2015/12/04 - 2015/12/05
2601位(同エリア5994件中)
甲斐太郎さん
世界遺産、国宝が一杯の奈良。
東大寺の大仏に年末のご挨拶をするのが、ここ数年は恒例になっている。
今年は、東大寺だけでなく、あちらこちらを見て歩こうと思った。
10時ころにJR奈良(今までは近鉄であるが)から始め、街を探索しながら、15分弱で近鉄奈良駅。駅前の商店街を見て、興福寺方面へ。国宝館で阿修羅像などを楽しみ、鹿と戯れる観光客を横目に、初めは東大寺ミュージアムで、日光菩薩像、月光菩薩像の穏やか表情に心を洗われて、東大寺の2月堂、3月堂、梵鐘を見てまわり、最後に大仏さまにこの一年も無事に終わろうとしていることを感謝する。次に、若草山を眺めながら春日大社、猿沢の池、猿沢商店街を経て、もいちどの商店街を歩き、ならまち(正式な町名として「ならまち」はないらしい)方面の古い街をみる(余り古さは感じなかったが)暗くなったので、ホテルへ。
2日目は、平城京へ。
平城京は、遷都1300年以来である。今の残っているのは、大極殿、朱雀門それと遣唐使船である。後は広々とした平城宮跡である。ここを中心として、平城京があったのであろう。平城京は、平城宮のほんの一部分であり、所謂、今でいう官庁街であったところである。8時ころに平城京に行ったので、帰りに「平城宮址資料館」が、9時から無料で入れることが分かった。それを先に見ていたら、見る目も少しは違っていたと思う。
次は西の京である。
薬師寺は広くて、見るものも多いが、東塔は解体修理中であった。
歩いて数分で、唐招提寺につく。鑑真像を見たい気がするが、6月の3日間だけが公開日と聞いていたので初めから諦めていた。
薬師寺は、朱色で明るく、唐招提寺は、くすんでそれなりの雰囲気が感じられた。
14時に昼食をとり今回の旅は終わった。
奈良の写真などどこにもありふれているし、良く奈良を訪れる人たちにとっては、どうと言うほどのことはく、恥ずかしい気もするが、一応、記録にしてみた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR奈良駅と観光案内所
-
旧JR奈良駅
現在は観光案内所 -
JRから近鉄奈良駅に行く途中にも観光案内所がある。
-
近鉄奈良駅に行く途中から見た若草山
-
近鉄奈良駅
-
興福寺国宝館
阿修羅像、金剛力士像、十大弟子像、千手観音菩薩像は、何回見ても飽きない。 -
興福寺境内
-
国立歴史博物館は、工事中
-
国立歴史博物館新館
-
一帯が奈良公園
-
東大寺の参道
-
東大寺の参道
外国人が多い -
せんべいを食べすぎてゆったりか。
-
東大寺ニュージアム
数年前からある
大仏殿との共通券は、800円と割安 -
向かって右が日光菩薩、左が月光菩薩、中央が千手観音
菩薩像の穏やかな表情に、癒される。
(写真は当全禁止されているからポスターを転写) -
3月堂
-
2月堂
これくらいの階段になると、手すりがないと考え込んでしまう。 -
東大寺梵鐘
何年か前に尋ね時は、NHKがテレビの準備をいていた。(時期はもっと遅かったが) -
大仏殿
何回見ても素晴らしい。当時の人々はどうであったのだろう。 -
大仏殿
-
大仏様
ここは撮影が許されている。ただし、無発光 -
遅い昼をとった、食堂の2階から、大仏殿が見えた。
柿の葉寿司が美味しかった。 -
春日大社参道入り口
-
春日大社参道
-
春日大社は式年建替です。20年ごとに屋根を拭替えるそうです。
-
春日大社は、石燈篭が多い。
-
春日大社
-
春日大社
-
立派な風格のある建物
仏教資料センター -
猿沢の池
この池がなぜ有名なのかわからない。 -
猿沢の池商店街
-
ならまちに通ずるもいちどの商店街
-
マンホールには奈良町とあるが、正式にはないらしい。
-
ならまちの一部
道幅が狭いから古いことは分かるが、建物は変化があって、古く感じなかった。 -
ならまちで見た道端のみどり
-
平城宮跡の説明書
近鉄西大寺から徒歩10分くらい -
平城宮の大極殿
中に入れるのは9時から。 -
平城宮の朱雀門
-
遣唐使船
-
朱雀門から大極殿を眺める
ここに奈良の官庁があったのである。 -
大極殿の天皇台座
-
大極殿の天井
よく見ると一つ一つに絵柄がある。 -
平城宮跡資料館
9時に開く。無料。ボアンティアもいる。
先にこれを見るべきであった。8時過ぎに前を通ったので気が付かなかった。 -
江戸時代から、平城京の保存を訴えた人がいうという。
-
薬師寺金堂
-
薬師寺大講堂
-
薬師寺西塔
-
東塔は解体修理中
-
薬師寺金堂の内部
(撮影禁止という表示がなかったが、もしかしたら禁止?) -
東塔解体中のため、一部が展示されている。
-
東塔に使用されている巨木
樹齢1000年は超えているという。 -
東塔の屋根についている相輪?
-
設計図であろうか
-
薬師寺の講堂
-
薬師寺と唐招提寺の位置関係図
徒歩でも数分です。 -
唐招提寺金堂
-
鑑真和尚御廟
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (1)
-
- 墨水さん 2015/12/30 22:22:37
- 猿沢の池。
- 甲斐太郎さん、今晩は。
池で亀を飼っておき、亀卜(占い)用に亀の甲羅を採取する為。
興福寺は、平安時代から大和の国の国守で、50万石ぐらいの格式を持ってました。
基本的に権限は、江戸時代が終わるまで続きます。
本来、仏教寺院は生類不殺ですが、仏教伝来以前から奈良の都は始まってますから、中国の古代様式に乗っ取っておかないと、成り上がり者とバカにされかねませんからね。
権力を持っている王者が、神の御選択を聞く権利を有しているから、亀を飼う池が有る。
戦国時代までは、各寺院には僧兵が必ず居たので、興福寺は強大な軍事力を有していました。
戦国時代後期になって、100万石クラスの戦国大名が出現しますから、それまでは興福寺に対抗出来る者は誰も居ない時代が続いてました。
猿は、成功者、貴族を意味します。
斉、菅公は澤(池)の畔で、委蛇<イダ>と言う精霊を見て覇王と為った。
すなわち、覇者の証。
墨水。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
1
57