1990/04/28 - 1990/05/06
199位(同エリア252件中)
べるじゃらんさん
- べるじゃらんさんTOP
- 旅行記195冊
- クチコミ181件
- Q&A回答6件
- 227,718アクセス
- フォロワー7人
撮り貯めたフィルムをデジタル化しているのだが、昔の写真の中には今はもう見ることが出来ない景色が写っている。
それが有名な場所ではなくても、公開することによって、何らかの役に立つことがあるのかも、と思いまとめてみました。
***
1990年のゴールデンウイーク休暇にメキシコのカンクン、コスメルを旅行したときの記録を3回に分けてUPします。
初回(1)は成田からロスアンジェルス、メキシコシティ経由で到着したコスメル島滞在記です。
もう30年以上前だろう。
新聞折り込みの玉川高島屋の広告誌「たまがわ」に応募し、当選した細越麟太郎さんの写真集「SUNSET BL」。この写真集の解説に同デパートの名前が一瞬出てくる。それがこの本をプレゼント景品にした理由なのだろう。
送られてきた写真集の1ページ目を開いた瞬間、固まってしまった。
私は後にも先にも、写真を見てこんなに衝撃を受けた色彩はない。
この写真を見た瞬間、必ず行く!と心に決めた。
そこに写っていたのは、カンクンのある別荘のトイレの窓から外を写した写真。
撮影者の細越麟太郎さんも、解説の中で書いている。
「小さな窓から入る光景には、正直、ゾクッとしてしまった。…(中略)…しばらくはテクニカラーなフレームの絶景に見惚れていた。視覚的失神状態である。」
そう、カンクンに行こうという決心は一枚の写真を見た瞬間の出来事。
写真集を見たのは確か1984年頃。しかしながら行くと決めてもサラリーマンの身では簡単にいくことができる場所ではない。
当時の日本ではカンクンはそれほどポピュラーではなかったし、ツアーも手が出ないほど高価であった。行くからには最低でも8日間は欲しいということで、休暇もなかなか取得できない。夏とか正月の長期休暇は、近場のアジアで過ごすことが続いた。
そして1989年も末、翌年の社内カレンダーが配られた時に心は決まった。
その年のGWは曜日の並びがよく、土日を合わせて9連休というスケジュールだった。あとは休暇中に仕事が入らないように祈るのみ。
【当時の為替レート】1USドル=162.3円、1USドル=2620ペソ
【旅程】
4/28 成田発 マレーシア航空(MH)92便 ロスアンジェルス着
ロスアンジェルス発 メキシカーナ航空 (MX)905便 メキシコシティ着 (メキシコシティ空港泊)
4/29 メキシコシティ発 MX790便 コスメル着 (コスメル泊)
4/30 (コスメル泊)
5/1 コスメル発QA102 カンクン着 フェリーでイスラムヘーレスへ(イスラムヘーレス泊)
5/2 フェリーでカンクンへ (カンクン泊)
5/3 (カンクン泊)
5/4 カンクン発 MX851便 メキシコシティ発着
メキシコシティ発 MX908便 ロスアンジェルス着(ロスアンジェルス泊)
5/5 ロスアンジェルス発 MH93便 (日付変更線)
5/6 成田着
※写真はフィルムから安物のスキャナーでデジタル化しているため、画質はご容赦を。
※記憶をたどりつつ書いていますが、何しろ25年以上前の旅行。ミスがありましたら、ご指摘ください。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 レンタカー タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
メキシコのユカタン半島にあるカンクンやコスメルには日本からの直行便が無い。
今ならばインターネットで簡単に接続便を調べることができるが、この時代は旅行代理店で調べてもらうか、航空会社のタイムテーブルと首っ引きで調べるかであった。パソコン通信のジャルネットに入会していたので、日本航空の予約システム「アクセス」を簡略使用することもできたが、通信速度も非常に遅かったし操作も面倒で通信費が馬鹿にならない。
メキシコシティからコスメルに直行する便があるのを知ったのは、懇意にしていた旅行代理店のセーバー(アメリカン航空の予約システム)端末からの検索情報だった。
成田18:15発のロスアンジェルス行きマレーシア航空(MH)92便。
ロスアンジェルス到着は12:05。
次のメキシコシティ行きは20:10。
8時間あるので、一旦アメリカに入国してみるのも一案だが、当時のロスアンジェルス入国審査はやたらに時間がかかっていたのを思い出した。
しかも今と異なり、当時は空港から市内への足はタクシーかバスのみで時間が読めない。
そのためロスアンジェルスでのトランジット間観光は断念。
これからまだ長い行程を考慮し、トランジットの間に空港内でシャワーを浴び、帰りのマレーシア航空成田行きのリコンファームも行い、残り時間はベンチで睡眠。
ロスアンジェルス発20:10、今は無きメキシカーナ航空(MX)905便でメキシコシティに翌日1:25着。途中、グアダラバラ経由ということを知らず、到着したと思って大勢のグアダラハラで降りる人に付いてタラップを降りてしまった。タラップを降りたところでメキシコシティにしては小さい空港だなと思い、引き返した。(到着時間がやけに早いなとも思ったけれど)
入国審査後、メキシコシティ空港内で仮眠。
写真はメキシコシティでの待ち時間に撮影。 -
メキシカーナ航空(MX)790便 メキシコシティ発コスメル行きは6:00発。
空港周辺は未だ薄ぐらい。 -
窓の外を眺めていたら、ひときわ高い山が見えた。
山に興味がない私が思わず撮影してしまうほどの偉容だ。
オリサバ山(標高5,636m:メキシコで一番高い山)かポポカテペトル山(標高5,426m)のどちらかだろうが、ポポカテペトル山は活火山で噴煙の上がっていることが多いらしいから、オリサバ山かもしれない。 -
MX790便はメリダを経由したあと、プラヤ・デル・カルメンの街並みを見下ろす。
かなり高度が下がってきてコバルトブルーの海が輝くのが見える。
もうすぐコスメルだ。 -
コスメル到着は8:55。
倒産してしまい、今は見ることが出来ないメキシカーナ航空の機体の白が青空に映える。(新幹線みたいに見えるけれど、飛行機です…汗) -
コスメル空港。
グーグルストリートを見ると管制塔自体は今と同じようだが、塗装が変わっている。
空港はコスメル唯一の町、サンミゲルに隣接しているので、すぐに町へ出ることができる。
次のカンクンへのフライトをリコンファームしてから、タクシーでガイドブックに載っている安ホテルへ。 -
宿泊したHotel Maya Cozumel。
この旅行記を書くにあたり、ホテルを検索したが見当たらない。
すでに廃業したのかもしれない。
当時1泊70,000ペソ。
70,000ペソというととんでもなく高級ホテルのようだが、メキシコは1993年に1/1000のデノミネーションを実施している。従って現在の価格なら70ペソということになる。
当時のやたらに「0」が並んだお札、今では全く価値がない紙切れ同然のものだが、それはそれで興味深いものだ。
コインも大きくて重たい。このメキシコ旅行で財布が使い物にならなくなった。 -
安宿だけれどさすがにコスメル、プール付きだ。
このビーチチェアはメキシコでよく見かけるが、この曲線がなんとも絶妙な感じ。
もたれかかると後ろに倒れそうなイメージだが、実際どうなんだろう。 -
早速撮影に出かける。
サンゴ礁の海の色は太陽光が命。それも順光でないとダメだ。
日が傾かないうちに海に行くべきだ。
道の向こうに海が見える風景、何故か心を引かれる。
ただ、クルマで夜この道を走っていたら、いきなり海にダイビングといった感じで怖そうだな。 -
サンミゲルの街並み。
比較的低層の建物が多い。
見慣れている東南アジアの町とは雰囲気が全く違うね。 -
サンミゲルの海岸沿いからみた海。
曇り気味なので、海の色が出ないな。 -
海水浴している人も。
地元の人かな、それとも旅行客かな? -
海岸沿いにこのような歩道が続く。
夜歩くと、電灯が点いてキレイなのかな? -
海沿いのレストラン。
-
VWのクラッシックカー。
こんなに角張ったVWもあったんだな。
ただ、ヘッドライトはいかにもVWらしい。
塗装色とか表面のツヤのなさとか、かなり味があるな。
このような島にはぴったりだ。 -
ピカピカのビートル。
表面に雲が映りこんで美しい。 -
少し晴れてきた。
ビーチパラソルが良い雰囲気だ。 -
海沿いの道を南下する。
展望台のような建物が見える。 -
ミネラルウォータのタンクだ。
VWとの比較で大きさが解る。
グーグルマップで見つけようとしたが、探し当てられない。
壊されてしまったのかな?
しかしながら、どこでもしっくり溶け込んでしまうVWってホントに良いデザインだな。 -
海沿いの白いお洒落なレストランバー。
建物のすぐ後ろは海だ。 -
廃屋の窓からの眺め。
細越麟太郎さんの写真集の画像は、このような真っ暗闇の中に浮かぶカリブ海、青い空、芝生の庭に作られたのプールの青さが作る総天然色(言い方が昭和だな)写真だった。 -
あまり南下すると戻るのが大変なので、サンミゲルの中心地へ戻る。
これが中心地の広場にある時計台。
今は縁取りが煉瓦色に塗装されているようだ。 -
サンミゲルの中心地にある突堤から北方向を眺める。
-
突堤からサンミゲル中心部を眺める。
-
サンミゲルの町。
島の大部分は低木が生い茂ったジャングル状態だ。
その中で陸側のサンミゲルだけが開拓されていて、このような感じの街並みが続く。 -
メニューの写真があるということは、レストランで食事をしたのだろうな。
写真もないし、手帳にも食事内容の記録は残っていないし、全く記憶に残っていない。
当時の写真1ショットあたりの単価は、フィルム代、現像代、そしてプリント代まで含めると、今のデジタル写真の1ショットあたりの単価と較べて、全く比較にならないほど高額だった。
今のように考えもせずに何でも気軽にバシャバシャ撮影するようなことはできなかった。 -
店の前にクワズイモの鉢植え。
我が家にある鉢植えと異なり、さすがに熱帯だと育ちかたがたくましい。 -
商店。
そういえばこの町では食べ物屋以外の店を除くことはほとんど無かったな。
土産物をここで買うと、この後ずっと持ち歩かないといけないからね。 -
水に当たったのか、疲労からなのか腹の調子がおかしい。
現地の病気は現地の薬で治せ、とどこかに書いてあったな。
薬屋さんお勧めの薬を購入し、水ももらってその場で飲みこむ。
「Lomotil」という下痢止めで、5,781ペソだった。
これが非常に効いた。
1回飲んだだけで、ウソのように楽になった。 -
広場と時計台。
今まで訪れたほとんどの町の中心地には時計台があったな。 -
ダイヤル式の電話はシンプルだからどの国でも使い方は共通。
コインを入れて、ダイヤルするだけ。
デジタル式でカードとなると、経った1回の電話のためにもカードを購入しなくてはならず、高額だし使い方も解らず面倒だ。 -
「Iglesia de San Miguel」という教会。
-
海が正面見える道、というのが好きな光景。
何度でも撮影してしまう。 -
カラフルな壁がよく似合う。
-
パステル色の組合せが撮影していても楽しい。
-
この青にしても、日本の風土では使うのに度胸がいる。
-
コスメルのフリーマーケット?
日本からの長時間にわたる移動で疲れたのと、時差と厚さと睡眠不足でかなり辛い状態。
せっかく海外にいて時間的にはもったいないのだが、早めにホテルに戻り睡眠をとることに。 -
翌日はレンタカーを借りることに。
この島は公共交通機関がない。
タクシーはあるが、借り切ると高いだろうし、目的地というのはなく撮影したい場所というのはいきなり見つかる。
写真のような南緯もない場所でいきなりタクシーを止めて、運ちゃんを待たせるのも気が引ける。
教習所以来のマニュアルでしかも左ハンドル。そして右側通行というのも初めてだが、交通量も坂道も交差点も少ないこの島ならば何とかなりそうだ。
と思ったが、方向指示器を動作させるつもりが何回もワイパーを動かす羽目に。
車はニッサンサニー。1日63ドル。 -
島を反時計回りに回る。
このように今は営業していない建物が、いたるところでそのまま放置されている。
営業していてばそれはそれで絵になるが、このような姿もまた絵になる。 -
こんな海を見ながら飲める、なんて贅沢すぎるのだけれど、何故流行らなかったのだろう。
飲むのは夜だから、きれいな海は関係なし、かな?
こんなところで昼間、海を見ながら冷たいビールというのは絶対良いと思うのだが。 -
カリビアン・ブルー。
でもこれでも実際の海の色を全く再現できていない。
ベルビアという画期的な鮮やかさを再現するフィルムを使用して撮影したのだが、現像された画像は実際に見た海の色が出ていなかった(撮影技術もあるが)し、それをデジタル化するとどうしようもない色になってしまった。(安物のスキャナーだから仕方ないけれど)
処理を加えて多少見られる色にはしているが、ベルビアの色には全く及ばない。
実際は海が光り輝いているような感じだった。(記憶は時とともに美化されている面もあるが。) -
光り輝く水色、そして沖の紺色。
これがカリブの海だ。
光り輝く水色、これを身近に感じるとすれば、熱帯魚のネオンテトラが水槽のライトの光で反射したときの色かもしれない。ネオンテトラの真ん中に輝くブルーのライン。
海一面にそのブルーが輝いているといった印象だ。 -
バックにこの海があると前のパラソルも引き立つ。
-
この石造りの門もバックにこの海があると引き立つ。
これが江ノ島の海では全くさまにならないでしょう。 -
このドラム缶にしてもそう。
この海が何を撮影しても絵にしてしまう。 -
この二人にしても、何かの映画の一場面のように見えてくる。
やはり海が場面を引き立ててくれる。 -
青い空と白い雲とピンクの建物。
カリブらしい色合わせだな。 -
薄いパープルで統一されたレストランで一休み。
-
上にはパープル色のファン。
-
そして外はカリビアンブルー。
完璧としか言いようがない。 -
外には黄色のポール。
青い海が後ろにあるからとにかく目立つ。 -
まさに「視覚的失神状態」です。
-
それがまだまだ続く…。
-
遠くのサンミゲルにはクルーズの大型客船が見える。
-
岩場ではシュノーケリングする人が多い。
-
大きなイグアナもいた。
-
グラスボートが浮かんでいた。
-
ビーチバレーのネット越しの海。
-
サンミゲルからはかなり離れているが、リゾートホテルも点在している。
-
やはりしっくりくる色はピンクだ。
それにしても、屋外のバーが多いな。
確かに婚のような海を前にして、室内に閉じこもって飲むなんてできないな。 -
また少休憩。
-
どこかのおっちゃんもビール?を飲みながら海を見ている。
きれいな海だとこれも写真になる。
このあと道は海から離れ、島の反対側に出るまでは内陸を走る。
低木が茂るジャングルの中を通る細い一本道だから、クルマを止めて撮影するというわけにはいかず、写真を撮れなかった。他のクルマと出会う事はほとんど無かったのだが。 -
島の東側にでた。
この時間だと光線が逆になり、カリブの海の色が出ない。
裏側は何か日本海を想像してしまう。 -
道も少し広くなる。
-
島の東海岸のほぼ真ん中付近。
布が干してあるが、売り物なのか? -
この休憩所を過ぎると島の中央を突っ切るようにサンミゲルまで真っ直ぐな道が続く。(本当に定規で引いたように直線の道だ。)
-
サンミゲルに戻り、すぐにクルマを返却。
駐車場のことを考えると街中ではクルマは不便。
街中は歩くに限る。 -
陽が少し傾き始めている。
サンミゲルの突堤の尖端から島に向かって右側を撮影。
コスメルは小高い山もない、平べったい島だ。 -
これは突堤の尖端から突堤入口方向(サンミゲル中心方向)を撮影。
-
突堤の尖端から島に向かって左側を撮影。
空港がある方向です。 -
突堤入口をアップで撮影。
-
突堤のすぐ前が広場。
時計台も遠くに見える。 -
時計台の裏側。
トビラは修理用の登り口かな -
コスメルの夕日。
旅で見る夕日はやはり感傷的になる。特にその土地が最後の日の夕日は。
昔「マニラ湾の夕日」が名物のマニラに行ったときに、現地ガイドさんが「夕日が名所のところは、見るべき名所が乏しいから夕日を名物にする」と言っていたのを思い出した。マニラも見るべき所がたくさんは無いから、自虐的に言ったのだろうけれど。でもガイドさんがそれを言ったらダメだよな。 -
夜の時計台。
昨夜は疲れて夕食も摂らずに寝てしまったので、夜この町を出歩くのは初めてだ。 -
広場の夜景
-
翌日。
今日はカンクンへ発つ日。
出発前のホテルにて。 -
ホテルの庭を撮影。
このホテルは寝るだけの場所と割り切っていたけれど、庭もプールもあるし、良いホテルかも知れないな。
この後カンクンに向けて出発だ。
タクシーでコスメル空港へ。タクシー料金5,000ペソ。 -
コスメル空港にて。
コスメル発10:00のアエロカリブ(QA)102便
QAというコードはアエロカリブだが、機体前部のマークを見るとアエロコスメル社(航空会社コードはAZ)の機材だ。アエロコスメルはアエロカリブの子会社のような関係のようだ。
主翼のほかに垂直尾翼にもプロペラが付いている珍しい飛行機だ。
調べると、イギリスのブリテン・ノーマン社の「Trislander」という機体らしい。
1990年GWメキシコ・カンクン旅行(2) イスラ・ムヘーレス に続く
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 1990年GWメキシコ・カンクン旅行
0
79