2005/04/13 - 2005/04/14
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Dwind_999さん
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11年前、初めて台湾を訪れました。
15世紀末の大航海時代、ポルトガル人はその島を「イーリャ・フォルモサ」(麗しの島)と呼んだ。
以来フォルモサ(美麗)島と名付けられた島は、江戸時代の日本では高砂国として知られていた。「街道をゆく 台湾紀行」の中で司馬遼太郎が「場所の悲哀」と形容した台湾である。
明王朝も見放してい「無主の地」美麗島は、外来の勢力に蹂躙、翻弄される悲哀の歴史を辿ることになる。
1949年、中国大陸で中華人民共和国が建国。国共内戦に敗れ台湾に逃れた蒋介石国民党は台北を臨時首都とし、当時国連安保理の常任理事国でもあった中華民国(台湾)は、力をつけてきた中国の国連入りを機に国連を脱退。アメリカ、日本とも国交が途絶えることになる。
世界的に孤立を深めていく中華民国。それでも蒋介石は死ぬまで「一つの中国」にこだわり、中華民国による大陸統一を夢見ていた。
かつて50年の長きにわたって、日本の統治下にあった台湾。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八」(真珠湾攻撃開始の合図)の有名な暗号電文で知られる台湾の「新高山」(玉山)は標高3952m、当時日本で一番高い山でした。
四方を海に囲まれ、山あり海あり温泉あり、そして人情ありの、九州より一回り小さい台湾のあちこちに日本の足跡を見ることができます。
親日家の多い、日本人にとって懐かしき情を呼び起こすグルメアイランド、台湾。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 日本旅行
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4月13日(水)。福岡空港10時10分発のチャイナエアラインCI-111便。
紫色の服を着たフライトアテンダントによるドリンクサービスが始まると、台湾ビールを所望し、旅の始まりに乾杯。
そのあとの機内食も美味しくいただきました。
乗り継ぎで台北に降り立ったことはありますが、入国するのは今回が初めて。
11時半過ぎ(日本との時差マイナス1時間)、台北中正(蒋介石)国際空港(現在の名称は台湾桃園国際空港)に着陸。
福岡から2時間ちょっとの空の旅。
空港で2万円を5678台湾元に両替する。
1台湾元は約3.5円。 -
台北の天気は曇り空で気温は17度との機内アナウンス。
空港を出ると、星港旅行社の陳という50代半ばのダブルのスーツを着た恰幅のいい男性ガイドの出迎えを受け、空港前の駐車場に停めていた自家用車に乗り込み台北市内へ向かう。
ホテルに入る前にちょっとした半日観光がツアーに含まれていましたが、私一人なのでガイドさんも張り合いがないことだろう。
今回の日本旅行(ベストツアー)台北三泊四日の旅(フリープラン)は、一番安いプラン(低ランクのホテル利用)で\45,900、1人部屋追加代金18,000、それに諸費用合わせて総額\67,345。
陳さんは高速道路を飛ばしながら、台湾についていろいろ説明してくれ、世界有数の電子産業国である台湾を誇らしげに話します。
13時前、「忠烈祠」に到着。忠烈祠(台北市) 史跡・遺跡
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たくさんの小学生たちが見学に来ていてごった返す忠烈祠入口。
半日観光なのであまり時間の余裕はないが、ガイドの陳さんは車に乗って待っているので、一人で気楽に見て回れるのはいい。 -
忠烈祠は、辛亥革命や抗日戦争、中国共産党との内戦によって亡くなった国民党の兵士たち約33万人の霊が祀られている、1969年に建てられた赤が基調の鮮やかな中国宮殿様式の建物。
1時間ごとに行われる衛兵交替の儀式は定番の観光コースになっています。
5人で隊列を組んだ儀杖兵が大殿に向かってやってきて、大殿内の位牌に向かって敬礼をしたのち、ここが見どころの、銃剣を互いにポンと投げ合って交換したり、バトンのようにクルクル回したり、なかなか見事なパフォーマンスを見せ、ぐるりと取り囲んだ子供たちもオーと歓声を上げます。 -
「忠烈祠」を後にして、大きなヤシの木が中央分離帯に植えられている道路を通り、市内を南下して20分ほどで「龍山寺」に到着。
にぎやかな通りの路肩に車を停め、一人で寺に入って見学。
途中、パラパラッと小雨が降ってきたがすぐやんだのでよかった。
仏教や道教、そのほかいろいろな神々も祀られた神仏混交の、1738年創建(現在のは再建されたもの)のお寺。龍山寺 寺院・教会
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中華はだいたい赤を好むが、台湾では赤いろうそくを使う。
日本でも宗派によっては、報恩講、七回忌以降の年忌法要や特別法要などに朱蝋を使うらしい。
龍山寺境内には赤いろうそくが幾本も灯されて鮮やかな活気に満ちており、前殿欄干には三国志演義のレリーフが飾られており、きらびやかな本殿には観世音菩薩をはじめ、台湾の代表的な神様の媽祖、三国志に登場する関羽、道教の神々や薬師如来など、多くの仏様や神々が祀られ神仏混淆もここに極まりといった感があります。 -
境内には中華系独特の長い線香の煙が白くたなびき、老いも若きも熱心に祈る人たちであふれています。
このお寺には、縁結びの神様「月下老人」が祀られ、「運命の赤い糸」をもらうことができるそうです。 -
今度は龍山寺から東へ2?のところにある「中正紀念堂」を見学。
ガイドを車に待たせ、大忠門から入りました。 -
蒋介石が1975年に亡くなった後、1980年に建造された中正紀念堂は、北京の天壇様式に造られた青い瑠璃瓦屋根と白い大理石の外壁で高さ70mの威容を誇る。
青と白の色彩は「青天白日」を表し、それに敷地に植えられた赤い花と合わせて中華民国の国旗を表現していて、八角形の屋根は「忠、孝、仁、愛、信、義、和、平」の八徳を象徴しているとのこと。
階段は蒋介石の享年と同じ数の89段。国立中正紀念堂 建造物
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紀念堂の階段の上からの光景。
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高さ6.3mの蒋介石像。
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蒋介石の執務室が人形とともに再現されている。
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蒋介石の専用車。
アメリカの自動車メーカー「ゼネラルモーターズ」の1954年型「キャデラック・フリートウッド」。 -
中正紀念堂のあと、ツアーに付きもの免税店へのご案内となり、仕方ないのでお茶と一緒にご賞味に預かった茶菓子の蓮の実とドライ・イチジクを購入。
15時半、松江路と長春路の交差点角にある宿泊先の「六福客棧」(英語読みはレオフー)に着いて、ガイドの陳さんがチェックイン手続きをしてくれました。
9階の部屋から見る交差点。レオフー ホテル ホテル
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初めて見る中華民国(台湾)の通貨、圓(ユエン)。
実際は元と言っているが、NT$(ニュー台湾ドル)とも言ったりして、ややこしい。
1台湾元は当時約3.5円。 -
17時前にホテルを出て街歩き。
台北市内にはたくさんのタクシーが走っており、みな黄色でわかりややすく、ぼることもなくちゃんとお釣りもくれるので、日本の感覚で安心して乗れるようです。
これが当たり前なんですけどね。
中には日本語を少し話す運転手がいたり、ラジオからは台湾人の歌声で「青い山脈」が流れてきたりして、台湾にいても何だか懐かしい気分にさせられました。 -
18時頃の長春路。
長春路から林森北路を南下し、交差点そばにある「李製餅家」の1個10元(\35)のパイナップルケーキを3個買いました。
パイナップルケーキは台湾のみやげ物としても有名なお菓子で、歩きながら一つ味見しましたがまずまずの美味しさ。 -
ウナギ料理の人気店「肥前屋」に来ました。
肥前屋 和食
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まるまる鰻一匹を使ったうな重はボリュームたっぷり。
これにみそ汁がついて、240元(\840)。日本の半分以下の安さ。
台湾に来てまで鰻を食べることはなかろうと言われるかもしれないけど、ネット
やガイドブックで行列必至の鰻屋、それも安いとあっては鰻好きの私としては見逃せない。
他にも丼ものやいろいろなメニューがあり、広い店内は満席。 -
MRT(台北市内を縦横に走る地下鉄や高架鉄道で正式には台北捷運という)で台北車站(台北駅)へ行き、そこから台湾鉄道に乗って松山駅で降り、「饒河街觀光夜市」に来ました。
19時、まだ夜市にしては早い時間なので、人はそれほど多くないが週末などはかなり混雑するそうです。 -
500mくらいの道の両側に服やアクセサリーの店が連なり、道の真ん中にはずらりと屋台が並んでいる。
肉や麺類などの食べ物屋台、デザートやフルーツの屋台、アクセサリー、雑貨、キャラクター商品、衣料品、アイデア商品などを並べた露店、また金魚すくいや、ピンボールやスマートボールなどのゲーム、夜市はまさにお祭りや縁日気分で楽しめる。 -
ここ数日涼しくなった台北では、ジャンパーやセーターなど、日本の感覚でいえば冬服に近いものを着ている人もけっこういました。
私は長袖のシャツ1枚でちょうどいいけど。 -
糸を使ってのうぶ毛取りも繁盛しています。
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人が食べているものを指さし注文して、牛の骨付き肉がゴロゴロと入った排骨スープ(50元)と魯肉飯(20元)をいただきました。
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トレーに並んだいろいろな肉、豚の血を固めたのもある。
肉好きな私でも、見た目が強烈過ぎて今ひとつ食指が動かない。 -
人気の胡椒餅の屋台には行列が出来ていました。
このあと、夜市のそばにある「松山慈祐宮」に寄って拝拝(パイパイ、参拝の意)してから帰りました。 -
21時半、MRT板南線に乗って台北車站(車站とは駅のこと)から二駅先の龍山寺駅で下車。
駅前から北向きに少し歩いて路地裏に入ってみると、昔この辺りには花街があったそうで、その名残で怪しげなネオンの下には女性の姿がちらほら、独特の雰囲気を醸し出しています。
台湾風俗産業の吹き溜まりのような所、とあるガイドブックに書いてありましたが、暗がりから何が出てくるかわからないような二人がやっと通れる狭い路地に足を踏み入れると、通りすがりに、明るいところでは見るのも怖い年のいった女性から声をかけられたりして、一応軽く笑顔で断りながら路地を抜けていきます。 -
さらに少し歩くと「華西街觀光夜市」があります。
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アーケードの中の通りがメインになっており、生きたヘビをその場でさばいて、心臓や内臓を取り出したり生き血を焼酎で割ったりして飲むパフォーマンスを見せる所があります。
「亜州毒蛇研究所」という恐ろしい名前の店の他にも、この辺りにはヘビ料理を出す店が何軒かあるそうです。
店の中の壁には「生炒蛇肉」が四百元、「蛇肉湯」が百五十元というメニューが掲げてありました。
他の店の前には内臓が少し飛び出した1.5mくらいのヘビがぶら下げられ、その下には血だまりができたりしていて、見るのも気持ちが悪かったです。
この通りにはスッポンやサソリを出す店もあり、ゲテモノ好きには格好の夜市。 -
夜市の後、台北車站辺りからタクシーを拾って、長春路にある、ガラスドアに觀迎光臨と書かれた「京鼎楼」に来ました。
小籠包(140元=\490)と蝦仁炒飯(エビチャーハン)、これが150元(\525)。
そして台湾ビール(60元=\210)。
まあそれなりにいい味ではありましたが、少しベチャついて本来のチャーハンらしさはなく今ひとつ。
店を出ると長春路を東へ歩いて23時過ぎにホテルに戻りました。京鼎楼 中華
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4月14日(木)、ホテル2階にある中西日式ビュッフェ「福園」で少ないメニューの朝食を終え、9時前にホテルを出ました。
活気づいてきた台北の朝。
バイクの多さはベトナムにはかなわないが、ここでも一般市民の足はバイクが圧倒的に多く、やはりマスクをしている人をよく見かけます。 -
MRT西門駅で降りて、午前中の総統府見学にやってきました。
決められた曜日の午前中に無料で見学できる総統府、入場にさいしての警備や検査は厳しく、参観申込書に住所や名前を記入し、入口でパスポートを提示してセキュリティチェックを受け、荷物やカメラも預けないといけない。
他の5人の日本人観光客と一緒に、日本語を話すボランティアガイドが案内してくれることになりました。
スーツを着た77才のスラリとした白髪の男性ガイドは、展示写真などを前にして、日本統治時代を懐かしがるかのような話しぶりで説明します。
かつて日本語教育を受けた本省人のボランティアガイドの言葉の端々には、当時の蒋介石率いる国民党政権を憎悪、批判する内容が多く含まれていました。
本省人は元から台湾にいた人々のことを指し、外省人は大陸(中国)から逃れて蒋介石率いる国民党とともに渡ってきた百万人以上の人々とその子孫で、外省人はその後長い間台湾の主導権を握りました。
1987年まで国民党政権下で38年の長きにわたり戒厳令が敷かれていた台湾において抑圧・差別されていた本省人、それらへの憎悪などが根底にあるのでしょう。中華民国総統府 建造物
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1919年3月に7年の月日をかけて完成した総督府は、5階建てのバロック様式の建物で中央塔は60mの高さがある。
外観は赤煉瓦とコンクリートと御影石の白がバランスよく配置され、伝統ある趣を見せている。
かつては正面玄関そばには勢いよく吹き出す噴水があったそうですが、ボランティアガイドの話によると、「噴水が白いろうそくに見える」ということから終戦後に蒋介石の一声で取り壊されたとのこと。
赤いろうそくを使う台湾では、白いろうそくは死をイメージして縁起が悪いと思われているそうです。 -
総統府前に立つ、直立不動の警備兵。
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総統府近くの公園で見かけた、太極拳らしき動きをする女性。
太極拳は中国や台湾ではひとつの健康法として定着しているようで、公園や広場でよく見かけます。 -
12時過ぎ、20元払って「二二八紀念館」に入る。
1947年2月28日に起きた民衆の暴動事件を国民党政府が軍事力により鎮圧。その後続いた一連の弾圧事件を二二八事件という。
台湾の知識人やエリートたちは一方的に逮捕、殺害され、2万人以上が犠牲になったといわれている。
当時、新聞社の社長だった阮美妹さんのお父さん(阮朝日)もその時に犠牲になった一人である。
ちょうどタイミング良く、この紀念館で阮美妹さんが自著の宣伝もかねて展示会を開いているところにあたり、77才の本人から話を聞くことができました。
「二二八事件のことはご存じですか?」と尋ねられたので、小林よしのりの「台湾論」や台湾映画「非情城市」を見て少しは知っています、と言うと、「『台湾論』には私もちょっと出ています、『非情城市』にはこの事件のことは少ししか描かれていません」と話し、パネルを見ながら解説してくれましたが、何人もの手足を針金で貫いて数珠繋ぎにしたまま川へ投げ落とす場面のところに来ると、「あ〜、恐ろしい」と声を震わせます。
記念に阮美妹さんの写真を撮っていいですかと聞くと、「じゃ一緒に写りましょう、父の名前のあるところがいいかしら」と言って、スタッフに私のデジカメを渡してシャッターを切ってもらいました。
まことに流暢な洗練された日本語、台湾の人と話している気がまったくしませんでした。二二八紀念館 (旧NHK台北支局) 博物館・美術館・ギャラリー
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日本統治時代はNHK台北支局だった「二二八紀念館」の前で、ボランティアガイドと記念撮影。
館内で突然日本語で話しかけられ、案内説明をしてくれたガイドのNさん。
日本にも行ったことがあるというかなりの親日家。
日本語を忘れないように、日本のカラオケを歌ったりしているそうで、突然「リンゴの歌」の一節を歌い出したりします。
1時間半にわたって、いろいろ説明を受けたり話を聞いたりしましたが、この人も昔の日本統治時代を懐かしがり、「今の日本には大和魂がない」と言ったり、中国に対する日本政府の弱腰外交を嘆いたりします。
かつて少年兵として志願した本省人の75才のNさん、外省人の国民党への反感もあってか、まるで皇民化教育の呪縛がまだ解けていないかのような元日本軍人の気概を見る思いでした。
高校の先生として歴史を教えていたというNさん。
時代や立ち位置によって大きく変わる歴史観、Nさんの近現代史の授業は大丈夫だったのかな。 -
台北歩きには、通称MRT(台北市内を縦横に走る地下鉄や高架鉄道で正式には台北捷運という)といわれる乗り物が便利。
一日乗り放題の一日票(150元=\525)を買って、あちこち動き回りました。 -
MRT忠孝敦化駅で降りて、小籠包で有名な「鼎泰豐(ディンタイフォン)」に来ました。
入り口10数m手前の看板のところに立って、無線インカムで客の入店人数を知らせたりしている女性スタッフ。
時間帯によっては、行列ができるので、席の空き情報などを連絡しあっているのだろう。鼎泰豊 (忠孝支店) 中華
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鼎泰豐は夕方の部が始まったばかりで、広い店内にはまだ空席がいっぱいありすんなり座れて良かった。
170元(\595)の小籠包とビールと牛肉麺を注文。
たぷたぷした熱々の小籠包、舌をやけどしそうになりながら美味しくいただきました。 -
とても親切にしてくれたフロアスタッフ。
牛肉麺と小籠包をたのむとき、牛肉麺の写真付きメニューを持ってきて、「この料理だけど、いいの?」という感じで聞いてきます。
そして「小籠包、10個あるよ、だいじょうぶ?」と日本語で心配してくれる。
若いのに日本語を話すのもすごいが、客の注文を心配してくれるとは。
あとで女性がそばに来たとき、写真を一枚撮らせてもらいました。 -
先ほどの私の様子を見ていた若い男の店員が、一緒に撮ってあげようかとジェスチャーで示します。
おお〜、そんなことまでしてもらっていいのか、と私は大喜び。
しかもこの女性、さりげなくちょっと手を添えてくれたりして、その気遣いと優しさについ顔がにやけてしまいました。 -
18時前、MRT淡水駅前。
台北車站からMRTに乗って40数分、台北の北西約36?に位置する淡水にやって来ました。淡水駅 駅
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淡水駅から北西に歩いて、商店が並ぶ中正路に入っていきました。
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通りには昔からの老舗も多く雑貨店や駄菓子屋など昔風の店もあり、そぞろ歩きに懐かしさを添えてくれます。
他におみやげ屋、名物の小吃店も多く、鉄蛋、魚丸湯、阿給などの看板が目に付く。 -
淡水河沿いの環河道路には、いろいろな食べ物屋の他に、キャラクターグッズの店、射撃など、縁日気分が味わえたりして歩くだけでも楽しい。
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淡水河そばの庭園風カフェでちょっと一休み。
この辺りはデートスポットになっているらしくてカップルが多いので、一人歩きのオジサンは浮いてしまうけど。 -
ホットコーヒーを注文すると、3〜4杯分は入っていそうなステンレスポットに入れられたコーヒーがやってきました。飲み応えがあります。
川の方から吹く夜風が涼しく、目の前を飛び交う海鳥、沖を行く船、打ち寄せる波の音、それらが旅情を誘う日暮れの淡水河岸。 -
店の前のビデオカメラに写された自分の映像を見ながら、ひとりカラオケに興じるおじさん。
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輪投げもあります。
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淡水駅構内での似顔絵描き。
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淡水をあとにしてMRTに乗って劍潭駅に移動。
駅の少し北側にある「士林観光夜市」にやってきました。 -
この士林観光夜市、食べ物関係は劍潭駅西側の建物の中に「士林美食街」としてアーケードの中に集まっており、雨降りでも大丈夫。
士林観光夜市 市場
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カエルの絵を見てギョッとしたけど、これは別にカエルの卵を食べるわけではなく、「青蛙下蛋(青カエルの卵)」という名前のスイーツのようなもので、タロイモから作った、黒くつぶつぶした団子(粉圓)の黒蜜シロップをベースとした食べ物だそうです。
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饅頭・餃子、肉・魚料理、麺類、スープ類、デザート、小吃類などあらゆる食べ物があり、百数十軒の店がひしめいている士林美食街。
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種類豊富なフローズンドリンクやジュース。
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大きな香腸(台湾風腸詰め)売りの店。
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衣類、雑貨などの夜市は、美食街から北へ少し歩いた所に広がる。
道の中程には衣類関係の露店が続き、路地脇に入ると食べ物屋台などもある。 -
この一角にある衣料品雑貨の店で、柄ものマスクを三つ買いました。
一つあたり30元(\105)くらいが相場。
バイクに乗る人は排気ガス対策にマスクをしている人が多く、需要もかなりあるのだろう、あちこちでマスクを売っている店をよく見かけます。 -
台北市内の歩道はどこもかしこもバイクだらけで歩きづらく、気持ちのよい街歩きというわけにはいかない。
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22時過ぎ、林森北路辺りの歓楽街。
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これは台湾版ファミリーマートの「全家便利商店」。
コンビニはよく目にするが、やはりセブンイレブンが一番多い。 -
街角の檳榔売りのオジサン。
檳榔(ビンロウ)はヤシ科の植物の実で、弱い覚醒作用があり、長距離トラックやタクシーの運転手などが眠気覚ましによく使用するそうです。
檳榔の実を細く切ったものやあるいはすり潰したものを、キンマ(コショウ科の植物)の葉にくるみ、少量の石灰と一緒に噛んでペッとはき出すと、まるで赤い血のように見えるとのこと。
22時半過ぎ、ホテルに戻りました。
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