2015/06/06 - 2015/06/06
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レオナルド・フジタ(藤田嗣治)は日本で生まれパリに渡ってエコールドパリの画家として名声を得た画家である。第2次大戦中帰国し画いた戦争画が戦後手のひら返しの糾弾に会い、日本を去ってパリでカトリックの洗礼を受けフランス国籍を取得する運命となる。彼が晩年を過ごし、ランス教会のフラスコ画に専心したアトリエ兼終の棲家がパリ郊外のヴィリエ・ル・バクルにあり、公開されているのでパリから日帰り旅で訪問した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
①レオナルド・フジタのアトリエ
・レオナルド・フジタについて
先ずは、レオナルド・フジタ(日本名 藤田嗣治)について整理しておこう
-1886年東京牛込で生まれ、1968年チューリッヒで81歳で死去
-日本で黒田清輝に洋画を学ぶが飽き足らず、27歳の時に渡仏する。
-パリでエコール・ド・パリの画家達と交流し、多くの刺激を受け乳白色の裸体に代表される日本画の技法、画材を油彩画に取り入れたフジタ独自の画風を確立する。
-絵も売れ始めた1920年代は彼の絶頂期で、モンマルトルの人気者となり毎晩パーティーに顔をだしていたという。
-1930年に入って、南北アメリカ、アジアの旅に出る。
-1933年旅の最後に日本に帰国、君代夫人と5度目の結婚をする。
-第2次世界大戦中、陸軍美術協会に所属、戦争を題材にした絵を描く。
-戦後の価値観逆転の中で、戦争画制作で戦争犯罪に加担したとの批判に嫌気がさし、1949年63歳の時に日本を離れフランスに戻る。
-1955年にはフランス国籍を取得し、その後カトリックの洗礼を受け名前もレオナルド・フジタと変える。
-1966年にはランス礼拝堂のフレスコ画による壁画をライフワークとして完成させたが、その2年後には癌で亡くなった。
・フジタのアトリエ兼住居
フジタがパリ郊外Essonne県villiers-le-Bacleの家を買って移り住んだのは1960年74歳の時という。パリの近郊ではあるが、見渡す限り畑の小さな村の一軒家を甚く気に入り、集めたお気に入りのアンティーク家具、調度品を整え、カーテン、テーブルクロス、家の装飾品など手仕事が好きで器用なフジタが全部自分で制作して飾り付けた。田舎での妻、君代との生活をエンジョイしつつ、毎日アトリエで絵筆をとり制作に取り組んでいた。残念ながらフジタが気に入っていたこの家に住んだのはわずか8年だけで、文字通り終の棲家となってしまった。
フジタの死後、1991年に君代夫人は建物を生前フジタが生活していたままの姿で県に寄贈し、現在整備され公開されるに至っている。
写真:レオナルド・フジタのアトリエのパンフレット
(Maison Atelier Foujita)
彼のトレードマークのおかっぱ頭とマル眼鏡がデザイン化されて日本語表記もある。 -
②レオナルド・フジタのアトリエの見学方法と行き方
パンフレットに日本語で詳細記述がある。(写真)
・見学方法
-原則公開は 土曜日:14-17、日曜日:10-12:30, 14-17:30 平日は要予約
-料金:無料 日本語オーディオガイド貸出有、ガイド付き
筆者は土曜日の14:00の開場時間に合わせて訪問した。
開場時間過ぎても施錠されたままで開く気配もない。5分ほど待って空振りに終わったかと思い始めた時に、車で職員らしき女性が登場した。 常駐職員はなく、開場時間に合わせて委託された職員が来るシステムのようだ。
職員(学生風の女性、英語は必要最小限話す)が開場準備をする間、庭でさらに10分ほど待たされる。他に来客は無。
受付で日本語オーディオガイドを渡され、オペレーションの仕方の説明を受ける。職員の先導で見学を開始するが、ガイドというよりも見学者による展示物の毀損、盗難防止の監視役と言った方が正しい。手仕事の得意なフジタの手造りの日用品、小物は素晴らしいものばかりなので、過去に持って帰った不届き者が居たようでガイド(監視)付き見学となったようだ。嘆かわしいことだ。但し見学の時間は自分達の好きなペースで特に急かされることもなく、ゆっくりと楽しめる。 -
・フジタのアトリエへのアクセス方法
-住所は 7/9route de Gif 91190 Villiers-le-Bacle
-パリのダウンタウンから近郊列車RER B線、Saint-Remi-Les-Chevreuse行きに乗車し、Massy-Palaiseau駅で下車 所要時間約30分
-進行方向前側左の#1出口Ramolfo Garmierで駅をでる。
-駅前バスターミナルの線路沿いの最南端のバス停で91-10番 Saint-Quentin-en-Yvelines行きのバスに乗車し、(Villiers-le-Bacle)のRond-Point-Maison Foujitaというバス停で下車 所要時間40分
-バス停は麦畑の中の欧州に良くあるロータリー交差点にある。Villiers-le-Bacleの標識に従って村まで歩く 約10分
-村に入ると村の中心の広場に出会う。レストランとゴルフショップの間の道route de Gifを右折してすすむとアトリエが左側に見えてくる。
-帰りはその逆のコースを辿る。
(アクセスの留意点)
-RER B線下りは行き先が2つある。Robinson行きは途中で分岐してしまいMassy方面には行かないので要注意。
-Massy駅はTGVの駅もある大きな駅で駅前ロータリーにバス停が多い。91-10のバス停はロータリーから線路沿いに延びた道沿いの南端にあるので判りにくい。
-バスの運転手に行き先を確認して乗車した方が良いが、Rond Point Maison Foujita(フジタの家があるロータリー交差点の意味)では不十分で村の名前であるVilliers-le-BacleのRond- Pointといった方が良い。筆者は村の名前を言わずに運転手に確認したらそんなバス停は無いと言われた。あるないの押し問答で運転手の運行表をみたら確かにフジタの文字はなく村の名前になっていた。バス停に張ってある時刻表はフジタの名になっているが意味のわからないことは良くあることだ。結局自己責任で乗り込んで無事に着いた野で事なきを得たが、道中かなり不安であった。
-Massyの駅はフジタのアトリエの最寄りの鉄道駅ではあるが、フジタのアトリエについては切符売り場の職員も運転手も所在もフジタという画家の事も知らない。タクシーを利用する場合は住所を示す必要がある。
フランス国籍を取った有名な画家を知らないのかと叫びたくなるが。そんなものなのだろう。
-バスの運行頻度は極めて少ないので、前もってバスのサイトで時刻表をチェックし往復のバス時刻を押さえておくのが賢明だ。
http://albatrans.net/
写真:RER B線 Massy-Palaiseau駅 #1出口周辺 フジタのアトリエ行きの#91-10のバス停は線路沿いに少し左側(南)にある。 -
・Rond-Point Maison Foujitaバス停
ヨーロッパに良くあるロータリー交差点で降りる。周囲は麦畑でランドマークは何もない。バス運転手にVillier-le-Bacle村のRond-Pointと伝えて下車のタイミングを教えてもらうか、地図アプリの行き先表示でGPSでバスの進行をモニタリングしておくと安心だ。 -
・ヴィルエ・ル・バクル(Villiers-le Bacle)村へ標識
ロータリー交差点からは放射状に道路が延びている。当然の事だが間違えるとどんどん目的地から離れていく。この標識のある道路を選択して進む。 -
③レオナルド・フジタのアトリエ
route de Gif通りに面して如何にもフランスの田舎屋風の一軒家が現れる。
ここが、レオナルド・フジタが終の棲家としたアトリエ兼住居である。
家の後背は斜面になっていて、通り面した玄関は2階になる。 -
・入口の門に掲げられた「レオナルド・フジタのアトリエ」標識
”著名なレオナルド・フジタの家
1886-1968
フランス系日本人芸術家
彼の人生最後の8年間をここで住み、創作した。
文化通信省”
と書いてある。 -
・同じく家の塀に掲げられてある看板
Essonne県評議会のマークの下に1991年レオナルド・フジタ夫人から県に寄贈されたという趣旨が読み取れる。 -
・アトリエの後背は斜面になっていて整備された庭が続く。
-
・後背の庭側からのアトリエ全景
門から斜面をおりて庭側から見ると建物の構成が良くわかる。
道路に面した玄関のレベルの下に、庭側から入る1階部分がある。
1階と2階がフジタの居住していたスペースで3階のテラスのある天窓の部分が3階のロフト状になったアトリエとなっている。 -
・別棟の管理棟
受付とオーディオルーム、資料室がある。 -
・庭の斜面は芝生が植えられてあって散策ができる。
-
・斜面側からアトリエの建物の遠望
-
・日本庭園を意識した庭の一部
-
④フジタのアトリエの内部
建物の内部は撮影禁止で写真がないので、筆者の稚拙なスケッチ平面図で紹介する事にする。スケッチブックの上が道路側。下が庭側の位置関係となる。
*1階部分
庭側から道路に向かって左の入り口から入るとキッチンでその右隣がダイニングルームとなっている。
-キッチン
図中番号
① 1960年代の典型的な懐かしいL字型のキッチンセット
流し台の上には同年代製と思われるトースター、ポット、などの電気製品が当時使われたままの状態で置かれている。
② 美しいデルフト焼のイラストタイル
流しの壁にデルフトタイルが貼られている。所々欠損した部分は、フジタ自作絵のタイルが組み込まれている。台所の隅々まで美的なものへのこだわりが見える。
③ 丸テーブルにギンガムチェックのクロス
台所で軽食用の丸テーブルにかけられたクロスは、ギンガムチェックのおしゃれなもの。フジタが自分で日本の風呂敷生地を縫い合わせて作った。
④ フジタが絵つけした皿2枚
1枚は握手している手と羽の生えたハートマーク
もう1枚は女性の足とガーターベルト
-ダイニング
⑤ 手製のカーテン
青の縦縞の生地に赤い蛇腹のテープ付きのカーテン
⑥ アンティークの木製食卓、食器棚
フジタはアンティーク家具が好きで収集していたという。家の雰囲気にマッチしている。
⑦ 祭壇
フジタはここに移る前に既にカトリックの洗礼を受けていた。ダイニングの壁を彫り込んだニッチには十字架がかけられその前には祭壇が配置されている。
-
*2階部分
ダイニングの道路側の階段を上がって行くと玄関ホールがある。2階はそれに続くリビングとベッドルームになっている。
-玄関ホール
⑦ 手製のマント掛け
玄関扉の脇には手製のマント掛けがあり、ハンチング帽とフロックコートが掛けてある。コートのサイズからフジタはかなり小柄だったことが窺える。
⑧ フジタの肉声テープ
玄関横にはレコーダーがあり、フジタの肉声で歓迎の挨拶が流れる。80歳の頃の声というが、矍鑠とした声で不特定の人に対する歓迎の挨拶は、この家を将来解放して見に来てほしいと意図していたと思われる。
-ベッドルーム
⑨ ベッドの上の5体のアンティックドール
フジタ夫妻が使用していたと思われるツインベッドの上に5体のアンティークドールが置かれている。フジタか夫人の愛玩品だったと思われる。
⑩ 衝立
ベッドサイドの衝立の縁の模様は、フジタ手製で、ステンシルでアルミを型抜きし彫金細工を施したものを並べて埋め込んだもので、実に手が込んだ個性的なすばらしい衝立になっている。
-
*3階ロフトのアトリエ
3階は仕切りなくフロアー全体を使ったアトリエスペースになっている。フジタが当時制作に没頭していた状態のまま保存されているので、とても平面スケッチに詳細は記述出来ない事をお断りしておく。
⑪ ランス教会壁画の習作
1966年にランス教会の壁画の依頼を受け着手した。フレスコ画はフジタにとっては初めての経験で、漆喰の下地が乾き切らないうちに素早く描かねばならないということで描き直しの効かない技法であるため、自分のアトリエの壁に習作を書いて準備したという。西側の壁一面に直接画かれたランス礼拝堂の習作をみると彼の自分の最後の大作となるかもしれない壁画への並々ならぬ想いが伝わってくる。
⑫ 習作のキャンバス、手製の額縁
ランス礼拝堂に描く人物の習作と思われるキャンバスが2枚イーゼルにかかったままで置かれている。壁際にはぎっしりとキャンバスが立てかけられている。なんでも自分で作る手先の器用なフジタは額縁も自家製であった。手製の額縁も多く置かれていた。
⑬ 画材類
複数の机の上には、絵具、絵筆、パレット等の画材が所狭しと置かれている。日本画の画材や技法を取り入れてフジタの画風を創造したと言われるが、かなりの数の日本の筆、炭、透き通る乳白色の肌には使われたと思われる貝の粉等画残されている。これらは彼の企業秘密的材料だったと思われる。
⑭ ランス礼拝堂のミニチェア模型
中央の机の上にはランス礼拝堂のミニチュア模型が置かれている。
⑮ ミシン
カーテンからテーブルクロス、すべての身の回りのものは自分でミシンがけして制作した。アトリエの隅にミシン台があり、ここはさながら手仕事コーナーの様相である。
⑯ 一部屋根を切りこんだ採光窓
南北の窓から充分に光が入り、ロフトで天井まで吹く抜けの高さがあり立派なアトリエスペースである。
-
⑤ ヴィリエ・ル・バクル村のレストラン
アトリエの開館時間の14:00までの時間調整を兼ねてバクル村でランチを取ることにした。村の中心の広場に2軒のレストランがある。1軒は土曜日は休業で、営業していたグラン・グリルLe Gran Grillというレストランに入った。
写真の通り洒落たレストランで、土曜のランチで近所の老夫婦、家族連れと思われる先客がゆったり時間をかけおしゃべりに花を咲かせて食事を楽しんでいた。 -
・前菜 シャンピニオンのクリームスープ
-
・メインディッシュ 牛肉ステーキの野菜串グリル付き
オーダーしたのは、昼の定食Menu 前菜、メイン、デザートの3品で21ユーロとコストパフォマンスは良い。味もそこそこ美味しかった。パリからヴィリエ・ル・バクルまで出かけると途中で食事を挟むことになるが、このレストランは独断評価ではOKである。
(フジタのアトリエ あとがき)
・英語の通じないバス運転手とスッタモンダでどうなるかと思ったが、フジタのアトリエは実に楽しい時間を過ごすことができた。
・日本で戦争犯罪者のように非難され、国を捨てフランス人になった彼の心境は我々の想像を絶するものがあると思うが、のんびりした田舎の村で干渉されることなく好きなように日常生活をエンジョイし、文字通り最後の大作となったランス礼拝堂の壁画のライフワークに没頭できた、充実した晩年を送ったのだと感じることができた。
・彼の油彩作品が展示されているわけではないが、彼の手仕事の一つ一つに表現されている美意識や、何といって壁に描かれたランス礼拝堂のための習作はそれだけでも見に来る価値のあるものだ。見学料フリーは信じられないことだ。
・アクセスがややハードルが高いが、パリで時間がある方のパリ郊外ワンデイトリップに是非お勧めしたいと思う。
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