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歴史好きの人なら誰でも知っている蜂須賀小六。秀吉がまだ日吉丸と呼ばれていた風来坊時代、愛知三河の矢矧川のたもとで彼と出会い、以後寝食を共にし、その後は日吉丸長じて秀吉となったその一番弟子として、墨俣一夜城の築城、中国備中高松城の水攻め、等々数々の功績を上げ、最後は四国の太守長曾我部元親を打ち破り、ここ阿波の地を拝領した。本人は阿波に入府する以前に大阪城下で亡くなっていて、阿波には長男が初代藩主として入り、以後蜂須賀家は明治の大政奉還まで17代に渡って連綿と続いたが、その基を作ったのはこの蜂須賀小六、長じて、正勝だ。<br /><br />車道から少し入った藪の中にその正勝の立派な墓が建っている。鳥居付のお墓だ。小六はこの徳島の地を治めた訳ではなく、この地で亡くなった訳でもないが、阿波藩藩祖として、丁重に祀られていた。回りが藪で、そんな中にポツンと場違いな鳥居とお墓が建っていたので、最初はギョットしたが、元々霊域に入り込んだのだから、驚くには当たらない。普通の寺の墓地を想像していたのが間違いだったのだ。<br /><br />それにしても藩祖だけあって立派なお墓だ。この万年山は眉山の一角を為す山で、この万年山全体が、蜂須賀家17代の藩主のお墓と奥方の墓で埋め尽くされている。中でも小六の墓は、その最上段にあって、この墓から下の墓までは相当な距離を下って行くことになる。車道にしても霊廟のこの径にしても行き交う人は誰もいないが、小道は綺麗に整備されていて、蛇やその他の危険もない。釈由美子がこの家系を引き継いでいる女優と言われているが、彼女もこんな参道を歩いたのだろうか・・。<br /><br />一番上の小六(正勝)のお墓から300−400mも下った辺りにまとまった墓所があり、それ等は2代目以降の藩主の廟が麗々しく並んで立っている。その脇には奥方、愛妾の墓なども仲良く並んでいて、封建時代のこの国の支配者の仲睦まじい様子が感じられた。この辺りまで来て漸く麓も近づいてきて安心できた。日陰に腰かけ、一休みし、スマフォを取り出し、Takaさんに幾つか俳句を送る。<br /><br /><br />< 眉山なる 墓所の炎天 蝉時雨 ><br /><br />< 蜂須賀の 霊廟閑に 蝉の声 ><br /><br /><br />

「サウダーデ」モラエスの愛した町(17)蜂須賀家霊廟(万年山墓所)。

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2015/07/31 - 2015/08/03

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ちゃお

ちゃおさん

歴史好きの人なら誰でも知っている蜂須賀小六。秀吉がまだ日吉丸と呼ばれていた風来坊時代、愛知三河の矢矧川のたもとで彼と出会い、以後寝食を共にし、その後は日吉丸長じて秀吉となったその一番弟子として、墨俣一夜城の築城、中国備中高松城の水攻め、等々数々の功績を上げ、最後は四国の太守長曾我部元親を打ち破り、ここ阿波の地を拝領した。本人は阿波に入府する以前に大阪城下で亡くなっていて、阿波には長男が初代藩主として入り、以後蜂須賀家は明治の大政奉還まで17代に渡って連綿と続いたが、その基を作ったのはこの蜂須賀小六、長じて、正勝だ。

車道から少し入った藪の中にその正勝の立派な墓が建っている。鳥居付のお墓だ。小六はこの徳島の地を治めた訳ではなく、この地で亡くなった訳でもないが、阿波藩藩祖として、丁重に祀られていた。回りが藪で、そんな中にポツンと場違いな鳥居とお墓が建っていたので、最初はギョットしたが、元々霊域に入り込んだのだから、驚くには当たらない。普通の寺の墓地を想像していたのが間違いだったのだ。

それにしても藩祖だけあって立派なお墓だ。この万年山は眉山の一角を為す山で、この万年山全体が、蜂須賀家17代の藩主のお墓と奥方の墓で埋め尽くされている。中でも小六の墓は、その最上段にあって、この墓から下の墓までは相当な距離を下って行くことになる。車道にしても霊廟のこの径にしても行き交う人は誰もいないが、小道は綺麗に整備されていて、蛇やその他の危険もない。釈由美子がこの家系を引き継いでいる女優と言われているが、彼女もこんな参道を歩いたのだろうか・・。

一番上の小六(正勝)のお墓から300−400mも下った辺りにまとまった墓所があり、それ等は2代目以降の藩主の廟が麗々しく並んで立っている。その脇には奥方、愛妾の墓なども仲良く並んでいて、封建時代のこの国の支配者の仲睦まじい様子が感じられた。この辺りまで来て漸く麓も近づいてきて安心できた。日陰に腰かけ、一休みし、スマフォを取り出し、Takaさんに幾つか俳句を送る。


< 眉山なる 墓所の炎天 蝉時雨 >

< 蜂須賀の 霊廟閑に 蝉の声 >


旅行の満足度
4.5
  • 藪の中に入ると突然鳥居が現れて、驚いた。気を静めてみると、それは、蜂須賀小六(正勝)のお墓だった。

    藪の中に入ると突然鳥居が現れて、驚いた。気を静めてみると、それは、蜂須賀小六(正勝)のお墓だった。

  • 小六のお墓はこの万年山の最上段にあり、そこから小道を下って行く。

    小六のお墓はこの万年山の最上段にあり、そこから小道を下って行く。

  • 木の枝を通し、下界の街並みが見える。大きな川は吉野川。

    木の枝を通し、下界の街並みが見える。大きな川は吉野川。

  • 参道の途中には巨岩もあった。細かい文字がびっしりと書き込まれている。

    参道の途中には巨岩もあった。細かい文字がびっしりと書き込まれている。

  • 阿淡二州の太守、と書いていある。そうだ、江戸時代は、淡路島は徳島側だったのだ。それが明治になって、兵庫県に組み入れられてしまった。

    阿淡二州の太守、と書いていある。そうだ、江戸時代は、淡路島は徳島側だったのだ。それが明治になって、兵庫県に組み入れられてしまった。

  • この大岩の碑文の解説が出ていた。

    この大岩の碑文の解説が出ていた。

  • 再び又下界が見える。

    再び又下界が見える。

  • 墓参りのお殿様もこうして城下の街並みを眺めていたのだろうか・・

    墓参りのお殿様もこうして城下の街並みを眺めていたのだろうか・・

  • 参道(山道)を400−500m程下ると次の墓所に出る。

    参道(山道)を400−500m程下ると次の墓所に出る。

  • ああ、歴代藩主の墓所が見えて来た。

    ああ、歴代藩主の墓所が見えて来た。

  • 全体が綺麗に良く整備されている。

    全体が綺麗に良く整備されている。

  • 蜂須賀家眷属は今一体何人いるのだろうか・・。釈由美子もその一人と言われるが・・。

    蜂須賀家眷属は今一体何人いるのだろうか・・。釈由美子もその一人と言われるが・・。

  • ここに佇むと、長い歴史の中に身を置いているようだ。

    ここに佇むと、長い歴史の中に身を置いているようだ。

  • ここにはこれだけ沢山の墓所があった。

    ここにはこれだけ沢山の墓所があった。

  • 沢山の墓所を見て、山を後にする。

    沢山の墓所を見て、山を後にする。

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