2016/07/27 - 2016/07/27
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LP1989さん
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朝から乗り込んだ丸亀城。
天守が開くまでの時間に周った三の丸、二の丸、本丸。
天守見学後、下に戻ってからの 一の門内部、外周等の様子。
ポケモンGOで遊ぶ面々が 城内に大挙することを想定したが、
平日の朝早い時間帯も幸いして、城内は 散歩同然の地元の人ばかり。
登城 見学目的の人は まだ数組しか いなかった。
-
三の丸内に設けられた勤王碑
(案内板表記によれば)
「幕末から明治初めに活躍した郷土の勤王志士
土肥実光(大作)、村岡宗四郎が
大正八年 贈位されたのを記念し、
勤王志士遺烈表彰会が大正十二年に建立した。・・・」
この勤王志士の二人を、今回初めて知ったので、
帰名後、色々調べようとしたが、理解は深まらなかったな〜。 -
同じく、三の丸内の 延寿閣別館
案内札表記を そのまま引用すると
「麻布にあった旧藩主京極家の江戸屋敷の一部を移築したもので
内部は藩政時代の大名の生活がしのばれるように
昔のまま保存されている。」
京極朗徹の紀念碑同様、京極氏を象徴する この場所に移されたわけね。 -
三の丸の南面で見つけた見事な台形の石垣。
北面の天守周りを飾る石垣群以外にも、
色々と素晴らしい石垣が揃っている。 -
三の丸南西に存する三の丸井戸。
表面上 3.5m四方の囲いの中に
直径2.5m&深さ56m相当の井戸が
石垣と同じ花崗岩で頑丈に築かれているという。
現在は空井戸で 城外への抜け穴伝説もあるとか。 -
三の丸の北西から見上げる天守
中途半端なサイズ・形状の石垣は ご愛嬌。 -
両脇に立派な石垣が揃う
三の丸から二の丸へのアプローチ
左右の石垣のサイズ・形状が似ているが、
ここは門の跡ではないようだ。 -
二の丸井戸
直径1.8m 深さ65m規模の日本一深い井戸とされる。
井戸の規模も さることながら、
この城の石垣職人の羽坂重三郎が、
得意気になって、余計なことをしたために
命を落とすことになった現場としても有名。 -
二の丸北からの瀬戸内ビュー
ここまで上がれば、天守入場を待たずして、
十分な眺望を満喫できる。 -
二の丸北面から見上げる天守。
1階左の部分に石落としを設けたため、手前に迫り出している。
天守を支える石垣は、同じような規模・形状の石を集めた打込接。 -
二の丸から本丸へのアプローチ
左側の石垣には・・・ -
側面から垂直に木が生え出た跡がある。
-
最上部、本丸に到達。
地上からの登城路がスロープ状だったおかげで、
予期していたほど 厳しい上りではなかった。
断続的に石段がある和歌山城や小田原城で
本丸に上る方が よっぽどキツかった。
地上から本丸までスロープ続きなのは
おそらく 作業車両を登らせるためだろう。 -
朝一到着&登城のため、城内を色々周っても、
天守の開場時間(9時)まで まだ時間がある。
外観や城下を眺める。
南西から天守を見ると、南面と西面の違いがはっきり。
、 -
天守は、この西面だけ1階の見切り板がない。
全身真っ白な この向きで見ると 櫓のよう。 -
本丸からの瀬戸大橋ビュー
香川に来たことを実感するよりも、
本四間が橋で結ばれている事実を
自分の眼で確認した。(・・・今頃かい!) -
やっと9時になった。
平日の朝一とはいえ、まさかの貸切同然で天守入場。
いかにも現存天守という内部
柱が通るだけで 間仕切り面がない。 -
これも現存天守ならではの急な階段
真横から見ると 結構な角度で
手すりに触れずに上るのは難しい。 -
真上から見ると 本当にエグい角度だな〜。
階段というより、はしごだよ。 -
最上階の3階部分は、余分な展示もなければ、回廊部もない。
これで十分。 天守が この姿で現存している事実に意義がある。 -
天守3階からの北方向。
上から見下ろしても、石垣のスケール・迫力を
実感できるのが、この城の魅力。
中心の正方形の箇所は、長崎櫓跡。 -
天井板がなく、むき出しの屋根裏。
もっと多くの角材を複雑に組んで
強化しているかと思ったが、
意外とシンプルな構造。 -
本丸で天守を支える石垣
二の丸から見上げた南面の石とは違って、
石の規模・形状はバラバラ。
隅石は 整形なのは当然だが、パーツが大きい。 -
大手門に戻り、一の門を内覧。
(時間帯のせいか?) ここは係員すら居ない。
天守に続いて貸切状態で見学。 -
右端(二の門方向)に石を並べているのは・・・
-
石落としの効用を知らせるためかな?
-
鯱が展示してある。
一方の尾っぽが欠けているのは残念。 -
奥に太鼓があるのは、
ここで藩士が太鼓を打って時を知らせたから。
それゆえ、一の門は「太鼓門」とも呼ばれる。
現在は 十二時辰の昼九つ時にあたる正午に
ここで9発打ち鳴らすらしい。 -
一の門から望む北方向
-
一の門から二の門・大手枡形を見下ろす。
-
南側の搦手門
京極氏が北側に移すまでは ここが大手門だったが、
腰の高さ程度の石垣が残るに止まる。
門の痕跡を感じられないので、かつての姿を想像し得ない。 -
城外から見る搦手門。
現在の姿は 見るからに裏口そのもの。 -
搦手門を出て、内堀周りを時計回りに進む。
南面の石垣がないゾーンに来ると 自然公園に居るよう。 -
でも、そこは石の城。
少し 歩を進めれば、たちまち立派な石垣が顔を出す。 -
更に西面に来れば、天守も姿を見せる。
丸亀駅に接近中のバスの車窓から
初めて肉眼で捉えた姿が、こんな具合だったな〜。 -
城から駅に向かう帰路、
市役所敷地内に城を模った電話ボックスを発見。
これ以外では マンホールの絵柄で城を強調する程度。
駅の近く、市の中心部に こんな名城を有するのに
町を挙げて アピールする様子を感じないのは とても残念。
市の中心部すら寂れている現状では無理なのかね。
他社の高速バスが 丸亀に来ない理由は こんなところかもね。
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