港駅)が、現在の場所から300mほど南(鉄道記念館横)に建てられ開業しました。
九州鉄道本社も博多からこの地に移転し、九州の鉄道基点となりました。
大正3年に、海上交通との利便性と旅客数の増加により、現在の場所に新築移転しました。(後略) -
屋根が解体されているので、柱だけが林立しています。
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平成24年9月から始まったこの工事は、平成30(2018)年3月末に完了の予定です。
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門司港駅からは、関門橋も見えます。
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門司港駅構内です。「旅立ちの鐘・幸福の泉」なるものがあります。
では、次回は「九州鉄道記念館」に行きます。
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