2016/05/29 - 2016/05/29
729位(同エリア1661件中)
Wind99さん
- Wind99さんTOP
- 旅行記451冊
- クチコミ19件
- Q&A回答1件
- 367,437アクセス
- フォロワー23人
旧東海道 戸塚宿〜藤沢宿
前回の程ヶ谷宿の続き。
戸塚は日本橋から数えて5番目の宿場町で、起点の日本橋からは10里半(約42km)の距離にあり、朝江戸を発った当時の旅人の一番目の宿泊地として最適であったという。
さらに鎌倉への道、大山参詣への道の分岐の宿として大変な賑わいを見せていた。
残念ながら、あまり歴史を感じられる所は少なかったが、旧東海道を歩くだけで楽しかった。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
JR戸塚駅で降り東口に出る。
戸塚宿は、この駅を中心に東西約2.3kmに渡り、存在していた。
駅前からすぐの東海道に入ると、自販機が東海道五十三次バージョン。 -
駅から北東へ東海道を歩く。
柏尾川に架かる吉田大橋。 -
吉田大橋には、歌川広重による有名な浮世絵の東海道五十三次(戸塚宿)が描かれていた。
この浮世絵は、旅人が馬から降りるポーズなため、初版品であろう。(次作では馬に乗るところに変化している) -
梅雨前の柏尾川。
境川の支流であり戸塚から藤沢まで流れるが、東海道には沿っていない。 -
吉田大橋を渡ったところ。
現在の東海道だ。 -
昭和まで営業していたと思われる店舗。
「酒類販売店」と、「横浜市 災害用井戸 協力店」の看板を発見した! -
歩道上のマンホールは、箱根駅伝の絵になっていた。
-
妙秀寺
延文元年(1356年)創建の寺。
境内に石造で古い「かまくら道」の道標があった。 -
宝蔵院会館 観音堂
-
宝蔵院
旧東海道の案内板 -
戸塚 江戸方見附跡
江戸方面の戸塚宿の入り口は、現在ステーキハウス フォルクスの敷地にあった。
ここからUターンし、東海道を引き返す。 -
善了寺
1223年開山の寺。 -
出来上がったばかりの本堂改築。
壁一面が珍しいヨシ葺きになっていた。
戸塚駅前まで戻り、東海道を南西に進む。 -
清源院
徳川家康の側室であった、お万の方が開かれたお寺であるといい、葵の御紋が掲げられている。 -
本堂の手前右手に芭蕉の句碑がある。
「栗といふ文字は西の木と書きて
西方に便あり’西方浄土)と行基菩薩
一生杖にも柱にも此木を用玉(給)ふとかや」
「世の人の見つけぬ花や軒のくり」 -
今年一杯本堂建替えの工事となる。
-
内田本陣跡
戸塚郵便局横である。案内板には、本陣の建物の見取り図が載っていた。 -
内田本陣跡を振返ったところ。
左側にトラックが止まっている辺りが本陣跡となる。 -
藤沢へ向かう東海道。
-
もう1つの本陣、澤邉本陣跡。
-
羽黒神社
澤邉本陣跡の石碑の後方には、羽黒神社があった。 -
海藏院
鎌倉円覚寺の末寺で、南北朝期の創建。 -
ここには、手作り感のあるお地蔵さんが一杯いた。
なぜか癒させる。 -
八坂神社
1572年(元亀3年)に「牛頭天王社」として、庄司内田兵庫源政親が創建たという。 -
お札まき
江戸時代にはこのお札まき、江戸や大阪でも盛んに行われていたというが、だんだん自然消滅していき、今ではこの「お札まき」をおこなっているのは唯一ここだけだそうだ。
7月14日にそれは行われる。 -
冨塚八幡宮
延久4年(1072年)富塚山中腹に社殿を造り、創建された。 -
社殿後方に古墳があり、それを富塚と称したことから、戸塚という地名が発祥したという。
-
上方見付跡
戸塚駅に向かって左側。道の両側に見付跡の碑。 -
上方見付跡
藤沢駅に向かって左側。今はローソンの敷地。
このバス停(大阪下)から、藤沢駅北口行の神奈中バスに乗る。
戸塚宿は終わり、次は藤沢宿。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29