2016/10/28 - 2016/11/06
110位(同エリア176件中)
Nanaさん
今回の登場人物
●王子:インド(チェンナイ)駐在。夫。
●玉右衛門:宮崎在住の監督。
●ヘンティ:へんな傭兵。元隊員。
●なな:わたくし
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④コーチン→チェンナイ
11月4日(金) 晴れ
さて、旅はいよいよ最終章となった。
「Casino Hotel」は申し分のないホテルではあったが、なんせ欧米人で溢れていた。
だいぶ満喫しておいて何だが、我々にとっては「Flora Airaport Hotel」の方が心地よかった。
そして、本日かなりギリギリで起きた我々は、朝食時間20分という中でも、大急ぎでいかにも高級ホテル的な朝食を満喫したのであった。 -
またまたウィリンドン島を後にし、空港に向かい、今回の旅の最終目的地であり、王子の赴任地でもあるチェンナイに発ったのである。
チェンナイ空港に着くや否や、王子のテンションが急速に高くなった。
すっかりここが地元化しているのである。 -
チェンナイでは、普段王子を送迎してくれている運転手さんが待っていてくれた。
彼はムラリさんといって、とても親切かつプロフェッショナルな運転手さんなのであった。
ムラリさんの運転で、車はマハーバリプラムという遺跡の街に向かう。 -
ここの周辺はすでに王子の庭となっていて、かなりいろいろなことに詳しい。
まず、昼食のために「秋平(AKI BAY)」に寄ることにした。
ここは王子いわくチェンナイで一番おいしいラーメンが食べられるお店らしく、店長は元日産チェンナイ駐在という異色のお店だ。
店の前に行くと、日本人サラリーマンらしき2人組が店の前で何やら話している。
あまりになつかしすぎる光景だ。日本人も、サラリーマンも、今まで滅多に見かけなかった。
メニューはちゃんとベジタリアン用があり、なんと味噌ラーメンまである。
ちょっと煮詰まった感があるが、イマドキっぽい凝ったラーメンだ。
なつかしのラーメンを食べておなかいっぱいになり、今度こそ観光に向けて出発する。 -
チェンナイはかなりの都会だが、コーチンよりも何だか面白味のある都会だった。
車は海岸沿いの道を走る。
ここにも観光客向けのホテルがあったり、観光客向けっぽいB級スポットが並んでいたりする。
気になるものはちょこちょこあったが、一番は何と言っても遊園地だ。
あまり気合の入っていない、いかにもB級な遊園地がポツリとあったのだ。
賑わっているのかいないのか、中の様子があまりわからないのだが、コーチンの児童公園から察するに楽しいに違いない。
尚、後に合流する駐在人妻の証言によると、「命がけで遊ぶ」ということだった。
そうこうしている内に、有名なバターボールのある公園に着いた。 -
バターボールとは、巨大な丸い岩のことで、坂の途中で止まっているように見える。
見えるというか実際止まっていて、その日陰に入って地元民が休んでいる。 -
なんせ暑いので、我々もいちおうバターボールを見学し、公園内を歩き出した。
この公園は、どういう趣旨なのかよくわからないが、各所に遺跡が混在している。
たまに遺跡があったり、遺跡に登るためなのか何なのかわからないが、岩に階段ぽいものが彫ってあったり、突っ込み始めたらキリがない。 -
途中でなぜか野菜を売っている露天商のおばあさんがいたりするのだが、今欲しい飲み物やアイス屋さんは全く見かけない。
ここらへんの需要と供給も難しいところだ。 -
暑くてクラクラしながら遺跡のひとつに登ってみる。
「あそこらへん」に次の目的地であるファイブラタが見える。
汗を拭き拭き下に降りて、とりあえずアイスを調達して、ファイブラタへの道を歩く。 -
ここにはたくさんの石屋があり、様々な石像を販売している。
最近の流行りを取り入れたものもあり、そのひとつが「パソコンするガネーシャ」だ。 -
ヒンドゥー強の神々の像では、人を踏んでいるものが多くあり、ここにもそういう像がたくさんある。
これは総じてヘンティが好む。
ヘンティは「踏んでる系」を見つけるとすかさず写真を撮り、満足している。そういう趣味なのだ。 -
ファイブラタ…5つの特徴ある寺院群であるが、もともとは1つの巨大な花崗岩から掘り出された彫刻だそうだ。
とても重要な遺跡ということだが、入場料がかかる。
ちなみに中に入らなくても外から十分堪能でき、我々はそれで満足であった。
何より暑いのだ。 -
そこからさらに歩いて、海岸寺院に向かった。
海岸寺院も、今までのキレイな遺跡同様入場料ありの整備された公園方式で、確かに海岸近くにはあるが、遺跡からはほぼ海は見えない。 -
玉右衛門はどこかのテレビで「海岸にあって、波でどんどん浸食されている荒っぽい遺跡」と見たらしいが、全く違っている。
もしかしたら世界遺産になったついでにいろいろ工事があったのか、荒っぽさはどこにも見当たらない。 -
一通り内部を見学して外に出ると、そこにはたくさんの物売りがいた。
ネックレス買って、帽子買って、ココナッツいらない?などには心が動かなかったが、「太鼓いらない?」には大いに動かされ、買ってしまった。
この太鼓はこの後肩にかついで歩くしかなく、すなわち買わされた人、すなわちボラれやすい人の目印となり大いに迷惑であった。 -
海岸寺院から車に戻る途中で、お土産を見ることにした。
玉右衛門とヘンティは、たまに見かける極彩色の神々Tシャツを買うようだった。
私も何か買うかと服屋の店内に入り、アレコレ試着したりしていると、先に買い物を終えた男性陣が外に出て行った。
ここからいきなり服屋の店員(色白でひょろいタンクトップ、なぜか乳首が見えている)のセクハラが始まったのだった。
タンクトップは男性陣がいなくなった瞬間からボディタッチを始め、値段交渉をしようとすると肩を抱いたりやたら触ってきたりする。
私も引くに引けず値段交渉を強引に進め、「850だ」「いや500だ」「じゃあ550だ」「50を持っていない」「よし500だ」というやりとりの末、希望価格の500ルピーで交渉成立した。 -
タンクトップは交渉成立したからハグしよう、とよくわからない提案をし、私も腰の引けた状態で渋々応じ、さらに向こうが近付こうとした瞬間に「サンキューバーイ」と無理矢理逃げたのだった。
タンクトップはセクハラ野郎だったのだ。
結果的に、これが私が今回の旅で経験した唯一の「危険だったこと」になってしまった。
しかし、最終的に値段交渉は満額回答、ということになり、「ちょっと触らせたら言い値で買えた」ということにもなってしまった。 -
さて、車に戻って今度はチェンナイの「Fuji」という店に向かう。
今日は王子の地元らしく、日本食尽くしだ。
Fujiでは、王子の駐在員仲間が宴会を開いてくれた。
トイレがてら、ふと周りを見ると、「KOMATSU」とか「ISUZU」とかの日本企業がこぞって宴会を開いており、店の前には運転手とその車がずらりと並んでいる。
いろいろと異世界で戸惑う。
本日の宿は王子の住居でホテル兼サービスアパートになっていた。
最後にしてやたら生活感が出てきたところで、本日は終了となった。 -
11月5日(土) 晴れ
今日の宿には朝ごはんが付いていないので、王子の部屋に集まって保存食大会となった。
王子の部屋には小さいキッチンとダイニング、リビングがついている。
鏡台や収納スペースもあり、かなり広くて快適だ。 -
鏡台や収納スペースもあり、かなり広くて快適だ。
本日は、駐在員仲間のO夫妻の案内でチェンナイの街を巡る予定である。
O氏はかなりの旅通で、国内外の様々な地を巡り、奥様とも旅中に知り合ったという筋金入りだ。
またムラリさんの運転でカーパーレーシュワラ寺院に向かい、現地で合流した。
昨日のFujiで、今までの我々の行程を聞いたO氏が、「じゃあ生きてるヒンドゥー寺院を見よう」ということでここが選定されたのだ。 -
まず、靴預け所で靴を預ける。
確かに、生きてるヒンドゥー寺院の迫力はすごい。
今まででだいぶインド慣れしたと思っていた我々も圧倒された。
まず、人物が濃すぎる。
門の付近にいる細いおじさんは、あぐらで座ったまま手を使って移動する。
別に足に不具合があるようには見えないのだが、おじさんは何かあると手を使って前に出てきて、また手で後ろに下がる。
おじさんの意図は不明だが、鮮やかな動きから長年このようにして生活しているようなのであった。 -
中に入ると、寺院は大勢の人でにぎわっていた。
いかにもただものではない仙人のようなじいさんもいて、じいさんは崇められているらしい。
このじいさんの立ち位置はよそ者にはわからないが、たぶんすごい人なのだと思う。 -
一画では、何やら音楽を奏でる2人組がいた。
すぐ横では、おじいさんが横になって寝ている。ここでは誰がどう過ごそうが自由なのだ。
しかし、こんなうるさい人通りの多いところで寝なくても、もっと昼寝に適した場所があると思う。
それでもここで寝るのがおじいさんの日課なのだろう。 -
寺院の裏手門を出ると、すぐ目の前に沐浴場があった。
かなり広くて、祭の際などには解放されるという。
裏手門にはヨボヨボのおばあさんがいて、目の前を人が横切ると必ず手を差し出して「ま」と言う。
やることはたったこれだけだが、おばあさんが「金をくれ」と言ってることは一目瞭然で、費用対効果を追求した結果、「ま」だけ言えばよいというシンプルかつ合理的な結論に至ったようだ。 -
こんな濃い光景の中を、O夫妻は何事もないようにスイスイ進んでいく。
寺院を出て、街中を歩くというかなり上級インドの行為も、O夫妻は難なくこなし、我々は付いていくのがやっとだ。 -
そのまま、歩いて海沿いまで行き、魚市場を見学するのだという。
O奥様は今日は朝から魚をさばいた、と言っていたので、「これから行く市場で買ったんですか?」と聞くと、「とんでもない」と笑うのだった。
この意味はすぐにわかった。 -
海沿い近くになると、バラックが立ち並ぶ一画が出現した。
これは海沿いにずーっと続いていて、ここがいわゆる「魚市場」らしい。 -
海岸側には直射日光にさらされた魚介類がずらっと露店に並べられ、大量のハエがたかっている。
後ろには獲物の群れをじーっと見ているカラスの大群。
道路を挟んで、反対側に林立するバラック、そして上空を飛び回る大量のカラス。 -
屋台はずーっと海沿いに並んでいて、店によって品ぞろえは違う。
いろんな種類の魚やエビが置いてあるところもあれば、小さなエビのみ、というところもある。
みんな同じところで捕れたものだから、そこまで品質に違いがあるとは思えないが、店の数は豊富すぎるほど豊富だ。 -
我々が魚を見ていると、店番のオバチャンはハエを追い払うためにバシャっと水をかける。
ハエは一瞬飛び立つが、またすぐにブイーンと戻ってくる。
いろいろな意味で圧巻の光景だ。 -
O夫妻は慣れた様子で市場を抜けて、今度は灯台に到着した。
灯台から向こうは、「市民の憩いの場」ということだった。
「うちらは何度も行ってるから」ということでO夫妻は登らず、我々のみ灯台に登ることにした。 -
入場料を払ってエレベーターで上に上がると、そこからの眺めはなかなかのものだった。
魚市場側は先ほどの茶色いバラックとカラス、そして茶色い露店が並び、反対側はすっきりしていてところどころに遊具がある。 -
ビーチがやたら広く、道から海までたどり着くのに5分ほどかかりそうだ。
-
ここからビーチ沿いを少し歩き、先ほど上から見た遊具の1つに近寄ってみた。
小さい観覧車状の乗り物で、動力は見当たらず人力で動かすように見える。
すると、馬に乗った人がやってきた。このビーチで「馬に乗せるサービス」をしている人だ。 -
さらに、通りがかりっぽい人、近くの露店の人、なども続々と集まってしまい、何だか人だかりになってしまった。
要約すると、みんなは「これは子供の乗り物だ」と言っているらしい。
インドはかなり適当度の高い国だと思っていたが、この乗り物に大人が乗ることは禁止されているようだ。 -
我々はあきらめ、さらに歩いてアイスを買い、近くのガンジーのモニュメントで写真を撮ったりしていると、なんと、我々の運転手と車が目の前に待機しているのだった。
O氏はこのコースを見越して、運転手に先回りして待っているように指示していたのだ。 -
暑くて暑くて仕方なかったので、これ幸いと車に乗り込み、今度は要塞博物館に向かう。
ここはかなり厳重な警備になっていて、入口付近に男女の軍人が居並び、入門時にパスポートチェックがある。
なんとパスポートを置いてきたというヘンティは入れないと思っていたが、ちょうど混み合った時間帯で、O氏が代表で見せれば後は入っていいよ、ということになった。
ここの緩さと先ほどの遊具の厳格さのミスマッチがまたインドだ。 -
ここは東インド会社が商館を建て、それを守る城塞を建て、イギリスが南インドの植民地支配を進める拠点となった場所である。
要塞博物館に入ろうとしたが、お釣りがないということで、結局入れなかった。
内部を一通り見学し、インド初の英国国教会というセント・メアリーズ教会を見て、ここは終了となった。
パスポートが必要という厳格さではあったが、見学自体はあっさりしたものであった。 -
ヘンティは、出口付近にいるムチムチの女性軍人と写真を撮りたくなったようだ。
一生懸命英語で写真をお願いすると、女性軍人は笑ってOKしてくれた。ように見えたのだが、実際の写真では誰もヘンティを囲まなかった。
「クレイジーな日本人がいるわ」という感じで冷たく放置された格好だが、それがまたヘンティには良かったようだ。
変わった趣味なのだ。 -
またまた車に乗って、昼食のためO氏オススメというケーララ料理の店に入った。
かなり狭い入口で、いかにも地元な料理店だ。
いろいろ頼んだが、久々のマサラ尽くしは何だかなつかしくさえある。
カレーはやはり辛すぎて完食はできなかったが、パロタ(デニッシュ風の平べったいパン)はとても美味しく、ヘンティは船上で唯一美味しかったという魚のソテーを頼んでいた。 -
その後はインドスイーツを体験しよう、ということで、お菓子屋さんに寄って、お菓子を持ってO夫妻宅にお邪魔した。
お菓子屋さんには比較的平穏めな各種ケーキから、冒険めなグラム売りのインド伝統菓子まで各種並んでいた。
誰一人としてインド伝統菓子を選ぶ剛の者はなく、全員が平穏めなケーキを選択した。
だが、このケーキはまったく平穏度は低く、海外でよくありがちな「砂糖の味しかしない」という代物であった。
それでもO奥様の淹れてくれた紅茶で薄めながら何とか食べきり、厚さと砂糖でクラクラしつつ、我々はO夫妻と別れたのであった。 -
我々は、最後のお土産タイムにすることにした。
「スペンサープラザ」というチェンナイで有名なショッピングモールに行くことにする。
誰も彼も口をそろえて「あそこは広いからねー」と言う場所だった。 -
スペンサープラザの駐車場に車を止めて、中に入ると、中央ホールを中心に3階建になっていて、ホールからの分かれ道が迷路状になっている。
確かに迷いそうだが、この中央ホールを軸として考えればだいじょうぶだな、と思っていると、この中央ホールは3つほどあるのだった。
とりあえず、最初に出た3階から順番にせめていくことにする。 -
値段が安い。
今までのお土産屋の値段がいかにぼったくりかわかるような値段だ。
店数が多すぎる上に、客がまばらだ。
我々が見ているとすぐさま店から人が飛んできて、セールストークをはじめる。
玉右衛門とヘンティはまたTシャツやらハーフパンツやらを次々と買っている。
けっきょく、インドで我々が最も買ったものは、紅茶でもオーガニック関係でもなく、アパレルであった。 -
スペンサープラザは、よく見ると1階部分は廃墟のようになっており、空っぽだ。
1階部分のホールには、暇そうなインド人が寝たり座ったりしている程度で、店はない。
かたちは違えど、ここも寺院同様、インド人の憩いの場であるようであった。
ここにも、ところどころに遊具が置いてある。
乗り物型のちょっと動く程度のもののようだが、これも近くで見ているとどこからともなくおばさんがやってきて、「これは子供の乗り物だ」と言うのだった。
インドでは、子供の乗り物に関してはとても厳格なのであった。 -
スペンサープラザを後にして、我々は再度王子の住居に戻った。
これから荷造りをして、最後の夕飯(保存食)を食べて、本日の23:15チェンナイ発のフライトで日本に向けて発つことになる。
我々は王子の住居屋上に出てみた。
外は見事な夕日だ。ただし、インドの太陽はどこも少しくぐもっている。
そこがまた異国情緒を醸し出している。 -
後からわかったのだが、この住居も、王子のいる5階、玉右衛門とヘンティのいる4階以外は廃墟なのであった。
先ほど屋上と書いたここも、表示上は6階となっている。
王子いわく、ずーっと工事はしているが一向に6階ができる気配がない、とのことだった。
フロントに24時間人もいて、サービスもついていて、毎日掃除とクリーニングとミネラルウォーターの配給があるというのに、その正体は50%以上廃墟だったのだ。
インドの奥は深い。 -
王子の部屋で簡単な夕食を取り、インドの思い出に浸り、我々はまたムラリさんの車に乗って空港に向かった。
今回の旅で役立った荷物、という話になった。
私はトイレットペーパーを持って来たが、リュックに入れていたため、案外必要なときになかったりした。
玉右衛門は携帯ウォシュレットが役立ったようだ。 -
「携帯ウォシュレットなんかなくてもね、ホースを使えばいいんですよ」
王子は地元民的なことを言う。
インドのトイレにはどこにも大抵ホースが設置されている。
確認せずについうっかりトイレに入って、前の人がホース使いだったために床も便器もびしょびしょ、ということがたまにある。
こういう部分はホースの暗黒面と言っていい。
短期の旅行者にはなかなか敷居が高いが、王子はいつの間にかホースマスターとなっていたようだ。
しばらく車は走り、スムーズにチェンナイ国際空港に到着した。
ここで王子としばしのお別れだ。 -
空港内へはチケットを持っていないと入れない。
ここらへんが日本と違い、異国に来ているのだと気を引き締められる。
玉右衛門・ヘンティ・私は手を振り、空港内へ入って行った。 -
大きな飛行機の遅れもなく、我々は無事に翌日15:35、羽田空港に到着したのであった。
しかし、トランジットのシンガポール空港で一部の隙もないキレイさを目の当たりにして、「もっと適当でいいのに…」と物足りなさを感じたほど、インドは楽しい国でした。
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