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滋賀県彦根市高宮町は、古くから「お多賀さん」と呼び親しまれている多賀大社の参道口に発達した市場町で、江戸時代に中山道が整備されると、中山道六十九次の江戸から数えて64番目にあたる高宮宿としても賑わいました。<br /><br />本陣1軒、脇本陣2軒、問屋場1軒、旅籠23軒を数える高宮宿は、天保14年(1843年)の記録によれば、武蔵国の本荘宿に次ぐ中山道第2の規模を誇る戸数835軒、人口3,560人の大きな宿場町で、宿場の石高も美濃の鵜沼宿に次ぐ2千9百石余りに及びました。<br /><br />寛永12年(1635年)に建てられた多賀大社の一の鳥居を中心に広がる町並みには、本陣跡の小さな門や、切妻屋根の中二階建てに、漆喰塗籠めの虫籠窓、袖卯建、格子などをしつらえた伝統的な町家が軒を連ね、かつての風情が色濃くただよっています。

2016 近江の国の宿場町 2/2 中山道 高宮宿

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2016/04/22 - 2016/04/22

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nao

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滋賀県彦根市高宮町は、古くから「お多賀さん」と呼び親しまれている多賀大社の参道口に発達した市場町で、江戸時代に中山道が整備されると、中山道六十九次の江戸から数えて64番目にあたる高宮宿としても賑わいました。

本陣1軒、脇本陣2軒、問屋場1軒、旅籠23軒を数える高宮宿は、天保14年(1843年)の記録によれば、武蔵国の本荘宿に次ぐ中山道第2の規模を誇る戸数835軒、人口3,560人の大きな宿場町で、宿場の石高も美濃の鵜沼宿に次ぐ2千9百石余りに及びました。

寛永12年(1635年)に建てられた多賀大社の一の鳥居を中心に広がる町並みには、本陣跡の小さな門や、切妻屋根の中二階建てに、漆喰塗籠めの虫籠窓、袖卯建、格子などをしつらえた伝統的な町家が軒を連ね、かつての風情が色濃くただよっています。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 中山道 高宮宿にやって来ました。<br /><br />彦根市役所高宮出張所の駐車場に車を停めさせてもらって、町並みの北側から町歩きを始めます。

    中山道 高宮宿にやって来ました。

    彦根市役所高宮出張所の駐車場に車を停めさせてもらって、町並みの北側から町歩きを始めます。

  • 荒壁の土色がいい味を醸している町家は、金属板で覆った本卯建をあげています。

    荒壁の土色がいい味を醸している町家は、金属板で覆った本卯建をあげています。

  • こちらは白漆喰で塗籠めた町屋です。<br /><br />町並みを少し外れたところに近江鉄道高宮駅があるので行ってみます。

    こちらは白漆喰で塗籠めた町屋です。

    町並みを少し外れたところに近江鉄道高宮駅があるので行ってみます。

  • 高宮駅は想像していたものより随分モダンな駅舎です。

    高宮駅は想像していたものより随分モダンな駅舎です。

  • モダンな駅舎に反して、鄙びた感じのプラットホームには・・・

    モダンな駅舎に反して、鄙びた感じのプラットホームには・・・

  • 米原行の電車が入線しています。<br /><br />では、町並みへ戻ります。

    米原行の電車が入線しています。

    では、町並みへ戻ります。

  • 町並みへ戻ってきました。

    町並みへ戻ってきました。

  • 駒寄せをしつらえた町屋。

    駒寄せをしつらえた町屋。

  • 建物前面をベンガラ塗の外格子が覆っているので、玄関へ向かうのにも格子戸を開けて入ります。

    建物前面をベンガラ塗の外格子が覆っているので、玄関へ向かうのにも格子戸を開けて入ります。

  • 2階に大きなガラス窓が開けられた町屋。<br /><br />戸袋に凝った細工がなされています。

    2階に大きなガラス窓が開けられた町屋。

    戸袋に凝った細工がなされています。

  • こちらの虫籠窓は内側から閉じられているようです。

    こちらの虫籠窓は内側から閉じられているようです。

  • こちらの町家は竹の外格子が前面を覆っています。

    こちらの町家は竹の外格子が前面を覆っています。

  • でも、さすがに玄関戸の前にはつけられていません。

    でも、さすがに玄関戸の前にはつけられていません。

  • 町並みの中ほどに鎮座する高宮神社の狛犬。<br /><br />こちらが阿形で・・・

    町並みの中ほどに鎮座する高宮神社の狛犬。

    こちらが阿形で・・・

  • こちらが吽形の狛犬です。

    こちらが吽形の狛犬です。

  • こちらは江戸時代の近江上布の問屋「布惣」の町家を再生したコミュニティスペースで、滋賀県立大学の学生さんが再生、運営に携わっています。<br /><br />ちなみに、近江上布は周辺地域で織られた麻布で、細くて美しいことから「高宮嶋」とも呼ばれ、全国的に珍重されました。

    こちらは江戸時代の近江上布の問屋「布惣」の町家を再生したコミュニティスペースで、滋賀県立大学の学生さんが再生、運営に携わっています。

    ちなみに、近江上布は周辺地域で織られた麻布で、細くて美しいことから「高宮嶋」とも呼ばれ、全国的に珍重されました。

  • 「喫茶おとくら」とともに併設されたギャラリーでは、月ごとにテーマを変え、様々な作品が紹介されています。

    「喫茶おとくら」とともに併設されたギャラリーでは、月ごとにテーマを変え、様々な作品が紹介されています。

  • 北側の町並みの光景です。

    北側の町並みの光景です。

  • 今度は振り返った南側の町並みです。

    今度は振り返った南側の町並みです。

  • この町家の玄関ガラス戸の桟は、帆掛け船を連想させいるように思えませんか・・・。

    この町家の玄関ガラス戸の桟は、帆掛け船を連想させいるように思えませんか・・・。

  • 格子の中の窓がアルミサッシに取り換えられていますが・・・

    格子の中の窓がアルミサッシに取り換えられていますが・・・

  • こうして斜めから見ると、格子に隠れてしまうのでそれほど気になりません。

    こうして斜めから見ると、格子に隠れてしまうのでそれほど気になりません。

  • 1階下屋を晒し葺きにしている町屋。

    1階下屋を晒し葺きにしている町屋。

  • 宿場町にふさわしい提灯屋さんがありました。

    宿場町にふさわしい提灯屋さんがありました。

  • 提灯屋さんの店先に掛けられた瓦土で焼いた行燈。

    提灯屋さんの店先に掛けられた瓦土で焼いた行燈。

  • 宿場町の郷愁をさそう大きな提灯が看板代わりに掛けられています。

    宿場町の郷愁をさそう大きな提灯が看板代わりに掛けられています。

  • 商品そのものが掛けてあるので、これ以上判りやすい看板はありませんよね。

    商品そのものが掛けてあるので、これ以上判りやすい看板はありませんよね。

  • 提灯屋さんのお隣の酒屋さん。

    提灯屋さんのお隣の酒屋さん。

  • 北側の町並みの光景です。

    北側の町並みの光景です。

  • 「お多賀さん」と呼び親しまれている多賀大社の参道みちとの分岐点に建つ一の鳥居。<br /><br />この鳥居は寛永12年(1635年)に建てられたそうです。

    「お多賀さん」と呼び親しまれている多賀大社の参道みちとの分岐点に建つ一の鳥居。

    この鳥居は寛永12年(1635年)に建てられたそうです。

  • 一の鳥居の脇に立っている常夜灯。<br /><br />現在は1基のみですが、元々は一対で建てられていたそうです。

    一の鳥居の脇に立っている常夜灯。

    現在は1基のみですが、元々は一対で建てられていたそうです。

  • この町家の妻側の腰壁には、船板塀が使われています。

    この町家の妻側の腰壁には、船板塀が使われています。

  • 船板塀は、廃船になった高瀬舟の船板を再利用したもので・・・

    船板塀は、廃船になった高瀬舟の船板を再利用したもので・・・

  • 全国の町並みで見ることができます。<br /><br />水に晒されて浮き出た木目や、ほぞ穴などの加工跡が風情を醸します。

    全国の町並みで見ることができます。

    水に晒されて浮き出た木目や、ほぞ穴などの加工跡が風情を醸します。

  • 「俳聖芭蕉翁旧跡紙子塚」と刻まれた石標の立っている町屋。<br /><br />ちなみに、紙子塚に関して以下の逸話が残されています。<br /><br />貞享元年(1684年)冬、円照寺の住職の紹介で町家に世話になった芭蕉が、寒さに耐えて横になる自分の姿を、『たのむぞよ 寝酒なき夜の 古紙子』と詠み住職に送ります。(紙子とは紙で作った衣服のことです)<br /><br />「単なる客人」だと思っていた町家の主人が、その客人が芭蕉だったと知ると、非礼への償いとして新しい紙子羽織を贈り、古い紙子は庭に埋めて「紙子塚」とし、代々敬ったそうです。

    「俳聖芭蕉翁旧跡紙子塚」と刻まれた石標の立っている町屋。

    ちなみに、紙子塚に関して以下の逸話が残されています。

    貞享元年(1684年)冬、円照寺の住職の紹介で町家に世話になった芭蕉が、寒さに耐えて横になる自分の姿を、『たのむぞよ 寝酒なき夜の 古紙子』と詠み住職に送ります。(紙子とは紙で作った衣服のことです)

    「単なる客人」だと思っていた町家の主人が、その客人が芭蕉だったと知ると、非礼への償いとして新しい紙子羽織を贈り、古い紙子は庭に埋めて「紙子塚」とし、代々敬ったそうです。

  • この町家の1階は全面ガラス戸に改修されています。

    この町家の1階は全面ガラス戸に改修されています。

  • 妻面に、換気口の「大きな目」が開いている町家は・・・

    妻面に、換気口の「大きな目」が開いている町家は・・・

  • 本2階建ての大きな建物です。

    本2階建ての大きな建物です。

  • こちらは高宮宿に2軒あった脇本陣のうちの1軒で、慶長13年(1608年)から問屋場も兼ねた「塩谷脇本陣跡」です。<br /><br />なお、もう1軒あった脇本陣の所在は定かではないそうです。

    こちらは高宮宿に2軒あった脇本陣のうちの1軒で、慶長13年(1608年)から問屋場も兼ねた「塩谷脇本陣跡」です。

    なお、もう1軒あった脇本陣の所在は定かではないそうです。

  • こちらは染物屋さんの建物です。<br /><br />床下換気口には、花弁形にデザインされたスリットが入っています。

    こちらは染物屋さんの建物です。

    床下換気口には、花弁形にデザインされたスリットが入っています。

  • こちらは「小林本陣跡」です。<br /><br />建坪約120坪(396?)を有する武家屋敷風の重厚な建物だったそうですが、現在は表門のみが往時の姿を伝えています。

    こちらは「小林本陣跡」です。

    建坪約120坪(396?)を有する武家屋敷風の重厚な建物だったそうですが、現在は表門のみが往時の姿を伝えています。

  • こちらの町家には英数教室の看板が掲げられていますが、シャッターをあげると教室が現れるんでしょうね。

    こちらの町家には英数教室の看板が掲げられていますが、シャッターをあげると教室が現れるんでしょうね。

  • 駒寄せを巡らせた町家は、敷石が玄関先を飾っています。

    駒寄せを巡らせた町家は、敷石が玄関先を飾っています。

  • 看板からも判るように、栗を使った和菓子を中心にしたお店です。<br /><br />店名は、旭川庵と書いて「きょくせんあん」と読むそうです。

    看板からも判るように、栗を使った和菓子を中心にしたお店です。

    店名は、旭川庵と書いて「きょくせんあん」と読むそうです。

  • とてもよく似たガラス窓のある町家が軒を連ねています。

    とてもよく似たガラス窓のある町家が軒を連ねています。

  • そろそろ町並みの外れに差し掛かりました。<br /><br />この先の犬上川には、「無賃橋」という名前の橋が架かっています。

    そろそろ町並みの外れに差し掛かりました。

    この先の犬上川には、「無賃橋」という名前の橋が架かっています。

  • 犬上川に架かる「無賃橋(高宮橋)」です。<br /><br />この橋は、彦根藩が犬上川の増水により川止めになるのを解消するため、広く一般から費用を募って橋を架けるよう命じて架けさせたもので、天保3年(1832年)に完成しました。<br /><br />なお、現在の橋は昭和7年(1932年)にコンクリート製の橋に架け替えられたものです。

    犬上川に架かる「無賃橋(高宮橋)」です。

    この橋は、彦根藩が犬上川の増水により川止めになるのを解消するため、広く一般から費用を募って橋を架けるよう命じて架けさせたもので、天保3年(1832年)に完成しました。

    なお、現在の橋は昭和7年(1932年)にコンクリート製の橋に架け替えられたものです。

  • 当時、渡し船は有料だったのに対し、この橋は渡り賃を取らなかったため「無賃橋」と呼ばれるようになったそうです。<br /><br />では、高宮宿をこのあたりで切り上げて、駐車場へ戻ります。

    当時、渡し船は有料だったのに対し、この橋は渡り賃を取らなかったため「無賃橋」と呼ばれるようになったそうです。

    では、高宮宿をこのあたりで切り上げて、駐車場へ戻ります。

  • 町並みの北側目指して戻ります。

    町並みの北側目指して戻ります。

  • 多賀大社の一の鳥居まで戻ってきました。<br /><br />彦根市役所高宮出張所の駐車場は鳥居をくぐった先にあります。

    多賀大社の一の鳥居まで戻ってきました。

    彦根市役所高宮出張所の駐車場は鳥居をくぐった先にあります。

  • 多賀大社の参道には小さな常夜灯が点在しています。<br /><br />常夜灯の奥に広がるのが駐車場です。

    多賀大社の参道には小さな常夜灯が点在しています。

    常夜灯の奥に広がるのが駐車場です。

  • 駐車場の周りは親水施設として整備されています。

    駐車場の周りは親水施設として整備されています。

  • では、水辺に咲くシャクナゲに別れを告げて家路につきます。

    では、水辺に咲くシャクナゲに別れを告げて家路につきます。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • marinonさん 2025/06/16 16:57:15
    高宮良い街ですよね
    私も高宮を訪れたのは もう数年前 当時付き合ってたパートナーさんとガチャコン(近江鉄道)に乗って アート展を あっちこっちのお店などでやっている時で 古い街並み好きな私にとってはビンゴすぎるぐらいでしたねぇー。
    滋賀県立大学の学生さんが運営する高宮神社の向かいの蔵カフェにも行きましたw
    Naoさんの旅行記を拝見して すごく懐かしく思い また行ってみたいなと思いました。

    芹川の伝統的建造物群保存地区と一緒にまた行ってみようっと思います。 ありがとうございました。


    nao

    naoさん からの返信 2025/06/16 17:56:15
    まざまざと記憶がよみがえりました。
    marinonさん

    「中山道 高宮宿」の旅行記をご覧いただきありがとうございます。

    ほんと、高宮は良い町ですよね~。
    私が高宮宿を訪れたのはほぼ10年前なので、当時の様子はうろ覚えだったんですが、今回、旅行記を見直してまざまざと記憶がよみがえりました。

    また、芹川の伝統的建造物群保存地区とは、「彦根市河原町芹町地区伝統的建造物群保存地区」を指しておられると思いますが、ここは私も訪れてみたい町の一つで、是非歩きたいと思っています。

    nao

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