2016/06/03 - 2016/06/06
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ペコちゃんさん
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尾道の観光を終え、尾道大橋を渡って向島を走り、因島へ。
古来からこの地には人が住んでおり、平安時代末期から鎌倉時代にかけての年貢は塩でした。
中世南北朝時代から室町・戦国時代にかけて、島は因島村上氏の拠点となります。
近代以降の島の主幹産業は造船業ですが、因島といえば蚊取り線香に使う除虫菊を思い出します。
外来種の除虫菊が日本に入ってきたのは明治初期で、明治30年頃からこの地でも栽培が始まり、大正9年の記録では広島県の生産額は北海道に次いで二位を占めていました。
戦後になると、除虫菊に含まれる成分・ピレトリンが化学合成されるようになったため作付は激減し、現在は観光用に栽培されている程度です。
また、因島の柑橘栽培は明治30年代に始まり、ハッサクの原木はこの島で発見されています。
風光明媚で、歴史がある因島は、一度行ってみたいと思っていました。
写真は、白滝山の石仏と瀬戸内の海・・・その先には三原の街が見えます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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尾道の街と別れて、尾道と向島を結ぶ「尾道大橋」を渡ります。
昭和43年に開通した尾道大橋は、当初は有料道路でしたが、平成25年4月から無料になりました。
全長は386m、海面からの路面高は34mです。 -
尾道大橋の上を跨ぐのは、平成11年に竣工した「新尾道大橋」・・・しまなみ海道(尾道・今治ルート)の本州側起点にある橋です。
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向島の中央にある向島ICからしまなみ海道に乗り、一つ先の因島北ICで降ります。
まだ16時前なので、因島水軍城へ立ち寄り。 -
「因島水軍城」は、因島村上氏が残した武具や遺品、古文書など歴史資料を展示している史料館・・・昔、ここに城があった訳ではありません。
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麓にある因島村上氏の菩提寺・金蓮寺の住職が、因島村上氏の資料展示および因島観光のために建てた資料館で、奈良本辰也氏が建物を監修して、昭和58年にオープンしました。
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因島水軍城の「山門」。
水軍とは、戦時中の海軍のようなもので、中国・朝鮮と同様、日本にも平安時代から江戸の初期まで全国各地に存在しました。
村上水軍は南北朝から室町戦国時代にかけて、この辺りの海路を制覇し、水軍王国として活躍。
因島・能島・来島にあった村上三家は、14世紀に因島を支配した村上師清が祖になっていると言われ、因島には24の城があったそうです。 -
坂道を登った所にある「隅櫓」は、船の資料館で展望台を兼ねています。
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隅櫓の入り口。
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「因島水軍まつり」の展示写真。
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「二の丸」の建物。
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建物内に展示されている水軍戦法会議の様子。
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本丸には、武具・遺品・古文書などの歴史資料を展示。
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珍しい形をした「ほたて貝兜」。
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城の麓の「金蓮寺(こんれんじ)」には、村上水軍代々の墓(五輪塔)があります。
広島県には村上姓が多く、学生時代、クラスには必ず村上君や村上さんが数人いました・・・皆さん、村上水軍の末裔でしょうか? -
石段を登ると「山門」。
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金蓮寺は村上水軍の菩提寺で、1450年の創建といわれています。
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17時前に、今日のお宿「ホテルいんのしま」へ到着。
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ここは、因島の南端。
ホテルの前には天狗山(207m)が見え、一帯が因島公園となっています。 -
311号室に入った途端、 ” ワー、凄い! ” ・・・南側と西側からオーシャンビューが満喫できる、広い角部屋です。
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西側を盛ると、造船所の先に2本の橋が見えます。
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右側は平成23年に竣工の「生名橋(いきなばし)」・・・生名島と佐島に跨がる橋梁です。
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左側は平成8年完成の「弓削大橋」・・・佐島と弓削島を繋ぐ橋です。
因島南西部に浮かぶ島にある弓削町・生名村・岩城村・魚島村は、平成16年に合併して上島町となりました。
しかし、弓削・生名・岩城の三島とも、瀬戸内しまなみ海道に通じる橋がなく、交通手段は船だけです。
1つの自治体としてまとまるためにも、3つの島が橋で結ばれることが必要ですが、実現には多額の経費と年月がかかりました。 -
南側の窓からは・・・
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弓削島の東端が見えます。
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これは、弓削島の中央部分。
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林に囲まれたこのホテルは、部屋までウグイスやキジの鳴き声が聞こえ、瀬戸内の島々を見ていると、日頃の憂さも吹き飛びます。
部屋からは、レストラン(1階)と大浴場(地階)が見えます。 -
お風呂に行く途中、ホテルの北側から見えたこの橋は、因島と生口島を結ぶ、しまなみ海道の生口橋。
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穏やかな海を船が走っています。
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部屋からと同じように、展望大浴場からも瀬戸内の絶景が楽しめます。
温泉ではありませんが、ゆっくりと寛げました。 -
お楽しみの夕食・・・新鮮な海の幸を中心に、美味しく頂きました。
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夜になると弓削大橋に照明が灯り、瀬戸内の海に美しく輝いています。
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4日目の早朝5時。
部屋から東空を見ると、幻想的なサンライズが・・・ -
5時半の写真・・・瀬戸内の海が神々しく見えます。
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7時から朝食。
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8時半にホテルを出発し、白滝山へ行きました。
駐車場から山頂にかけて、五百羅漢の石仏が点在しています。 -
案内板には山頂まで徒歩7分とありましたが、この登りは結構きつい!
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石仏を見ながら、坂道を登って行きます。
白滝山の中腹から山頂にかけて、様々な姿態と表情を持った約700体の石仏が、自然美の中に溶け込んでいます。
江戸時代後期、因島・重井の豪商・柏原伝六(1780~1828)は、神道・儒教・仏教に加え、当時禁制のキリスト教の四大宗教の共通理念を基礎に「一観教」を開き、白滝山上に清浄世界を現そうと、五百羅漢の石仏を弟子や石工たちとともに刻みました。 -
1827年に発願し、3年後の1830年に五百羅漢は完成しますが、伝六は一揆を怖れる広島藩により1828年に毒殺され、完成した姿を見ることは出来ませんでした。
岩に彫られた ” 慈母観音 ” が、訪れる参拝者を見守っているようです。 -
白滝山は、もともと修験者の修行の場でした。
1569年に因島村上水軍6代当主・村上新蔵人吉充が布刈瀬戸の見張り処として観音堂を建立したと伝えられています。 -
白滝山頂の岩に彫られた、珍しい ” 十字架観音 ” ・・・頭の右側に十字架が見えます。
この十字架観音は、一観教にキリスト教観が含まれていることを意味しており、石仏を掘っていた時期に多くの参拝者を集めたことから、一揆を危惧した広島藩は伝六を厳しく取り調べたそうです。 -
山頂の観音堂の裏手に、力士と娘の悲恋を秘めた白滝伝説の石「恋し岩」があります。
” 昔、結婚の約束をした男女がおり、若者は立派な相撲取りになると言って上京したが、約束の三年を過ぎても戻ってこないため、娘は忘れられたと思い、海に身を投げます。若者が嘆き悲しんでいる時、身投げした娘の化身が岩となって現れていることを知り、海からその岩を背負って白滝山山頂の観音堂まで運び奉った。 ”
という伝説で、この岩を撫でながら願うと恋が叶うそうです。 -
因島の北側にある白滝山は、標高226.9m・・・山頂から、昨日通った因島大橋がよく見えます。
対岸の島は、向島。 -
岩の上には天狗三種・・・一般の天狗(左)・からす天狗(中)・赤鼻天狗(右)。
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山頂付近の案内図を見ると、参道や山頂付近に五百羅漢の石仏が点在しているのが分かります。
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案内図の先に祀られた釈迦三尊像・・・左から普賢菩薩・釈迦如来・文殊菩薩で、台座は一分の隙間もない見事な石組みです。
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これは、ゴリラ岩・・・本当にゴリラの横顔のようですね。
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五百羅漢の先には瀬戸内の海。
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瀬戸の海を見下ろす山頂に、鐘楼があります。
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鐘楼の上にある展望台からは、360度の大パノラマ・・・その眺めの素晴らしさに、歌人の吉井勇はこの歌を詠みました。
“ 白滝の 山に登れば 眼路広し 島あれば海 海あれば島 ” -
因島と生口島を結ぶ生口橋が見えます。
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山頂から石仏や羅漢達が見下ろす瀬戸内の絶景・・・遥か先に三原の街が見えます。
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後ろから見た阿弥陀三尊像。
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「日本大小神祇の碑」・・・「神祇」は、天の神と地の神のことを指すので、「日本大小神祇」とは、日本中の大小様々な諸々の神ということなのでしょう。
後ろの奇岩は、ゴリラ岩。 -
参道沿いに、ギッシリと石仏が並んでいます。
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沖合いの中央に浮かぶ豆粒ほどの小島は、映画『裸の島』の舞台になった宿彌島・・・昭和35年に公開された新藤兼人監督によるこの映画は、台詞がない特異な映画ですが、モスクワ国際映画祭グランプリをはじめ、数々の国際映画祭で受賞しています。
この島に住み、自給自足の生活を行う4人の家族の葛藤を描いた作品ですが、現在の宿禰島は無人島です。
この映画は小学生の時に観て、あらすじはよく覚えていませんが、水が少ない島で働く男の子がどこかに閉じ込められ、飢えと喉の渇きのため隙間から手を伸ばし、転がっている薩摩芋を食べようとします。
しかし、なかなか届かず、可哀そうだったシーンが子供心に残酷に思え、今でも記憶にあります。 -
巨岩の上にある石仏。
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因島にこんな所があるとは知りませんでしたが、五百羅漢のそれぞれのお姿を見ていると、心が洗われる気持でした。
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白滝山から街に向かう途中、「因島フラワーセンター」に立ち寄り。
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白滝山のふもとにある植物公園で、花壇・芝生広場などがあり、無料で開放しています。
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造船の町・因島は、バブル後の不況のあおりで、新たな町作りとして「水軍と花とフルーツの島」を掲げました。
その中で、平成元年に開催された「海と島の博覧会」で会場として使われた後、平成2年に「広島県立因島フラワーセンター」としてオープン。
その後、因島市と合併した尾道市が引き継いでいます。 -
平成24年から入園料が無料になりましたが、売店は閉鎖され、展示内容も今後変更される予定になっています。
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入場門を入ると、広大な上り坂の芝生広場と花壇があり、一番奥に大温室があります。
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温室には、フラワートンネルと呼ばれる花の壁があり、亜熱帯性植物や食虫植物などが楽しめます。
これは見事なブーゲンビリア。 -
ミッキーマウスの木と言われるオクナ・セルラタ。
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温室の展示室に、365日分の誕生日の花と花言葉が展示されていました。
私の誕生日(6月24日)の花は「おもだか」で、花言葉は「高潔・信頼」・・・フンフン、しっかり覚えておきましょう。 -
ちなみに、夫(12月14日)は「つるうめもどき」で、花言葉は「大器晩成・努力」・・・2人とも、 ” なるほど? ” 。
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大温室の前にある「除虫菊の碑」・・・平成5年~平成21年まで広島県知事を務めた藤田雄山の句が彫られています。
” 風さやか ロマンの島の 白い花 ” -
除虫菊は昭和58年に、旧因島市の花に制定されました。
かつて因島のトレードマークだった除虫菊は、蚊取り線香の原料として栽培され、5月になると島を真っ白に埋め尽くしていました。 -
現在は観光用として当センターや一部地区で栽培されていますが、残念ながらこの時期は、ほとんどの花は終わっていました。
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昔懐かしい除虫菊加工用の農機具がありました。
これは、花が終わった除虫菊の花殻を脱粒する時に使った「金ごき(かなごき)」。 -
これは、花殻に混じったゴミなどを除去する「唐箕(とうみ)」。
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今朝、白滝山に行く途中、万田酵素の看板に工場見学ができると書いてあったので、訪ねてみました。
最初に記念写真を撮って、他の見学者と一緒に工場見学のスタート。 -
元禄年代から因島にあった蔵元・万田の11代目当主・松浦新吾郎が、1961年から発酵食品の研究を初め、1984年に万田酵素を開発・販売開始し、万田発酵(株)を1987年に設立・・・2005年に経営不振に陥りましたが、その後、ダイレクトマーケティングを展開し、会社は再生しました。
本社および製造工場は因島にあり、工場は2007年にGMP(Good Manufacturing Practice )適合認定を取得しています。 -
見学棟で、原材料になる53種類の果実や野菜、穀物の説明を受け、発酵のメリットや栄養成分について話を聞き、原材料の洗浄から仕込み・発酵・出荷までの工程を理解します。
万田酵素は、無加水・非加熱・無添加で、常温発酵により長期熟成して作られており、ペーストを試食してみると、味噌のような感じ。 -
万田発酵は、健康食品が主体ですが、肥料としても有効です。
1000倍に薄めて月に2回ほど野菜に与えると、大根もご覧の通り、ジャンボサイズに。 -
植物発酵エキスは保湿力が抜群・・・万田酵素のスキンケア製品を使うと、肌に潤いを与え、ハリとツヤに満ちた美しいお肌になるそうです。
因島出身の女優・東ちづるさんのCMでお馴染みですね(今は、瀬戸朝香さんにバトンタッチしていますが)。 -
見学棟の説明の後は、本社の向かいにある「万田びっくりファーム」へ。
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このファームは、2010年にオープンして以来、今日までの来訪者は31万人・・・年間約5万人、1日当たり140名の計算です。
今日も○○ツーリズムの団体さんが来ていました。 -
「万田びっくりファーム」という名の通り、農場では驚きの連続・・・ジャンボ大根も、このド迫力!
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栽培時期でないものは、説明看板の写真を見て驚きます。
ジャンボ南瓜や・・・ -
ジャンボキャベツ。
万田酵素を与えるだけで、こんなジャンボ野菜が出来るのですね。 -
トマトも、見事な実の付けよう。
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面白いのは、この逆さ栽培・・・家で試してみたくなりました。
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最後は、ファームの入り口横にあるコーナーで記念品をもらってショップでお買い物をして、1時間の工場見学が終了。
万田酵素を毎日続けて摂取することで、栄養素の消化・吸収がスムーズになり、美容にも役立つそうです。
明日から、もっと元気になるかしら? -
万田発酵から少し南に行くと、生口橋があります。
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生口橋は全長790mの斜帳橋で、1991年の竣工。
以前、車で通ったことはありますが、下から見上げるのは初めて・・・美しい姿です。 -
昼食の後、因島北ICからしまなみ海道に入り、因島大橋の手前にある大浜PAで最後のショッピング。
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因島と向島を結ぶ因島大橋は、1983年に完成した1,270mの橋。
この写真では分かりませんが、橋桁はダブルデッキ(2層式)になっており、上が車道で、下には幅員4mほどの自転車・歩行者道が併設されています。 -
しまなみ海道から山陽道に入り、14時半に広島空港へ。
空港近くのレンタカー会社に無事車を返し、空港まではマイクロバスで送ってもらいました。 -
15時35分発の出発まで時間があったので、ビジネスラウンジ「もみじ」で小休止。
成田のようにアルコールのサービスはありませんが、ソフトドリンクが用意されています。 -
ゴールドカードの有難味を感じながら、リラックス出来ました。
今回の小旅行は、福山での結婚式を挟んで、姫路・岡山・尾道・因島と瀬戸内の歴史を巡る旅となりましたが、その中でも特に、最初の姫路城と最後の白滝山・五百羅漢は、いつまでも記憶に残ることでしょう。
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