2016/03/01 - 2016/03/01
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ペコちゃんさん
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3月に入り、あちこちで梅が見頃を迎えています。
関東三大梅林の1つである越生梅林を見に行こうということで、大高取山のトレッキングを兼ねて山仲間と越生(おごせ)の街を訪れました。
越生町は、埼玉県のほぼ中央にある人口約1万2千人の町・・・梅林の他にも「武蔵越生七福神めぐり」や黒山三滝、五大尊つつじ公園など、花とハイキングの町として人気があります。
2月20日放送の『出没! アド街ック天国』で紹介されたことで、その後は観梅客がどっと押し寄せ、平日にも拘らず梅園も食堂も満員状態。
天気に恵まれ、梅の香を楽しんだ早春の一日でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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9時半に越生駅に到着。
JR八高線と東武越生線が乗り入れており、駅には梅まつりの看板や幟が出ています。 -
駅にある越生町の観光案内版。
今日のコースは、駅の近くにある七福神の「法恩寺」と「正法寺」に参拝してから「無名戦士の墓」に行き、そこから「大高取山」に登って「円通寺」に立ち寄った後、「越生梅林」で梅を鑑賞し、越生駅に戻ってくるコースです。 -
最初は駅から数分の法恩寺へ。
法恩寺は真言宗智山派の寺院で、山号は松渓山。
通りから中門が見えます。 -
ここの七福神は商売繁盛の恵比寿様。
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山門は、1711年に再建されました。
左の鐘楼は、1721年の造営と伝わっています。 -
法恩寺は738年に行基(668~749)の開山で創建されたと伝えられ、鎌倉時代に越生氏が再興し、天台宗の寺院となりました。
室町時代中期に真言宗に改められ、江戸時代には真言宗の学問所でした。 -
明治34年の火災で、鐘楼・山門のみ残して消失しましたが、大正12年に本堂を再建しました。
本堂の左側には、水子子育地蔵菩薩。 -
右側には弘法大師像。
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これは珍しい龍の飾りがある石灯籠。
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法恩寺から少し歩くと越生神社があります。
越生神社は、児玉党・越生氏の氏神・琴平神と近在の小社を合祀し、明治42年に造営されました。 -
無名戦士の墓に向かう途中、正法寺(しょうぼうじ)にも立ち寄り、山岡鉄舟(1836~1888)が献額した山門から入ります。
旧幕臣の山岡鉄舟は、北辰一刀流の剣の達人だけでなく、書の達人でもありました。
この山門は明治17年の大火の際に、唯一残った伽藍です。 -
正法寺は、古くから庶民が信仰してきた寺院で、七福神の大黒天をお祀りしています。
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正法寺は鎌倉時代の創建で、貞和年間(1345~1350)に足利尊氏が中興したと伝えられています。
鎌倉・建長寺の末寺で、代々、建長寺の高僧の隠居寺とされ 、死期を悟った僧が生きながら食と水を断って、自ら土中に埋まり「生仏」(即身仏)になる入定(にゅうじょう)が行われていました。 -
正法寺では江戸時代に寺子屋が開かれ、明治四年には越生で初めての学校をここに開校して「正法寺の学校」と呼ばれました。
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明治17年に本堂を焼失しましたが、その後、本堂が再建された際に、応永の乱(1399年)で破壊された板碑が出土しました。
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境内の大黒天。
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本尊は南北朝時代の様式をもつ聖観音像ですが、本堂の脇の閻魔堂には地獄の盟主・閻魔大王像が祀られています。
閻魔大王の前には大黒様が・・・面白い組み合わせですね。 -
Mさんの大黒様。
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正法寺からの急坂の山道を登り、「世界無名戦士の墓」の下の広場に着くと、そこから更に100段以上の長い階段が待ち構えています。
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昭和47年に建立された「馬魂碑」が、階段の途中にありました。
多くの馬も、戦争によって命を落としたのでしょう。 -
その先を登ると、「徳を讃う」の碑があります。
第二次大戦中、世界各地で散った将兵を敵味方の別なく供養するために、埼玉県議会副議長だった越生町の医師・長谷部秀邦が発起人になって無名戦士の墓の建設運動が進められ、昭和30年に海外から帰国した200余柱の遺骨が納めれらて落慶式が行われました。
この石碑は、長谷部翁の徳を讃えた碑です。 -
当時の総理大臣だった佐藤栄作の揮毫による慰霊碑が、石段の途中に建っています。
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世界無名戦士の墓は、大観山の山頂に建てられた戦没者慰霊塔です。
石段を登り切った所にある建物は、墓というよりも祈念堂といった堂々たる白亜の施設。
建物上部の赤い柵の所は展望台になっています。 -
ここは、第二次世界大戦で戦死した264人の兵士の慰霊塔です。
さらに世界60余か国251万の戦死した兵士の英霊も安置し、世界無名戦士の墓となりました。
建物の内部はシンプルな作りで、左右の扉が納骨堂につながっています。 -
ここからの眺望は、大観山の名前に相応しく素晴らしい!
今日は少し霞んでいますが、正面に東京スカイツリーや都心の高層ビル群が望め・・・ -
筑波山や・・・
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赤城山も見えます。
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これは越生の街。
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無名戦士の墓から登山道に入り、大高取山を目指します。
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越生は梅の名所ですが、これは早咲きの桜。
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緩やかな登山道を登り、西山高取の広場に着きました。
ここも東側が開けていて、素晴らしい眺望が楽しめます。 -
広場の杉の木に、2010年7月24日に落雷があったようです。
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世界無名戦士の墓から約50分で大高取山(標高376m)に到着。
以前は頂上からの眺望がなかったのですが、東側の杉を切り倒したので大観山ほどではありませんがよく見えます。 -
山頂で小休止した後、越生梅林に向けて下山。
当初の予定では、ここからか桂木観音にピストンで行くことになっていたのですが、もう11時20分。
今日は昼食を持参しないで越生の街で食べることにしていたので、計画変更です。 -
麓の民家まで下りてくると、至る所に梅が咲いています。
越生町全体で約25,000本の梅があり、この時期はどこを歩いても梅の花の香りに包まれています。 -
今日三番目の七福神・寿老人の円通寺。
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円通寺は曹洞宗の寺で、龍ヶ谷にある龍穏寺の末寺です。
寛文年間(1661~1673)の創建と伝えられています。
大正13年に堂宇全てを焼失しましたが、昭和11年に復元されました。 -
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越生梅林に向かう途中、綺麗なしだれ梅が咲いています。
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道路沿いにあるこの建物は、ステンドグラスのガラスや器具などを扱っている「がらすらんど(株)」のカスタマーサービスセンター。
本社は新宿にあり、ここから注文品を全国に配送していますが、個人相手の販売はしていません。
ステンドをやっている妻のお供で2回ほど来たことがあります。 -
がらすらんどの左側にある梅園神社。
越生梅林と向かい合うように鎮座している梅園神社は、南北朝時代(1336~1392)に太宰府天満宮から分祀して創建された神社といわれており、菅原道真公に因んで梅を植えたのが越生梅林の起源・・・つまり、越生梅林が誕生するきっかけとなった神社です。 -
越生梅林が見えてきました。
越辺(おっぺ)川沿いに広がる越生梅林は、約2haの整備された梅園で、梅園内には約1,000本の梅(白梅約900本、紅梅約100本)が植えられています。 -
越辺川の橋を渡ると入口があります。
越辺川の由来については、「越生の辺りを流れる川」から来ていると云う説や、北海道乙部町の「乙部」と同じようにアイヌ語の「オ・ト・ウン・ペッ(下流の方に沼のある川)」に由来する説などありますが、詳しい事は分かっていません。 -
今年の「梅まつり」は2月20日~3月21日。
期間中は約30万人の観梅客で賑わいます。
左側のマスコット「うめりん」は、越生町の特産物である梅がモチーフで、梅の美味しさを広めるために、梅干しを保存している壺から出てきた妖精です。 -
越生梅林は水戸偕楽園、熱海梅園と共に関東三大梅林の1つに数えられています。
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梅林の中に、一周253mの線路が敷設されており、ミニSLが元気に走っています。
このミニSLは、1970年頃までJR八高線を走っていた9600型の1/10模型で、日本工業大学付属東京工業高等学校機械科の実習教材として製作したものを、学校の厚意で譲り受けたものです。 -
園内を埋め尽くすように美しい梅が咲いています。
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今が盛りと咲き誇る1,000本の梅。
中には樹齢600年にもなる古木も梅の花を咲かせて、訪れる人の心を魅了します。 -
明治の頃には、佐々木信綱・田山花袋・野口雨情らも訪れ、その風情を詩歌に残しています。
” 入間川 高麗川こえて都より 来しかひありき 梅園のさと ” (佐々木信綱) -
梅の盆栽もズラリと並んでいます。
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園内には、梅やユズの加工品など特産品を販売する店がいくつも出店しています。
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焼きそばやうどん等を食べながら、満開の梅を楽しむ人達。
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越生町の梅は、栽培面積・出荷量ともに埼玉県で一番。
” 実を取って梅干しとして江戸へ送る ” と「新編武蔵風土記稿」にあるように、江戸時代に梅は特産品になっていました。 -
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福寿草も今が見ごろ。
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梅の香りを堪能し、皆さん満足。
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次の越生駅行バスは1時間以上もあるので、取り敢えず駅に向かって歩くことにしました。
途中にある1844年創業の佐藤酒造店に立ち寄って、皆さん、奈良漬や酒粕を購入。 -
佐藤酒造店の酒は、黒山三滝を源とする越辺川の伏流水を使用し、昔ながらの手造りにより「ふくらみがあり後味の軽い酒」を造っています。
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越辺川沿いのフェンスのデザインは、越生町の町の木「梅」と町の鳥「ウグイス」。
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昼食にソバを食べる予定でしたが、今日(火曜日)は「梅乃里」「よしひろ」等の蕎麦屋さんは定休日。
駅に向かう途中の店を2軒ほど覗いてみましたが、観梅客で満席なので、結局、越生駅の近くまで戻り、「ふぐ」の暖簾が出ている「麻野屋」に入りました。 -
食事が出てくるまでの間、ビールを飲みながら女将さんと雑談。
木彫りの立派な額には魚屋や瀬戸物屋などの名前が彫られており、魚や食器などはこれらの築地の店から仕入れているそうです。 -
下は「とん菜弁当」(900円)・・・トンカツやマグロの煮付、野菜の煮物など美味しい弁当でした。
上は「魚菜弁当」(500円)・・・小食の女性にはちょうど良いボリュームです。
越生には「山吹の里歴史公園」「五大尊つつじ公園」「上谷(かみやつ)の大クス」など他にも見所があるので、また機会があれば訪れようと思います。
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