桂林旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ツアーのオプションは市内の七星公園めぐりでしたが<br />作られた公園にはさほど興味もないので、<br />中国の田舎らしい風景をみたくて、九屋鎮江頭村をたずねました。<br /><br />本当は大墟古鎮にも行きたいとリクエストしたのですが、<br />二つの村が桂林の北と南東に分かれてるとのことで時間的なことも言われ<br />一人1日5000円を1000円アップしないと行けないとのことであきらめました。<br /><br />朝8時40分に、陳さんの上司、ジャーさん(漢字不明)がフォードの革張りの車に乗って<br />ホテルまで迎えにきてくれました。<br />40代前半の頭がピカピカの男性です。<br /><br />ここは桂林市より北方へ32キロ離れた霊川県というところにあって、<br />車で50分ほどかかります。<br />市内も観光ではない商業地域を抜けて<br />日本でも見かけるような田園風景を走ります。<br />村に入って林を抜けると、その古い村はありました。<br /><br />九屋鎮江頭村古民居建築群は広西で見つかっている古鎮の中で唯一明代中晩期から清代中晩期の古民家建築群で180あまり現存していて<br />その中で今も普通に生活されています。<br />宋の時代の有名な文学者「周敦頤」の後裔、周一族の住む村で、<br />この村では、多くの官僚を輩出しており、当時のままの立派な邸宅が保存されています。<br />彼の代表作の一つ『愛蓮説』<br />高校時代に漢語で習った人がいるかもしれません。<br />蓮の潔らかさを愛した人で、泥から生じて染まらず香しいことを頌えた『愛蓮説』の著作があります。その名を取って愛蓮祠という建物が村の入り口にありました。<br /><br />ジャーさんが中にいた女性に話してくれて中を見学させてもらいました。<br />見学させてもらった愛蓮祠は今から120年前の清時代末期に6年の歳月をかけてたてられた建物です。<br />この村は朱子学の源流となる人が出たところなので周一族は勉学が盛んになり<br />明、清時代には科挙の試験に合格して官職に着く人が160人もいたそうです。<br /><br />この建物には<br />「愛蓮堂」とかかげられていますが、ここの当主の好きだった言葉だそうです。<br />建物の窓には漢字の枠がはめてあり、<br />「理」「親」覧」がはっきり文字としてわかります。 <br />ここは、村の寺子屋のようなところで、<br />ここで子供達を集めて勉強を教えていたそうです。<br /><br />「愛蓮文化」は主に「誠意を持って他人に接する、よい事をする、無私に貢献する」という考え方だそうです。<br />風水で栄える場所というのは、村の前に川があり、山が望めるところだそうです。<br />江頭村の前にも川が流れ、川には橋がかけられていて、流れてきた水とともに財運が流れないようにしているのだそうです。<br />このあたりからも月亮山のほうな穴の空いた山が望めました。<br /><br />江頭洲村は、明・清の間に100人以上の官僚を輩出しています。<br />中国の公務員試験、科挙の中でも最後の試験「殿試」にトップの成績で合格すると「状元」と呼ばれます。そして、この村の別名は「状元村」。<br />高級官僚がたくさん輩出した村は故郷に錦を飾るかのように品のある建物が多数建てられたのです。<br /><br />村の中への入り口に鶏と犬が放し飼いになっててなんとものどかな風景です。<br />私たちが着いた時は西洋人が2人、ガイドに案内されてましたが<br />いつのまにかいなくなり、ゆっくりと散策できました。<br />そしてこの村はなんともフレンドリーで外国人、(日本人)である私たちを笑顔で迎えてくれます。<br />村の人は素朴で、私たち日本人を快く受け入れてくれて<br />なんと、お家の中まで見学させてもらいました。 <br />門を入ると中庭があって、幼い子供が3人、家の中にいました。<br />通訳のジャーさんによれば、おじいちゃんおばあちゃんに孫を預けて<br />両親は街へ出稼ぎに行ってるとのこと。<br />中国ではごく普通のことのようです。<br />チワン自治区は少数民族の部族でも一番大きい民族なので<br />一人っ子政策になってて、この3人も兄弟ではなくて、従姉妹だろうとのことです。<br /><br />玄関はなくて入ってすぐにテレビとテーブル、子供の机などがあり、壁には<br />書がかかってます。<br />部屋の両隣は寝室になっててベッドが置かれてました。<br />(さすがに写真は遠慮しておきました。) <br />部屋の奥に入ってもいいとのことで、入ると、そこは台所でした。<br />といっても冷蔵庫があるわけでもなく、薪で火をおこすかまどがひとつあるだけでした。<br />その奥で、豚の餌にするのだと、さつまいもの蔓を5センチくらいの長さに切ってました。<br />豚は別の場所に飼ってるそうです。 <br />子供たちに持ち合わせのアラレをおやつに渡したのですが、<br />母はあんなに中まで見せてもらって何のお礼もしなかったと後で後悔していました。<br /><br />周一族であるということを誇りに生きてらっしゃるんだろうなと思いました。

桂林旅行記  九屋鎮江頭村 「愛蓮祠」

7いいね!

2009/09/16 - 2009/09/19

312位(同エリア810件中)

0

47

甘エビ ガサエビ

甘エビ ガサエビさん

ツアーのオプションは市内の七星公園めぐりでしたが
作られた公園にはさほど興味もないので、
中国の田舎らしい風景をみたくて、九屋鎮江頭村をたずねました。

本当は大墟古鎮にも行きたいとリクエストしたのですが、
二つの村が桂林の北と南東に分かれてるとのことで時間的なことも言われ
一人1日5000円を1000円アップしないと行けないとのことであきらめました。

朝8時40分に、陳さんの上司、ジャーさん(漢字不明)がフォードの革張りの車に乗って
ホテルまで迎えにきてくれました。
40代前半の頭がピカピカの男性です。

ここは桂林市より北方へ32キロ離れた霊川県というところにあって、
車で50分ほどかかります。
市内も観光ではない商業地域を抜けて
日本でも見かけるような田園風景を走ります。
村に入って林を抜けると、その古い村はありました。

九屋鎮江頭村古民居建築群は広西で見つかっている古鎮の中で唯一明代中晩期から清代中晩期の古民家建築群で180あまり現存していて
その中で今も普通に生活されています。
宋の時代の有名な文学者「周敦頤」の後裔、周一族の住む村で、
この村では、多くの官僚を輩出しており、当時のままの立派な邸宅が保存されています。
彼の代表作の一つ『愛蓮説』
高校時代に漢語で習った人がいるかもしれません。
蓮の潔らかさを愛した人で、泥から生じて染まらず香しいことを頌えた『愛蓮説』の著作があります。その名を取って愛蓮祠という建物が村の入り口にありました。

ジャーさんが中にいた女性に話してくれて中を見学させてもらいました。
見学させてもらった愛蓮祠は今から120年前の清時代末期に6年の歳月をかけてたてられた建物です。
この村は朱子学の源流となる人が出たところなので周一族は勉学が盛んになり
明、清時代には科挙の試験に合格して官職に着く人が160人もいたそうです。

この建物には
「愛蓮堂」とかかげられていますが、ここの当主の好きだった言葉だそうです。
建物の窓には漢字の枠がはめてあり、
「理」「親」覧」がはっきり文字としてわかります。
ここは、村の寺子屋のようなところで、
ここで子供達を集めて勉強を教えていたそうです。

「愛蓮文化」は主に「誠意を持って他人に接する、よい事をする、無私に貢献する」という考え方だそうです。
風水で栄える場所というのは、村の前に川があり、山が望めるところだそうです。
江頭村の前にも川が流れ、川には橋がかけられていて、流れてきた水とともに財運が流れないようにしているのだそうです。
このあたりからも月亮山のほうな穴の空いた山が望めました。

江頭洲村は、明・清の間に100人以上の官僚を輩出しています。
中国の公務員試験、科挙の中でも最後の試験「殿試」にトップの成績で合格すると「状元」と呼ばれます。そして、この村の別名は「状元村」。
高級官僚がたくさん輩出した村は故郷に錦を飾るかのように品のある建物が多数建てられたのです。

村の中への入り口に鶏と犬が放し飼いになっててなんとものどかな風景です。
私たちが着いた時は西洋人が2人、ガイドに案内されてましたが
いつのまにかいなくなり、ゆっくりと散策できました。
そしてこの村はなんともフレンドリーで外国人、(日本人)である私たちを笑顔で迎えてくれます。
村の人は素朴で、私たち日本人を快く受け入れてくれて
なんと、お家の中まで見学させてもらいました。
門を入ると中庭があって、幼い子供が3人、家の中にいました。
通訳のジャーさんによれば、おじいちゃんおばあちゃんに孫を預けて
両親は街へ出稼ぎに行ってるとのこと。
中国ではごく普通のことのようです。
チワン自治区は少数民族の部族でも一番大きい民族なので
一人っ子政策になってて、この3人も兄弟ではなくて、従姉妹だろうとのことです。

玄関はなくて入ってすぐにテレビとテーブル、子供の机などがあり、壁には
書がかかってます。
部屋の両隣は寝室になっててベッドが置かれてました。
(さすがに写真は遠慮しておきました。)
部屋の奥に入ってもいいとのことで、入ると、そこは台所でした。
といっても冷蔵庫があるわけでもなく、薪で火をおこすかまどがひとつあるだけでした。
その奥で、豚の餌にするのだと、さつまいもの蔓を5センチくらいの長さに切ってました。
豚は別の場所に飼ってるそうです。
子供たちに持ち合わせのアラレをおやつに渡したのですが、
母はあんなに中まで見せてもらって何のお礼もしなかったと後で後悔していました。

周一族であるということを誇りに生きてらっしゃるんだろうなと思いました。

  • バイクに荷台をくっつけたような三輪車がやってきます。

    バイクに荷台をくっつけたような三輪車がやってきます。

  • 田舎です。

    田舎です。

  • 移動販売の車がやって来て女性たちがスイカを買ってました。

    移動販売の車がやって来て女性たちがスイカを買ってました。

  • ジャーさんがフォードで連れて来てくれました。<br />

    ジャーさんがフォードで連れて来てくれました。

  • 村の入り口に堂々と建つ「愛蓮祠」この女性は管理人のようです。

    村の入り口に堂々と建つ「愛蓮祠」この女性は管理人のようです。

  • とても静かな、そして全く観光地化されていないところでゆっくり見学できました。

    とても静かな、そして全く観光地化されていないところでゆっくり見学できました。

  • 周家の家訓ものってます。

    周家の家訓ものってます。

  • 中庭です。

    中庭です。

  • 中国のかわら

    中国のかわら

  • 寺子屋を作って子供達に勉学を教えてたそうです。

    寺子屋を作って子供達に勉学を教えてたそうです。

  • 立身出世した周一族の人たち、裁判官や知事、国家公務員など

    立身出世した周一族の人たち、裁判官や知事、国家公務員など

  • 窓枠が「賜」

    窓枠が「賜」

  • こちえあは「覧」

    こちえあは「覧」

  • 「理」

    「理」

  • 村の広場でコメを広げて乾かしていました。<br />そこにニワトリが来てコメをつついてます。<br />のんびりした風景

    村の広場でコメを広げて乾かしていました。
    そこにニワトリが来てコメをつついてます。
    のんびりした風景

  • 川で洗濯する人<br />水はきれいでした。

    川で洗濯する人
    水はきれいでした。

  • 村の中を歩いてみます。

    村の中を歩いてみます。

  • 井戸の水は冷たくて気持ちよかった。

    井戸の水は冷たくて気持ちよかった。

  • 家の中で家畜をかっているそうです。

    家の中で家畜をかっているそうです。

  • 日本のうだつみたいなものがみえます。

    日本のうだつみたいなものがみえます。

  • よく見ると「忠」の文字が浮き出てます。忠誠を誓うというこ?

    よく見ると「忠」の文字が浮き出てます。忠誠を誓うというこ?

  • 玄関先に綿が干してありました。

    玄関先に綿が干してありました。

  • 石畳の路地が続きます。

    石畳の路地が続きます。

  • 好きな言葉を掲げています。

    好きな言葉を掲げています。

  • こちらは横の小路

    こちらは横の小路

  • 彫り物が細かくて緻密です。

    彫り物が細かくて緻密です。

  • ここのお宅の窓枠もこったつくりです。

    ここのお宅の窓枠もこったつくりです。

  • 窓に細工がほどこさえれています。

    窓に細工がほどこさえれています。

  • 老人憩いの家?

    老人憩いの家?

  • ここのお宅を見学しました

    ここのお宅を見学しました

  • コンロはひとつ<br />これで食事を作ります。

    コンロはひとつ
    これで食事を作ります。

  • 台所です。<br />簡素な作りです。

    台所です。
    簡素な作りです。

  • 家族写真が飾ってありました。

    家族写真が飾ってありました。

  • 掛け軸の多い家でした

    掛け軸の多い家でした

  • リビングにテレビと炊飯器があります。

    リビングにテレビと炊飯器があります。

  • ちびっこはおばあさんと生活してるようです。

    ちびっこはおばあさんと生活してるようです。

  • 菊の花の模様のようなお宅もあります。

    菊の花の模様のようなお宅もあります。

  • 村は縦と横に路地があり、栗石でできています。<br />家の前には石で模様ができててここは太極図が描かれていました

    村は縦と横に路地があり、栗石でできています。
    家の前には石で模様ができててここは太極図が描かれていました

  • 解元

    解元

  • ここは「太史第」と掲げられた周冠邸です。<br />清時代の進士、やいくつかの役を歴任したお宅だそうです。

    ここは「太史第」と掲げられた周冠邸です。
    清時代の進士、やいくつかの役を歴任したお宅だそうです。

  • 日本の「うだつ」のようなものがあります。北のほうにあるものだそうです。

    日本の「うだつ」のようなものがあります。北のほうにあるものだそうです。

  • ジャーさんも説明を見ながらガイドしてくれます。

    ジャーさんも説明を見ながらガイドしてくれます。

この旅行記のタグ

7いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

中国で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
中国最安 273円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

中国の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP