2016/05/17 - 2016/05/17
8位(同エリア1006件中)
noelさん
宇都宮はそれほど遠くはありませんが、なかなか訪れる機会がありませんでした。
いつもは通過地点でしかなかったのですが、
たまたま見た4トラの旅行記で、大谷資料館の存在を知りました。
テレビなどにもよく出ているようですが、全然知りませんでした。
これって日本?
まるでインディージョーンズの世界のような写真を見て、いつかは行こうと思っていました。
本当は連休中に行こうかと思ってましたが、かなり混みそうな予感。
そんな時、いいタイミングでお休みが・・・。
天気は今一つでしたが、これは行くしかないでしょう〜!!!
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
-
宇都宮駅西口より6番乗り場、行先番号45大谷経由立岩行き
資料館入口下車
9時20分乗車
450円です。(スイカは使えません。2016年5月現在。)
だいたい30分くらいかかります。 -
こちらが入口です。
雨でしっとりしています。
敷地に入ってから、広い駐車場があって、
車で来なかった事を、ちょっと後悔しました。
でも、その後寄りたい場所が色々あるので、
新幹線で来て正解でした。 -
雨のせいなのか、近づくにつれてガスがかかったように。
なんだか冷気も感じられて、不思議な気を感じます。 -
こちらが大谷(おおや)資料館。
地下坑内入口です。 -
皇太子・美智子妃殿下行啓とあります。
昭和55年10月26日です。
まだ皇太子・皇太子妃時代です。
そして隣には常陸宮・華子妃両殿下の記念碑も。
こんなにも前から公開されていたんですね〜。 -
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大谷を走った軌道とトロッコ
手掘り時代には80Kg以上もある石を背負子を使って
1本1本背負って採掘場から運んでいたそうです。
本当にかなりの重労働だったと思います。
機械化が進んで現在では、モーター・ウインチによって
巻き上げられているようです。
輸送方法も馬の背中〜馬車〜荷車〜トロッコ(人車)
〜鉄道やトラックへと変わってきました。
今ではトラック輸送がほとんどです。 -
荷車
-
大谷石の層のなりたち
大谷石については色々な学説があるようですが、
その中でも有力なものは、今から2000万年前
(新生代第三紀中世ごろ)、日本列島がまだ海中にあり
その一部がわずかに水面に出ていたような時代に
地表面の裂け目から噴出した流紋岩質角礫(砂と岩)や
火山灰などが海中に沈んで凝固してできたものです。 -
こちらから坑内に入ります。
気温は8度です。
寒いのでそれなりの服装をしてきましたが、
念のために毛布も借りました。 -
階段を下って行きます。
冷気に包まれていきます。
ちょっと気持ちが昂ってゾクゾク! -
ライトアップ効果もあって、
本当にミステリアスな空間です。
夜、ここに一人取り残されたら、怖いかもしれません。 -
イチオシ
神秘的な世界に入って行きます。
とても広い空間です。
約20000?で(140m×150m)、深さ
30mです。
思っていた以上に広くて吃驚です。 -
実はかつて太平洋戦争時には、米軍機の爆撃を避けるために、
工場の疎開が行われていました。
2つの工場が飛行機の地下生産をしていたらしいです。
吃驚ですが、頷けます。
大谷が選定されたのは、明治末期頃から坑内堀りが行われており、
多くの地下坑があったのと、軟石のために拡張が容易だったから
のようです。 -
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この地下坑内は、1919年から1986年にわたって
採掘が行われました。 -
なんだかオブジェのようなものがあります。
何を意味するのかは、ちょっとわかりませんでしたが。 -
手掘時代は、石の切り出しから仕上げまで
一日に加工できる本数は五十石だと一人当たり
10本ほどでした。
石を1本掘るのに、4000回もツルハシを
ふるったといいます。
機械化によって一人あたり一日
50本ほどでした。 -
仮屋崎さんのお花だと思います。
この空間で見ると、また格別です。 -
なんだか地下空間で秘密結社の儀式でも
行われていそうな雰囲気ですが・・・・。 -
-
洞穴のようになっているので、外から光が。
なんだかこの一筋の光が、印象的です。
まるで映画のようです。 -
ドン・ペリニョンもここを使ったんですね。
数々の有名な会社やアーティスト、そして映画、
ドラマなどのPV撮影なども行われました。
でも全然知りませんでした。
ウェッブサイトにも紹介されています。
あのENYAもここで歌ったらしいです。 -
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プリエール教会。
こちらは公開されていませんでした。
幻想的な雰囲気です。
しかも色々な色に変わっていきます。 -
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こんな感じに採掘していたんでしょうね。
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大谷石の規格品
番号がついてます。 -
tripadvisor、受賞してるようです。
-
これは展示していたものですが、
旧帝国ホテルです。
今ではこの姿を見ることがでいませんが、
正面玄関ホールは明治村に保存されているようです。
これはフランク・ロイド・ライトという米国の
建築家の設計です。
そして幾何学的な彫刻が施された大谷石と
スクラッチタイルが使われてます。
関東大震災でも崩壊を免れています。
流石です。 -
地下坑内模型
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ロックサイドマーケット
ショップとカフェがあります。 -
よく見ると大谷石そのものです。
-
公園になっているようです。
お天気が良ければ気持ちいいでしょうね。 -
歩いててくてく行くと5分ばかりで辿り着きました。
大谷寺です。 -
岩が迫ってきていて圧巻です。
弘法大師が岸壁に刻んだと言われてます。
日本最古の石仏です。(平安時代) -
この対比凄いです。
大谷観音が拝観できます。 -
天台宗の寺院です。
坂東三十三箇所第19番札所で国の特別史跡
および重要文化財に指定されています。 -
千手観音
写真撮影場できません。
こんな感じです。
説明もしてくださいました。
この地ではかつて毒蛇がいて毒水を出し、
五穀は枯れてしまい、この水のせいで
人は病気に苦しんでいましたが、
たまたま810年頃、東国を巡礼していた弘法大師が、
毒蛇を秘法をもって退治してくれました。
そしてその後には千手観音、不動明王、毘沙門天が
彫ってあったそうです。
そしてこの三尊の光明は山谷一面を金色に変えた
そうです。
今では金色に光り輝いてはいませんが・・・。
千手観音は
千の目と千の手をもっています。
手の平に目があり、私たちをいつも見守って
くださいます。 -
宝物館には出土した遺物が展示されてます。
大谷寺の洞窟は元々縄文人の横穴式住居だったようです。
そのようなわけで、縄文人の人骨が出土しました。
この人骨も展示されています。
成人男性で20歳前後だったようです。
歯もしっかり残ってます。
洞穴は昭和40年の発掘調査で、縄文・弥生から
歴史時代にまたがる遺跡であると確認されてます。 -
スペインのモンセラットのような・・
そして中の観音様は、アフガニスタンのバーミヤン遺跡のような・・・
いずれにしても石窟仏は初めて見ました。
その他にも釈迦三尊像や薬師三尊像、阿弥陀三尊像
なども。 -
お庭も拝見
-
-
この橋を渡った池の中央に弁財天が祭られています。
かつて人々を苦しめた毒蛇が、心を入れ替えて
白蛇となってお仕えしています。 -
大谷寺からほど近くに平和観音があります。
ここを抜けると・・。 -
大きな観音様
平和観音です。26.93mあります。
第二次世界大戦の戦没者の霊を弔い、世界平和を祈念する
ために彫刻されました。 -
階段を上ってきました。
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巡礼の方々もいます。
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親子がえる
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奇岩。
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天狗の投石
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崖の頂上に石があります。
なんだか落ちてきそうです。
天狗が大谷に向かって投げたのだそうです。 -
東武宇都宮駅の近くのお店へ・・・。
残念ながら定休日でした。
その前に「みんみん」をお勧めされてまいしたが
時間がないので、この付近で。 -
そんなわけでふらふらしていて、目に留まったお店に
入りました。
セット価格でとてもリーズナブルでした。 -
私にはちょっと多すぎでしたが、
全部頂きました。 -
カトリック松が峰教会へ
-
ご覧ください。
この教会も大谷石作られています。
大谷石建築だは、現存する最大級のロマネスク・
リヴァイヴァル建築。
国の登録有形文化財に、1998年に登録されました。 -
マリア像が。
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1888年に、パリ外国宣教会カジャック神父が、宇都宮天主教会を
創設し、
1932年、現聖堂が竣工。 -
外から撮りました。
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まぎれもなく大谷石です。
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この教会の隣には幼稚園があります。
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お隣にあるお店も
大谷石で造られています。 -
またてくてく歩きました。
そして着いたのが聖ヨハネ教会です。 -
幼稚園が併設されています。
1891年T・S・チング司祭によって宣教が開始されたそうです。
1911年宇都宮聖ヨハネ教会として認可。
礼拝堂は大谷医師造りで、1933年聖別されて、
松が峰教会と同じく国の登録有形文化財に指定されました。 -
平日でしたので、園児たちもいましたが
タイミングよくお帰りです。 -
園長先生に許可をいただいて、拝観させて
いただきました。 -
礼拝堂の内部は、外側とはまた違った
印象を受けます。
暖かみがあるような感じがしました。 -
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こちらもご覧のように勿論
大谷石で造られています。 -
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たまたま通りかかったところ
鐘がありました。 -
ここは日光街道と奥州街道の追分です。
北側に清住町通りが日光街道
東へ向かうお大通りが奥州街道で
昔は人馬で賑わっていた様子です。 -
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大きな鳥居です。
宇都宮二荒山神社です。 -
現存する社記によると、
約1600年前、仁徳天皇の時代が起源とされるそうです。
源頼朝や徳川家康らが、戦勝祈願をしたとのことです。 -
手水盤
江戸神田橋の鋳物師に造らせて1785年に寄進。
戊辰戦争焼失し、明治期に造り直されたそうです。
「枝源五郎」の銘が刻まれています。
この源五郎は、困っている人に手をさし伸べたり、
仁義に厚い人で、目明しも務めたそうです。
信仰心も厚く、宇都宮の慈光寺赤門の建設を
呼びかけてたりしました。
ただ空襲で焼失したため、2008年再建。 -
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初辰稲荷神社
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明神の井
宇都宮名所七木七水八河原の一つ。
明治天皇が明治42年11月那須野が原大演習の折に
こちらに行幸されて、湯茶献ったと伝えられているそうです。
御手水にあるいは神棚に供える御水に、また書道などの
技芸のみずに使うと上達するという信仰があります。 -
前田雀郎句碑
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蕪村句碑
「鶏は 羽に はつねをうつの 宮柱」
宰鳥(蕪村) -
天台宗宝蔵寺
およりの鐘
宇都宮駅に近いです。
もともとは第8代宇都宮当主、宇都宮貞綱が建立し、
菩提寺の東勝寺に寄進。その後東勝寺が廃寺となり、
二荒山神社に納められていたところ、都市計画によって
宝蔵寺に移されました。
「おより」とは・・・
・ おやすみの敬語で、夕暮れになると鐘を撞いた。
・ 鐘の音が一里四方に聞こえた。
・身分の高い人が宇都宮に「お寄り」になるときに撞いた。 -
宮の橋
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お土産に買った大谷石のコースター。(表・裏)
吸水率が15-20%と、石の中でも高いので、
コースターにぴったり。
天然ゼオライトの成分を多くふくんでいます。
アルファ波が観測され、リラックス効果も。
遠赤外線を放出するので、食品中の水分子が活性化し、
熟成を進ませることもできるそうです。
利き酒師によると、コースターの上に日本酒を入れて
半日放置しておくと、お酒が美味しくなると・・・。
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この旅行記へのコメント (2)
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- わんぱく大将さん 2016/07/04 05:27:51
- 日本のモンセラッ
- noelさん
ガステルガチェの旅行記をみていただいたようで。
日本にもこういった所があるんですね。 秘密結社の地下の、仰る通りのところですね。映画の撮影にも使えそうですが、かなり寒そう。
神社後方の岩、ほんとかわってますね。 あんなのみると地球のなりたった時を想像してしまいます。モンセラッも然りです。
大将
- noelさん からの返信 2016/07/04 17:26:26
- RE: 日本のモンセラッ
- わんぱく大将さん
私の拙い旅行記をご覧いただき、また投票ましていただき、
ありがとうございます。
私自身、大谷の事は全然知らなかったのですが、たまたま
4トラの旅行記を見て、知りました。
おっしゃる通り、謎めいた地下組織の巣窟のようです。
テレビや映画にも使われているそうです。
私がここを訪れた日も、悪天候でしたが、
わんぱく大将さんの、 ガステルガチェには及びません。
それにしても、スペインなのにまるで万里の長城ですね。
吃驚仰天でした。
そして侵食した岩なども興味深いですね。
さて、体調が悪い中でのご旅行で、大変でしたね。
その後は回復されましたでしょうか。
(お返事はいらないですよ。)
どうぞお大事になさって下さい。
では、今後ともよろしくお願いいたします。
noel
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