2016/04/19 - 2016/04/19
377位(同エリア7323件中)
lagunaさん
- lagunaさんTOP
- 旅行記70冊
- クチコミ7件
- Q&A回答6件
- 105,502アクセス
- フォロワー61人
新緑のまぶしい季節になってきたので、鎌倉ガイド協会主催の史跡巡りに参加しました。
コースは
鎌倉駅〜段葛〜鶴岡八幡宮〜岩船地蔵堂〜化粧坂切通し〜源氏山公園〜銭洗弁財天〜佐助稲荷〜大仏ハイキングコース〜 高徳院(大仏)〜鎌倉駅
当日は晴天で絶好の散策日和となりました。古都鎌倉は海外からの観光客も多く、特に高徳院(大仏)は55年ぶりの総点検を終えたばかりで、一段と輝きを増したせいか、多くの観光客でにぎわっていました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
-
鎌倉駅から徒歩5分ほどで鶴岡八幡宮の参道・段葛に到着します。この段葛は平成26年10月から平成28年3月まで初めて全面改修実施しました。
-
従前に比べ段葛全体が高くなっています。以前は二の鳥居の階段は2段しかありませんでした。
-
両サイドの桜の木は248本ありましたが、すべて植え替え、新たに177本を植えたそうです。
-
段葛のいわれが書かれている碑です。
-
土で固められていた段葛の歩道は、浸透性のアスファルト舗装になりました。段葛の様子がすっかり変わってしまいました。
-
段葛の両サイドにある石灯篭もすべて新調されていました。
-
二の鳥居から段葛を歩き、三の鳥居をくぐるとそこは鶴岡八幡宮の入り口です。
-
鶴岡八幡宮に入って、赤い橋に立つと、左右に源平池があります。
-
藤の花がきれいに咲いていました。1
-
政子石と呼ばれる石がありました。この石のいわれはわかりませんでした。
スミマセン。 -
藤の花がきれいに咲いていました。2
-
舞殿を過ぎると、鶴岡八幡宮の本殿が見えてきます。
-
大銀杏も何年か前の台風で大きなダメージを受け、株分けした銀杏が植えられています。以前のような大銀杏になるには、これから800年の時を要します。
-
大銀杏がとても痛ましく見えました。
-
川喜多映画記念館です。1
最近他界した原節子を偲ぶ特別展が開催されていました。 -
川喜多映画記念館です。2
-
川喜多映画記念館の説明板です。
-
川喜多映画記念館の奥にある和辻哲郎が住んだ家です。
-
川喜多映画記念館を庭を含めて取りました。
-
横須賀線の踏切手前の細い道から岩船地蔵堂を経て、化粧坂(けわいざか)に向かいます。
-
岩船地蔵堂は源頼朝の娘、大姫の守本尊とされる石造りの地蔵尊が祀られている。
大姫は木曽義仲の子、義高と兄と妹のように仲が良かったが、木曽義仲が源頼朝と対立するようになる。京で頼朝の兵に木曽義仲が討たれた際に、人質である木曽義高も頼朝の命により、殺されてしまう。大姫はそのショックで精神を患い、若くしてあの世に旅立った薄幸の女性である。 -
鎌倉・扇が谷(おうぎがやつ)周辺の観光案内です。
-
ここが「化粧坂」(けわいざか)です。
いわれは、「険しい坂の意」だとか「敵将の首を洗って化粧をほどこした場所」など諸説がある。 -
化粧坂を登り終えると、源氏山公園にたどり着く。
-
源氏山公園には「源頼朝」の大きな像が鎮座している。
-
源氏山公園「源頼朝」の説明碑です。
-
源氏山公園の桜です。
-
新緑がまぶしい季節となりました。遠くで鶯が鳴いていました。
-
源氏山を下り銭洗弁財天に到着しました。
-
銭洗弁財天に行くのにこの洞窟を通り抜けます。
-
銭洗弁財天のいわれが書かれています。
-
銭洗弁財天の中の湧水は鎌倉五名水の一つであり、銭洗水と呼ばれ、この水でお金を洗うと何倍にも増えるといわれている。
私もありったけのお金をザルに入れて洗ってみましたが・・・・
ちょうど高校生の修学旅行の団体が来ていました。
女子高生が「いつ、お金が増えるんだろー」「増えるわけねーじゃん」などと大きい声でしゃべってました。
ちょうどお金を洗っている私は、いたたまれなくなりました。 -
昔、源頼朝の夢枕に神様が現れ、この湧水で神仏を供養すれば天下が治まるとのお告げがあったのが、いつの間にか、お金が増えるという信仰に変わってしまったという。
なかには、ポリ袋に株券や通帳を入れて洗う人がいると聞いたことがある。 -
そもそも銭洗弁財天の神様は蛇の化身だそうです。ですから巳の日はとくにご利益があるということで、卵がお供えされるそうです。
-
銭洗弁財天が蛇の化身であることを表した石碑です。
-
佐助稲荷に到着です。
-
佐助稲荷の由緒が書かれています。
源頼朝が伊豆蛭が小島に配流され、病に伏したとき、「隠れ里の稲荷」と名乗る神霊があらわれ、挙兵を勧められる。頼朝はこのお告げに従い旗揚げして戦功をおさめ、鎌倉に本拠を構えるが、このとき「隠れ里」と呼ばれる祠を鎌倉で見つけ、社を建立したという。幼少時の頼朝は「佐殿」(すけどの)とよばれており、その頼朝を助けたことから「佐助」の名がついたといわれている。 -
佐助稲荷の奥にある湧水の泉です。
-
佐助稲荷の裏手から大仏ハイキングコースを歩いて、高徳院(大仏)に到着した。
この日は、晴天の日だったためか、外国人観光客をはじめ修学旅行の学生、高齢者の団体などがどっと押し寄せて、高徳院は大入り満員状態でした。
一応、万歩計を持参したが18,000歩あまりとカウンターに表示されていた。
どうりで、腰は痛いし膝はガクガクいうし、「大仏」どころかこちらが「オダブツ」になりそうでした。
最後までお読みくださりありがとうございました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
39