2016/04/15 - 2016/04/16
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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■恒例の九州車旅③ ~耶馬溪橋(オランダ橋)と青の洞門編
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
別名オランダ橋と呼ばれる耶馬渓橋は、青の洞門下流500mに位置する、わが国唯一の美しい8連アーチの石橋です。全長は116mあり、その長さは日本一です。
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
耶馬渓を代表する名勝で、山国川下流側から一の峰・二の峰・三の峰・恵比須岩・大黒岩(帯岩)・妙見岩・殿岩・釣鐘岩・陣の岩・八王子岩などの巨峰や奇岩群が約1キロに渡り連なっていて、その裾野には青の洞門が穿たれています。
競秀峰の名は宝暦13年(1763年)に訪れた江戸にある浅草寺の金龍和尚に命名されましたが、文政元年(1818年)に訪れた頼山陽が描いた水墨画の代表作「耶馬渓図巻」によって天下に紹介されました。
【 手記 】
旅行記のアップ時期が少々ずれて遅くなっております。リアルタイムにアップしていきたいのですが、未だ手付かずの旅行記が山積しております。ご容赦のほど願いま~す。
退職後の手続きがひと段落したのでまたまた九州へ行って参りました。何度も何度も訪問しているところばかりで大して新鮮さもないのですが、自然の景色の中に浸ることが大好きなので大分宇佐~杵築~臼杵~九重~阿蘇~日田辺りをウロチョロして来る予定にしておりました。男ひとり自由気儘な車旅、いつものように宿予約はしていません。宿がなけりゃ車中泊になります。
と言うことで、4/15から九州大分方面へ旅行に出かけて行ったのですが、予想もしていなかった事態に遭遇しました・・1泊目の4/16深夜1時半ころ大分のホテルで今回の熊本大地震に遭遇したのです。
就寝中に大揺れがありビックリ!飛び起きてしまいました。次から次へと大きな揺れ(本震・余震、大分は震度6弱)が続き、ホテル内では女性の悲鳴や慌てたような会話が飛び交い「これは異常事態だ-」と感じました。すぐに着替えていつでも飛び出せるようにスタンバイ。携帯の地震警報も鳴りっぱなし、結局朝まで一睡もできませんでした。
14日は前震でこれが本震だったことはあとで知りました。朝まで余震が大小合わせて10回以上はあったと思います。
翌早朝、大分・熊本県内では繰り返し余震が続き高速道路も通行止め、思うように行動できそうもない状況だったので本州へ向けて帰路につきました。
次の日から阿蘇方面をぐるぐると回るつもりでしたから1日ずれていたら大変なことになっていたかもしれません。九州旅行はしばらくお預けですねー。九州大好き人間にとっては残念なことです。
それにしても今まで経験したこともないようなとんでもなく激しい揺れでした。ビルが倒れるんじゃないかと思いました。
3カ月たった今でもまだまだ復旧作業が続けられておりますが、何はともあれみなさんが一刻も早く元の生活に戻れるよう祈るばかりです。被災された方々およびご親族・関係者の皆々様に心よりお見舞い申し上げます。
後日、銀行へ行って些少ではありますが寄付をさせていただきました。
※熊本地震
2016年4月14日夜21時26分、熊本県熊本地方を震央とする、震源の深さ11km、気象庁マグニチュード6.5の地震(前震)が発生し、熊本県益城町で震度7を観測した。
その28時間後の4月16日深夜1時25分には、同じく熊本県熊本地方を震央とする、震源の深さ12km、気象庁マグニチュード7.3の地震(本震)が発生し、熊本県西原村と益城町で震度7を観測した。
気象庁は同日、後者(16日未明)の地震が本震で、前者(14日)の地震は前震であったと考えられるとする見解を発表している。
◇九州大分~山口~津和野車旅、写真枚数が多くなりましたので①~⑤編に分けてアップしていく予定です。
第①編 4/15~白野江植物公園 (アップ済み)
第②編 4/15~宇佐神宮参拝 (アップ済み)
第③編 4/16~青の洞門・九州脱出 (今回の旅行記)
第④編 4/16~山口県SLやまぐち号
第⑤編 4/16~津和野の町並み散策
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
■恒例の九州車旅③ ~耶馬溪橋(オランダ橋)と青の洞門編
4/15から九州大分方面へ旅行に出かけて行ったのですが、予想もしていなかった事態に遭遇しました・・1泊目の4/16深夜1時半ころ大分のホテルで今回の熊本大地震に遭遇したのです。 -
▽大分駅前のホテル
まさか2回目の地震があるとは思いもしなかったです。14日が前震、16日未明が本震だったんですねー。早朝5時40分ころチェックアウト、大分のホテルを出発~ -
▽宇佐神宮前/大分県宇佐市南宇佐
地震で高速道が通行止めだったので下道(国道10号線)を通って北上していきました。それにしても時間がかかる〜!
次の日から阿蘇方面をぐるぐると回るつもりでしたから1日ずれていたら大変なことになっていたかもしれません。 -
▽農業倉庫/大分県中津市本耶馬渓町
このまま帰るのも芸がないので青の洞門へ立ち寄ることに。ここまで約70km、途中ガソリンを入れてほぼ2時間半くらいかかりました。高速だと半分くらいの時間で着くと思います。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
青の洞門より200〜300メートル下流に位置する耶馬溪橋は、山国川周辺地区の観光・生活道路整備の一環として、大正9年(1920年)から12年(1923年)にかけて、村人らの寄付により架橋されました。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
形式はわが国唯一の8連石造りアーチ橋。当時、長崎県で多く見られた平行布積み方式の工法を採用したこともあり、オランダ橋とも呼ばれています。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
青の洞門方向 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
美しい弧を描く8連アーチ橋の全長は116m、幅員は3・5m。アーチ数と橋長の規模はともに日本一です。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
規則正しく並ぶ輪石や壁石にかつての精緻な石工技術がうかがえます。昭和56年(1979年)には県指定有形文化財に指定されました。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
近くにあった古い家屋 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
8連アーチ橋 もうこの景色は何度見たことだろう。 -
▽耶馬溪橋(オランダ橋)/大分県中津市本耶馬渓町
ゆるキャラ「禅海くん」ポスター 歩いて巡りたい町 本耶馬溪 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
青の洞門は、大分県中津市本耶馬渓町にある耶馬渓の山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾にある洞門(トンネル)です。大分県指定史跡。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
まさに岩をも通す!固い意志に驚かされます。全長は約342m。1763年4月完成といわれています。1950年(昭和25年)に耶馬日田英彦山国定公園に指定。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
信号待ち、洞門内は片側通行です。地形の関係上車幅が狭く、信号を使った交通整理(片側交互通行)が行われています。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚は、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇って「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」といわれています。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
この逸話を元にして書かれたのが菊池寛の『恩讐の彼方に』であり、「青の洞門」はこの小説の中で命名されたものです。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
現在は、自動車を通過させるため(旧国道212号)、完成当時よりかなり変形していますが、一部にノミの跡が残っています。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
開通後、禅海が通行人から通行料を徴収したという話が伝わっており、この洞門は日本最古の有料道路とも言われています。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
ノミをふるう禅海和尚 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・享保19年(1734年)のことであった。この鎖渡しのある岩かべに、ひとりの旅の僧が、衣のそでを背にむすんで、のみをふるいはじめた。僧の名まえは、禅海といった。
禅海は、もと越後(今の新潟県)高田藩の武士の子で、小さいころの名まえを福原市九郎といった。市九郎は10歳のときに父をなくし、母とふたり、江戸(今の東京)にでてくらしていた。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・だが、父のいない市九郎親子のくらしは、みじめなものであった。母はやがて病気になってしまった。市九郎は病気の母のことはにも耳をかさないで、悪いなかまにはいり、けんかをしたり物をぬすんだりして、ついにはもののはずみから中川四郎兵衛という人を殺してしまった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・母は心配のあまり、とうとう、市九郎をのこして死んでしまった。母の死で目がさめ、悪いなかまからぬけだした市九郎はこれまでの罪をつぐなうため、僧となって、国じゅうをめぐりはじめた。そして、この耶馬渓まできたとき、多くの人たちがこまっている(鎖渡し)のことをきいて、そのままとおりすぎられなくなったのだった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・カッツン、カッツン……。禅海のふるうのみの音が、耶馬渓の谷間にまい日ひびくようになった。とおりがかりの村人が、「お坊さん、どうなさるんで…。」と、きいた。
「この岩をけずって、青にぬける道をつくるのです。」このことばをきいて、村人たちは、耳をうたがい、顔をよせあった。禅海ほそうした村人たちにかまわず、雨の日も風の日も、やすむことなく力をこめて、のみをふるった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・しずかに念仏をとなえながら、じぶんが殺してしまった、中川四郎兵衛への、罪のつぐないをしょうと、いっしんにほりつづけていった。日ましに着ものは破れ、かみもひげも、伸びほうだいに伸びていった。
3ケ月、6ケ月と月日がたっていった。村の子どもたちがあつまってきては、あざけて石をなげたりしても、禅海はあいかわらず、手をやすめることもなく、じっと念仏をとなえながら、のみをふるった。はじめは、わずかな岩穴であったのが、だんだんとふかく大きくなっていった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・それからまた、1年、2年、3年と月日がたった。花がさき、雨がふり、風がふき、雪がふりつもっても、禅海はいっしんにのみをふるいつづけた。
じっとひとりすわって、のみをふるう禅海に、いつしか、村人たちも心うたれ、「あの坊さまは、えらい坊さまじゃ。」「やあ、お坊さま、わしらもかせいさせてもらいます。」 といって、手伝う者がでてきた。石をなげつけたりしていた村の子どもたちまでも、「お坊さま、てつだいましょう。」と、岩くず運びをてつだうようになった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・やがて、26年の年月がながれた。光もまったくとどかなくなった岩穴のおくで禅海は、なおも、かすかな灯をたよりに岩かべをほりすすめていた。
そんなある日のこと、ひとりの武士がこの岩あなにやってきた。岩くずをはこんでいる村人に、「ちょっとものをたずねるが、岩かべをほっている僧は、福原禅海というものではないか。」と、たずねた。村人から武士のことをきいた禅海は、暗い穴の中からでてきた。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・年も60歳をこえているうえ、ひたすら岩かべをほりつづけたため、すっかり体がよわりきっている禅海にむかって、「禅海、わすれたか。わしは、お前に殺された中川四郎兵衛の子、実之助だ。父のかたき討ちにきた。かくごしろ。」と、武士がさけんだ。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・このことばをきいた禅海は、「なんで忘れましょう。この四十年間、あなたの父上をころした罪に、いつも苦しんできました。」「その罪ほろばしのために、穴をほりつづけているのです。」 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町 ツルニチニチソウ(蔓日日草)
伝説・・・「もうすこしです。今、あなたの手にかかって死ぬのが本当ですが、あと三年、命をかしてください。」「この洞道ができましたら、いつでもあなたに討たれます。どうかおねがいします。」と、手をついてたのんだ。しかし、武士は、「いや、ならぬ。かくごしろー」と、刀に手をかけた。
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▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・そばでようすを見ていた、跡田村の庄家喜作さんは、けんめいにふたりの中にはいると、実之助に、禅海の三年の命ごいをして、工事をつづけることにした。実之助は、樋田村の庄屋小川家にとまって、禅海を見はることにした。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・禅海は、このことがあってから、いっそうのみをふるう腕に、カをいれていった。まい日まい日、いっしんに穴をほりつづけた。村人たちも、禅海といっしょになって、けんめいに工事のかせいをした。禅海を見はっていた実之助も、早くかたきを討ちたいいっしんから、たすきがけで、てつだいはじめた。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・ 実之助は岩穴をほることをてつだってみてはじめて、この洞道をつくることが、どんなにたいへんな仕事かということを、ひしひしとかんじるのであった。カツーン、カッ、カッ、カツーン…。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・いっしょにのみをふるううち、禅海の真心が実之助のむねにひびき、身にこたえ、心のおくふかくまでしみこんできた。実之助のふるうのみのひとふりごとに、禅海へのにくしみがうすらぎ、禅海とともに洞道をほりあげることだけに、力がそそがれていった。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町 ネモフィラ
伝説・・・こうして、ついに宝暦13年(1763年) の秋の夜ふけ、実之助がきてから3年めのことであった。禅海が岩かべにむかってのみをふるいはじめてからでは、およそ30年の月日がすぎていた。やせおとろえた禅海のうったのみのさきに、ぽっかりと小さな穴があいた。その穴のむこうに、月あかりの中から、山国川のしずかなながれが、禅海の目にはっきりとうつった。「うううう・・・。」
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▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町 ネモフィラ
伝説・・・30年間の苦しみと喜びが、心の底からわきでるような声となって、禅海の口からしぼりだされた。禅海は、30年間という月日をじっとかみしめるかのように、しずかに目をとじた。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・やがて、目をひらいた禅海は、「中川さま、見てください。やっとほりぬくことができました。」と、いいおわると、実之助の手をしっかりとにぎりしめた。実之助も、禅海の手をにぎりしめた。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・にぎりしめたふたりの手から、憎しみも、苦しみも、悲しみも、すべてが山国川のながれの中に、ながれさっていった。こうして、30年にわたる禅海の血のにじむような努力によって、青の洞門は開通した。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
伝説・・・それからのち、ここをとおる旅人も村人も、あのけわしい鎖渡しをわたることもなく、行き来できるようになった。 〜大分県の民話より〜 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
青の洞門の対岸にある喫茶店「音猫」・・・ちょっと古いが時計塔がお洒落。時計は壊れているようです。今は午前9時ころです。 -
▽競秀峰・青の洞門/大分県中津市本耶馬渓町
青の洞門対岸の「毛蕨神社」の鳥居と狛犬 -
▽県道16号線/福岡県築上郡上毛町
今回の九州旅行はこれで終了〜。東九州自動車道豊前ICへ向かう。やっと高速道に乗れます。 -
▽東九州自動車道・豊前IC
大分・熊本県内では繰り返し余震が続き高速道路も通行止め、阿蘇周辺は危険区域でもあり思うように行動できそうもない状況だったので本州へ向けて帰路につきました。 -
▽東九州自動車道
災害派遣車両が被災地へ向かっています。自衛隊ですね。ほかにたくさんの警察車両や消防署車両とすれ違いました。大変だ。ご苦労様です。 -
▽東九州自動車道
地震通行止め情報 熊本・大分県内の高速道が通行止めになっていました。被災された方々およびご親族・関係者の皆々様に心よりお見舞い申し上げます。 -
▽関門橋⇒中国自動車道
当初の旅行予定(九州4泊5日)が狂ったので予定外の行動となりました。山口〜島根津和野方面を回って帰路につきました。 -
▽徳佐駅近く/山口県山口市阿東徳佐中
旅日記は予定外の訪問地「SLやまぐち号撮り&津和野散策編」へとつづきます。
THE END. それでは、また〜。
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この旅行記へのコメント (4)
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- トラベル民さん 2016/07/26 16:29:38
- ‘いいね’ありがとうございます
- 編集下手な写真見ていただきありがとうございます。九州旅行では大変な目に有ったんですね。写真拝見して東日本大震災で実家に行くときの高速を思い出しました。災害は怖いものです。今後もきをつけて楽しみたいものです。
- MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2016/07/28 06:57:07
- RE: ‘いいね’ありがとうございます
- トラベル民さん おはようございます。わざわざメールありがとうございました。
北海道の旅行記は見ていて羨ましいです。近かったら何度でも行くのですけれども…。層雲峡での撮影会が雨でポシャったことがあります。秋は紅葉がきれいでしょうね。
> 編集下手な写真見ていただきありがとうございます。九州旅行では大変な目に有ったんですね。写真拝見して東日本大震災で実家に行くときの高速を思い出しました。災害は怖いものです。今後もきをつけて楽しみたいものです。
そうなんです。帰路途中、何十台もの災害救援車両と出会いました。いつどこで何が起こるのかわからないです。何はともあれなるべく早く被災者の方が元の生活に戻れることを祈るだけです。
ほかの北海道記も拝見させていただきました。それではまたよろしくお願いいたします。
-
- 気まぐれなデジカメ館さん 2016/07/24 20:22:27
- 地震にも負けずに!
- そうだったのですか。
大分が一番揺れた4月16日前後に宇佐と耶馬渓でしたか。
ご苦労様でした。
わたくしたちは翌日17日、福岡空港からオランダへ旅立つ予定でして、16日は情報集めとどうするか対策会議に追われていました。
電車が当てにならず、17日の早朝、タクシーをチャーターし福岡空港まで行くことになりました。
それにしても、万年青年のメカゴジさん、愛車を引っ張って、観光しながら九州を脱出しましたね。あっぱれです。
旅行記の積み残しも大量にあるようですが、ぼちぼち片付けてください。
楽しみにして待っています。
気まぐれもん
- MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2016/07/25 10:42:25
- RE: 地震にも負けずに!
- 気まぐれなデジカメ館さん おはようございます。
先日は滝の写真を見せていただきありがとうございまいした。4トラではめったに見ることができない素晴らしい光の絵でした。
> そうだったのですか。
> 大分が一番揺れた4月16日前後に宇佐と耶馬渓でしたか。
> ご苦労様でした。
> わたくしたちは翌日17日、福岡空港からオランダへ旅立つ予定でして、16日は情報集めとどうするか対策会議に追われていました。
> 電車が当てにならず、17日の早朝、タクシーをチャーターし福岡空港まで行くことになりました。
以前の旅行記で書かれていたのを読んで「え〜タクシーで!」と思いました。道路事情は大丈夫だったのでしょうか。
> それにしても、万年青年のメカゴジさん、愛車を引っ張って、観光しながら九州を脱出しましたね。あっぱれです。
ほんと何しに行ったやら・・・毎回九州はルンルンで出かけていくのですけれども今回は大変なことになり被災者の方が気の毒でなりません。17日は阿蘇方面をぐるぐる回るつもりでしたから1日ずれていたら大変なことに遭遇していたかもしれません。あらためて瀬戸内は台風・地震・豪雨・渇水など天災が少ないほうなんだなって思います。
> 旅行記の積み残しも大量にあるようですが、ぼちぼち片付けてください。
> 楽しみにして待っています。
そうなんですよ。どんどん溜まってます。「どうしたもんじゃろのお〜」って気分です。ハハ・・ それではまたよろしくお願いいたします。
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