2016/05/25 - 2016/06/02
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空飛ぶドクターさん
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5月25日(水)から6月2日(木)まで、久しぶりのプライベート旅行です。こういう時にしか使いにくいマイレージ(JAL)を利用し、サーチャージがゼロの今は空港税などで福岡〜羽田〜パリ往復たったの8千円程度です。しかもLCCを調べると、パリ〜プラハ往復が1.6万円程度です。
朝7時40分発のフライトで羽田へ。スムーズに午前10時35分発のパリ・シャルルドゴール空港行きへ乗り継ぎます。予定よりやや早く午後3時40分には到着しました。
eチケットしか手元にないので、最初ダメと言われましたが、荷物をチェックされターミナル2Eから2Dへ移動のバスに乗りました。でも、少し不安になります。預け荷物があれば、いったん出口へ行き入国手続きをしなければいけないはずで、勝手に入国したことになっているのではと少し不安になりました。ともかく、2Dのターミナルに入ると幸い出入国審査場があります。いい訳みたいにJALのeチケットと smartwings のeチケットを見せてパスポートを差し出しました。でも、全然問題ないらしく入国のスタンプを押してくれました。
ただ、この smartwings という航空会社はどこにもカウンターがないし、チェコ航空機材使用とは書いてあるものの、エアーフランスはコードシェア便と掲示板にも書いてあるのに、名前が出てきません。不安です。午後8時15分の便なのでまだカウンター(チェコ航空)も開いていません。やっと2時間前になってチェコ航空のカウンターへ行くとあっさり発券してくれました。でも、預け荷物はない代わりに機内持ち込み荷物が二つになるのが問題なのか職員同士で数人と確認していました。でも、結局問題はありませんでした。
やや不安の連続ではあったものの、無事に予定のチェコ航空に乗りました。機内誌では、smartwings という名前を予約などに使っているようなことも書いてありましたが、発券されたチケットにはちゃんと Sold as QS 8767 と書いてあり、チェコ航空の OK 767 ではなく、やはり格安航空会社のチケットなのでしょう。まぁ、安ければ何でもいいのですが・・・
そのせいか、機内サービスも有料なのか飲み物一つ出ません。有料らしく、あまり注文までして飲み物を頼む人も多くはなさそうでした。こういうことを予想して、パリで軽くサンドイッチを食べていて正解でした。
時差の関係で、本来は真夜中なので機内ではほとんど寝ていて、着陸の衝撃で目が覚めました。いつものように、窓側の席を取っていましたが、どうせ夜で景色は見えないので見逃してはいないと思います。
市内行きのバスへ乗りましたが、ATMで5000チェココルナ(CZK)(1CZKは5円弱)降ろしたものの、1000CZK札5枚しかなく、バスの運転手はお釣りがないと言うので降りようとしたら、とにかく乗れと言ってくれました。目の前の女子大生2人に降りる所(地下鉄の駅らしいが、新しいらしく私の本には書いていない)を確認すると、英語は通じるし親切で一緒にバス停を降り地下鉄へ乗り換えました。当然のように、バス代は払っていません。彼女らについて降りて行くと、いきなりプラットフォームです。切符を買っていないと言うと、バス代の切符が共用らしく持ってないのかと聞かれました。正直に言うと、近くに発券機があるのを見つけてくれました。ところが、私のクレジットカードが反応せず(磁気?)、結局小銭なので(32CZK)一人が払ってくれました。私は札束しか持っていません。結局、調べてある程度準備していた地下鉄の駅で降りました。彼女らには悪いけどお礼だけ言ってすませました。おかげで、いきなりチェコの印象は最高です。
地下鉄からホテルまでも近いはずですが、何人かに道を尋ねました。意外と若い人はみんな英語が通じました。
【5月26日(木)】
結構豪華な朝食ビュッフェを食べて約束通り午前9時にホテルフロント近くで待っていると Jana Stehlikova が迎えに来てくれました。チェコ経済大学の学生でPrahaプラハ(英語表記 Prague)に住んでいます。昨年のMIRAIプログラム(AFS関係)のインバウンドの仕事で知り合った多くの大学生の一人です。
名前はドイツ語同様「ヤナ」と発音します。名字は i と a の上に左下向きのアクセントマークが付きます。「ステリーコヴァー」です。驚いたのが、このアクセントマークは強く読むのではなく、軽く伸ばすのだそうです。興味あるのが、名字が父親の場合、男なので Stehlik だけだそうです。つまり、女性には卵巣があるので ova つまりovarium(卵巣)が付くそうです。女性の名字と分かるわけです。なかなか面白いですね。そう言えば、女子テニスのペトラ ・ クビトバも Kvitova で a にアクセント記号があります。但し、日本語表記はクヴィトヴァ、クビトワなどもあり紛らわしいですが。
通貨のコルナに関しても、英語では corona で、意味は crown だと教えてくれました。通過は違うもののEUに加盟していると教えてくれました。確かに、フランスを飛び立つ時は国内扱いでパスポート・コントロールはありませんでした。
まずは、ホテルのすぐ近くで昨夜夜景の写真を撮ったカレル橋を渡ります。Karluv most とチェコ語で書きますが、まさか英語で Charles Bridge だとは全く思いもしませんでした。そう言えば、私のホテルの名前は Charles Bridge Palace です。
目の前にプラハ城が見えています。昨晩も写真を撮りながら気が付いていました。プラハ城とは一大敷地で、中に旧王宮、宮殿、教会、修道院などがあります。これも名前で騙される聖イジ―教会 (Basilica of St. George) を通り、遠くからも見えていた尖塔のある建物・聖ヴィート大聖堂 (Cathedral) に出ます。宮殿を通って、目的地のストラホフ修道院へだいぶ遅れて9時45分頃到着しました。
教会の中とか一部有料なので、途中でプラハ城入場料、250Kcと125Kc(学割)を払いました。通貨チェココルナはKcとも略すことも多いようです。
ストラホフ修道院前でヤナの男友達が待ってくれています。同じ大学の先輩だけでなく、この修道院に関係があるらしく、案内をかってくれたのでした。唯一、予約が必要な場所です。関係者らしく部屋の鍵まで持っています。ごっつい昔ながらの鍵でドアを開けると図書室でした。しかも、奥の一部屋は天井にフレスコ画が描いてあり、上の高いところには隠れ階段のようなところから中二階へ上がれるのです。しかも、埃だらけのように見える本は本物で、中には2ページに渡ってラテン語、アラブ語、イスラム語、ギリシャ語などの色々な言語で書いた聖書までありました。
最後に、普通では見れない方向からのプラハの街の絶景が見える場所を案内してくれました。握手をして別れました。
ストラホフ修道院が西の奥にあるので、東側の旧市街に戻る方向にロレッタ教会があり、名前通りイタリアのロレッタ村に謂れがあり、カトリック勢力拡大のためボヘミア地方にも建てられたようです。明るい色使いの建物です。それから、広大なプラハ城の敷地を戻る形になります。一度素通りした聖ヴィート大聖堂の中に入ると豪華なステンドグラスも目立ちます。
色とりどりの小さな家が並ぶ黄金小路があります。以前は従者などが住んでいたようですが、今はお土産屋さんが並んでいます。チェコ人作家・フランツ・カフカが一時期住んでいた青い壁の家もありました。その先の地下室に恐ろしい拷問の部屋がありました。
トラムに乗って、旧市街広場へ移動しました。1620年頃に指導者が27名も処刑されたりした場所で、異端として1415年に火あぶりの刑に処された英雄・ヤン・フスの銅像が真ん中にある広場です。2本の塔が目立つティーン教会 (Church of Our Lady before Tyn) があり、角には旧市庁舎があり、一角に天文時計があります。旧市庁舎の塔に登ると広場はもちろん市内が見渡せます。
昼食は遅くなりましたが3時頃パブへ案内してくれました。私はアルコールが飲めませんが、軽食があるので問題ありません。二人分で285Kcと安いものです。
真正面に国立博物館が見えるかなりの道幅のまっすぐなヴァ―ツラフ広場へ出ました。ここが1968年ソ連軍の戦車がやって来た場所であり、1989年の100万人市民による無血革命(ビロード革命)の場所などと歴史的な場所であると感慨に耽りました。ちょうど昨年10月に仕事で訪れた北京の天安門広場の時と同じように。
地下鉄で1駅乗ると、鉄道の本駅で翌日のプラハからブラチスラヴァ(スロヴァキア首都)の2等切符をヤナの手伝いで買いました。駅を出て歩くとまだ明るいのですが、もう午後7時を過ぎています。試験期間中と言うヤナとはここでお別れです。
ちなみに、バス代も地下鉄代も17や 20 Kc(80、100円)と非常に安いものです。
やっと暗くなり始めた9時頃、夕食は一人で旧市街広場にある地下鉄駅名と同じ Staromestska というレストランへ行き、無難なステーキ、グーラッシュ・スープとキャベツサラダ、それにドリンクとしてノンアルコール・ビールを注文しました。期待通り割と安く、これだけ食べてたったの507コロナ(2500円程度)でした。ノンアルコール・ビールも気に入りました。ほとんどアルコールがダメな私ですが、このノンアルコール・ビールは泡立ちといい、ホップの効いた苦みといいかなり本物のビールに近い味だと思います。ここチェコはピルスナービールで有名なようです。アルコールのダメな私ですが、本物の味に近いビールだと思います。むしろアルコールの味はしないのに、まさかアルコールは入ってないかと心配するくらいの味でした。
【5月27日(金)】
昨日ヤナに手伝ってもらって買った切符で朝7時52分発、11時50分着のスロヴァキアの首都・ブラチスラヴァへ移動しました。これだけの時間乗るのに切符はたったの4千円くらいでした。1993年1月1日にチェコ共和国との連邦制を解消して、スロヴァキアの首都になったこの都市はずっと長い間ハンガリー支配下にあったそうです。同じEUなので途中でパスポートチェック等はないので、いつ国境を越えたかもわかりません。
(詳細は「チェコ・スロヴァキア旅行(2.スロヴァキア編)」へ)
【28日(土)】
早くもスロヴァキアは今日でお別れです。最初の自分の予定では、チェコ共和国へ戻り、第2の都市Brnoブルノへ2時間ほどで移動し宿泊するつもりでした。でも、ブルノで生まれたヤナがブルノは見る所が大してないから、むしろクロムニェジーシュの庭園群と城(世界遺産)へ行った方がいいと勧めてくれました。この地名を覚えるのに苦労しました。何故なら、チェコ語表記は Kromeriz ですが、eとrとzの上にチェックマークが付き、i の上は左下向きのアクセントマークです。そのせいらしく、ローマ字読みとはほど遠い発音になります。
ブラチスラヴァを朝出発(バス代たったの4.5ユーロ)し、ブルノでバスを乗り換え(たったの3.75ユーロ)、1時間足らずで目的地のクロムニェジーシュの小さなバスセンターへ着きました。でも、もらった地図でも方向がはっきりしません。目の前の建物が小さな列車の駅のようです。ビックリしたことに、そこで現地の女性に日本語で話しかけられました。まさか、チェコのこんな田舎で日本語の分かる人がいるなんて!おかげでやっと方向が確認できました。川を渡ってすぐの入り口から公園に入り、シャトー(城)へ行けるのでした。
ただ全体的に英語の表示、説明があまりなく分かりにくいのでした。場所がほぼ確認できたので、先にレストランUnoで昼食を食べました。トラウト(マス)の揚げ物料理を食べましたが、海外で食べる魚料理としては合格点でした。値段も全部で262Kcとリーズナブルでした。
公園のはずれにある建物がシャトーらしく、ようやく数少ない英語表記でUNESCOと書いてあるので、世界遺産、つまりここがクロムニェジーシュの庭園群と城(シャトー)と確認できました。結構遠回りしてたどり着いた今晩のペンション(Maly Val)にチェックイン(たったの1000Kc、5千円以下)して、荷物を置いてシャトーに戻りました。よくわからないのですが、この広大な公園みたいな敷地が chateau garden(城下庭園)らしいのですが、歩けども歩けどもただの公園です。鳥もいるし、自然はいっぱいなので悪くはないのですが、どうも自分のイメージの庭園ではありません。いや、庭園らしくありません。
歩き疲れて、建物(シャトー)へ戻ります。地図をもう一度よく読む(但し、英語ではないので絵を読むだけです)と、どうも少し離れた別の場所に第2の庭園があるらしいことにやっと気が付きました。英語で flower garden(花庭園)と書いてあります。そこでようやく緑の盆栽のような庭園を見つけました。日本の庭園とはずい分違います。これが中世からの欧州の庭園のようです。
夜は、ローストポークとトマトスープ、グリル野菜、ドリンク2つなどで結構美味しく食べました。やはり、かなり安く362Kc(2千円以下)でした。
【29日(日)】
今回の旅は観光に徹して毎日移動です。今日の目的地は街自体が世界遺産の Telcテルチですが、途中でヤナに何もないと言われたブルノに立ち寄ります。クロムニェジーシュを9時40分にバスで出発し11時にはブルノへ到着します。バス代もたったの88Kcです。
駅のInformation でトラムでの行き方を聞き、あまり有名でなさそうな、でも世界遺産であるトゥーゲントハート邸に何とかたどり着きました。でも、案内も地味ですし、鍵がかかってほとんど人もいません。とても世界遺産の場所ではありません。しかも、名前通りただの一軒の家です。やっと回りにいた人から庭だけなら50Kc(250円)で見学できるとわかり、一緒に中から出て来た係員に50Kc払い、鍵を開けてもらい庭の部分へ入れました。どうも、今日は予約でいっぱいで邸宅の中には入れないようです。でも、庭はただの庭です。世界遺産の邸宅も有名なドイツ人が設計したというけれど、外から見える範囲でもただの広々としたガラス窓の家です。今まで色々な世界遺産を訪れましたが、一番訳の分からない遺産です。道理で「地球の歩き方」にも簡単にしか書いてありません。
ただ、その前に入ったレストランは屋外のテーブルもあり、郷土料理が安くて美味しかったのが収穫です。
トラムで駅に戻り、列車から見えるくらい駅から歩いてすぐの聖ペトロ聖パウロ大聖堂へ行きました。これは、それなりに立派な教会で内部もステンドグラスが豪華でした。それからその奥の高台にあるシュピルベルク城へ行きました。ここは280Kcも取られた割には何もありません。同じ城でもプラハ城などとは全く違います。期待した塔からの眺めもたいしたことありません。敢えて言うと、高台にあるのでさっき行った聖ペトロ聖パウロ大聖堂がほどよい大きさで写真に収められることぐらいです。
トラムの線路がたくさんある駅近くの街並みはヨーロッパらしく小奇麗でした。のんびり歩いて過ごしたくなるような雰囲気です。
ブルノの駅からバスセンターに戻る場所にTESCOがあり、電気製品売り場もありそうなので、立ち寄りました。目当てのGarmin カーナビ(ポータブル)を見つけ買いました。期待通り安く1万2千程度です。実は、アメリカで一つ買ってもっています。いつも、欧米のレンタカーで借りる使い慣れたカーナビです。本当はパソコンに連動してヨーロッパの地図ソフトを買えば、使えるはずなのですが、以前取り込みに失敗してお金だけクレジットカードで払わされました。面倒なので、いっそのこと同じ物をヨーロッパで買えば、イタリアでも使えるはずです。
予定通り、午後4時半のバスでブルノを出発し6時20分にはテルチに着きました。歩いてすぐのホテルへチェックインします。予約したのはHotel Telcのはずですが、外の看板には Penzion ●●●と書いてあるいい加減なホテル(ペンション)です。珍しく70E (1890 Kc)、つまり1万円近くもします。理由はバスタブも珍しい欧州の安ホテルにしては、スパまで付いています。つまり、泡風呂でろうそくまであります。
場所もよく、すぐ目の前が世界遺産そのもののザハリアーシュ広場です。さきほどのしょぼいトゥーゲントハート邸と違い、広場に面した建物はすべてパステルカラーで1500年代のルネッサンス様式や初期バロック様式の可愛らしい家が並んでいます。
この広場に面したレストランでポークステーキ、グリル野菜、飲み物にミント・レモネードというモロッコのミントティーのようにミントの葉がたっぷり入ったのを注文し、エスプレッソまで入れてたったの230CZKでした。
もちろん、寝る前は部屋でゆっくり泡風呂を楽しみました。
【30日(月)】
テルチ城は残念ながら閉まっていますが、朝は城下公園をゆっくり散策しました。池に囲まれた街でのんびりできました。朝食後、ホテルのレセプションの女性二人にアップの顔写真を撮らせてもらいました。何故なら、二人ともチェコ人らしい魅力的な瞳の色をしているからです。私の個人的な好みです。やや灰色がかった青い目です。
テルチを午前11時にバスで出て、チェスケー・ブディェヨヴィツェに12時50分には大きなバスセンターへ到着しました。昼食にはセンター内のフードコートでザワークラウト、ハムの入ったパスタ風料理(ハルシュキー?)を注文しました。安くてまぁまぁ美味しいのですが量が多く半分程度を残しました。ノンアルコール・ビール(150円程度)も注文しました。
バスに乗ると似たような名前のチェスケー・ブディェヨヴィツェから目的地チェスキー・クルムロフまでは30分足らずで到着します。バスの移動で気が付いたのは、この辺りは池がやたら多いということです。それと、イタリアのトスカーナ地方の風景ほどではないですが、緑色の田園風景は結構きれいです。
バス停から少し歩くといきなり豪華な景色です。もちろん世界遺産です。緑色の塔が目立つチェスキー・クルムロフ城があり、蛇行したヴルタヴァ川があり、緑色の木々と絶景です。昨年知り合った日本旅行のカリスマ添乗員・平田進也さんが一番好きな「奇跡の都市」と言っていただけのことはあります。
途中にあるPension Gardenaにチェックインして荷物を置きます。ここは7千円程度です。その代り、もちろんシャワーだけです。ゆっくりと城へ行き、もちろん塔に登ります。期待通り、ここからの景色も最高です。蛇行した川、中世の建物、緑豊かな自然が調和して最高の景色です。一部ある庭園はやはりクロムニェジーシュ庭園と少し似ています。これが、中世の庭園なのでしょう。
【31日(火)】
小鳥のさえずりがうるさいくらいで目が覚めました。さすがに大自然の中のペンションです。でも、それはともかく大雨です。考えて見るとずっと天気には恵まれていました。
少し濡れながら何とか歩いて5分のバスセンターまで行きました。幸い、屋根のあるバス停もありました。朝9時のバスで昨日通過したチェスケー・ブディェヨヴィツェへ行きます。この町はバスセンターでわかるように結構大きな町のようです。でも、あまり見どころはないようです。でも、郊外に2ヶ所見どころがあります。
まず、バスで35分の郊外・ホラショヴィツェ歴史地区に行きました。でも、バスの便数が少ないので不便な場所です。念のために、帰りのバスを調べていますが、1時間15分後でちょうどいいです。でも、これを逃すとかなり遅くまでバスがありません。ここも世界遺産です。割と狭いエリアに30〜40軒の家があります。19世紀前半の南ボヘミア風バロック様式だそうで、パステルカラーに彩られたレンガ造りの家が並んでいます。ただ、私の眼には2日前に見たテルチの広場の家に似ているようにも思えました。
雨もひどいし、先にレストランで食事をしました。いかにも定食のような郷土料理を注文しました。ポーク料理にザワークラウト、英語でdumplingsと呼ばれる団子状のジャガイモか小麦粉の練りものが添えてあり、グレービー(肉汁)がかかっています。たった500円程度です。
食べた後少し待っていましたが、雨は止むどころかかなり強く降っています。ちょっと躊躇しましたが、お店の女性に傘を貸してもらえないか頼んだら快諾してくれました。おかげで、ほとんど濡れずにカラフルに並んだ家の写真を撮りました。そのうちに小雨になってきました。お礼を言い、傘を返した頃には雨は気にならないくらいになっていました。
バスでチェスケー・ブディェヨヴィツェに戻り、1時間くらい待って次の目的地・フルボカー城方面へ行くバスに乗り30分で到着しました。
バス停から少し上って行くと、チェコで最も美しいと言われているらしい城館・フルボカー城へ着きました。やはり巨大な敷地にある豪華な城です。途中で、青い目をした赤ちゃんを揺りかごであやしているチェコ人のお母さんを見かけました。プライバシーだと赤ちゃんの写真を撮るのは断られましたが、アメリカに長年住んでいたと言うそのお母さんとしばらくお喋りを楽しみました。
嫌な予感が当たり、16時24分のバスは週末限定のようで来ず、17時10分までバス停で待ちました。バスセンターに戻り、調べていたバスと列車どっちにしようかと迷いましたが、日本と違いバスも列車もプラハまでの所要時間は2時間ちょっとと大差なく、少し迷いましたがバスにしました。バスの方が、普通の道を通るので、眺めがいいような気がしたからです。
プラハの大きなバスセンターに午後8時半頃到着すると、期待通り地下鉄駅が近くにあり Andel という駅で、Mustekまで行き、今度のホテル・Friday Hotel にチェックインしました。1万円程度にしてはかなり立派な部屋でした。バスタブもあります。明日の帰国便に備えてプラハまで戻って来ました。まだ明るいですが、夕食には近くのイタリア料理店に行きました。リーキ(西洋ネギ)スープ、サラダ(モッツアレラチーズとルッコラ)、ムール貝のトマトソース味付けなどを食べましたが、まぁまぁのイタリア料理でした。値段も442Kcと2千円ちょっとです。
【6月1日(水)】
今日は帰国のためプラハ空港に行くだけですが、午後3時過ぎの便(しかもパリまででEU国内扱い)なので、かなり時間に余裕があります。朝食は8時からと遅く、6時40分には目が覚めたので、歩いてすぐのカレル橋に行き、気になっていた(初日に見過ごした)フランシスコ・ザビエルの像を確認しました。横文字でちゃんと Sancto Francisco Xaverio と書いているので間違いありません。大分県人としては、洋菓子「ざびえる」があるくらいです。豊後藩大友宗麟との交流で有名です。
旧市街広場へも再度行き、目立つ角の塔・火薬塔まで行くと、隣が市民会館でした。ホテルのFriday に戻る時に初めて向かい側にもカジノがあることに気が付きました。
ホテルで朝食後チェックアウトし、荷物を預けて再度プラハ城に行くことにしました。初日せっかくヤナが案内してくれたのですが、あまりに巨大なため、再度ガイドブックを見ながら、これが聖ヴィート大聖堂、聖イジ―教会と確認して回りました。
地下鉄でホテルの近くのMustekに戻り、再度ヴァ―ツラフ広場をゆっくり歩きました。こうして、最後ギリギリまでプラハを楽しみ、最後の食事をホテルのあるナ・プシーコピェ通りのチェコ郷土料理店で取りました。チキンスープ、ポーク料理にキャベツ、生野菜、ピクルスなどのバランスのいい定食風、単品で好きなザワークラウトも、気に入ったノンアルコール・ビールとエスプレッソと味わいました。さすがに高級店で、初めて3千円以上しました。
地下鉄とバスでスムーズにプラハ空港へ行き、今度はブルガリアのソフィアへ行く時に使ったことのあるVeuling航空に乗り、パリで夜のJAL便に乗り継ぎました。この羽田行の便の機体は内装が新しく、普通3,4,3列の配置が、3,3,3と1席少ない分、横の感覚に余裕があり、しかも前後も少し広い気がします。要するに、エコノミークラスの席ですが少し余裕がありました。しかもラッキーなことに、いつもの窓際の私の隣の真ん中の席は空席で通路側の人だけなので、尚更席に余裕がありゆっくり羽田まで帰れました。
あまりいい最新の映画がないので、ずっと「最高の人生の見つけ方」を英語版と日本語版とでしつこく何回も見ました。何故なら、来週の私の仕事と関連する内容だからです。原題は ”The Bucket List” でバケツ・リストとは死ぬ前にやりたい事のリストで、kick the bucket が「死ぬ」という俗語から来ています。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン演じる二人ががんの末期で、最期に世界旅行をするという話です。
来週、依頼人の高齢女性が初恋の人にいわれのあるカンザスシティなどのアメリカ旅行をするのを私がエスコートします。まさに、私の真骨頂で諦めていた夢を叶えてあげるのです。私の著書「医師と行く 諦めていた夢が叶う旅」そのものの旅行です。
2日(木)午後3時過ぎに羽田へ到着。5時過ぎの便に乗り継ぎ福岡まで帰って来ました。今回は私にしても珍しく慌ただしく、5日間だけ日本に帰って、またすぐに海外旅行です。しかも、週末の2日間は天草の病院での当直ですからほとんど自宅にはいません。
空飛ぶドクター(登録商標)
坂本泰樹
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL チェコ航空 ブエリング航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
夜のプラハ城
-
夜のカレル橋
-
イチオシ
プラハ城
カレル橋
ヴルタヴァ川 -
ヤナとカレル橋にて
-
プラハ城
聖ヴィート大聖堂 -
ストラホフ修道院内部
-
ヤナの友だち
-
ストラホフ修道院
図書室 -
ヤナとストラホフ修道院にて
背景にプラハ城 -
ロレッタ教会
-
旧市街広場
ティーン教会 -
旧市庁舎
天文時計 -
旧市街広場
ヤン・フス像 -
ペトシーン公園
エッフェル塔を模した展望台 -
ブルノ駅近郊
列車と
聖ペテロ聖パウロ大聖堂 -
スロヴァキア駅
-
クロムニェジーシュ
トラウト料理 -
クロムニェジーシュの庭園(城下)
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クロムニェジーシュ城
-
クロムニェジーシュ庭園(城下)
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クロムニェジーシュ庭園(花庭園)
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クロムニェジーシュ庭園(花庭園)
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ブルノ近郊の田園風景
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ブルノ
レストランでの典型的郷土料理 -
意味不明な世界遺産
トゥーゲントハート邸
ブルノ -
ブルノ
聖ペテロ聖パウロ大聖堂 -
聖ペテロ聖パウロ大聖堂
内部のステンドグラス -
シュピルベルク城
ブルノ -
テルチ
ザハリアーシュ広場 -
テルチ
ザハリアーシュ広場 -
テルチ
ザハリアーシュ広場の裏側
池 -
ミント・レモナーデ
-
夕方のテルチ
ザハリアーシュ広場 -
テルチ
ザハリアーシュ広場
教会と城 -
テルチ
城の庭園
池 -
チェコ人の青い瞳
-
イチオシ
チェスキー・クルムロフ
ヴルタヴァ川
チェスキー・クルムロフ城 -
チェスキー・クルムロフ城・塔からの景色
-
チェスキー・クルムロフ城
-
チェスキー・クルムロフ城からの景色
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有料トイレが多い
6Kc=30円足らず -
チェスキー・クルムロフ塔
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チェスキー・クルムロフ城
夕方の風景 -
チェスキー・クルムロフ城
夜景 -
雨のチェスキー・クルムロフ
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典型的な郷土料理
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チェスケー・ブディェヨヴィツェ郊外
ホラショヴィツェの歴史地区
世界遺産 -
チェスケー・ブディェヨヴィツェ郊外
ホラショヴィツェの歴史地区
世界遺産 -
チェスケー・ブディェヨヴィツェ郊外
フルボカー城 -
プラハ
カレル橋
フランシスコ・ザビエルの像 -
プラハ
ヴァ―ツラフ広場
聖ヴァ―ツラフの騎馬像 -
プラハ城
聖イジ―教会 -
プラハ
最後の食事
チェコ郷土料理
ノンアルコール・ビール -
パリ・シャルルドゴール空港
待合室
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