2016/06/03 - 2016/06/06
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ペコちゃんさん
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姪の結婚式に出席するため、郷里の広島に里帰りすることになりましたが、折角の機会なので、瀬戸内沿いに3泊4日の小旅行を計画しました。
今回の日程は、《 羽田空港 ⇒ 神戸空港 ⇒ 姫路城 ⇒ 岡山(泊) ⇒ 福山(結婚式・泊) ⇒ 尾道 ⇒ 因島(泊) ⇒ 広島空港 ⇒ 羽田空港 》というコースで、福山から広島空港まではレンタカーで回りました。
シラサギが羽を広げたような優美な姿から「白鷺城」の愛称で親しまれる姫路城は、かなり昔に行った事がありますが、大天守保存修理が終わって往時の華麗な姿を取り戻した姫路城は、もう一度訪れたいと思っていたお城です。
この日は天気も良く、白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁や、5層7階の大天守は想像以上に美しく甦り、堂々とした構えは日本が誇る世界遺産だと実感出来ました。
写真は、入口の「菱の門」を入った「西の丸」から望む小天守と大天守。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- スカイマーク JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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久し振りの羽田です。
今回、利用するスカイマークは、第1ターミナルの北ウィング2階の奥まった所にチェックインカウンターがあります。 -
姫路に行く方法を調べたら、スカイマークが安いことが分かりました。
早目に「SKYバーゲン45」で買うと、神戸空港まで何と6,290円!・・・どの交通手段よりも安いのには驚きです。
この機械でチェックインの手続き・・・ほぼ満席で、窓側は一席しか空いていませんでした。 -
13時発の神戸空港行きに搭乗・・・10年前にオープンした神戸空港を利用するのも、スカイマークに乗るのも初めてです。
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搭乗するボーイング737型機の機体をよく見ると、「Tigers」の文字が・・・
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これは、神戸空港を関西の拠点とするスカイマークが、「神戸 旅の港街 プロジェクト」の第5弾として、阪神タイガースとコラボレーションしたキャンペーン。
特別デザイン機「タイガース ジェット」は、阪神タイガースのロゴを機体側面にデザインし、また、機内も阪神タイガースに因んだ演出をしています。
就航予定期間は、2016年4月27日~10月末なので、阪神ファンの方は是非お早めに・・・但し、2機しかないので、乗れるかどうかは・・・? -
機内に入ると、ヘッドレストカバーは阪神タイガースのロゴ入りで・・・
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客室乗務員は、スカイマークオリジナルのタイガースのユニフォームを着用!
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そして、各座席のシートポケットには、オリジナルデザインの紙ウチワまで置いてあります。
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ウチワの片面には、神戸空港から甲子園へのアクセスも掲載しており、持ち帰り出来るので、記念に頂きました。
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羽田を離陸して間もなく、南アルプスの山々が見えてきました。
三千m前後の高峰が連なる南アルプスには、残雪があります。 -
その先の中央アルプスには、もっと雪が残っています。
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濃尾平野を流れる木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)。
左上には琵琶湖が・・・ -
琵琶湖の北側には、昨年秋に旅行した三方五湖や若狭湾が見えます。
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神戸空港が近づいてきました。
上空から明石海峡大橋が見えます。 -
14時10分の定刻に到着・・・羽田から約1時間のフライトでした。
神戸空港はスカイマークの関西拠点ですが、他にANA、エアドゥやこのソラシドエア(沖縄行)が就航しています。 -
神戸空港の愛称は「マリン エア」・・・定期便は国内線のみですが、航空旅客数は約250万人で地方管理空港の中では第1位だそうです。
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神戸空港は、ポートアイランドの南沖約1kmの人工島にあるので、ポートライナーで三宮に向かいます。
旅客ターミナルビルの2階が、そのまま改札口に繋がっているので便利。 -
「神戸海上新都心地区」のポートアイランドとは、この神戸スカイブリッジで繋がっています。
空港の駐車場は1250台分あり、1時間:150円、1日:1500円。 -
神戸港は、東京・横浜・名古屋に次ぐ貨物の取り扱いがあり、ポートライナーのホームから見ると、コンテナクレーンが林立しています。
ちょうど、ポートライナーの電車がやって来ました。 -
世界初の自動無人運転方式の新交通システムとして、1981年に開業したポートライナー。
その後、1995年1月17日の阪神・淡路大震災で、橋桁が落下するなど全線に大きな被害が発生しましたが、復旧努力を重ね、翌年には運行を再開しています。
新交通システムのポートライナーは、ゴムタイヤをつけた車輪が溝を進む仕組みなので、モノレールとは違います。 -
ポートライナーは三宮駅まで、最速で16分半。
三宮駅からは、最速で大阪駅まで約20分、姫路駅まで約40分、京都駅まで約50分と、アクセスが良いので、関西方面の旅行に神戸空港はピッタリです。 -
空港とポートアイランドの間を走る船。
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空港駅と三宮の間には、7つの駅があります。
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1998年に開通した全長3,911mの明石海峡大橋が見えてきました。
この橋の愛称は「パールブリッジ」で、世界最長の吊り橋として、ギネス世界記録に認定されています。 -
ポートアイランドを過ぎ、右手に神戸の街が見えてきました。
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正面に見えるのは、神戸港のシンボルとして1963年に完成した、高さ108mの神戸ポートタワー。
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三ノ宮駅からJR新快速で姫路に向かいます。
三ノ宮駅は明治7年の開業で、一日の利用者は12万人と兵庫県では最大。 -
15分ほどで明石へ。
堂々とした美しい明石海峡大橋がよく見えます。 -
15時半に姫路に到着し、コインロッカーに荷物を預けてタクシーで姫路城へ。
姫路城は、明治・昭和・平成と大修理を行っています。
平成の「国宝姫路城大天守保存修理工事」は2009年から始まり、大天守などの主要建物の修理は2015年3月で終わりましたが、一部の建物は来年3月まで続きます。 -
内濠を見ながら・・・
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桜門橋を渡って城内に進みます。
内濠に架かるこの橋は、幅7m・長さ22mで、平成19年に完成しました。 -
元気のいい内濠のコイ達。
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桜門(大手門)をくぐると、美しい姿が目に飛び込んできます。
ア~、やっぱり美しい姿・・・見たい見たい、と思っていたお城です。
南面に三つの千鳥破風がしっかり見えます。
ここに来る前に姫路城を少し学習してきました。 -
ここで1,000円払って、いざ入城。
平日の夕方とあって観光客も少なく、並ばずに入れました。 -
「菱の門」・・・扉の左右には二本の太い「鏡柱」、左側の柱には「国寳姫路城」の看板が架かっています。
両側の鏡柱の上の「冠木(かぶき)」の部分に、大きな「菱」の紋が彫り込まれているので、この門は菱の門と呼ばれるようになりました。 -
これまで多くのお城を見てきましたが、その雄大さ・美しさでは姫路城が何といっても一番です。
特に、西の丸から見た大天守・小天守のこの景観は見事・・・お天気も良く、最高です。 -
西の丸にある「百間廊下」は、121間(約240m)もある「渡櫓の廊下」です。
「ワの櫓」から「化粧櫓」まである2階建ての5つの櫓は、渡櫓と呼ばれる長屋で結ばれており、「多門櫓」と呼ばれています。
渡櫓は江戸時代の城郭には不可欠な建物で、倉庫や住居や防御施設にもなりました。 -
靴を脱いで中に入ると、いくつかの展示物があります。
これは、姫路城の歴代の城主の説明板。
1333年頃、当時は城ではなく、赤松則村が砦を姫山という所に築いたことから始まりました。
その後、則村の次男・貞範が1346年頃、城に改修しますが、この時も文献には姫路城ではなく、姫山の城という名で出ています。
そして赤松氏の分家で重臣の小寺氏が姫山の城を治めましたが、小寺氏は1545年に家臣の黒田氏に姫山の城を任せ、平地の御着に城を築いて移ります。
やがて戦国時代になり、東から織田氏の勢力が伸びてくると、当時の姫山の城主・黒田氏は1580年に羽柴秀吉に城をそっくりそのまま献上し、秀吉時代に三層の天守が築かれました。
そして関ヶ原の戦いの後、1600年に池田輝政が三河国吉田(現在の愛知県豊橋市)から入城し、1609年に大改修して五層の天守を築きます。
ということで、姫路城には最初から天守があった訳ではありません。
以後、拡張や増築などが繰り返され、現在に至ります。 -
百間廊下の先に見える天守。
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天守や櫓の下部には、雨水抜きが作られています。
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延々と廊下は続きます。
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百間廊下の突き当り、一番最後の所に千姫の休憩所だった「化粧櫓」があります。
百人一首で遊ぶ千姫の人形・・・ネコもその様子を見ています。
千姫は、家康の三男・秀忠(二代将軍)と、浅井長政とお市の娘・お江の長女として慶長2年(1597)に生まれました。
秀吉は自分の死後も、徳川との関係を深めて幼い秀頼の後見を得るために、千姫を秀頼に嫁がせることを家康に約束させます。
1603年に、7歳の千姫は11歳の秀頼に嫁ぎました。
1615年、大坂夏の陣に敗れた秀頼は、炎の大坂城で自害します。
翌年、本多忠刻に嫁いだ千姫は、その翌年に本多家の転封により、姫路城に移り住みました。 -
化粧櫓は、千姫が本多忠刻に嫁いだ際に、将軍家から贈られた10万石の化粧料の一部を使って建てたと言われる櫓です。
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「南方土塀」を見ながら「はの門」に向います。
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姫路城にはその昔、いろは順に名づけられた門が15、その他の門が69、あわせて84門ありましたが、 今は、いろはの付いた門が13、その他の門が8、合計で21門残っています。
これが「はの門」。 -
狭間(さま)とは、天守・櫓・土塀の壁に空けられた矢や鉄砲を放つための穴で、姫路城には997か所の狭間が現存します。
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「二の門」・・・門というよりは天井の低いトンネルにようになっており、一見、櫓がある門にしかみえませんが、くぐってみると驚くほど狭く、圧迫感があります。
これも、敵を追い払うための仕組みの一つでしょう。 -
何処から見ても美しい姫路城。
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「ほの門」は狭くて、複数人が一緒に通れないように出来ています。
あまり高くはないのも防御のための仕掛けなのでしょう。
しっかり ” 頭上注意 ” とあります。
身をかがめながら入るようになっており、鉄の枠で物々しい感じがします。 -
門の先の石垣に、金網で囲われている白い石は「姥ヶ石」・・・これには、羽柴秀吉が姫路城の築城で石集めに苦労していた時に、お婆さんが石臼を寄付し、これにより全国から沢山の石が寄付されて築城が進み完成した、という伝説があります。
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天守に向かう道は、「水一門」~「水五門」と名前が付けられた門を通ります。
門は小さく、道幅の狭いところでは2~3m。
他の門に比べみすぼらしく、また向こう側が下りになっているため、天守への道ではないと誤解することを狙った、ということです。 -
天守を見上げれば、石落しと狭間が睨みを利かせています。
門を一つくぐると、城を見る角度によっては表情も変わり、入母屋破風、唐破風、千鳥破風など幾層もの屋根の組み合わせが、とても優美です。 -
いよいよ大天守に入りました。
本物の城なので、建物内部はコンクリートで復元された城のように博物館的にはなっていません。
姫路城の大天守や子天守の内部の至る所に「武具掛け」がありますが、これは、通常、天守が武器倉庫として使用されていた名残です。
武具掛けは鉄砲や弓・槍などを掛けておくもので、大天守二階の北側の位置に大規模な武具掛けがあります。 -
姫路城の大天守は、2本の大柱(東大柱・西大柱)で支えられています。
地階から伸びてきている柱は上下で継がれることなく、大天守の五階まで一本柱で通されています。
東大柱は根元が腐ったので、昭和の大修理で台湾檜で根継(ねつぎ)する補修を受けましたが、もともとは長さ24.8mの樅の一本柱です。
これは、三階の東大柱。 -
大天守四階には、いくつかの見どころがあります。
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「高窓」は、文字通り高い位置に設けられる窓で、籠城の際などに屋内で火縄銃を打つ際に出る煙を、屋外に排出することを目的に開けられているものと言われています。
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「石打棚」は、監視や射撃などを目的とした台で、兵が登って応戦するための台で、両端の階段から登ります。
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「内室(うちむろ)」は大天守内の各所にあり、いわばクローゼット・収納といった用途に利用された空間です。
籠城の際には、食料や武具などが収められたと言われています。 -
大天守最上階の六階に、神棚みたいなものがあります。
これは「刑部(おさかべ)神社」・・・昔から姫山にあったお宮ですが、姫路城の大天守最上階に祭られるようになった経緯には、様々な説があり、最も有力なものが「池田輝政への呪い」の伝説です。
城が完成して間もない1609年、輝政に宛てた手紙が届き、それには ” 輝政と夫人に天神(天狗のこと)がとりついて、呪いをかけようとしている。その呪いを解いてほしいのなら、城の鬼門に急いで八天塔を建てて、大八天神を祀れ ” と書いてありました。
これは、秀吉が城を築く時に姫山から総社に移した刑部神社のタタリだと人々は噂したので、輝政は刑部神社を城内に祀ります。
ところが、1613年に輝政はあっけなく亡くなり、その子供たちも次々に若死していきました。
歴代城主によって、その後も「刑部大神」は守られ、いつの頃からか大天守の最上階に移されたとのことです。 -
大天守の最上階からの見晴しは、まさに絶景。
大天守の鯱瓦は計11尾の鯱が載り、全て「昭和の大修理」で取り換えられたそうです。 -
大天守の鯱・・・左から明治・昭和・平成の鯱。
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先ほど歩いた百間廊下も眼下に。
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そして菱の門。
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最上階から三階に下りてくると、四隅に「武者隠し」があり、内部に攻め入った敵を、ここに隠れた兵が応戦できるようになっています。
内部は上下2部屋に分かれていて、驚く程狭いスペースです。 -
姫路城内の各所には、釘隠しと呼ばれる金物が使われており、6片の葉の形をしていることから「六葉釘隠し」と呼ばれ、6枚の葉と葉の間にあるハート形の隙間は「猪目」と呼ばれます。
これは、一階にある六葉釘隠し。 -
平成27年度の姫路城入城者数は、過去最多の286万7,051人、外国人の入城者数も30万6,348人・・・勿論、全国の城郭の中で、第1位です。
特に土・日・祝日は来場者が多く、大天守に登るのに30分以上待たされるようですが、今日は平日の夕方だったお蔭でスムーズに見学出来ました。
これは、大天守前の本丸広場から見た、JR姫路駅に真っ直ぐに延びる大手前通り。 -
この壁の白さを保つには、30年に一度の塗り替えが必要と言われています。
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姫路城は、破風の美・配置の美・窓の美・瓦の美・壁の美、と言われますが、実感です。
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小天守の上部にある華頭窓(火灯窓・花頭窓)・・・姫路城では、2つの小天守に効果的に使用されています。
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帰る途中にあった「太鼓櫓」・・・江戸時代の太鼓櫓は、今日一番最初にくぐった三の丸の入口である桜門(大手門)のすぐ脇にあり、朝夕、太鼓の音によって城内外に開門、閉門の時刻を知らせていました。
明治になって陸軍が姫路城を接収し、太鼓櫓をはじめとする三の丸の建物を壊した時に、中にあった太鼓をこの櫓に運んで保存していたために、この名が付きました。
今は、その太鼓も失われています。 -
二の丸に「お菊井戸」と呼ばれる古い井戸があります。
この井戸は、播州皿屋敷の怪談話で知られる、お菊さんゆかりの井戸。
家宝の皿10枚のうち1枚をなくした罪をきせられ、殺されて井戸に投げ込まれたお菊。
” 1枚、2枚・・・ ” と悲しげに皿を数えるお菊の声が、夜毎この井戸から聞こえたそうです。 -
真っ白な屋根!・・・これが真の白鷺城の姿です。
あまりの白さに「白すぎ城」という声もありますが、これが姫路城本来の白さです。
姫路城は、防水・防弾・防火のある漆喰を、壁・屋根・天守閣に使用しています。
木材を白漆喰で塗り固め、耐久性を高めた造りを「白漆喰総塗籠造」と呼びますが、姫路城の白さは白漆喰が全面に使われているからです。
また、屋根目地(瓦の継ぎ目)にも白漆喰を瓦より高く盛っているため、光の反射で屋根も白く見えます。 -
姫路城の石垣は、開いた扇の曲線に似ていることから「扇の勾配」と呼ばれます。
上にいくほど反り返り、敵に石垣をよじ登らせないための工夫でもあったようです。 -
日本の城はどの城でもそうですが、守りを意識した造りになっており、石垣や門、狭間などの攻撃・防御の造りの他に、何カ月もの籠城戦に耐えられるよう厠や井戸などの生活設備も整えられています。
そのような条件を兼ね備えた姫路城ですが、その姿はあくまでも優美でした。 -
大手前通りを歩いて姫路駅に向かいます。
このアーケード街は、昔ながらの商店が中心の「西二階町商店街」。 -
公衆電話も世界遺産の街に相応しいデザイン。
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大手前通りの歩道はゆったりと広く、爽やかに散策できます。
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17時半過ぎにJR姫路駅に到着。
これから新幹線に乗って、今日の宿泊地・岡山に向かいます。
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