2016/01/13 - 2016/01/17
12位(同エリア4870件中)
わきさん
2016年1月13日ベトナム(越南)首都ハノイ(河内)を訪問した。
同行者は、某株屋の友人ここ12年ほどは、毎年この御仁と冬場のアジア各地を。
1月13日午後3時過ぎハノイデウーホテルにチェックイン、
13日初日は、ホテルから北西約1、7キロのベトナム民族学
博物館を徒歩にて回った。
14日二日目、各ホテルから拾って行くスタイルの下龍(ハロン)湾
オプション旅ーハノイから東南東へ約170kmにて一日を過ごす。
15日3日目ハノイ旧市街ー徒歩にて8時間歩くーこれがメインである。。
16日4日目は、主に市街地でも、鎮国寺から歩き始めて、
バーディン広場、ホーチミン廟、一柱寺、文廟などを回った。
ベトナム越南の2000年の歴史を一言で言うならば、
「北属南進」ではないだろうか。
千年は北の大国中国に属し、
独立後も中国の侵攻を食い止めながら、南は、ラオ(ラオス)や
カンボジアに進出するという歴史。
ここ30年は、ドイモイ刷新政策で、市場経済社会主義を国策として
様々な諸問題に取り組んでいるように見えた。
1986年に始まるドイモイ政策で、その後10年間は
かなりのハイパーインフレ(10年で物価指数800%値上がり、
特に最初の5年間で770%の物価高に国民は喘いだ)を経験。
ベトナム通貨単位は、ドン。
ドンの漢字表記は銅である。これは、昔中国の宋時代に
宋の銅銭が大量に出回ったことから、いつしか正式なベトナムの
通貨単位となったようだ。
1万ドン=約50円。(簡易な円換算計算は、ゼロを二桁取って、
それを2分の1にする。10000のゼロを二つ取り、100にして
それを2で割る)
因みに、ハノイ大手のロッテマート(スーパー)では、
ハノイ缶ビール1本約日本円45円だった。
人口2008年当時は8500万、これが2015年には9500万
となっている。40歳以下が過半を占める、まもなく一億の人口と
なるだろう。
鉄道インフラが進まず、9割方未だ単線、そしてメーターゲージの
所謂狭軌である。無電化のため勢い外に出る足は、車は高級なため、
バイク(バイクの代名詞はホンダ)とならざるを得ない状況がある。
ハノイは、文字通りバイクの洪水だった。
バイクのヘルメット着用が義務付けされたのは、
2007年12月、違反すると15万ドンの行政罰過料が
取られるので、瞬く間に普及した。
2007年は、ベトナム悲願のWTO(世界貿易機関)加盟が
なされた年でもある。(申請から加盟まで11年かかった)
この加盟により、内国民と外国人との所謂「二重価格制度」
(内国民に比して、外国人は諸種の入場料等10倍以上の料金を
取られていた制度)は、形式的には撤廃された。
(中国は、WTO加盟申請から正式に認められるまで、実に
16年という歳月を要している)
しかしながら、実質上は、ベトナム経済は未だ途上であり、
色んな局面にて、その残滓が残っているのが実情みたいである。
タクシー運賃も無差別化で、外国人も同じ料金となったはずだが、
かなりトラブル件数があるようである。
ハノイ(河内)滞在3日目は、旧市街地を歩いてみた。
https://www.youtube.com/watch?v=VILl-g7e3so
↑旧市街動画1バイクの洪水場面から
https://www.youtube.com/watch?v=SNd_Yv2h0Hg
↑動画旧市街2バイクのオンパレード
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 徒歩
-
ホテルは、ハングル系デウーホテル。
ホテルの全景、トゥレ湖側から撮影したデゥーである。
これは、備え付けのホテル創業時の絵葉書。
現在は、その周辺は左手にロッテセンターなど高層ビルが立っている。
ハノイは、その周辺大小21もの湖があり、湖の街でもある。
700万の大都市に変貌していた。 -
部屋に到着すると、写真のメモ書きが置いてあった。
日本のテレビは、
NHK TBS フジ そしてNHK world
の四チャンネルが見ることが出来た。
備え付けテレビはやはり韓国製サムスンだった。 -
ハングル系デウーホテル。
一応は5つ星である。
5つ星であるからには、必ず市街地行きの無料シャトルバスが
あるはずだと思い、フロントなどで、尋ねると
やはり一日1回限りだがあったあった。
ブッキングなども不必要であった。
午前9時過ぎシャトルに乗ると、我ら二人だけの貸し切り。
誰も利用することすらしないのか、知らないのか不明だが、
こんな便利なものを利用しない手はないだろう。
写真のように、循環して回っていくようだったが、
この日は、我ら二人だけの貸切だったので、
ストレートにオペラハウスに直行してもらった。 -
ベトナム紙幣、
上から20万ドン 10万ドン 2万ドン そして千ドン。
千ドンは日本円約5円。
50万ドンが最高紙幣だが、手元にないのでお見せできない。 -
上記紙幣を裏側より見たもの。
表面は、必ずホーチミン(胡志明)の姿が掲載されている。 -
シャトルバスにて、キムまー通りを走り、
グエンタイホック通りときて、ハノイ駅を右手に見ながら
チャン・フン・ダオ通りに出る。そしてゴクエン通りに出ると
目指すオペラハウス(大劇場)に15分ほどで到着した。
https://www.youtube.com/watch?v=G6PydChjRzk
動画↑シャトル無料車にて3
https://www.youtube.com/watch?v=zaQr-p4QEsg
動画無料シャトル車にて4↑
https://www.youtube.com/watch?v=1RwMPc23j4g
動画無料シャトル車にて5↑ -
ごめんなさい。
きたない書込でいっぱいであるが、
この地図は相当に役に立った。
旧市街地等郊外まで入っていて、6ページあったので
これを縦横無尽に活用した。
ハノイは、交差点毎に、その四つ角毎に、通りの名称は白地に青で、
きちんと誰にでもわかるように(と言っても現地語だが)
どこでも書いてあった。
どこにいるのかが一目瞭然だった。
歩くのに極めて便利である。 -
オペラハウス側からの大通りは
こんな感じだった。
国旗がはためく建物は2005年開業した
ハノイ証券取引所である。 -
大写しで一枚
-
大劇場所謂フランス型のオペラハウスである。
-
オペラハウスを大写しで
-
同上である
-
同じく同上。
これを見ると、どうしても
フランスの対ベトナム政策植民地化政策を思い出す。 -
オペラハウスの銘板
-
全体的な構図で大劇場(オペラハウス)を。
-
証券取引所側から撮影
-
同じく証券取引所前から撮影
-
ハノイ証券取引所の銘板、
オペラハウス(大劇場)の道路挟んで正面にある。
2005年取引所開設時の取引銘柄は6銘柄にすぎなかった。
ベトナム金融当局の能力は、未だニ・三歳の幼児並みと
揶揄される所以であるか。
中に入ろうとしたら、シャットアウトされた。
開放されていないのである。 -
オペラハウスを違った角度から撮影してみた。
大きな通りで交差点には、信号機はなかったように思う。
道路横断する毎に、決意が必要だった。 -
ベトナム歴史博物館、
チャンテイエン通りを歩いて
オペラハウスから150メートルしか
離れていないが、交差点毎でバイクと車が
飛ばして来るので、中々向こう側に渡れず
10分位もかかってしまった。 -
上記ベトナム歴史博物館
のパンフである。 -
チケットは4万ドンだった。
日本円200円強といったところ。 -
歴史博物館内部の一部
-
同上
-
今度は、証券取引所を左にして、歩く。
歩道でバイクが駐輪していないのは
極めて珍しかった。
ノン(女性用三角帽)を被って、天秤棒野菜などを
売って歩く姿を一枚 -
この歩道を渡れば、ホアンキエム湖なのだが、
ここでも足踏み。
バイクが次々に来る。
人が歩いて横断する横断道路用標識があっても、
お構いなしに飛ばしてくる。
注意して注意して渡る。 -
ホアンキエム湖南側右が、
チャンテイ通りとデインテイエンホアン通り
の交差点である。
座る場所を見つけてここで一服した。
目の前は、ホアンキエム湖である。 -
亀の塔を撮影した。
亀は、ベトナムでは神聖な生き物とされている。
動画↓6
https://www.youtube.com/watch?v=OWmTA7n7VfI
ホアンキエム湖をディンティエンホアン通り南側より
撮影 -
リタイトー(李太祖)の像
公園になっていた。
初めてベトナムを中国から完全に独立に導いた人物である。
(所謂李王朝)
日本で言えば、平清盛なのか源頼朝なのか
そんなところの人物らしい。
写真手前は、ベトナム特有のシクロの乗り物。
シクロは、もともとは、サイクロンのフランス語読みで、
フランスから何十年も前に輸入されたものが原型である。 -
湖のほとりの花壇は素晴らしかった。
ハノイっ子のデートスポットでもある。 -
玉山祠が見えてきた。
-
色んな角度で撮影
-
同上である
-
同上入り口を入ったら
こんな風にトラの絵が。 -
ちょっと角度を変えて撮影
-
同上。道が見えてきた
-
玉山祠の道の途中にあった景観
-
やはりツーリストで溢れていた。
-
正面入口銘板を大写しで
-
右を大きく
-
この赤い橋は、棲旭橋。
これを渡るとゴックソン島、そこに玉山祠があった。 -
棲旭橋の上で、一枚撮影
-
同行者の某株屋の御仁である。
1980年代から90年代にかけて、外地勤務が長かった。
仏国パリを皮切りに、英国ロンドン、最後は米州ニューヨークを
行ったり来たりしていた。ニューヨークでは、
世界貿易センタービルに事務所があった。
帰国が遅れたら、2001・9・11の犠牲になっていた御仁である。 -
玉山祠入口近辺
-
棲旭橋を違う角度から撮影した。
-
ホアンキエム湖の眺望が極めて良い
カフェ ホーコーがあるというので、
そこを探してたどり着く。 -
カフェフォーコーの看板をやっと見つけ出すが、
入口はシルクの店、
そこを通って奥が目指すカフェだった。
カウゴー通りとハンダォ通りの交差点左手前にあった。
ホアンキエム湖の眺望が一望出来るので、ここで休憩。 -
カフェフォーコーの4階である。
鉄の螺旋階段一人がやっと昇れるような階段を
昇り、4階までたどり着くと、湖の眺望が開けた。
素晴らしい景観だった。
動画↓7
https://www.youtube.com/watch?v=8WlJ579zFMU -
カフェにてコーヒーを、
その伝票である。
30と記載があるのは、000 三桁を除いている。
3万ドンの意味。
日本円約150円だった。
外為格差を考慮しても決して安くはない。
味はどうだったか?
それは人それぞれ好みの問題なので、
あえて言うまい。 -
ホアンキエム湖北側の
旧市街図。
これからが、街歩き本番である。 -
まずは、ハンダォ通りで、
ノン(女性用ベトナム三角帽)を被って
ものを売っている女性を。 -
ハンガン通りだと思われる。
-
旧市街をどんどん歩いた。
そして、ビデオ等を撮影してみた。
https://www.youtube.com/watch?v=Z2Q-5JnsLAQ
動画8 -
バイクの3人乗り
また、
天秤棒を担いで果物野菜などを売って歩く人が
おおぜいいた。
https://www.youtube.com/watch?v=bexoSvRysn4
動画9 -
同じく天秤棒を担いで物売りする女性など。
https://www.youtube.com/watch?v=piNaDpeCJpM
動画10 -
歩道は、バイクの駐輪場と化していた。
どこもかしこも、歩道はバイクで溢れんばかりである。 -
もうどの通りかは分からなくなって行く。
その都度、地図を確かめた。 -
グエンティエンタット通りだと思われる。
何でも36の通り毎に、
職人の街らしく、それぞれ
銀細工の通り、花ござの通り、手芸用品の通り、
駄菓子の通り、アオザイの通り、
台所用品の通り、シルクの通りなどが
あった。あとはもう書けません。 -
ドンスアン市場の中に入って見た。
-
右奥通りが、ドンスアン市場に入る入口の一つ。
-
ツーリスト達もおおぜいいた。
-
旧市街の通りの一つだが、
もう何の通りだったか
覚えていない。 -
野菜や果物を天秤棒にて担いで。
-
自転車の上に乗せて。
-
バイクの後部座席は、
荷物で溢れんばかりの
こんなバイクが沢山走っていた。 -
市場の中の風景
-
同上。
人一人やっと通れるくらい狭かった。 -
ノンを被った女性。
-
同じ風景を、時間を置いて
撮影。 -
これは、刃物研ぎのバイクである。
じっと観察していたら、
刃物をそのまま研ぎ出した。 -
旧市街の通りの一場面。
歩道は殆どバイクの駐輪場。 -
花を自転車で。
売っているのかどうかはわからない。 -
大荷物をバイクにくくりつけて。
-
布団なのか布地なのか?
不明である。 -
東河門にやってきた。
嘗て、旧ハノイ城には、16の城門があったとされるが、
今現在は、ハンチエウ通りの東端にこの門だけが
残されている。
https://www.youtube.com/watch?v=QDqcNQMSHkU
動画11 -
東河門の手前に、コーヒー屋みたいな、店があったので、
歩き疲れたこともあってここで休憩。
当方は、ハノイビールを飲みながら、
ビデオ撮影などした。 -
拡大して東河門を。
-
更に拡大したが、
何と書いてあるか判読は不能みたいだった。 -
台所用品なのか、?
不明。
竹細工の籠であることはわかったが。
https://www.youtube.com/watch?v=5KB35mi9t_4
動画12 -
台所用品の通り、多分ハンコアイ通りだと思われる。
https://www.youtube.com/watch?v=VILl-g7e3so
動画13 -
同じく同上である。
https://www.youtube.com/watch?v=SNd_Yv2h0Hg
動画14 -
左がドンスアン市場の建物である。
このあと、ドンスアンから北へ歩いて
ロンビエン駅を越えてみた。
鉄道線路は、高架線になっていたが、
歩道橋と間違えてしまうくらい、
細いもので、中を人が歩いていたりした。 -
台所用品通り
-
同じく同上。
-
バイクの騒音とクラクションは
ハノイ名物だった。 -
斜めより、ドンスアンを撮影
-
犬を乗せて、おそらく緑色服なので、軍人だと思う。
-
バイクだらけのハノイの通り
-
ノンを被って商売商売。
-
キムマー通りを歩いてひたすら
ホテル方向へ。
途中、地元レストランにて夕食を摂った。
ここまで、地図を頼りに、全部歩き。 -
やっとホテルが近くなってきた。
-
本日歩いた距離は、12キロを超えたと思う。
時間9時30分〜19時。
ホテルの部屋から夜景を撮影した。 -
同上、
明日は、文廟や鎮国寺を
回ってみようと二人で予定を立てた。
歩き疲れてかなりクタクタだった。
右手奥はハノイタワーが写っていた。
以下後編へ続く
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この旅行記へのコメント (2)
-
- tadさん 2016/03/04 09:04:52
- ご投票有難うございました。
- 懐かしいハノイのビデオ楽しみました。息子の仕事先だったころ、2週間近く滞在したので、道路の渡り方はマスターしています。乗ってくるバイクの運転手の目を見ると、必ずよけてくれますね。フォーとコーヒーが懐かしいですね。
- わきさん からの返信 2016/03/04 21:57:37
- RE: ご投票有難うございました。
- ビデオ楽しまれたそうで
嬉しい限りです。
浅草は、益々国際色豊かな街の賑わいですね。
外国人の方々は、浅草の景色や景観を
楽しまれているようですね。
スカイツリーの
大写し
実に見ごたえたっぷりで
こちらも引き込まれました。
ベトナム
今後また行きたいところが増えました。
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