2016/04/07 - 2016/04/07
339位(同エリア1142件中)
愛吉さん
春の関西旅行2日目、昨夜は大阪のホテルに泊まり、今日は高野山に出掛けます。
当初から今日は雨降りと判っていました、特に昨夜の予報では和歌山県沿岸部は大雨となって居ます。
従い同行の連合いは、高野山は何度も来ているので、いっその事奈良の法隆寺にしよう、そうすれば遅く出て早く帰る事が出来ると主張します。
法隆寺の近くには7年間住んで居ました、判らない事はないのですが、敢えて高野山行を決行します。
それは高野山が昨年開創1200年を迎え盛大なお会式が行われましたが、その折参拝出来なかったので、一年遅れのお礼参りです。
高野山では終日雨に降られ、しかも時間と伴に豪雨となり風も強まります。
山内を歩いている人は、ほとんどありません、靴とズボンは水浸し、上着もジャンパーを通し雨が浸み込みます。
風雨の中、傘をさしての写真撮影も思うに任せません。
それでもなんとかメインの個所は回ります。今思うとよく風邪を引かなかったものです。
予定より早く難波に戻りました。
表紙の写真は御廟橋から見た御廟
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝7時半に南海難波駅に到着しました。
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橋本で乗換、極楽橋を目指します。
電車の中吊りは、真田一色です。 -
高野山の標高が示されています。
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極楽橋に到着、雨は相当きつく降っています。
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ケーブルカーに乗り換えます。
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高野山に到着。
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バスは終点奥の院前迄乗ります。
最後まで乗車したのは私達二人のみでした。 -
雨の中、傘をさして歩き始めます。
向こうから白装束のお遍路さん一行がやって来ました。
宿坊に泊まったのでしょう。 -
途中公園墓地の中に、こんな碑が在りました。
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英霊殿
第二次大戦の英霊をお祀りしています。 -
ここから旧参道に道をとります。
高野山には、20万基を超える墓があると云われます。
これは、弘法太師の足元に眠れば、極楽往生出来るという信仰によるもので、多くの歴史上の有名人の墓が存在します。 -
芭蕉の句碑もあります。
ちちははの しきりにこひし 雉の声
1687年”笈の小文”で高野山を訪ねた折りに詠みました。 -
旧参道には、歴史上有名人の墓が並びます、気の付いた墓を見て行きましょう。
伊予松山の大名久松家。 -
芸州広島、浅野家。
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結城秀康(家康次男)の石廟、重要文化財です。
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福岡黒田家。
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忠臣蔵の浅野内匠頭、墓前向かって左の石碑は四十七士の菩提碑です。
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可愛いお地蔵さんがいました。
傍に句碑が有ります。
生きるのも 死ぬるも一夢 天の川 美枝作 とあります。
それにしても、この雨の降り方を見て下さい。 -
水向け地蔵、水を掛け先祖の冥福を願います。
後ろは水行場、地蔵、不動明王、観音菩薩等が並びます。 -
手前が護摩堂、奥が御供所
弘法太師は生きているとして一日二回御供所で食事を作り墓前に供えます。 -
奥の院
御廟橋の手前から写します。
この橋から向こうは霊域、脱帽、写真撮影不可です。
橋を渡る時も、中央は大師様専用、端を渡らねばなりません。 -
玉川の川の中に卒塔婆が立ちます。
これは流水灌頂といい、祖先の霊を水で清めるしきたりです。 -
奥の院にお参りして、御廟橋に戻って来ました。
今度は旧参道を一の橋に向かって歩きます。 -
織田信長と筒井順慶の墓。
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豊臣家の墓所。
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化粧地蔵。
このお地蔵さんを、お化粧してあげると、自身も美しくなるそうです。 -
伊勢亀山石川家の墓と江戸焼死者追悼碑。
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高麗陣敵味方戦死者供養碑。
当時高麗に出陣した薩摩の島津義弘と忠恒親子が建てました。
和歌山県の指定文化財です。 -
汗かき地蔵
世の人々の苦しみを身代わりになって救をうと、汗をかいている有難いお地蔵さんです。 -
姿見の井戸
この井戸を覗いて、自分の顔が写らないと3年以内に死ぬと云われます。
今日は雨降りで外が暗い為、覗いても写りません、従い蓋をしています。 -
薩摩島津家、初代二代の墓
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上杉謙信廟。
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武田信玄、勝頼墓所
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薩摩島津家墓所
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加賀前田家墓所
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仙台伊達家墓所
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一の橋に到着。
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刈茅堂
内部に石童丸の物語が展示されています。 -
金剛院、大粒の雨が降っています。
雨宿りを兼ね、早めの昼食をとります。 -
雨は益々強くなります。
覚悟を決めて金剛峯寺に向かいます。 -
金剛峯寺。
高野山全体の総本山。
文禄2年(1593)豊臣秀吉が亡母の菩提の為に建立、文久3年(1863)の再建。
明治二年まで青巌寺と呼ばれていました。
奥書院、上段の間、大広間、関白秀次自刃の間、台所等を見学します。 -
正門と鐘楼。
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本堂、屋根には天水桶、軒には梯子が常備されています。
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壇上伽藍に到着。
手前は東塔、三昧堂、大会堂、愛染堂と続き一番奥が根本大塔。 -
三昧堂
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大会堂、法会集会の場、1848年再建。
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不動堂、不動明王を祀ります。国宝。
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不動堂の横から蓮池を望む。
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根本大塔。
伽藍中心の塔として887年頃完成、高さは50米。
四面30米の中央に大日如来、四方に金剛界四仏、周りの16本の柱には堂本印象画伯の16菩薩を、壁面には八祖太師を描く立体曼荼羅、荘厳な塔内演出です。 -
御影堂、赤い柵は三鈷の松。
元は大師の持仏堂、今は大師の御影を安置する堂。 -
准低堂と向こうに孔雀堂。
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金堂。
高野山一山の総本堂。
本堂の前には回向柱が立ちます。 -
お社、境内には一宮、二宮、総社の3社があります。
これで山内の主だった処は参拝しました。
雨は益々強くなり、ズボンと靴はびしょ濡れです。
当初の計画では、この後金剛三昧院、徳川家霊台、女人堂、霊宝館等を訪ねる予定でしたが、これで切り上げる事にします。
最後まで付き合って呉れた連合いに感謝です。
終
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