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3日目、やるやんは早朝便で帰国したので、まあちゃんさん<br />と二人で淡水にある多田榮吉氏邸と和平公園内に移築された<br />日本の作家の水上勉の住居を見に行った。<br /><br />この日から、右足親指周辺が痛み始め、痛風の発作が来たこ<br />とを自覚した。<br /><br />しかし、薬を持っていないからどうすることもできず、少し<br />痛い足を気にしながら坂道の多い淡水の街を歩いた。<br /><br />それにしても、なぜ台湾旅行となると痛風の発作が起きるの<br />だろう。<br /><br />別に台湾でバチあたりなことをしたわけでもないのになあ。

台北周辺4泊5日の旅―12月19日(3日目) 淡水の多田榮吉氏の故居と水上勉の生家を見学した後、府中站周辺で宿探し

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2016/12/17 - 2016/12/21

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ハイペリオン

ハイペリオンさん

3日目、やるやんは早朝便で帰国したので、まあちゃんさん
と二人で淡水にある多田榮吉氏邸と和平公園内に移築された
日本の作家の水上勉の住居を見に行った。

この日から、右足親指周辺が痛み始め、痛風の発作が来たこ
とを自覚した。

しかし、薬を持っていないからどうすることもできず、少し
痛い足を気にしながら坂道の多い淡水の街を歩いた。

それにしても、なぜ台湾旅行となると痛風の発作が起きるの
だろう。

別に台湾でバチあたりなことをしたわけでもないのになあ。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
航空会社
チャイナエアライン
旅行の手配内容
個別手配
利用旅行会社
楽天トラベル
  • 朝、フロントに降りてチェックアウトをし、荷物<br />をフロントに預かってもらった。<br /><br />まあちゃんさんと天津街にある豆乳屋、ちょっと<br />エロい感じの奥さんがいる永和豆漿で朝めしを食<br />った。エロい奥さんは健在であった。<br /><br />中山站からまたまた淡水線で淡水まで。<br /><br />さすがに平日朝の下り線は空いていて、ゆったり<br />座って行くことができた。<br /><br />川のある方は遊歩道が続いていて、あちこちで釣<br />り人がいた。<br /><br />びくの中をのぞきながら歩いたが、ほとんどが坊<br />主だった。

    朝、フロントに降りてチェックアウトをし、荷物
    をフロントに預かってもらった。

    まあちゃんさんと天津街にある豆乳屋、ちょっと
    エロい感じの奥さんがいる永和豆漿で朝めしを食
    った。エロい奥さんは健在であった。

    中山站からまたまた淡水線で淡水まで。

    さすがに平日朝の下り線は空いていて、ゆったり
    座って行くことができた。

    川のある方は遊歩道が続いていて、あちこちで釣
    り人がいた。

    びくの中をのぞきながら歩いたが、ほとんどが坊
    主だった。

  • こういう魚はたくさん泳いでいたが、釣り人<br />たちのお目当てはこれではないようだ。<br /><br />もっともこの魚たちは皮膚病にでもかかってい<br />るのか、ただれたようになっていてひどく汚<br />いのが多かった。<br />

    こういう魚はたくさん泳いでいたが、釣り人
    たちのお目当てはこれではないようだ。

    もっともこの魚たちは皮膚病にでもかかってい
    るのか、ただれたようになっていてひどく汚
    いのが多かった。

  • まずは、多田榮吉さんという地元淡水の<br />街長(現在の区長)を務めた日本人の家<br />を目指す。<br /><br />ぼくは全く分からないので、まあちゃん<br />さんががスマホで調べながら先を行くの<br />を子犬のようについて行くのみである。<br /><br />文化路という淡水の中では大きな通りの<br />端を歩きながら、小さな路地に入り、馬<br />偕街に出た。<br /><br />このあたり、路地がいろいろあってやや<br />こしかった。<br /><br />この狭い路地に多田榮吉故居がある。<br />

    まずは、多田榮吉さんという地元淡水の
    街長(現在の区長)を務めた日本人の家
    を目指す。

    ぼくは全く分からないので、まあちゃん
    さんががスマホで調べながら先を行くの
    を子犬のようについて行くのみである。

    文化路という淡水の中では大きな通りの
    端を歩きながら、小さな路地に入り、馬
    偕街に出た。

    このあたり、路地がいろいろあってやや
    こしかった。

    この狭い路地に多田榮吉故居がある。

  • 門は頑丈そうで、中華風の塀もかなり<br />新しい感じ。<br /><br />外回りは新しく造り替えたようだ。

    門は頑丈そうで、中華風の塀もかなり
    新しい感じ。

    外回りは新しく造り替えたようだ。

  • 門をくぐると確かに昭和風の日本家屋が<br />あった。<br /><br />内部には警備人か管理人かわからないが、<br />おっちゃんとおばちゃんがうろうろして<br />いた。

    門をくぐると確かに昭和風の日本家屋が
    あった。

    内部には警備人か管理人かわからないが、
    おっちゃんとおばちゃんがうろうろして
    いた。

  • 昭和40~50年代あたりまで、日本にも<br />普通にあった中間階層くらいの家族が<br />住むような家だった。

    昭和40~50年代あたりまで、日本にも
    普通にあった中間階層くらいの家族が
    住むような家だった。

  • 縁側から外光が入るようになっていて、<br />ここから淡水川を見渡すことができる。<br />

    縁側から外光が入るようになっていて、
    ここから淡水川を見渡すことができる。

  • 8畳の座敷。<br /><br />掛け軸と生け花が飾られ、日本式を<br />演出している。

    8畳の座敷。

    掛け軸と生け花が飾られ、日本式を
    演出している。

  • 奥の間から門までがすべて見えるように<br />なっていて、いかにも昔の日本の家の造<br />りとなっている。<br /><br />ふすまを外すと部屋を大きく取れるので、<br />葬式をするときなどはやりやすい。<br /><br />ぼくの実家もこれとほぼ同じ間取りである。

    奥の間から門までがすべて見えるように
    なっていて、いかにも昔の日本の家の造
    りとなっている。

    ふすまを外すと部屋を大きく取れるので、
    葬式をするときなどはやりやすい。

    ぼくの実家もこれとほぼ同じ間取りである。

  • 見学者は少ないながらも絶えることが<br />ないようで、今日も我々のほかに若い<br />女の子が二人いた。<br /><br />

    見学者は少ないながらも絶えることが
    ないようで、今日も我々のほかに若い
    女の子が二人いた。

  • 多田榮吉氏についてはパネルにその略歴が<br />書かれていた。<br /><br />1864年に神戸に生まれ、1897年に台湾にや<br />ってきて、台北で電気部品の販売業を始めた。<br /><br />1905年に淡水に居を構え、1930年に淡水街<br />長に任命された。<br /><br />終戦後、日本に帰国したという。<br /><br />ネットによると、この家屋があった土地は<br />終戦後人手に渡っており、保存するかどう<br />かでけっこうもめたらしい。<br /><br />最終的には淡水の獣医が資金を拠出して保<br />存が決定したという。

    多田榮吉氏についてはパネルにその略歴が
    書かれていた。

    1864年に神戸に生まれ、1897年に台湾にや
    ってきて、台北で電気部品の販売業を始めた。

    1905年に淡水に居を構え、1930年に淡水街
    長に任命された。

    終戦後、日本に帰国したという。

    ネットによると、この家屋があった土地は
    終戦後人手に渡っており、保存するかどう
    かでけっこうもめたらしい。

    最終的には淡水の獣医が資金を拠出して保
    存が決定したという。

  • このように淡水川が見える高台に建ってい<br />るから、このへんでは一等地だったのだろう。

    このように淡水川が見える高台に建ってい
    るから、このへんでは一等地だったのだろう。

  • 次は和平公園の奥にある、作家、水上勉の<br />生家を目指す。<br /><br />文化路の端をふたりでトボトボと歩いた。<br /><br />心理大学、紅毛城を通り過ぎ、ようやく和<br />平公園が見えてきた。<br /><br />20分近く歩いただろうか。<br /><br />けっこう暑く、しょっちゅう水を飲んだ。<br /><br />こんな天気なら半袖で十分だ。<br /><br />

    次は和平公園の奥にある、作家、水上勉の
    生家を目指す。

    文化路の端をふたりでトボトボと歩いた。

    心理大学、紅毛城を通り過ぎ、ようやく和
    平公園が見えてきた。

    20分近く歩いただろうか。

    けっこう暑く、しょっちゅう水を飲んだ。

    こんな天気なら半袖で十分だ。

  • 平和を願うモニュメントがあり、周囲は<br />木がポツリポツリと植えられ、起伏のあ<br />るきれいな公園である。

    平和を願うモニュメントがあり、周囲は
    木がポツリポツリと植えられ、起伏のあ
    るきれいな公園である。

  • その奥に水上勉の生家を移築した一滴水紀念<br />館がある。<br /><br />水上勉は「金閣炎上」が有名だが、一冊だけ<br />読んだ記憶があるが内容はおろか、タイトル<br />も忘れてしまった。<br /><br />たぶんそんなに印象に残らなかったんだろう。

    その奥に水上勉の生家を移築した一滴水紀念
    館がある。

    水上勉は「金閣炎上」が有名だが、一冊だけ
    読んだ記憶があるが内容はおろか、タイトル
    も忘れてしまった。

    たぶんそんなに印象に残らなかったんだろう。

  • 真黒な犬がいたその先に門がある。

    真黒な犬がいたその先に門がある。

  • んがっ、門は冷たく閉ざされていた。<br /><br />月曜日は休館日だったのだ。<br /><br />とりあえず、門の隙間から建物を一枚。<br /><br />福井県にあったこの家屋をここに移築<br />することにしたのは、まあちゃんさん<br />によると、地元の金持ちらしいが、<br />1995年の阪神淡路大震災と1999年の<br />9.21台湾大地震で互いに傷ついた者同<br />士、絆を深めるために日台共同で移築<br />作業を行ったという。<br /><br />作業はかなり大変だったようだが、日<br />本側からは「日本苦苦力隊」というボ<br />ランティア集団が、台湾からは地元の<br />大学の建築課の学生が作業を行った。

    んがっ、門は冷たく閉ざされていた。

    月曜日は休館日だったのだ。

    とりあえず、門の隙間から建物を一枚。

    福井県にあったこの家屋をここに移築
    することにしたのは、まあちゃんさん
    によると、地元の金持ちらしいが、
    1995年の阪神淡路大震災と1999年の
    9.21台湾大地震で互いに傷ついた者同
    士、絆を深めるために日台共同で移築
    作業を行ったという。

    作業はかなり大変だったようだが、日
    本側からは「日本苦苦力隊」というボ
    ランティア集団が、台湾からは地元の
    大学の建築課の学生が作業を行った。

  • 坂の多い街の中を歩いて疲れ果てたので、<br />帰りは路線バスで淡水駅まで行った。<br /><br />台北に戻り、新光三越の地階の丸亀製麺<br />でうどんを食い、天津大飯店で荷物を受<br />け取り、ここでまあちゃんさんとお別れ。<br /><br />今回も世話になりっぱなしだった。どう<br />もありがとうございます。このお返しは<br />いずれ必ずするんじゃないかなと思った<br />りして。<br /><br />まあちゃんさんは友人のところへ、ぼく<br />は捷運板南線で板橋の次の府中站へ。<br /><br />このへんで安い宿を探して残りの2日間<br />を過ごすことにした。<br /><br />府中站周辺は、似たような路地が入り組<br />んでいて方向感覚が実にわかりにくい街<br />だった。<br /><br />大きな雑居ビルに入っているホテルを何<br />軒か当たったが、どれも1300元近くする。<br /><br />この値段なら天津大飯店の方が快適だ。<br /><br /><br /><br />

    坂の多い街の中を歩いて疲れ果てたので、
    帰りは路線バスで淡水駅まで行った。

    台北に戻り、新光三越の地階の丸亀製麺
    でうどんを食い、天津大飯店で荷物を受
    け取り、ここでまあちゃんさんとお別れ。

    今回も世話になりっぱなしだった。どう
    もありがとうございます。このお返しは
    いずれ必ずするんじゃないかなと思った
    りして。

    まあちゃんさんは友人のところへ、ぼく
    は捷運板南線で板橋の次の府中站へ。

    このへんで安い宿を探して残りの2日間
    を過ごすことにした。

    府中站周辺は、似たような路地が入り組
    んでいて方向感覚が実にわかりにくい街
    だった。

    大きな雑居ビルに入っているホテルを何
    軒か当たったが、どれも1300元近くする。

    この値段なら天津大飯店の方が快適だ。



  • 館前西路にある中央大楼という巨大な雑<br />居ビルの8階に千嘉旅店というラブホテ<br />ルがあった。<br /><br />ここが高かったらどうしようか。<br /><br />台北に戻って安いところを探そうかなど<br />と考えながらエレベータに乗った。<br /><br />フロントには誰もおらず、とりあえず椅<br />子に座って待つことにした。<br /><br />すると部屋の清掃を終えで出てきたおば<br />ちゃんが一瞬ギョッとした顔をしたが、<br />かまわず値段を聞いた。<br /><br />一泊千元というので、まあ許容範囲と思<br />い、泊まることにした。<br /><br />台北から離れたところでも、ある程度き<br />れいな建物に入っているホテルは千元は<br />すると考えておいた方がいいようだ。<br /><br />やっぱり千元以下の普通のホテルとなると、<br />南へ行くか東海岸あたりにしかないのか<br />もしれない。<br />

    館前西路にある中央大楼という巨大な雑
    居ビルの8階に千嘉旅店というラブホテ
    ルがあった。

    ここが高かったらどうしようか。

    台北に戻って安いところを探そうかなど
    と考えながらエレベータに乗った。

    フロントには誰もおらず、とりあえず椅
    子に座って待つことにした。

    すると部屋の清掃を終えで出てきたおば
    ちゃんが一瞬ギョッとした顔をしたが、
    かまわず値段を聞いた。

    一泊千元というので、まあ許容範囲と思
    い、泊まることにした。

    台北から離れたところでも、ある程度き
    れいな建物に入っているホテルは千元は
    すると考えておいた方がいいようだ。

    やっぱり千元以下の普通のホテルとなると、
    南へ行くか東海岸あたりにしかないのか
    もしれない。

  • ラブホらしく廊下は暗く、青いネオンが<br />すこしともっているだけ。<br /><br />客同士かち合っても顔がわからないよう<br />にとの配慮なのだろうか。

    ラブホらしく廊下は暗く、青いネオンが
    すこしともっているだけ。

    客同士かち合っても顔がわからないよう
    にとの配慮なのだろうか。

  • 部屋の内部はラブホラブホした感じではなく、<br />男一人でも特に変な感じではない。<br /><br />低いテーブルとイスしかなく、机がないのが<br />残念。

    部屋の内部はラブホラブホした感じではなく、
    男一人でも特に変な感じではない。

    低いテーブルとイスしかなく、机がないのが
    残念。

  • 府中路と南門街の角にある慈恵宮という<br />廟あたりがこの街の中心のようだ。<br /><br />現在では両側を建物に挟まれてちょっと<br />せせこましくなっているが。

    府中路と南門街の角にある慈恵宮という
    廟あたりがこの街の中心のようだ。

    現在では両側を建物に挟まれてちょっと
    せせこましくなっているが。

  • 昼間の中途半端な時間でもこうして<br />お参りする人は絶えない。

    昼間の中途半端な時間でもこうして
    お参りする人は絶えない。

  • 慈恵宮から府中路を渡ったところに<br />宮口街という狭い路地があり、小さ<br />な店が軒を連ねていた。<br /><br />よく見ずに通り過ぎてしまったが、<br />帰国後ネットで調べると、安くてう<br />まい屋台が結構あるらしい。<br /><br />

    慈恵宮から府中路を渡ったところに
    宮口街という狭い路地があり、小さ
    な店が軒を連ねていた。

    よく見ずに通り過ぎてしまったが、
    帰国後ネットで調べると、安くてう
    まい屋台が結構あるらしい。

  • 宿から館前西路を少し行くと接雲寺<br />という寺があった。<br /><br />

    宿から館前西路を少し行くと接雲寺
    という寺があった。

  • このまま歩いて板橋站へ行った。<br /><br />板橋は新北市の中心となる街で、<br />府中とは違って、高層ビルが立ち<br />並び、整然とした印象を受ける。<br /><br />おそらく新たに開発された街なの<br />だろう。

    このまま歩いて板橋站へ行った。

    板橋は新北市の中心となる街で、
    府中とは違って、高層ビルが立ち
    並び、整然とした印象を受ける。

    おそらく新たに開発された街なの
    だろう。

  • 府中から歩いて15分ほどの板橋駅<br />前の中山路に新北市政府の建物が<br />ある。<br /><br />33階建ての大きな建物だ。<br /><br />ここの32階の写真でいうと円錐形の<br />ところが無料の展望台になっていて、<br />新北市の街を見下ろすことができる。<br />

    府中から歩いて15分ほどの板橋駅
    前の中山路に新北市政府の建物が
    ある。

    33階建ての大きな建物だ。

    ここの32階の写真でいうと円錐形の
    ところが無料の展望台になっていて、
    新北市の街を見下ろすことができる。

  • 展望台はそれほど広くはなく、すでに<br />数人がカメラをセットして夜景を撮影<br />しようと待機していた。<br /><br />こんな感じで夕暮れの街を見ることが<br />できる。

    展望台はそれほど広くはなく、すでに
    数人がカメラをセットして夜景を撮影
    しようと待機していた。

    こんな感じで夕暮れの街を見ることが
    できる。

  • 夜景も見たが、そんなにきれいでは<br />なかった。<br /><br />最上階が展望レストランになってい<br />て、市役所のレストランだから、お<br />そらく値段もそんなに高くないので<br />はないだろうか。<br />

    夜景も見たが、そんなにきれいでは
    なかった。

    最上階が展望レストランになってい
    て、市役所のレストランだから、お
    そらく値段もそんなに高くないので
    はないだろうか。

  • 府中に戻り晩飯。<br /><br />通りにあった店に適当に入った。

    府中に戻り晩飯。

    通りにあった店に適当に入った。

  • おっさん二人がやっている飯屋である。

    おっさん二人がやっている飯屋である。

  • めしのほうは何か忘れた。<br /><br />汁ものは虱目魚湯というやつ。

    めしのほうは何か忘れた。

    汁ものは虱目魚湯というやつ。

  • ホテル近くのお菓子屋で日本語で書かれた<br />パッケージのクラッカーを買った。<br /><br />ゴマが入っているようになっているが、<br />1枚につき2~3粒入っているだけだった。

    ホテル近くのお菓子屋で日本語で書かれた
    パッケージのクラッカーを買った。

    ゴマが入っているようになっているが、
    1枚につき2~3粒入っているだけだった。

  • ホテルは通りに面しているので、車や<br />街の騒音夜中もずっと聞こえていた。

    ホテルは通りに面しているので、車や
    街の騒音夜中もずっと聞こえていた。

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