2016/07/10 - 2016/07/10
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bakanekoさん
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京都の地獄絵図や九相図の閲覧が多いことに驚く。怖いもの見たさの人間が多いことにあきれる。注)お前もやろと言われても無視する。
奈良 王寺近辺で地獄絵図の公開があると情報網に引っかかる。
香芝市良福寺にある『阿日寺(あにちじ)』は、平安時代中期の高僧・恵心僧都「源信」(Wikipedia)が誕生した地と伝わり、「誕生院」と号しています。
恵心僧都源信は、942年、大和国北葛城郡当麻に生まれ、比叡山へ入った天台宗の高僧です。「往生要集」(Wikipedia)を著し、極楽往生するには一心に念仏をあげる以外に方法はないと説き、地獄と極楽を体系づけるなど、浄土思想を確立。後に法然上人の浄土宗、親鸞上人の浄土真宗が開かれる基盤となりました。
その当時は都でもとても有名な方だったようで、紫式部の『源氏物語』に登場する「横川の僧都」は、源信をモデルにしていると言われています。
また、阿日寺は「ポックリ寺元祖」を名乗るお寺でもあります。
源信の母親がここで臨終を迎える際、母に新しい着物を着せ、除魔の法を修し母とともに念仏したところ、翌日には苦しまずに安らかな往生を遂げたとか(ご生母 安楽往生の寺)。その忌中に自ら阿弥陀仏を刻み、母の身代わり仏として朝夕お参りしたのが、ご本尊として祀られる阿弥陀仏だとされています。
ちなみに、斑鳩町の「ぽっくり往生の寺」として知られる「吉田寺(きちでんじ)」(紹介記事)も、同じく恵心僧都源信の開基と伝わるお寺です。
さらに、菩薩たちが極楽浄土からお迎えにくるシーンを再現した「練供養会式」という法要も、源信が比叡山で始めたものだとか。二上山の麓『當麻寺(たいまでら)』で、1005年から千年以上も続けられている「聖衆来迎練供養会式」も、源信の生誕の地ということからこの地へ伝わったとされます。
二上山を仰ぎ見る「恵心僧都誕生院」
香芝市良福寺の『阿日寺(あにちじ)』。山門は境内東側の細い旧道側にあり、参道前に「恵心僧都誕生霊地」という石碑が建っています。近鉄「五位堂駅」、近鉄「下田駅」から徒歩約20分ほどの距離になります。
駐車場は西側の168号線沿いにあり、大きな「ぽっくり寺」の看板が目印です。ここから歩いて5分くらいの距離でした。
さて妄想へ 著者注)
本紀行は、写真撮影記に私の妄想が入り、過去の人物などが出る事があります。入江:入江泰吉 土門:土門拳 佐藤:佐藤義清 楠木:楠木正成
朝8時に現地に着くも10時スタートと聞き、贅沢にもガストで朝食をとる。トースト、卵、ドリンク飲み放題で税込み322円である。なぜコメダガはやるのかわからない?モーニングは、大阪市内では400円まででトースト卵は当然だと思うのだが・・・・
9時前になったのでバイクで寺まで行く。
くねくね道を走り寺のそばまで行く。
眼光険しく、四天王に踏まれている邪気のような男が立っている。
「おそかったな。へたくそ」
土門先生が、キューっとタバコを吸い、地べたに捨てて踏みつける。
私「先生、マナー違反ですよ」
土門「馬鹿、ルールは自分で作るものだ。だから独創性がでんのだよ」
私「しかしここで土門先生ですか。地獄めぐりなら先生ですね」
土門「広島、炭鉱住宅 みな地獄のような側面があるからな。風景だけではないよ。」
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土門「暑いな・・・」
法要の前に、写真を撮れるか確認すると、どうぞ中に入り撮ってくださいとの許可が出た。 -
元となっているのは、平安時代に浄土教の布教に活躍した恵心僧都の「往生要集(おうじょう-ようしゅう)」です。
往生要集とは文字通り、極楽に往生するための要点集、現代風にいえば、「極楽への行き方マニュアル」です。
宗教を含めて精神世界というのは、今も昔も変わりません。
名称やパッケージ、表現が異なるだけで、本質は同じです。
恵心僧都の「往生要集」は、「どうすれば極楽の世界に行けるか」というノウハウが書かれています。ノウハウといっても、これは浄土の教えの中での方法論でして、果たして往生要集に書いて有るとおりを実践して、極楽に行けるかどうかはわかりません(無理でしょう)。
しかし往生要集に書いていることは、善行も含まれていますので、中庸の心で実践すれば、天界へ往生することはできるかもしれませんね。 -
土門「さあ地獄めぐりだ。リアルだ」
ここから5枚は、全景です -
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血の池地獄
土門「いいねえ」
私「先生。目が血走っていますよ」
土門「久しぶりだからな」 -
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ここから、一枚の掛け軸を上下2つに分けて撮影です。
土門「記録写真だな」
私「まずはきれいというか定番的なな写真から」 -
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この車が無茶かっこいい
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奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼。脱衣婆、葬頭河婆(そうづかば)、正塚婆(しょうづかのばば)姥神(うばがみ)、優婆尊(うばそん)とも言う。奪衣婆が剥ぎ取った衣類は、懸衣翁という老爺によって衣領樹にかけられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。
俗説ではあるが、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説もある。 -
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等活地獄
殺生。
想地獄の別名を持つ。いたずらに生き物の命を断つ者がこの地獄に堕ち、ケラ・アリ・蚊(カ)・蝱(アブ)の小虫を殺した者も、懺悔しなければ必ずこの地獄に堕ちると説かれている。また、生前争いが好きだった者や、反乱で死んだ者もここに落ちると言われている。
閻浮提(地上の世界、人間界)の地下、1千由旬にある。縦広斉等にして1万由旬ある。この中の衆人たちは互いに害心を抱き、自らの身に備わった鉄の爪や刀剣などで殺し合うという。そうでない者も獄卒に身体を切り裂かれ、粉砕され、死ぬが、涼風が吹いて、また獄卒の「活きよ、活きよ」の声で等しく元の身体に生き返る、という責め苦が繰り返されるゆえに、等活という。ただし、この「死んでもすぐに肉体が再生して何度でも責め苦が繰り返される」現象は、他の八大地獄や小地獄にも共通することである。
この地獄における衆人の寿命は500歳である。ただし、通常の500歳ではなく、人間界の50年を第一四天王(四大王衆天)の一日一夜とした場合の500年が等活地獄の一日一夜であり、それが500年にわたって続くので、人間界の時間に換算すると1兆6653億1250万年にわたって苦しみを受けることになる(1年を365日とした場合の計算。以下も同様)。しかし、それを待たず中間で死ぬ者もいる。そこにいる衆生の悪業にも上中下の差別があるので、その命にもまた上中下の差別がある。業の多少・軽重に応じて、等活地獄の一処だけで受くか、もしくは二処、三処、四処、五処、六処と、最後は十六処まで悪業が尽きるまで苦痛を受ける。この一処、二処というのが、十六小地獄を順番に回っていくことなのか、それとも時間の区切りなのかは判然としない。 -
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地獄は、サンスクリット語で Naraka(ナラカ)といい、奈落(ならく)と音写されるが、これが後に、演劇の舞台の下の空間である「奈落」を指して言うようになった。
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土門「ええ顔しとるぞ」
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私「粉々ですやん。」
土門「リアリズムだよ。ぞくぞくする」
私「やはり地獄めぐりは、土門先生と一緒のほうがいい。怖さが増します」 -
おおっ 粉々にして巻いたものからまた生き返って粉々に
土門「わしも病との戦の連続だぞ」 -
奪衣婆(だつえば)
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血の池地獄
【血盆経】より
…大日本続蔵経に《仏説大蔵正経血盆経》と題して収められている全420余字からなる小経で,血の穢(けが)れゆえに地獄へ堕ちた女人を救済せんがための経典である。中国では明・清の時代にかなり広く流布していたもので,仏教,道教,ある特定結社のものなどが存在しており,内容も多少異なっているが,いずれも血にかかわる罪を犯した者は血の池地獄に堕ちると説かれているのに対し,日本の《血盆経》には,産や月水の血で地神,水神等を穢した女性のみが,この地獄に堕ちるとされている。古来,日本には血を忌む思想が存在し,これに仏教の女性不浄観が習合して,女は血を流す存在であるがゆえに不浄だと説かれることになった。… -
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土門「笑っとるよ」
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大焦熱地獄 / 大炎熱地獄
殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄語、邪見、犯持戒人(尼僧・童女などへの強姦)。
焦熱地獄の下に位置し、前の6つの地獄の一切の諸苦に10倍して重く受ける。また更なる極熱で焼かれて焦げる。その炎は最大で高さ500由旬、横幅200由旬あるという。罪人の苦しみの声は地獄から3000由旬離れた場所でも聞こえる。この地獄に落ちる罪人は、死の三日前から中有(転生待ち)の段階にも地獄と同じ苦しみを受ける。
この地獄における寿命は、人間界の3200歳を一日一夜とした場合の3万2000歳を一日一夜として3万2000歳であり、人間界の時間では43京6551兆6800億年に当たる。また、この期間を半中劫とも呼ぶ。 -
衆合(しゅごう、しゅうごう)地獄
殺生、盗み、邪淫。
堆圧地獄の別名を持つ。先の二つに加えて淫らな行いを繰り返した者が落ちる。
黒縄地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。多くの罪人が、相対する鉄の山が両方から崩れ落ち、圧殺されるなどの苦を受ける。剣の葉を持つ林の木の上に美人が誘惑して招き、罪人が登ると今度は木の下に美人が現れ、その昇り降りのたびに罪人の体から血が吹き出す。鉄の巨象に踏まれて押し潰される。
人間の200歳を第三の夜摩天の一日一夜として、さらにその2000年をこの地獄の一日一夜として、この地獄での寿命は2000歳という。これは人間界の時間に換算すると106兆5800億年に当たる。 -
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私「なんだかかっこいい」
土門「お前も変わり者だな」 -
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いやーどこへ連れて行ってくれるのやら
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なんでこんなに眼があるねん
土門「よく見えるようにだよ。二眼レフといっしょだ」 -
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あちゃー粉々
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上と下で石で挟み殺される。
土門「理想と現実だよ」 -
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いやもう無茶苦茶
私「土門先生 もう満腹ですよ」
土門「まだまだ 現世を生きるとはこのことだよ」
先生「なんか生真面目すぎますよ」
土門「俺の鬼が言わせているのかもな」 -
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いやいやみんな逃げまどっています。
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