2016/12/17 - 2016/12/21
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ハイペリオンさん
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3日目、やるやんは早朝便で帰国したので、まあちゃんさん
と二人で淡水にある多田榮吉氏邸と和平公園内に移築された
日本の作家の水上勉の住居を見に行った。
この日から、右足親指周辺が痛み始め、痛風の発作が来たこ
とを自覚した。
しかし、薬を持っていないからどうすることもできず、少し
痛い足を気にしながら坂道の多い淡水の街を歩いた。
それにしても、なぜ台湾旅行となると痛風の発作が起きるの
だろう。
別に台湾でバチあたりなことをしたわけでもないのになあ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
-
朝、フロントに降りてチェックアウトをし、荷物
をフロントに預かってもらった。
まあちゃんさんと天津街にある豆乳屋、ちょっと
エロい感じの奥さんがいる永和豆漿で朝めしを食
った。エロい奥さんは健在であった。
中山站からまたまた淡水線で淡水まで。
さすがに平日朝の下り線は空いていて、ゆったり
座って行くことができた。
川のある方は遊歩道が続いていて、あちこちで釣
り人がいた。
びくの中をのぞきながら歩いたが、ほとんどが坊
主だった。 -
こういう魚はたくさん泳いでいたが、釣り人
たちのお目当てはこれではないようだ。
もっともこの魚たちは皮膚病にでもかかってい
るのか、ただれたようになっていてひどく汚
いのが多かった。 -
まずは、多田榮吉さんという地元淡水の
街長(現在の区長)を務めた日本人の家
を目指す。
ぼくは全く分からないので、まあちゃん
さんががスマホで調べながら先を行くの
を子犬のようについて行くのみである。
文化路という淡水の中では大きな通りの
端を歩きながら、小さな路地に入り、馬
偕街に出た。
このあたり、路地がいろいろあってやや
こしかった。
この狭い路地に多田榮吉故居がある。 -
門は頑丈そうで、中華風の塀もかなり
新しい感じ。
外回りは新しく造り替えたようだ。 -
門をくぐると確かに昭和風の日本家屋が
あった。
内部には警備人か管理人かわからないが、
おっちゃんとおばちゃんがうろうろして
いた。 -
昭和40~50年代あたりまで、日本にも
普通にあった中間階層くらいの家族が
住むような家だった。 -
縁側から外光が入るようになっていて、
ここから淡水川を見渡すことができる。 -
8畳の座敷。
掛け軸と生け花が飾られ、日本式を
演出している。 -
奥の間から門までがすべて見えるように
なっていて、いかにも昔の日本の家の造
りとなっている。
ふすまを外すと部屋を大きく取れるので、
葬式をするときなどはやりやすい。
ぼくの実家もこれとほぼ同じ間取りである。 -
見学者は少ないながらも絶えることが
ないようで、今日も我々のほかに若い
女の子が二人いた。 -
多田榮吉氏についてはパネルにその略歴が
書かれていた。
1864年に神戸に生まれ、1897年に台湾にや
ってきて、台北で電気部品の販売業を始めた。
1905年に淡水に居を構え、1930年に淡水街
長に任命された。
終戦後、日本に帰国したという。
ネットによると、この家屋があった土地は
終戦後人手に渡っており、保存するかどう
かでけっこうもめたらしい。
最終的には淡水の獣医が資金を拠出して保
存が決定したという。 -
このように淡水川が見える高台に建ってい
るから、このへんでは一等地だったのだろう。 -
次は和平公園の奥にある、作家、水上勉の
生家を目指す。
文化路の端をふたりでトボトボと歩いた。
心理大学、紅毛城を通り過ぎ、ようやく和
平公園が見えてきた。
20分近く歩いただろうか。
けっこう暑く、しょっちゅう水を飲んだ。
こんな天気なら半袖で十分だ。 -
平和を願うモニュメントがあり、周囲は
木がポツリポツリと植えられ、起伏のあ
るきれいな公園である。 -
その奥に水上勉の生家を移築した一滴水紀念
館がある。
水上勉は「金閣炎上」が有名だが、一冊だけ
読んだ記憶があるが内容はおろか、タイトル
も忘れてしまった。
たぶんそんなに印象に残らなかったんだろう。 -
真黒な犬がいたその先に門がある。
-
んがっ、門は冷たく閉ざされていた。
月曜日は休館日だったのだ。
とりあえず、門の隙間から建物を一枚。
福井県にあったこの家屋をここに移築
することにしたのは、まあちゃんさん
によると、地元の金持ちらしいが、
1995年の阪神淡路大震災と1999年の
9.21台湾大地震で互いに傷ついた者同
士、絆を深めるために日台共同で移築
作業を行ったという。
作業はかなり大変だったようだが、日
本側からは「日本苦苦力隊」というボ
ランティア集団が、台湾からは地元の
大学の建築課の学生が作業を行った。 -
坂の多い街の中を歩いて疲れ果てたので、
帰りは路線バスで淡水駅まで行った。
台北に戻り、新光三越の地階の丸亀製麺
でうどんを食い、天津大飯店で荷物を受
け取り、ここでまあちゃんさんとお別れ。
今回も世話になりっぱなしだった。どう
もありがとうございます。このお返しは
いずれ必ずするんじゃないかなと思った
りして。
まあちゃんさんは友人のところへ、ぼく
は捷運板南線で板橋の次の府中站へ。
このへんで安い宿を探して残りの2日間
を過ごすことにした。
府中站周辺は、似たような路地が入り組
んでいて方向感覚が実にわかりにくい街
だった。
大きな雑居ビルに入っているホテルを何
軒か当たったが、どれも1300元近くする。
この値段なら天津大飯店の方が快適だ。 -
館前西路にある中央大楼という巨大な雑
居ビルの8階に千嘉旅店というラブホテ
ルがあった。
ここが高かったらどうしようか。
台北に戻って安いところを探そうかなど
と考えながらエレベータに乗った。
フロントには誰もおらず、とりあえず椅
子に座って待つことにした。
すると部屋の清掃を終えで出てきたおば
ちゃんが一瞬ギョッとした顔をしたが、
かまわず値段を聞いた。
一泊千元というので、まあ許容範囲と思
い、泊まることにした。
台北から離れたところでも、ある程度き
れいな建物に入っているホテルは千元は
すると考えておいた方がいいようだ。
やっぱり千元以下の普通のホテルとなると、
南へ行くか東海岸あたりにしかないのか
もしれない。 -
ラブホらしく廊下は暗く、青いネオンが
すこしともっているだけ。
客同士かち合っても顔がわからないよう
にとの配慮なのだろうか。 -
部屋の内部はラブホラブホした感じではなく、
男一人でも特に変な感じではない。
低いテーブルとイスしかなく、机がないのが
残念。 -
府中路と南門街の角にある慈恵宮という
廟あたりがこの街の中心のようだ。
現在では両側を建物に挟まれてちょっと
せせこましくなっているが。 -
昼間の中途半端な時間でもこうして
お参りする人は絶えない。 -
慈恵宮から府中路を渡ったところに
宮口街という狭い路地があり、小さ
な店が軒を連ねていた。
よく見ずに通り過ぎてしまったが、
帰国後ネットで調べると、安くてう
まい屋台が結構あるらしい。 -
宿から館前西路を少し行くと接雲寺
という寺があった。 -
このまま歩いて板橋站へ行った。
板橋は新北市の中心となる街で、
府中とは違って、高層ビルが立ち
並び、整然とした印象を受ける。
おそらく新たに開発された街なの
だろう。 -
府中から歩いて15分ほどの板橋駅
前の中山路に新北市政府の建物が
ある。
33階建ての大きな建物だ。
ここの32階の写真でいうと円錐形の
ところが無料の展望台になっていて、
新北市の街を見下ろすことができる。 -
展望台はそれほど広くはなく、すでに
数人がカメラをセットして夜景を撮影
しようと待機していた。
こんな感じで夕暮れの街を見ることが
できる。 -
夜景も見たが、そんなにきれいでは
なかった。
最上階が展望レストランになってい
て、市役所のレストランだから、お
そらく値段もそんなに高くないので
はないだろうか。 -
府中に戻り晩飯。
通りにあった店に適当に入った。 -
おっさん二人がやっている飯屋である。
-
めしのほうは何か忘れた。
汁ものは虱目魚湯というやつ。 -
ホテル近くのお菓子屋で日本語で書かれた
パッケージのクラッカーを買った。
ゴマが入っているようになっているが、
1枚につき2~3粒入っているだけだった。 -
ホテルは通りに面しているので、車や
街の騒音夜中もずっと聞こえていた。
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