2016/06/06 - 2016/06/06
53位(同エリア803件中)
pedaruさん
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深川の町は関東大震災で焦土と化したうえ先の大戦では再びすべて灰燼に帰したため、歴史的建造物は皆無であり、清住庭園などの名所を除けば見るものは無い。わずか地名にのみ江戸時代の風を感じるのである。
小名木川から竪川に至る十間堀川や六間堀川は埋め立てられてその痕跡さえも見いだせない。しかし古地図などを見ると小名木川に沿った大通りの傍には大名屋敷が並んでおり、松平伊賀守、松平丹波守などの屋敷と並んで、秋元但馬守の屋敷跡が目についた。秋元但馬守はわが故郷館林の最後の殿様だったことから特に興味を持った。・・・この一帯は庶民の町ではなくて大名屋敷が立ち並ぶ町だったことに新鮮な驚き覚えた。
下町を代表する深川の町であるが、下町といえば路地を外せない。今では古びた味のある木造の家の黒ずんだ板壁など探し出すことは困難だが、古いだけなら高度成長期に効率優先で競って建てられたモルタルで塗り囲われた民家が肩を寄せ合うようにひしめき合っている。
これらの家の前の路地には色や統一感のない大小様々な植木鉢などが雑然と並び紫陽花やキンカンの木、あるいは可憐な雛菊なども咲かせている。狭い敷地は家を建てるだけが精一杯で家の前の道路が俄かな緑地となっていて、朝晩の水やりなどに楽しみを見出している老人や主婦などの姿が見られる。狭い路地をさらに狭くしても限られた庶民の楽しみを嗤うことは事はできない。
今ではあまり見かけなくなったが、深谷ねぎ などの字の印刷された発泡スチロールの角の欠けた箱に土をつめて幾種類もの草花を植えている光景を目にしたものだ。経済的な理由によるものか、または廃物利用の精神からかは量れないが、いずれにしても貧し気な路地の光景を演出するには十分なものであった。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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この界隈はお寺が多いですね。しかし私たちがイメージする寺院建築とは異なってほとんどが鉄筋コンクリートの作りです。しかもこの寺などはモダンな建物となっています。 なんだか心惹かれるものがないですね。
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緑の多い場所が遠目に見えましたので近づいてみると、どうやら神社のようです。
コンクリート作りの社が横から見えました。 -
小さな社殿もコンクリート作りで味気ない建て方ですが、木や鳥居、石碑などは
昔のままなようです。 -
境内には様々な石碑などがあり、この神社の歴史を物語っているように感じました。
奇妙な立ち姿の歌碑がありましたが、判別できません。もっとも見えても、変体仮名で書かれているようで読むのは難しいですね。 -
「馬喰町」と彫られたこの石、国旗掲揚などの竿を支える支柱のようです。
7〜80年前、前途洋々たる若者がこの国旗掲揚の下で、軍国の母や国防婦人会の面々の万歳三唱に送られて戦地に赴き、尊い命を散らしていきました。その送り出した銃後の人たちも東京大空襲で、10万人にも及ぶ犠牲になったのです。 -
公園の角にこのような少女の踊るポーズの像がありました。
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千歳公園、江東区千歳の地名にちなんだ名前です。
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海抜0.8m まさに0m地帯ですね。
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校庭のような広場のある公園です。地域の避難場所でもあり、毎朝のラジオ体操の会場でもあります。
月曜日の午後、一人のサラリーマンがベンチに腰を掛けスマホに没頭していました。
私は持参の水筒の水を飲んでくつろぎます。 -
この前を通過して不思議なものを発見して戻ってみます。
大きなかごの中に経木で作った円形の筒と底のついた円形の皿のような物が入っています。
「こんにちはー これって何ですか? あっ 提灯の底、と上ですか?」 -
作業に余念のないご主人はにっこりうなずきました。」
「写真を撮っていいですか?」やはりにっこりうなずきました。 -
四角い缶のような容器に黒い液体を入れて攪拌しています。
「それはカシューですか?」「これはカシューを塗る前の段階の塗料です。」
丁寧に説明してくれました。 お盆の迎え火などに使われる提灯の部品ですね。 -
この仕事をしている者は、東京ではうち位ですよ、と言っていました。
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1ミリくらいにスライスされたヒノキの板が重ねてありました。材料ですね。
これらで何千個出来るのでしょうか? -
作業で出た廃材は専門ごみ収集業者が取りにきます。こんなにでるのですね。
かまどの焚き付けとしては最適な材料ですが、かまどを使う家などありませんね。
いるのは縁の下のカマドウマくらいなものです。 -
隣にもモルタル作りのお寺がありました。
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ここにもお寺がありました。 この辺りは寺町というのでしょうか、やたらお寺が多いですね。
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こちらのお寺にはたくさんの卒塔婆が見えていました。
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「深川の散歩」より
六間堀と呼ばれた溝渠は、万年橋のほとりから真直に北の方本所竪川に通じている。その途中から支流は東の方に向かい、弥勒寺の塀外を流れ、富川町や東元町の陋巷(ろうこう)を横切って、再び小名木川の本流に合している。 -
ここは五間堀の跡で、今は公園になっています。
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公園の前では包丁研ぎのおじさんが客を待っていました。
声をかけると、快く写真を撮らせてくださいました。 -
向かい側には大久保稲荷神社というお稲荷さんがありました。
この辺りは五千石を領した旗本大久保豊後守の屋敷があったといいます。 -
荷風の文にも出てくる弥勒寺、この塀の外を六間堀の支流が流れていたと記述されています。
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殺伐とした町の中にあって木々の緑は貴重ですね。
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弥勒寺の門外に「杉山総検校墓所」と書いた石碑がありました。
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境内の左手には観音様の像がありました。
「父を求め母を尋ね子を探し妻を呼ぶ声よりも凄まじい火災と爆撃の中で、1945年3月10日の朝を迎えました。町は焦土と化し人は黒焦げの死体となって数限りなく広がって居りました。戦争は恐ろしい大地震火災よりも恐ろしく、被害はその何層倍にも及びました。1時間に10万の屍体と言ふ、人間の起こした争いの惨酷さ、面してこれを超克して愛とやすらぎを求めるには、大慈悲心にすがり佛の叡智を借りること以外にありません。
この聖像のもとに3500体の遺骨を収納し、永大にお慰めすることは生きながらえた人間の務めでもあり仕事でもありましょう。・・・」と観音聖像建立由来記は言っています。 -
本堂正面、筆塚の石碑があります。
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これは杉山検校の墓です。
江戸時代の鍼医。幼くして失明し、江戸に出て鍼術をならい、奥義を窮め貞享2年五代将軍綱吉の病を治癒して厚く賞され、禄八百石を賜り、関東総検校に任せられ、諸国に多くの門人を育てた。 と表示板は語ります。 -
ここにもお寺が・・・と思いましたら、廃業したばかりの銭湯でした。
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永井荷風「路地」より
鉄橋と渡し舟との比較からここに思い起こされるのは立派な表通りの街路に対して其の間間(あいだあいだ)に隠れてゐる路地の興味である。擬造西洋館の商店並び立つ表通りは丁度電車の往来する鉄橋の趣に等しい。それに反して日陰の薄暗い路地は恰も渡し舟の物の哀れにして情味の深きに似ている。 -
路地は其等の浮世絵に見る如く今も昔と変わりなく細民の棲息する処、日の当たった表通りからは見ることのできない種々なる生活が潜みかくれてゐる。侘住居(わびずまい)の果敢なさ(はかなさ)もある。隠棲の平和もある。失敗と挫折と窮迫との最終の報酬なる怠惰と無責任との楽境もある。
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すいた同士の新所帯もあれば命掛けなる密通の冒険もある。されば路地は細く短しと雖も趣味と変化に富むこと恰も長編の小説の如しと云はれるであろう。
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(写真は路地とは言えませんが庶民の生活感あふれる下町の様子が感じられます。)
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家の前には小宇宙なる緑地が存在します。
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空を覆う高層マンションの狭間に温かみのある民家が建っています。
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永井荷風「路地」より
・・・されば貴人の馬車富豪の自動車の地響きに午睡の夢を驚かさるる恐れなく、夏の夕(ゆふべ)は格子戸の外に裸体で涼む自由があり、冬の夜は置炬燵に隣家の三味線を聞く面白さがある。新聞買わずとも世間の噂は金棒引きの女房によって仔細に伝へられ、喘息持ちの隠居が咳は頼まざるに夜通し泥棒の用心となる。 -
かくの如く路地は一種云ひがたき生活の悲哀の中に自から又深刻なる滑稽の情趣を伴はせた小説的世界である。而して凡て此の世界の飽くまで下世話なる感情と生活とは又この世界を構成する格子戸、溝板(どぶいた)物干台、木戸口、忍返なぞ云ふ道具立と一致してゐる。この点よりして路地はまた渾然たる芸術的調和と云はねばならぬ。
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小名木川から北に十間堀が繋がっていたという竪川に来ました。
今は川の上を首都高速道路小松川線が走っています。 -
左を見ても延々と続く高速道路に覆われて川の息吹をふさがれて、心なしか悲しそうに見えました。
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川は死んでいます。
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この竪川橋をわたるとすぐに本所松坂町公園があります。吉良上野介の屋敷のあった処です。あえてこれから先へは行きません。
なぜならこの公園の狭さにがっかりするからです。 -
えっ 安兵衛公園? 安兵衛って、あの堀部安兵衛? 興味津々です。
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真新しい公園ができていました。
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高田馬場の決闘で助太刀の大立ち回りで一躍有名になり、赤穂藩浅野家家臣堀部弥兵衛の婿養子となり、家督を継いだのが堀部安兵衛である。
この地で剣術道場を開き、吉良邸討ち入りの機会を探っていた。
討ち入り当夜の同士集結場所の三か所のひとつの場所であった。・・・と案内板に書いてありました。 -
「竹の湯」という営業中の銭湯です。
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自転車が寄り掛かった柱、向こう隣のコンクリートの電柱に比べたら優雅なつくりですね。
今は役目を終えてただ立っているだけです。 -
この柱の上には曇りガラスの球が乗っていて、淡い電灯の光で薄暗い巷を照らしていたのです。
この通りには何本ものこれと同じ柱が並んでいます。 -
「深川の散歩」より
東森下町には今でも長慶寺という禅寺がある。震災前、境内には芭蕉翁の句碑と、巨賊日本左衛門の墓があったので人に知られていた。その頃には電車通りからも横町の突き当りに立っていた楼門がみえた。この寺の墓地と六間堀の裏河岸との間に、平屋建ての長屋が秩序なく建てられていて、でこぼこした歩きにくい路地が縦横に通じていた。 -
長屋の人たちはこの処を大久保長屋、また湯灌場大久保と呼び、路地の中のやや広い道を、馬の背新道と呼んでいた。道の中央が高く、家に接した両側が低くなっていた事から、馬の背に譬えたので、歩き馴れぬものはきまって足駄の横鼻緒を切ってしまった。維新前は五千石を領した旗本大久保豊後守の屋敷があった処で、六間堀に面した東裏には明治の末頃にも崩れかかった武家屋敷がそのまま残っていた。
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(湯灌とはいわゆる死者の身体を洗って送り出すことであり、寺院の中に作られていた。その湯灌をこの長慶寺でおこなっていたという。)
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寺の前には「深川小学校誕生の地」という石碑がありました。
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(長慶寺の横にはすれ違うのもやっと位の路地がありました。)
・・・竹格子の窓には朝顔の鉢が置いてあったり、風鈴の吊るされたところもあったほどで、向三軒両隣り、長屋の人たちはいずれも東京の場末に生まれ育って、昔ながらの迷信と宿習との世界に安んじていたものばかり。洋服をきて髭など生やしたものはお廻りりさんでなければ、救世軍のような、全く階級を異にし、また言語風俗をも異にした人たちだと思い込んでいた。 -
この路地の端っこには、金魚のランチュウが一匹だけ入った水槽が置いてありました。この先の道も入り組んで昔の路地を彷彿とさせる景色でした。
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都営新宿線森下駅です。その横は・・・
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さっき反対側から見た五間堀公園です。
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歩道を走っているとたくさんの材木が置いてありました。よく見ると、いわゆる材木やさんの木と違って、自然のままの皮のついたクヌギの木だったり、皮をむいて磨いた丸太だったり、竹だったりでした。
日本庭園を演出する小道具たちですね。多くは清住庭園御用達でしょうか? -
道を曲がってすぐ向かい側にも竹を切断する作業をしている人が見えました。
こちらには長い孟宗竹がありました。 -
江東区芭蕉記念館分館を覗いていると、「そこには何もありませんよ〜 こちらから回ってくださーい。」ご親切にも声をかけてくれる奥さんがいました。
神社のところを曲がっていくと、隅田川の際に石段があり、上まで続いていました。
上っていくと・・・ -
小名木川の河口に眺望の開ける展望台のようなところがありました。
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芭蕉翁の肖像画をもとに造られた銅像があり、翁が愛した大川を眺めていました。
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ここには芭蕉庵を想像で描いたものが展示されています。
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「富嶽三十六景 深川 万年橋下」 という浮世絵もありました。
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川船番所跡 の解説板がありました。
川船番所は幕府により設けられた番所で、万年橋の北岸に置かれ、川船を利用して小名木川を通る人と荷物を検査しました。 -
ケルンの眺め
ここから前方に見える清洲橋は、ドイツ、ケルン市に架けられたライン河の吊り橋をモデルにしております。
この場所からの眺めが一番美しいといわれています。・・・と案内板に書かれていました。
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この旅行記へのコメント (21)
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- hot chocolateさん 2016/08/09 00:29:01
- 深川、名前だけはよく知っているが・・・
- pedaruさま
こんばんは。
毎日暑いですね、ご無沙汰しております。
永井荷風と深川、相変わらず深川の詳しい場所は分からないのです。
市川から東京駅に出る途中、つまりいつも電車で通り過ぎるだけなんですよね。
一方で、市川は荷風とはご縁の深い地ですよね。
荷風が亡くなるまでの13年間を市川/本八幡で過ごしたという事ですが、こちらは馴染みのあるところです。
その割には荷風の作品はあまり読んでいないな・・・(汗)
隅田川といえば、昔は悪臭がひどく、総武線で隅田川を渡る時、その悪臭で気分が悪くなりました。
今では川も綺麗になり、屋形船で川下りなんて楽しめるし、桜も楽しめるようになりました。
東京都の水道水は、ペットボトルで売るほど美味しくなっているといいますが、市川市の水はどうですかね〜?
hot choco
- pedaruさん からの返信 2016/08/09 05:32:18
- RE: 深川、名前だけはよく知っているが・・・
hot chocolateさん お早うございます。
市川からは電車では両国が最寄りですかね、両国から大江戸線で清澄白河下車がいいのですが、先日両国から乗り換えようとして駅を出たら、大江戸線はかなり歩くことになり、この暑いのに・・・と引き返してしまいました。本八幡からは新宿線で森下下車が近いですね。
などとお出かけ案内みたいなことを書きました。
隅田川のあの悪臭をご存知なのですか?古い戦友に出会ったようなきがします。そうそう、そうでした、昔、浅草から船で浜離宮まで行ったことがありますが、それはそれは酷かったですねぇ、汚水をかき回して走る、という感じでした。
市川市の水はどうでしょうか?この暑さの毎日、ペットボトルの消費が半端ではありません。冷たければ水道水も美味しいと思いますが・・・
この辺では江戸川から栗山浄水場で取水しているのですかね。葛飾区や江戸川区では金町浄水場がありますね〜 寅さんの映画にはいつものお馴染みの風景に金町浄水場の一部がみえていますね。
ちなみにペットボトル1リットルは¥53で買っています。業務スーパー河内屋ですよ〜 ご存知かな〜
pedaru
- hot chocolateさん からの返信 2016/08/09 09:56:31
- RE: RE: 深川、名前だけはよく知っているが・・・
- pedaruさま
おはようございます。
体操金メダル獲得嬉しいですね。
睡眠不足の日々が続きます。
> 市川からは電車では両国が最寄りですかね、両国から大江戸線で清澄白河下車がいいのですが、先日両国から乗り換えようとして駅を出たら、大江戸線はかなり歩くことになり、この暑いのに・・・と引き返してしまいました。本八幡からは新宿線で森下下車が近いですね。
> などとお出かけ案内みたいなことを書きました。
☆両国下車で大江戸線ですか。大江戸線もめったに使いませんね〜
新宿線はごくたまにですが乗ります。新宿に出ることもめったにないので・・・
> 隅田川のあの悪臭をご存知なのですか?古い戦友に出会ったようなきがします。そうそう、そうでした、昔、浅草から船で浜離宮まで行ったことがありますが、それはそれは酷かったですねぇ、汚水をかき回して走る、という感じでした。
☆子供の頃だったので、通勤や通学で隅田川を渡ることはなかったのですが、たまに隅田川を通る時は何時も気持ち悪くなりました。
毎日だったら耐えられないですね。
> 市川市の水はどうでしょうか?この暑さの毎日、ペットボトルの消費が半端ではありません。冷たければ水道水も美味しいと思いますが・・・
>
> この辺では江戸川から栗山浄水場で取水しているのですかね。葛飾区や江戸川区では金町浄水場がありますね〜 寅さんの映画にはいつものお馴染みの風景に金町浄水場の一部がみえていますね。
☆市川市の水も以前よりは良くなっていますよね。
お水が美味しいと、お味噌汁やコーヒーも美味しいですよね。
でも、夫の実家辺りの水道水は、富士山の湧水系なのでお水が本当に美味しいです。
> ちなみにペットボトル1リットルは¥53で買っています。業務スーパー河内屋ですよ〜 ご存知かな〜
☆河内屋かどうかは分からないけれど、時々北国分(カメラのキタムラのそば)の業務スーパーに行きますよ。
ペットボトル1?53円は安いですね。防災グッズにも必要なので、今度チェックしてきます。
業務スーパーでは、ベルギー産の冷凍フライドポテトを買ったりします。(笑)
hot choco
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- 前日光さん 2016/06/22 10:25:02
- やっぱりいつものように。。。
- 遅れて参上いたしました^^;
norisa先生はもちろん、伏兵のふわっくまさんにも大幅に遅れをとり…
しかしこの方が落ち着きますよ(負け惜しみ?)
ところで私事ですが、実は5月末より県北の高校に非常勤講師を頼まれて週3日通っております。
今日は非番です。(火・木・金がお仕事)
まぁ、そんな事情がコメント遅れの理由にはなりませぬ。
生来の怠惰のせいですね( ・∀・)
ところで永井荷風ですが、実は私昭和26年1月創元社より発行された初版の「永井荷風作品集」を所持しております。
しかしこれは、11歳年の離れた今は亡き兄の所持品でしたので、ほとんど読んでおりません。
昔の活字は小さい上に2段になっていて、読み始めるには勇気が入ります。
保存状態がよくないので、古本屋に持って行っても、たぶん売れないと思います(T_T)
これを機に、せめてこの旅行記に登場する「路地」くらいは読んでみようかな。
昨年末には「旧新田橋」の解説や「仙台堀川」などの写真は撮ったのですがアップしないままボツになってしまいました。
森下のちゃんこ屋さんで飲んだり食べたりもしたのですが。
芭蕉翁の像、入口がなかなか見つからなくて難儀しましたが、私もあのケルンの橋を望む場所に行きましたよ。
この旅行記は、たぶん2010年3月次女の卒業式に出た後、あの界隈を彷徨った時のものです。
芭蕉翁の像は時間によって向きが変わるらしいですよ。
私が行った時には、翁は読売新聞社を眺めておられました。
翁と言っても、芭蕉は50歳くらいまでしか生きておられませんでしたから、現代人からするとこれから…のイメージですよね!
漱石先生も、49歳で亡くなられていますから、50歳過ぎの漱石先生の写真は存在しないわけでして。
あの老成したお顔は、もうそれだけで文豪!ですよね。
旅行記から逸れた話で申し訳ありません。
前日光
- pedaruさん からの返信 2016/06/30 05:41:13
- RE: やっぱりいつものように。。。
前日光さん おはようございます。
冒頭から謝罪の記者会見ならぬお詫びのご挨拶から、誠に申し訳ございませんでした。pedaruは寄る年波に勝てず、(言い訳)記憶力が・・・・とっくにご返事をさしあげたつもりが、なんと放置自転車ではありませんが、、読んだままで放置してありました。畏れ多くも前日光さんには大変不快な思いをさせたかと身の縮む思いでございます。
さて、深川ですが(一転明るく切り替えて)意外な場所が前日光さんにお馴染みだったとは驚きです。荷風も深川を愛し、江戸の名残を探す散策をしているようですが、今はもう全く痕跡はありませんね。震災、空襲とひどい目にあって新興住宅地のように建物は戦前のものは皆無のようですね。
> 芭蕉翁の像は時間によって向きが変わるらしいですよ。
> 私が行った時には、翁は読売新聞社を眺めておられました。
えっ 芭蕉の銅像は動くのですか?そうですかー、やりすぎではないですかー?
先日の月曜日に仕事で出かけたついでに見落とした深川にまた行こうと両国駅では大江戸線乗り換えですというので、表示に従って歩くと駅を出ることになり、歩いて350mだといいます。途中まで歩きましたが、暑さにもうんざりして引き返し、そのまま家に帰ってきてしまいました。
荷風の初版本をお持ちとはすごいですね。マニアにとっては垂涎の的だと思います。栃木の母の実家には戦前の文芸春秋がたくさんあったと聞いていましたが、そのなかには有名作家の新作もかなりあったのではないかと思われますね。文学マニアの前日光さんには関心がおありかとおもいました。
pedaru
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- わんぱく大将さん 2016/06/21 09:10:04
- 路地裏には生活の匂いが
- pedaruさん
路地裏にはまさしく生活の匂いがあるわけですね。新聞買わんでも、世間のことはわかるし、泥棒よけのオヤジはいるし。なんか、のんびりした時代が目に浮かびますねえ。 外から見る日本。そう、言葉は分かりますが海外旅行者のように日本を見てしまっています。だから住んでた時とは違う視点を日本に持ってしまう自分です。
さて深川、どこに真央さんが?
大将
- pedaruさん からの返信 2016/06/22 05:29:43
- RE: 路地裏には生活の匂いが
大将さん
ととねえちゃん を見てますか? どうも違和感を覚えるのは真央さんが若すぎるとは思いませんか? 大女優ともなると老けたメイクも監督の指示も無視するのでしょうか? それとも何か意図があっての若作りでしょうか?
pedaru
- わんぱく大将さん からの返信 2016/06/22 23:30:01
- RE: RE: 路地裏には生活の匂いが
- >
> 大将さん
>
> ととねえちゃん を見てますか? どうも違和感を覚えるのは真央さんが若すぎるとは思いませんか? 大女優ともなると老けたメイクも監督の指示も無視するのでしょうか? それとも何か意図があっての若作りでしょうか?
>
> pedaru
pedaruさん
そうです。娘の君子さんのほうがおばあさん役できそうですよ。華がありすぎの材木屋。 大地真央さんが白髪のかつらをかぶっても違和感ないというか、そのままタカラヅカやん。西洋風に見えますわ。 普段は演技、うまいとは思いませんでしたが、やくざにたんか切ったときは、流石、タカラヅカ(男役?)って思いましたよ。
大将
>
-
- cheriko330さん 2016/06/20 11:55:52
- 短編小説
- pedaruさん
おはようございます(*^_^*)
いつもポチ逃げしてまして… 今日は、逃げないぞ〜と
お訪ねしましたら新作が…。
込み合ってる時にすみません。
まるで短編小説のような旅行記ですね。
"ととねえちゃん"を毎朝見てるので親しみが湧きます。
絵も描けて、文才まで。取柄のない私は、天を恨みます。
20年間、東京に居たのに深川辺りは行った事がなくて
今日は、居ながらにして深川巡りが出来ました。
I miss Tokyo です。ミス・東京ではありませんよ。
この辺りは空襲の被害が、凄かったのですよね。
今頃、包丁研ぎが道端に?って思いましたが、東京だからこそですね。
地方じゃ、人 余り歩いてませんから。
隅田川に架かる ケルン橋、本家本元も気になりますが、
隅田川の橋巡りも良さそうですね。
ではでは、またおじゃまさせて頂きます。cheriko330
- cheriko330さん からの返信 2016/06/21 01:36:14
- P.Sです
- pedaruさん
P.S
先程、書き忘れました。
Takashiさんとsanaboさんのポルトフィーノの旅行記を見て下さりありがとうございました。
cheriko330
- pedaruさん からの返信 2016/06/21 07:03:01
- RE: 短編小説
cheriko330さん 別の名をMrs Tokyo さん おはようございます。
ととねえちゃんが深川だってこと思いもよりませんでした。そういえば木場も深川ですよね〜
まだ深川の半分も見ていませんので、また出かけたいと思います。
優柔不断のpedaruですのでなかなか行けない場所があります。何十年も前から一度は行きたいところだったのに・・・それは佃島なんですが、今ではもう典型的な下町はなくなってしまっただろうな、と残念に思っています。
>Takashiさんとsanaboさんのポルトフィーノの旅行記を見て下さりありがとうございました。
こちらこそ素敵な旅行記を紹介くださってありがとうございます。なんてご丁寧な方なんでしょう? cheriko330さんはお二人のご親戚ですか?それとも保護者とか?・・・・
pedaru
- cheriko330さん からの返信 2016/06/21 22:18:44
- RE: RE: 短編小説
- pedaruさん、こんばんは〜☆
>cheriko330さんはお二人のご親戚ですか?それとも保護者とか?・・・・
朝から、噴出させて頂きました。ほんと、pedaruさんってユーモアあり過ぎ〜で楽しいです。
これも才能!!
せっかく、おじゃましたので、一つ、二つ拝読させて頂いてから、勝手にお暇しますので、
どうぞお気遣いなく♪
では、また。Mrs Tokyo こと cheriko330
-
- rinnmamaさん 2016/06/20 09:16:28
- 文学青年だったpedareさんの真骨頂ですね!
- pedareさん、おはようございます
前回の書き込みを3回書いたのに、ポチをする段に画面が真っ黒に・・涙
諦めましたが、暫くスマホ投票です。
画面が小さいので風情がありませんが、仕方ありませんね!
前回の清洲橋をみて、1月の川下りからの眺めを思いました。
東京の地図など分からないけど、体験していると身近に感じるものですね!
最後にケルンの眺めとなっていましたのも感慨深いです。
もうじきアップできるであろうケルンの橋ですから(^。^)遠望では無いのが残念賞
文学散歩など思いもつきませんが、さすが絵画も嗜むには文学も・・ですね!
永井荷風・名前だけしか知らない方でしたが、
東京は小説の風情も残る街並みを楽しめるんだ思いました。
自転車散歩、お気をつけて。。
rinnmama
- pedaruさん からの返信 2016/06/21 06:41:22
- RE: 文学青年だったpedareさんの真骨頂ですね!
rinnmamaさん おはようございます。
ケルンの橋をモデルにしたという清洲橋、そういえば旅行記で隅田川クルーズで清洲橋も出てきましたね。しかも本物のケルンの橋も訪れているのですね。どんな橋なのか早く見てみたいです。
隅田川は随分きれいになりました。高度成長期の川はヘドロがいっぱいでした、でもクルーズだけはありました。「悪臭漂う隅田川クルーズへようこそ!」なんてね♪
rinnmama
-
- ふわっくまさん 2016/06/20 08:25:32
- 路地の味わい〜☆
- pedaruさん、おはようございます。
神社では歴史を物語る石碑〜可愛らしい少女の像があったりと、pedaruさんの目に入るもの全て、関西在住の私にはそう見られない光景で、ゆっくり拝見させていただきました。
廃業,現役の銭湯や住宅が並ぶ街は生活感もにじみ出ていて、木造&コンクリート建のお寺が多数混在するのは、大阪市天王寺区の界隈と少し似ているなぁ〜と思ったりしましたが・・・
また狭い路地は、小さい子供が大好きだったナと思い出したり・・
大川を眺める座った芭蕉翁の銅像も、とっても印象深かったです。
〜今日はnorisa先生の2番手ですが、(伏兵)ふわっくま でした。
- pedaruさん からの返信 2016/06/21 06:06:20
- RE: 路地の味わい〜☆
ふわっくまさん おはようございます。
この処伏兵という戦国時代のような肩書がつきそうなふわっくまさんですが、こんな可愛い伏兵を怖がる人なんていませんよ。
何も残っていない深川ですが江戸庶民の心意気は残っているような気がします。いまでも江戸っ子という感じの人はいますね。
袋小路に広小路、伊勢屋稲荷に犬のくそ、という江戸の名物は下町の特徴です。
ところで、松尾芭蕉は老骨に鞭を打って奥の細道を走破しましたが、肖像画や銅像はかなりのお歳かと思いましたが、亡くなったのは50歳だったのですね〜 びっくりです。
今では50歳以上のトラベラーでにぎわっている4トラベルですよね♪
pedaru
- ふわっくまさん からの返信 2016/06/21 12:07:46
- RE: RE: 路地の味わい〜☆
- pedaruさん、松尾芭蕉翁は50歳で亡くなったのですか・・
その時代「イケメン」「美魔女」などの言葉は、なかったでしょうね〜と、ヘンな事を考えてしまった ふわっくま でした。
-
- norisaさん 2016/06/20 06:40:05
- 実際の深川
- pedaruさん
おはようございます。
深川って昔からの建物が多いのかと思い込んでました。
実際は戦争でほとんど焼けてしまったのですね。
コンクリートのお寺もやむおえないことですーー。
昔からの生業や包丁研ぎなどは健在ですか。
このあたりは山の手にはないでしょうね。
でもライン河のケルンをモデルにしたってーー。
そんな卑屈になる必要はないですね。
ところで最近スケッチが皆無。
寂しい限りです。
(私もコミュへの投稿が遅れています(-_-;)パルファンさんお許しをーーー)
norisa
- pedaruさん からの返信 2016/06/21 05:39:09
- RE: 実際の深川
norisaさん おはようございます。
どうもタイミングがいいのか、悪いのか、朝ドラのトト姉ちゃんの木場はは深川でしたね。まるでミーハーに出かけたようで恥ずかしいですよ。
今度はほんとに木場に行ってこようかな?とやはりミーハーでした。
最新の大河ドラマで小田原城が出ていましたね。norisaさんの旅行記で観光コースから外れた石垣の崩れた場所の紹介が印象に残っています。
歴史ドラマを見た後、その場を訪れるのも、旅行の楽しみの一つだと思いました。
旅先でスケッチ は休眠状態ですね。パルファンさんは4トラにクールですから、素晴らしい旅行記を書きながらアクセス数などに無関心で、ご自分のホームページなど持って悠々自適、創作活動に没頭しておられる様子です。つぶすわけにはいかないので、ここは番頭と大株主のnorisaさんで盛り上げましょう(^^♪
pedaru
- パルファンさん からの返信 2016/06/21 07:17:53
- RE: RE: 実際の深川
- 番頭さん、株主さん、おはようございます!
朝早く目覚め、もう眠れそうもないので、旅行記でも・・
と思って覗いてみたら、何と話題にされている!
やはり時々チェックしないとダメですね。
でも、今朝は虫の知らせかなぁ〜
pedaruさんなら、もう旅行記に取り掛かっているんだろうなぁと
思いベットからはい出したんですよ。
永井荷風の「路地」読んでみたくなりました。
洋の東西を問わず路地好きには魅力ありそうな〜〜
でも、pedaruさんの情景を入れた紀行文が分り易くいいかな。
「旅先でスケッチ」しっかり支えていきましょうね!
横入りで失礼しました。
パルファン
- pedaruさん からの返信 2016/06/21 07:33:41
- RE: RE: RE: 実際の深川
パルファンさん おはようございます。
私も虫の知らせで消しかけたパソコンに戻ってみるとパルファンさんのコメント、悪口を言っているわけではないのに、噂されると感じるものなんですね〜
では、また・・・
pedauru
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